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リアクション
トリート作り
絵本図書館ミルムは、サリチェが元々住んでいた屋敷を利用して作られている。
普段は立ち入りを禁止するロープが張られているけれど、今日はハロウィンのお菓子を作る生徒や子供達の為に、キッチンが開放されていた。
キッチンには、ハロウィンで提供するお菓子を作ろうという生徒と、お菓子作りに誘われたラテルの子供たちが集まっている。
「材料はここに置いてありますので、先に申告された方はどうぞお取り下さいね」
ハロウィンといえばカボチャがつきもの。フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)はサリチェから近くの農家を紹介してもらい、皆が必要としている分のカボチャを分けてもらってきたのだ。
小麦粉や砂糖等の材料や道具は、ラテルの街で購入したり、皆がそれぞれ持ち込んだりされている。
積みあげたカボチャの数は多かったけれど、四方から手が伸びてきてたちまち山がなくなってゆく。この分ならたくさんハロウィン用のお菓子が出来そうだ。
「メイベル様、わたくしたちの分はこちらですわ」
「たくさんですねぇ」
フィリッパの持ってきたカボチャの量に驚きながら、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)はセシリア・ライト(せしりあ・らいと)にどんなお菓子を作るのかと尋ねた。
彼女たちが作るのは、ハロウィンで配布する為のものではなく来館者を庭でもてなすときに出すお菓子だ。持ち運びや日持ちは気にせずに作れるから、選択できる幅も広い。
「お菓子もいろいろあって迷っちゃうんだけど、ラテルではハロウィンは馴染みがないってことだから、ベーシックなものが良いと思うんだよね」
「ベーシックなものですかぁ。でしたら、パンプキンクッキー、マフィン、ビスコッティ……」
思いつくままお菓子の種類をあげてゆくメイベルの後を、セシリアが続ける。
「あとはパンプキンケーキとか、上の面をジャック・オー・ランタンの顔みたくしたパイサンドとかもいいなって思うんだよね」
ラテルの街の人にとってははじめてのハロウィンだ。どこまで理解してもらえるかは分からないけれど、とりあえず楽しく過ごしてほしい。その為にもとびっきりおいしいお菓子が作りたい。
「それではいろいろ作ってみましょうかぁ」
多くの種類からお菓子を選ぶのもまた楽しみのひとつだと、メイベルはセシリアを手伝ってお菓子作りを始めた。
クッキーを作ろうと子供たちを集め、神崎 優(かんざき・ゆう)は材料を用意し始めたが、ふとこちらを見ている視線に気づいた。
じっと優のすることを見ていた子供は、目があったのにきづいて慌てて視線を逸らす。
「一緒に作らないか?」
優が誘い掛けると、見ていたのをとがめられたとでもいうように子供は身を縮めた。
「えっと……」
どう気持ちをほぐそうかと言いよどんでいると、優に代わって水無月 零(みなずき・れい)が優しく子供に笑いかける。
「今日はお菓子を作るお手伝いにきてくれたの?」
「うん」
「これからカボチャのクッキーを作るのよ。一緒に手伝ってくれる?」
「うん。手伝う」
零の笑顔に励まされるようにして、子供はやってきた。
「クッキーか。難しいのか?」
神代 聖夜(かみしろ・せいや)は料理自体は苦手だから、子供たちにまじって教えてもらう方にまわっている。
「手順通りに丁寧に作れば大丈夫です」
陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)は聖夜にそう言うと、材料を量るのを面倒がって適当にボールに振り入れている子の前にしゃがみこんだ。
「だから、おいしく作るためにも材料きちんと量りましょう。適当にいれてしまうと、クッキーまで適当な味になってしまいます」
同じ目の高さで注意すると、子供はもじもじとうつむいた。
「でも、じょうずにはかれないんだもん……」
「でしたら、いっしょに量りましょうか。こうするといいんですよ」
子供に分かりやすいようにと、刹那は丁寧に教えていった。
