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リアクション
序の六 己は己。貴方は貴方。
「てぃ、ティエルさん、そんなに急いだら危ないですよ!」
「だって大地さん……! ファーシーさん、泣いてました……! 早く行ってあげないと……わあっ!」
「ティエルさん!」
「ティティ!」
ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)がつんのめって転びかけるのを、志位 大地(しい・だいち)とスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)が腕を伸ばし、大地が一瞬早くその手を取った。身体を引き寄せて歩道の上に立たせると、ティエリーティアは目をぱちくりとさせて、それからほっと息をついた。
「び、びっくりしました……ありがとうございます」
「いえ、ティエルさんが怪我して会いに行ったら、ファーシーさんはそれこそ悲しみますよ。それこそすり傷でも悲しみます」
「は、はい……」
「俺もファーシーさんのことは心配です。だから、落ち着いて急ぎましょう」
大地は、ファーシーの機体が完成する時、ティエリーティアが最後のパーツを嵌める時に立ち会っていた。ティエリーティアやフリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)ほどではないが、相応の思い入れはある。
「ファーシーさんは……うん、そうです。友達、ですからね」
「大地さん……」
「落ち着くのは構いません、それは構いませんがそこで見つめ合うのは違うでしょう! さっさと離れてください。くっついてたら急げるものも急げませんよ!」
大地にいい所を全てかっさらわれたスヴェンは、対抗出来得る正論をその場で考えて悔し紛れに言い散らす。
まあ、いつも通りの平和な光景であるが……
スヴェンが攻撃を受けたのはそんな時だった。
「あらあらまあまあ、いけませんわ〜」
シーラ・カンス(しーら・かんす)は、デジカメで2人の様子を撮影している。今日はこっそり尾行ではなく堂々の撮影だ。
(また写真を消されないように気をつけませんとね〜)
普通なら、とっくにカメラを没収されている筈なのだが、シャッターを押すのに夢中なシーラはそうとは思わず……そして、彼女も攻撃された。
「おい、何やってんだよ、置いてくぞ! ……スヴェン?」
そんなこんなで、スヴェン達の変化に最初に気付いたのはフリードリヒだった。
「……どーした、どっか悪りーのか?」
「……いえ、何でもありませんよ、何でも……」
そうは言うものの、スヴェンの顔色は明らかに悪い。シーラも、カメラの操作を止めていた。
「シーラさん?」
「スヴェン?」
大地とティエリーティアも2人の変化に気付き、近付いてくる。
「どうしましたー? な、何か元気無いですよー……」
「まだ電池が残っている……しかも、デジタルビデオカメラは手付かず……、この状態でシーラさんが撮影を止めるなんて、ただごとではありませんね……!」
互いのパートナーを前に、大地は愕然と、ティエリーティアはおろおろとしている。そして大地は、シーラのデジカメの写真に妙な光線が写っているのを発見した。
「これは……?」
2人の症状を見て、フリードリヒが言う。
「……なあ、もしかしてこれ、もう1つの方の事件が絡んでんじゃねーのか? 剣の花嫁がおかしくなるっていう……」
「えっ、えええっ! 大地さん、どうしましょうー!」
ティエリーティアは狼狽えて大地の服にしがみついた。傍目、ぴったりとくっついている格好だ。その直後。
「ティティ、離れて下さい! ティティは私の恋人でしょう!!」
「え?」「え?」「え?」
言われた2人と、言った本人が驚いた。
「す、スヴェン……? 僕達、友達ですよね……?」
「……違います。私の恋人はティティでは……」
確かにティエリーティアは、スヴェンの以前の恋人に酷似している。しかし、勿論本人ではない。だからこそ、彼はティエリーティアと契約をした。一瞬、それがごっちゃになって変な事を言ってしまったのだ。
「ふ、ふふふ……そうですか、そういうことですか……」
スヴェンは事態を理解すると、先程から感じていた妙な不安定さが消えていることに気が付いた。
