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Trick and Treat!

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15.はろうぃん・いん・ざ・あとりえ。そのじゅう*あなたに聞きたいことがあって。


 街の警邏を終えた後、ノア・セイブレムの呼びかけに応じて人形工房までヴァル・ゴライオンはやってきた。
「…………」
 しかし、ヴァルは若干、沈んでいた。
 祭りの日の不埒など許さん! と、意気込んで街を見回って。
 困っている人の手伝いや、犯罪を未然に防ぐなど、貢献もしてきたが。
「どうした?」
「レン……」
 沈んだ顔を見かねてか、レン・オズワルドが声をかけてきた。
「……犯罪を、取り逃した」
「何? お前が?」
「……はぁ」
 そのおかげで、沈んでいるのだ。
 酷く酷く、それはもう、傍から見ている側が悲しくなるくらい。
 犯罪は、許せない。
 それに、ハロウィンは死者のための一日なのだ。
 そんな日にかこつけて不埒を働くなんて、許してはいけない。
 だから、悔しい。
 そういったヴァルの思いを理解しているのであろう、美貌のスマートフランケン、といった仮装をしたキリカ・キリルク(きりか・きりるく)が、心配そうにヴァルを見る。下手な言葉はかけられないと踏んだのか、何か言うことはせず、じっと黙って。
「帝王って聞いてたけど」
 不意に、リンスがそう言った。
 けど? けど、なんだろう。何を言われる?
「普通に失敗もするんだ」
 そりゃあ、そうだけど。
「失敗してはいけないことだったんだ」
 街の人の安全を守ること。
 街の人の幸せを守ること。
 それが自分に、できること。
「って言ってもこれっきりってことじゃないでしょ? 警邏なんて」
「ああ……悲しいことに、悪は多いから」
「じゃあ、次もっと頑張れば。今こうして落ち込んでるよりはいいよ」
 確かに、こうして落ち込んだままでいるよりは、次回へのバネにしたほうがいい。
 けど、そう割り切れないで、落ち込んでしまうのも人の性。
 再びしょぼくれたヴァルへと、
「帝王って聞いてさ。何者? って思ったんだ。
 でも結構、人間らしいね。嫌いじゃないや」
 無表情で、リンスが言った。
 その言葉にどんな意味があったのか、測りかねる鉄面皮ぶりだったけど。
「そうか」
「うん」
 少しだけ、ほんの少しだけ、気が楽になった。
「それにヴァル、ハロウィンはお祭りだ。生者が楽しまないと死者も楽しめないぞ?」
 そこにレンのアドバイスもあって。
 楽しんでもいいかな、という気になれた。
「そうだな。俺がいつまでも沈んでいるわけにはいかん! よおぉし皆の者、祭りだー!!」
 元気を取り戻したヴァルが、工房内の面々にお菓子を配って回り始める。