優は作っている間も、仲間はずれになっている子がいないかどうかと周囲に気を配る。お菓子作りの輪に入れずにぽつんとしている子を見つけると、
「これから型抜きをするんだ。簡単だから一緒にやってみないか?」
と誘いかけた。みんなが楽しそうにお菓子を作っている中で独りでいるのは、きっと寂しいだろうから。
「でも……やったことないの」
「こうやって生地に型を押し付けると……ほら、これでカボチャの形になるだろう?」
「こう? ……できた!」
さっきまでの沈んでいた顔が嘘のようにぱあっと笑う子供に、優も自分の精一杯で微笑みかける。
「結構難しいな、これ」
聖夜は生地を均一に伸ばそうと苦戦中だった。慣れない手では生地が思うように伸びてくれない。
「あのね、こうするんだって」
見かねた子供が手伝ってくれる。母親が料理するのを手伝っているのだというその女の子は、普段料理に触れていない聖夜よりもずっと手際よく、生地を伸ばしてくれた。
「ありがとう。助かったぜ」
「おいしいクッキー、できるといいね」
聖夜ににこっと笑顔を向けると、女の子は自分の生地を几帳面に型抜きし始めた。
「難しいところはない? 分からないことがあれば何でも聞いてね」
この中では一番料理が得意な零は、子供たちの様子を見ては声をかけた。
零の邪気のない笑顔に惹かれてか子供たちはあれこれと気軽に分からないことを尋ねてくる。
「きれいな形にならないのー」
「それはね、型から外すときにコツがあるのよ。やってみて」
子供たちに1つ1つ丁寧に答えて、零はクッキー作りがうまくいくように教えた。
なんとか型抜きまで終えると、オーブンで焼き上げる。
「これは熱いから俺がやろう」
火傷でもしたら大変だからと、優は火回りの作業を引き受けた。ガスオーブンと違い、薪オーブンは温度調整が難しい。
上手く焼けるかどうか心配だったが、クッキーの焼き上がりは上々だった。冷めるのを待ってから、ハロウィンで配る用に小分けしてクッキーを袋に入れる。
じっとその小袋に目をやっている子供に気づくと、優はお土産に、とクッキーの入った袋を渡した。
「手伝ってくれた礼だ」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
子供たちは嬉しそうに袋を受け取ると、跳ねるようにしてキッチンから出て行った。
「よいしょ、っと……さすがに重いですね」
「ええ、本当に。お菓子作りに必要なものって、案外多いのですわね」
小林 恵那(こばやし・えな)と神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は持ち込んだ材料や道具を調理台に下ろした。
多くの人がお菓子作りをするから、もともとキッチンにあるだけの道具では皆には行き渡らない。かさ張って重かったけれど、持ってきて良かったと2人はそれぞれ持参したものを広げた。
持ってきたものはどちらも似ている。それもそのはず、2人とも作る予定なのはクッキーとカボチャケーキだ。
材料や道具を出し終えると、有栖はさっそく青と白のギンガムチェックのエプロンをつけた。
「何をするの?」
お菓子作りをしようと誘われて、キッチンの中をうろうろしていた子供が、ナイフを手にする有栖を恐々と見る。
「まずはパンプキンケーキを作ろうね。小ぶりのカボチャをまるごと使って、中にケーキの生地を入れるの♪」
「まるごと?」
「そう。カボチャのランタンを作る要領でカボチャをくりぬいてね」
そう言ったけれど、子供はきょとんとしている。
「カボチャのランタンってなぁに?」
「ああ、ラテルではそういうのを作ったりしないんだったわね。あのね、カボチャの皮を破らないように気をつけて、中身をきれいにくりぬくの。それでね、目や口の部分に穴を空けて顔みたいにして、中にともした蝋燭の光がもれるように作るのよ♪」
有栖は指先でカボチャに目と口の形をなぞってみせた。
「おもしろそう〜」
「もしカボチャが余ったらランタンも作ろうね♪ これから作るのはケーキだから、目と口は空けずにね。空けるとそこからケーキの生地がこぼれちゃうから」
カボチャの上部を切り取るのは力もいるし危ないから自分でやって、有栖はカボチャを子供に渡した。
「ん〜、硬いよ〜」
子供の手にはカボチャのくりぬきはかなり大変そうだ。
「上手上手♪ ゆっくりでいいからね」
