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第八章 ヒラニプラ温泉<混浴>

「あったかいなー、これが温泉か!」
 水着を着用し、泳いだりもぐったりしながらはしゃいでいる九条 レオン(くじょう・れおん)を見守りながら、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は自分の調合した薬湯で体を伸ばしていた。
「なぁレオン、薬湯気持ちいいか?」
「いい!布団よりあったかで、遊べるからレオン薬湯好きだ!」
「そうか!薬湯好きか!」
「うん、好きだ!」
「自分も自信作だ!」
「じしんさくってなんだ?」
「嬉しいってことだ」
「嬉しい!じゃあレオンも自信作だ!」
「自信作か!」
 限りなくほのぼの親子だった。
 湯船を間違えて入ったり、のぞきの犯人が紛れ込んではならないと大岡 永谷(おおおか・とと)が暖簾前での警備を申し出てくれたおかげで、男女が入れ替わったりする混乱は落ち着いた。
「大岡さん、見張りご苦労さまでっす。お先にお湯を頂くことになって申し訳ないです。背中はぜひ自分に流させてくださいね!」
「おうっ、ゆっくりしてきてくれ」
 敬礼しつつ女湯に向かう土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)に敬礼を返しながら、永谷は不審者に目を光らせた。

 入浴がメインの男女湯とは異なり、混浴は水着着用のプールになっていて一番遊び心が加えられている。男女の湯がそれぞれ大浴場と露天風呂で構成されているのに対し、混浴はプールの中にも仕組みを取り入れ、小さな変わり湯が点々としている。種類豊富な薬湯も魅力のひとつだった。今後の工事でジャグジーやサウナの設備もここ混浴に増えていく予定である。
「アミューズメント施設とはまだほど遠いけど、自分らでここまでやったと思うと感慨深いなぁ」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の呟きに如月 正悟(きさらぎ・しょうご)もうなずく。
「混浴は作れるかどうかも怪しかったしね。無事にまとまってよかったよ。風呂場で話すのってけっこう親しくなる機会だと思うんだ」
「それは言えてる」
 そこに、赤のビキニを纏ったモデル体型の女性プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が歩いてきた。唯斗を発見すると、ぺこりと一礼する。その時に胸の谷間が強調されて、唯斗と正悟はあわてて目をそらした。
「マスター、お待たせしました」
「あー、いやなんだ。その格好の時は、あまりかしこまらない方が、いい」
 目のやり場に困る。プラチナムはよく理解できなかったが「了解しました」とうなずいた。
「おー兄ちーゃん」
「唯斗」
 プラチナムの後ろから、スクール水着の紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が手を振りながら、白のワンピース型の水着でエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)がうなだれながら現れた。プラチナムの横に並ばないように気を使っているあたり、体型に気おくれを感じているらしいのは明らかだったが、唯斗はそのあたりには無頓着だった。
「どうしたエクス?温泉、いい感じだろ?」
「ああ、確かに」
 温泉に文句はない。
「? じゃあなんでそんなツラしてるんだ」
「可愛い水着も着てるのに、もったいないよ」
 からりと笑う正悟に、エクスが食いついた。褒められたのが素直に嬉しかった。
「本当か?可愛いと思うか?」
「え、うん」
 エクスは満面の笑みで、つつましやかな胸を張った。実はどんな水着が自分に似合うのか、結構悩んで決めてきたのだ。
「れ、礼を言う!」
「いやぁ、いいものを見せてもらってこちらこそ……」
 その様子を見て、唯斗が突然手のひらで水鉄砲をつくり、正悟の顔面にかける。
「べふ!」
「な、なにをしておるのだ唯斗」
「――見られるから、エクスも早く浸かれ」
「?!!」
