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第六章 バグベア集落

 今すぐにでもぶちのめす殺す!という意志以外は伺えないバグベアたちに目をやると、章は困惑して問いかけた。
「ちょっとちょっと、あちらさんと話し合うつもりなの?」
 解決するなら、そりゃ戦うよりも話し合えるにこしたことはないけれど……
「そうだ!!」
 きっぱりと言い切られてはもはやかける言葉がない。
 あるものは呆れ果てて、あるものは期待しながら、討伐隊は大人しく下がって様子見に移った。一連の行動から交渉する意志をくみ取ったのか、バグベアも手は出さずに次の行動を見守っている。
 熊の獣人であるテノーリオが代表して、子バグベアを連れて前に出る。もしかしたら、獣語が通じるかもしれない。普段利用している言葉が通じない場合を考えての行動だった。
「君たちと争いたくないんだ。俺たちの都合で住処の一部を奪うことになって、本当に、本当に申し訳なく思う。
 君たちが嫌がるようなことはできるだけしたくない。何とか交渉させてもらうことはできないだろうか。
 たとえば、完成した湯治場は一緒に使ってもらえたらどうだろう。それが嫌だったらせめて湯治場を造らせてもらう代わりに、俺たちでなにかできないかな?」
 たどたどしくはあったが、精いっぱいの誠意だった。
 バグベアたちは一瞬の間を置いて、そっと子バグベアに手を伸ばすようにして、そのままテノーリオに爪を振りぬいた。テノーリオの体が軽く宙を舞って地面にたたきつけられる。
「!!!」
「テノーリオ!!」
 ミカエラが駆け寄りすぐに傷をふさぐが、脳震盪をおこしたのか彼の意識はしばらく沈んだままだった。
「確かに甘ちゃんな考えよねぇ……けど、無抵抗な交渉人に手をあげるなんて、どういうつもり?」
 バグベアのリーダー格と思われる存在が牙を打ち鳴らしながらしゃがれた音を返した。それは、よく聞いているはずのシャンバラ語の片言で、けれどその意味は交渉組の頭になかなか入ってこなかった。

「えさノ、ブンザイ デ、ワレワレニ、はなシ かけるな」



「さすがにこの相手だとラズンちゃんもきっついわねぇ〜。
 一緒にいっちゃう?」
 交渉が決裂するや否や、アルコリアは魔鎧ラズンをその身に纏うとバグベアの首元へと飛びついた。華奢な体は軽く押さえられ、地面へと組み敷かれてしまう。後頭部から叩きつけられて痛みを感じないはずはないのだが、血を流しつつこぼれたのは嬉しそうなあの高笑い。
「くきゃはははは!いやぁん、術師なのに組みつかれちゃったぁ〜あはははは!!」
 しっかりと馬乗りに押さえ込み、頭から食らいつこうとするバグベアの口が開かれた一瞬、アルコリアは目をむいて上体を起こした。魔鎧ごとぎちぎち噛みしだかれるのもいとわず、腕を口の奥にまで差し込み、術を暴発させる。目の前で破裂するバグベアの血をもろにかぶって、アルコリアはうっとりとラズンに話しかけた。
「気持ちいい温度ねぇ〜ラズンちゃん?」
「はい、アルコリアさま。湯治場にきてよかったですねぇ〜クスクスクスクス……!」
 困るのは、バグベアまでもが彼女たちと同じノリであることだった。流れ弾から子バグベアを庇うようにして、栞は叫んだ。
「逃げな!」
 子供だけでも。不必要に誰も傷つけたくはないという垂の気持ちを尊重したかった。
「グアアアア」
 けれど、その気持ちは彼らには届かなかった。
 子バグベアは、危害を加えた相手に返り討ちにされてその身を沈めた。
「くそ……」
 博季は焦っていた。当たるか当たらないかのすれすれを狙って神速で雷術を撃ちこみつづけるが、相手は逃げてくれない。攻撃を加えられることにすら、喜んでいるかのような。
「脅しじゃないんだ。二度とここには来ないと誓ってこの場から去れ!!
 (逃げてくれ、頼むから逃げてくれよ。このままじゃ、全員……)」
「優しいんだね」
 ふらりとすれ違いざまに、透乃が呟く。その姿は血や泥にまみれてぼろぼろだったが、目は静かに敵を見据えていた。
「でも、戦闘狂相手にそれは無理だよ。私もそうだから、わかる……」
 連戦続きで足が上がらなくなってきた。でも戦う。楽しいから。それに、陽子ちゃんとも、
「また一緒に楽しく戦いたいんだよなぁ〜」
 顎にまともに打撃を食らって、透乃は一瞬意識を手放しかけた。
 ――あ、やばい。やっぱりいくらタフでも今日はやりすぎたなぁ。無謀に突っ込むなっていっつも陽子ちゃん言うもんなぁ。もっともだってことわかるんだけど、だって楽しいんだもん……
 視界を鋭い光がほとばしった。
 バグベアに殴り掛かるようにして、直接雷を打ち込んでいるのは当の陽子だった。涙目ではあったが。
「わたしのっ、透乃ちゃんに、触るなぁああぁあっ!!」
 普段からはありえない姿に、あっけにとられてしまう。今の陽子には迷いがない。
「(なんだ、陽子ちゃんも無茶するんじゃん)」
 透乃はぼんやりと痛む頭で、陽子ちゃんきれいだなーと思ってにへらと笑った。バグベアが落ちた隣で、陽子が透乃を膝枕するように抱えこむ。
「透乃ちゃん!」
「陽子ちゃん……えへへ、だいすきー」
「ば、透乃ちゃんのばかぁ〜〜」
 涙をふくように目じりに口をつけられて、陽子は余計泣いてしまった。


 夕刻。
 すべての片が付くころには、全員が被災地の住民のような風体になっていた。
「あー疲れた!戻って風呂にしようぜ」
 エヴァルトの意見に総員意見が一致した。互いの戦いを褒めあったり、無事を祝ってそろそろ出来上がっているだろう湯治場に想いをはせながら、動けない人はおぶり、肩を貸しあってその場を後にした。
 さきほどまでの戦いが嘘のようなにぎわいの後、数人だけがその場に残った。
「話し合いもできなかったな……」
 つぶやくのは、交渉をこころみたトマスたち一行。結果は、バグベア集落の壊滅。
「でも、やらずに後悔するよりはよかった」
 垂が涙目に笑う。

 ザクッ。

 脇から聞こえた音に、アシャンテが目を向けると、博季が死体たちの間で地面に穴を掘っていた。その作業は鈍く、重い。
 もう身も心も疲れて動きたくないだろうに、何を好き好んでまだ肉体労働に励んでいるのだろう。心配したライゼがてててっと傍に駆け寄った。いなさも一緒に覗き込む。
「何をしているんですか?」
 いなさが問うと、短くそっけない答えが返ってきた。
「偽善でも構わない。せめて、墓を」
 その姿は、何もできなかった自らを悔いているようでもあった。
 トマスたちは顔を見合わせ、彼の作業を手伝った。
 今回は力が及ばなかったけれど、次はきっと、少しでも傷つく人がいないことを願わずにはいられない。
 土と石と、木の枝でつくった十字架の墓標に野草を添えて、優しい人たちは静かに手を合わせた。