有栖は手伝ったり教えたりしながら、子供たちと一緒にカボチャケーキを作っていった。
恵那の方はカボチャの裏ごし等の面倒な部分を終えてから、子供たちをお菓子作りに誘う。
「ハロウィンのクッキーと、かぼちゃケーキを作りたい人ー」
「はーい!」
呼びかけに応えてやってきた子供たちに、恵那はエプロンを渡した。
「ちゃんとエプロンをつけてね。素敵な服が汚れてしまいますよ」
小さい子には主にクッキーの型抜きをしてもらうことにして、恵那はもう少し大きい子と一緒にパウンドケーキの生地を作る。濃厚な味わいにする為に、ケーキのカボチャはたっぷり多め。生地ができると型にとろりと流しこむ。
型抜きしたクッキーは形を崩さないように気を付けて天板に並べる。
「さあ、上手に焼けるといいわね」
十分に熱くしたオーブンにケーキとクッキーを入れて焼きあがるのを待つ。
まだかまだかとオーブンを眺めている子供たちの神妙な顔がなんだか楽しい。
と、そこに東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)の声がかけられた。
「もし手がすいてたら、クッキーの作り方、教えてもらえないかな?」
「かぼちゃとプレーンのクッキーでしたらレシピをもってきてますけど、それでいいですか?」
「うん。かぼちゃのおばけクッキーを作りたいの。型と必要そうな材料は持ってきたんだけど……作り方がよく分からなくて」
そう言う秋日子に、焼き上がりを待っていた子供たちまで
「あたしも教えるー!」
「ワタシもワタシもー!」
と手を上げた。
「じゃあみんなでよろしくね」
たくさんの先生に囲まれて、秋日子はクッキー作りを開始した。
「ダメだよー、もっとバターはちゃんとかきまぜるんだよっ」
「あ、そうなの? これくらい……かな」
子供に注意されて、秋日子は慌ててバターをよくかきまぜる。そんな様子を、手際よくクッキーの生地や飾りに使うラズベリーソースを作りながら、要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)は微笑ましく見守った。
「ああー! 入れすぎ入れすぎ!」
子供たちに合唱されて、思いっきり振り入れていた手を秋日子ははっと止めた。
「入れすぎ?」
「あの、バニラオイルは少々にしておかないと……」
そう書いてあったはずなのにと恵那はレシピを確認してみる。
「他の材料と比べたらずっと少なく入れたんだけど。少々とか適宜とか、専門用語って分かりにくいよね」
「せんも……あ、混ぜる前にせめてその部分を取り出し……」
「……混ぜちゃった」
あは、と笑う秋日子に恵那もつられて笑ってしまう。
とりあえず、手元から漂ってくる甘い甘い香りは気にしないことにして、秋日子はクッキー作りを続けた。
子供たちから、そんなに混ぜちゃいけないとかのダメ出しをくらいながらも、秋日子は何とかクッキーを型抜きし、要の作ったクッキーと一緒にオーブンに入れた。
「……あの。それは捨てるんでしょうか?」
それまで、皆の楽しそうな様子を眺めていたリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)が寄ってきて、それ、とカボチャの種を指差した。
使ったものの片付けにかかっていた秋日子は、そのつもりだけどどうして? とリリィに聞き返す。
「それでしたら、少しわけて下さいませんか?」
「構わないけど、何に使うの?」
「何に使うのかはお楽しみ、です♪」
リリィは楽しげな様子で、皆からカボチャのわたを分けてもらってきれいに水洗いした。
種だけを取り出すと、それをフライパンで十分に炒る。本来なら天日干しをして乾かしてから作るものだけど、乾かせばきっと同じだろう。
パン、と種がはじけてフライパンから跳ね、驚いたリリィも飛び上がる。急いで蓋をかぶせてもう少し炒って火から下ろして、種がさめるまで待ち。あとはひたすら種をむく作業に入る。
「……飽きてきましたわ」
単調で腕がだるくなる作業に、途中で放り出したくなってくる。
もともと大雑把な性格をしているから、リリィはこういうちまちました作業は苦手だ。
面倒だ、という気持ちと、みんなで美味しく楽しく食べたい、という気持ちは、秤にかけると後者の方が少しだけ重く。