「やったなこのっ!!」
「げほっ……この……!!」
 直後、正悟に水をかけ返されて、二人は互いを湯に沈めあいだした。そのうちに楽しくなってきたらしい。唯斗は珍しく腹を抱えて笑っている。
「ははっ」
 唯斗の感情がどこからくるものなのかは定かではないが、エクスはその後終始ごきげんだった。

「いい湯ですねぇルースさん」
「そうですねぇ真一郎さん」
 ガタイのいい男が並んで筋肉をさらけだしながら、鼻唄まじりに話している。ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)は、共に湯船につかりながら大切な女性を待っているところだった。声を抑えないために内容は筒抜けだ。
「おたくの嫁さん遅いですねー」
「嫁さんとは照れますね……かくいうあなたの奥様も……」
「いっやー!奥さんだなんて、照れますなぁ〜」
「そうでしょう、そうでしょう」
「……(なんなんだこのオッサンたち)」
 そんなツッコミを誰も入れられないまま、時間は穏やかに流れていく。
 普段は任務などで別行動が多い彼女。久しぶりに一緒にのんびりとすごせる場所が温泉とくればテンションも上がってくる。
「真一郎さん。うちのナナさんてば、最近ますます可愛くなってきたと思いませんか?」
「女性はどんどん美しくなるから不思議ですよね」
「オレの彼女にはもったいないくらいですよ」
「でも渡すつもりはないのでしょう?俺もルカルカとは普段会えないのですが、会うたびに感じますね。ああ、この人が大切だって」
「わかります〜〜。彼女には自由でいてほしいのに、俺だけのものでいてほしくなりますよ」
「あんたらなに大声で惚気てるんだよ」
 二人の前に久多 隆光(くた・たかみつ)クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)がふらりと姿を現した。
「……ナナの息子じゃないですか。……!あ。何ならオレのことはお義父さんと呼んでくれても」
「呼ばねえよ」
「はははは」
 ナナを母と慕う隆光とルースは何かと関係が難しい。隆光はそのまま通り過ぎて、少し離れたところでくつろいだ。気を取り直すようにクライスが話題を振ってきた。
「それにしても、いい湯ですね。皆さんがコンロンから帰ってくるころには完成しているのでしょうか?こんなにのんびりできるのなら、またみんなで一緒に来たいものですね」
「そうですね」
 おかげで雰囲気が柔らかくなった。と、そこに話題にあがっていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)、それから二人と一緒に雲雀がやってきた。全員バスタオルに身を包んでいる。
「お待たせー!!みなさんお待ちかね、ダリル特製ブドウジュース&クッキー持ってきたよ!」
「待ってました!」
 拍手で迎えられつつ、雲雀はルカルカやナナをちらちらと横目に見、自分と比べて恥ずかしくなってきた。
「(ナナさんきれいだなぁ……ルカさん、普段から思ってたけれど、なんてうらやましい体型をしているんだろう。自分が恥ずかしくなってきた)」
 バスタオルを巻いていてもわかるサイズの違いに、女の身でありながら視線が釘付けになっていると、
 バサリ。
 飲み物を人に渡すその時に、ルカルカのタオルが落ちた。
 そして、タオルの下は真っ裸だった。
「!!!」
「(ひえええええええ!!!)」
 雲雀は声にならない悲鳴をあげた。飲み物をちょうど受け取っていたクライスが、思わぬハプニングに頭に血が上ってその場にダウンする。周りで遊んでいた人たちの視線もすっかり集中してしまった。
「あれ?ねえねえ、大丈夫?」
 問題なのは、当のルカルカが全くもって気にしていないところだった。なぜ倒れてしまったのか心底理解できず、のぼせたのか体調不良なのかと心配すしている。雲雀があわててタオルを拾い、差し出してもルカルカはきょとんとするばかりだった。
「ルルルルル、ルカさん!水着はっ?水着はどうされたのでありますか?!」
「えー?だってここお風呂でしょ。お風呂はマッパがマナーなんだよ?知らなかったのかな?雲雀ってばお茶目さん☆」
「ちが、ちがうんですよ!混浴は水着を……」