 それを、キリカは安堵したような表情で見た。
 天井付近、高所の飾り付けが取れてしまった部分を直し、リンスの隣の椅子に座る。
「ありがと」
「え?」
「飾り付け。俺じゃ届かない」
 言いながら、手をひらひらと天井に伸ばしてみせるがかなり無理そうだった。
 その、細くて白い手が。
 人形を作ると、霊を宿すことができる。
 不思議な手だ、と思うと同時に、手を伸ばしてその手を握っていた。
「?」
 きょとん、とした目を、された。
 そりゃそうだ。ほぼ初対面の人間に突然手を握られたら、誰だって驚く。
 けれどキリカは離さない。
「…………」
「キリルク?」
「……あ。すみません」
 名前を呼びかけられて、ようやく離した。
 ふと、思ったのだ。
 霊を呼ぶ人間には、本当に逢いたい霊が居るのかな、と。
「ハロウィンの今日。様々な霊が来ています」
 もしも、
「貴方が一番会いたい方の霊が現れたら、どうされますか?」
 その問い掛けに、リンスは軽く首を傾げて、無表情。
 考えているのか、何を言い出すんだこいつ、という目なのか。付き合いの浅いキリカにはわからないが。
 短くはない沈黙の後、
「いろいろ言いたいことはあるけど、結局行きつくところは『ありがとう』だと思う」
 その、付き合いの浅いキリカにも判るほど。
 優しい顔で、寂しそうな顔で、リンスは言った。
 同じ答えだ。
 キリカは思う。
「私もです」
「一緒なの?」
「はい。ありがとう、と。それと、元気です、と」
 キリカの答えに、ああそれもあった、とリンスが頷く。……元気、なのだろうか。随分痩せて見えるし、肌の色もかなり白いが。
 まじまじリンスの顔を見ていると、「元気だからね?」と念押しされた。きっと本人がそう言うのだから、そうなのだろう。詮索はやめよう、失礼だ。
「あの人が居ない世界は……最初、どれほど色のないものだったか」
 大切な人を失って。
 自分の中から、何かがごっそり、あの人の存在と一緒に消えてしまったような気がして。
 何もする気が起きなくて。
 でも。
「でも、愛す……敬愛する、人に引き合わせてもらえました」
 だから私は、歩いて行ける。
 貴方が居ない世界でも。
 こうして、二本の足で、背筋を伸ばして立ち上がって。
 一歩、前へと踏み出せる。
 リンスは静かに話を聞いてくれていた。退屈ではなかっただろうか? 顔を見るが、どことなく、キリカと似た表情をしていた。
 失った大切な人を、想い出している時の、顔に。
「不思議なものだよね。最初はあんなに、苦しくて痛かったのに」
「けれど今は、立ち上がれる」
「これだけ居るしねえ」
 くるり、工房を仰ぎ見て、リンスが言う。困ったように笑いながら。
「これだけ居るのにしゃがみ込んでたら、何してんだって怒られるって」
 同じように、キリカはヴァルを見る。
 クロエや、工房に来ていた客に、「ハッピーハロウィン!」お菓子をたくさん、配っている。
 ――そう、あの人が居るから。
 ――私も、歩ける。
 とはいえ。
「今に満足すると、次を求めてしまうのが人間の業です」
 1を手に入れた。
 では10が欲しい。
 10を手に入れた。
 では……。
 求めすぎなのはわかっていても、手に入れたら次が欲しくなる。
「変化を求める一方で、今の関係を壊したくないというジレンマ。
 リンスさんはそういう時、どうします?」
 再び、あの何を考えているのかわからない顔で、リンスは黙り込む。
 なんて答えるか。
 気になる半面、ただの興味本位であるからそこまで深く気にしなくてもいいや、とも思う。
「俺、変化に関して疎い」
 よくわからないんだ、と感情の欠如した声で。
 リンスは、言葉を続ける。
「けど、今の関係はキリルクが言うように、壊したくないと思う。前までそんなこと思わなかった」
 リンスの言う、『前のリンス』はわからないが、問いかけて水を差したりはしない。黙って、聞く。
「それが、俺にとっての変化。
 ……うん、ごめん、あんまり言いたいことがまとまらなかった」
 質問で、リンスを困らせてしまったようだ。謝らせるつもりなどなかったのに。
「いえ、意見をもらえて嬉しいです」
 むしろ、答えを聞かせてもらっただけで充分。
「さて、それではそろそろ私もヴァルと一緒にお菓子を配ってきましょうか」
 あまり傍に居ても、また悩ませてしまいそうだからとキリカは立ち上がる。
「きっとね、周りの出来事はどんな変化も受け入れるよ」
 椅子を片付けるキリカに、リンスは独り言のように呟いた。
「だけど、内面としては、心の動きとしては、どうかな。受け入れがたいことも、あるんだろうね。
 そう、思うようになったよ」
 それが何を意味するのか。
 今日、初めて会ったキリカには、わからない独り言だったけど。
「その変化は、良い変化ですね」
 それだけは、わかった。