まるで内職でもしているように、リリィはキッチンの片隅で黙々とカボチャの種に取り組んだ。
その間に、お菓子を完成させた有栖はラッピングに取りかかっていた。
ケーキは切り分けて、クッキーはいろいろな形のものをセットにして可愛くラッピング。
ハロウィンのタグの裏に『ワタシヲオタベ』と書いて、有栖は楽しそうにくすくすと笑った。
「ケーキの端っこや形のあまり良くないクッキーは食べてしまいましょうか。おいしく出来てるといいわね」
恵那は焼きあがったお菓子を子供たちと試食する。
まだ温かいケーキは濃厚なカボチャ味。カボチャの形のクッキーはきれいなオレンジ色とプレーン。
「良かったらこちらもいかがですか?」
ようやくカボチャの種の外皮を取り除いたリリィは、それに塩をふったものを差し出した。
「手間暇こめた『カボチャの種』です!」
「うん……カボチャの種だね」
華々しく出したのだけれど、そのままな名前と地味な見た目に、子供達の反応は鈍い。
「こう見えても美味しいんですのよ」
香ばしく炒ったパンプキンシードは確かに美味しいけれど……子供の口にはやはり甘いものの方が良いようで。
「みんな遠慮深いですのね」
子供達が少しだけつまんだ残りのパンプキンシードを、リリィは小袋に入れる。
「こうやってラッピングすると、なんだかセイヴァーシードの袋みたいですわね。炒ってしまったので蒔いても芽は出ませんけれど」
言ってから、ちょっと縁起が悪かったかもしれないと思い直す。
「お菓子をもらった子が喜んでくれますように」
リリィは気持ちとパンプキンシードをたっぷりと詰め込んだ。
「さて、と。私たちのも焼きあがったようね」
秋日子もクッキーを取り出してみる。甘い香りはかなり強いけれど、秋日子が作ったお菓子は、見た目はちゃんとしたカボチャのおばけクッキーだ。
けれど……。
「!? か、要。これ何?」
「お化けクッキーです。お化けらしく、ちょっと不気味に出来ました」
「要……これ、『ちょっと』不気味なんてものじゃないよ。不気味『すぎる』よ!」
秋日子は要のクッキーを載せた天板をこれは子供には見せられないものだと後ろに隠した。
「見せて見せてー」
隠されると見たくなるのが人情というもの。子供たちは秋日子の後ろに回りこみ。
「うぇぇぇぇーん!」
クッキーを見るなり泣き出した。
「ええッ? そ、そんなに怖いです……か?」
要作のカボチャお化けの顔は焼けただれ、かなりホラーなものになっている。おいしく味付けしようとラズベリーソースをかけたクッキーは、まるで血痕がついているように見える題を付けるなら、『ハロウィンの恐怖! その時カボチャは見た!』とでもいう感じだろうか。
「味は大丈夫なはずなのですが……」
要は自分で1つ食べてみた。さっくりとした口あたりのクッキーはとても美味しい。けれど、お菓子作りにきたのが女の子ばかりだったために、誰も味見してくれるという子がいない。
「私の方はどうかな? はい、食べてみて」
秋日子は焼きあがったクッキーを子供たちに渡した。少し香料を入れすぎたり混ぜすぎたりということはあったけれど、基本的にはレシピ通りの材料と手順で作っている。そこそこの味にはなっているはずだ。
子供は秋日子に言われるままにクッキーを齧り。
「うま……ずい!」
「う……。そ、それは……どっちの意味でとったらいいのかな? 美味しいの? 美味しくないの?」
「うーん……」
子供は悩みきった様子で考え込んだ。
どうしてだろうと秋日子もクッキーを食べてみる。
練りすぎた所為でクッキーが少し硬い。カボチャの香りも甘い香りに隠れてしまっている。それでも主な材料はレシピ通りだし、作り方もおおむね間違ってはいない。見た目はちゃんとしたクッキーだし、味も食べられないようなものではない。のだけれど。
「……うーん」
美味しくない。さりとてまずい、と言い切ってしまうほどでもない。
微妙なバランスのクッキーを食べる秋日子の横で、要は血まみれお化け風クッキーを眺める。
「おいしく出来ていると思うんですけれどね……」
クッキーに大切なのは味か見た目か。
……きっとどちらも大切…………だよね?
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