 タオルを受取ろうとしないルカルカの代わりに、ふいに大きな腕が伸びた。
「ひゃっ?!」
 次の瞬間には、ルカルカがすっぽりと真一郎の腕の中に収まっていた。それから、背中から優しくタオルで包みなおされる。
「し、真一郎さん?何かなっ?」
「……急に抱きしめたくなりました」
「! っえへへ///」
 久しぶりに抱きしめられ、すっかりご満悦で彼の背中に腕をまわしていたルカルカには見えなかったが、その時の真一郎の形相はえらくマジだったという。ルカルカに注視していた人々は慌てて目をそむけた。
「また、お前はなにをしているんだ」
 そこにダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)ニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)が呆れ顔でやってきた。そういう事態には慣れっこという様子でダリルが投げてよこしたのはルカルカの水着だった。
「水着着ろ。混浴は水着着用のルールだ」
「えー」
 しぶりながらもルカルカが水着を着こむと、ひとまず場は落ち着いた。
「じゃー、みんな洗いっこしよー!ニケ頭洗って〜」
「はいはい」
 はしゃぎながら、男女問わず流しあいを始めるルカルカを指差しルースが問う。
「あれはオッケー?」
「後で構ってもらいますから」
 時折真一郎を振り返り、ルカルカは笑顔で手を振ってくる。おだやかに手を振り返しながら、真一郎は優しい顔をしていた。
 一方ルースは、むっとした表情でナナを見ていた。
 母親としての性なのか、隆光を見つけるとルースに会釈だけ残してそっちに行ってしまったのだ。
「一番のライバルは、やはり息子なんだろうか……」
 ルースは一人つぶやきながら、ぐでーっと壁に背をもたれさせて脱力した。

「……おい、旦那が睨んでるぞ」
「え?そうですか?隆光とお話がしたかっただけなのに」
 きょとんとするナナに隆光は苦笑した。
「俺はいいから行ってやんなよ」
「でも……」
 内心では、彼氏より先に自分を気にかけてくれた母心が嬉しかった。だから、その幸せ分、彼女にも幸せを感じてほしい。癪ではあるが、あいつもナナのことを大切に考えているというのは伝わってくるし、ナナも自分の前とは違う意味で幸せそうだった。
「ナナが話したいってんなら、いつでも会いに行ってやるから。
 構ってやらないと、あいつ年甲斐もなく拗ねるぞ」
「あら」
 言い方が面白くて、ナナは思わず噴き出した。
「ええ。隆光、今日は会えて嬉しかったです。体に気を付けてくださいね」
「ああ」
 手を振って隆光と離れると、ナナはふて寝しているルースの隣へと寄り添った。
「ルースさん。お酒などいかがですか?」
 優しい呼びかけにルースが目を向けると、彼のもっとも大切な女性が水に浮かべた盆に酒を並べて顔をのぞきこんでいた。嬉しさのあまり、肩を強く抱き寄せる。相反して口調は少し拗ねていた。
「隆光は、その、もういいんですか?」
「ええ」
「久しぶりに会ったのだし、積もる話もあるでしょうからもう少し話していてもよかったんですよ?」
「あら、そうですか?それでは……」
 本気で立ち上がりかけたナナを、ルースは背中側から抱き寄せて湯の中へ戻し、彼女の肩に頭をのせた。
「……嘘です」
 こんなに強くて大人の男が、自分のことで情けない声を出すのが可愛く思えて、ナナは顔がほてるのを感じた。
「ナナも嘘です。ごめんなさい」
「! ははっ……まさかナナに騙されるとは」
 ルースはしてやられたとばかりに吹き出し、ナナの体をぎゅっと抱きしめた。ナナも、ルースの頭へ頬をすりよせた。
 風呂で火照った肌や、彼女の匂いが傍にある。密着した体が熱を持ってきそうになって、ルースは苦笑した。
「あー、もう。できた彼女だ。おっさんは幸せです。……このままお持ち帰りしたいくらい……」
「……お持ちかえりしてくださるんですか?」
「…………え?」
「え?
 あ、……すいません。冗談でしたか……?」
 そう言ってうるんだ瞳でルースを見上げたナナさんは、周囲の人間に鳥肌が立つくらい色っぽかったそうです。
「冗談なものか!!」
 ルースの渾身の叫びには、これでもかというほど魂がこもっていた。