「誰が仕掛けたかは知りませんが、私にこんなものは効きません! 今も以前も生憎と変わりありませんし……今、思い切り叫んだので魂も安定したようです!」
「……効かない……だと?」
その様子を観ていたチェリーは、珍しく感情を表に出して呟いた。急いでシーラに目を移す。シーラは――
「良かったです大地さん〜!」
「さ、さすが俺の強力な姑です……!」
「誰が姑ですか! ティティ、そこは私に泣きつく所でしょう! せめて今は!」
「ああ、いけませんわいけませんわ、もっと! もっとですわ〜!」
とろけるような表情で、デジタルビデオカメラを回していた。
「私……撃った……よな? 1度は……効いてたよな?」
チェリーは呆然としてバズーカを確認する。故障かと思ったが、スコープから覗いて適当にトリガーを引くと、光線がちゃんと出た。
「なんだあの2人……、どれだけ自我が強いんだ……!」
「我萌える、故に我有り、ですわ〜!」
「は?」
「チェリー、早く来るんだな」
「山田太郎……何故お前が作った機械で私が自信を失わなきゃいけないんだ……!」
「な、なんだなバズーカで殴るのは止めるんだな!」
◇◇◇◇◇◇
その頃。
「京子ちゃん、待って! ちゃんと話をしよう! 俺がこんなだから言い出せないって……今の記憶もあるんだろ? 京子ちゃん!」
「黙れ!」
空京の街を走って逃げていた双葉 京子(ふたば・きょうこ)は、振り返って光条兵器を取り出した。椎名 真(しいな・まこと)に斬りかかる。
「……!」
真はその場を飛び退いて攻撃を避けた。
「……この姿だと避けるのか……では、これではどうだ……?」
京子はその容姿を、いつもの彼女の姿へと変えていく。髪の色は水色に、背は若干低く。
「京子ちゃん!?」
「……違う」
京子はその姿で、今度は光条兵器の形状をクロスボウに変え、距離を取ってから矢を放つ。
腕、脚、胴体。矢を受けた真の身体から鮮血が迸る。真は立っていられなくなって、膝をついた。
「……う……」
「矢張り、避けないか……何故、抵抗しない? 彼女が……主だからか?」
「そうだ……京子ちゃんは、俺の……主だから……」
「では……」
京子は再び、変化後の姿に戻る。真の知らない、京子の姿。
「ここで私が、彼女はもういない。私が新しい主になる、と言ったらどうするんだ。私の攻撃も受けるのか? さっきは避けたのにも関わらず!」
「主……、君が……?」
真は彼女を見上げ、そして感じたことをそのまま、言う。
「……君は……俺の主じゃない……」
「分かってるじゃないか。なら、別の事も分かっているんじゃないのか?」
「別の……事……?」
「彼女の『言い出せない事』と、君が『言い出せない事』は同じだ。それを確認し合う日が来た時、君は、変わってしまうのか?」
「…………」
その言葉の意味を考える。お互いに『言い出せない事』。薄々気付いている事。
「違う……変わらない。京子ちゃんは京子ちゃんだ……」
「ふ……」
そこで、茶髪の男らしい……武士のような雰囲気を持った京子は口元に笑みを浮かべた。真は驚いたように、初めて自分の気持ちに気付いたように、呆然と言う。
「……何だ、答え出てるじゃないか、俺……」
「真くん……!?」
その時、聞き慣れた声と話し方が耳に入った。のろのろと顔を上げると、そこには、心から心配そうな表情をしている京子の姿だった。
「どうしたの!? 誰がこんな事……!」
彼女は、しゃがみこんで真にグレーターヒールをかけた。傷が塞がっていく。それは、先程とは違う、紛れも無い――
「京子ちゃん。京子ちゃんは京子ちゃんだよな……」
「……うん、そう……」
京子はその言葉に、何かを思い出すような仕草をして、言った。
「私は、私……」
「うん、そうだ……変な事言ってごめん。そうだ、どこかで食事でもして帰ろうか」
「え、いいけど……、真くん、服……それに、一応病院行った方がいいんじゃ……」
言われて、真は改めて自分の姿を見下ろす。見事な程に血だらけだ。
「そうだね。とりあえず、着替えようか、服買えるお店探して……」
彼は立ち上がる。歩き出す京子の後ろをついて――横に並んだ。そして、そっと、彼女の手を取る。
「……!?」
驚く京子に、真は照れたような笑みを浮かべた。
「たまには、いいんじゃないかな……」