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未踏の遺跡探索記

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第2章 神殿に息づく者たち 4

 そこにいるのは無垢なる愚者か……あるいは闇の使いか……それは誰にも分からない。九条 風天(くじょう・ふうてん)は静かに対峙した。正眼の構えに持ちあげられた二刀の刀が、わずかに刀身の音を鳴らした。
「シェミーさんが来る前に退治……といきたいところですね」
「ああ……それに加えて修行にもなるんだ。一石二鳥というやつだな」
 風天とともに構えをとるは、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だった。目つきの悪い悪人面をしているものの、これでも隊長である風天とともに義剣連盟として戦、う正義感の強い男だった。分割できるように改造してあるランサーは、目の前に近づいてくる敵を牽制していた。
「しかし……こいつらは何のために動いてるんだ?」
「もしかすると、何かを守ろうとしているのかもしれませんわね」
「守る? ……へっ、不死のナイトってか。こいつぁ格好いい骨と死体だな」
 エヴァルトの問いに答えた坂崎 今宵(さかざき・こよい)へ、ベルトラム・アイゼン(べるとらむ・あいぜん)が軽口を返した。不遜とも言える物言いだが、それを咎める声はなかった。なにしろ現に、アンデットはナイトのごとく風天たちを捉えているからだ。それに……ベルトラムの軽口はいまに始まったことではない。
「九条体長、くるぞ!」
 エヴァルトが叫んだ。
 途端――スケルトンが一斉に襲い掛かってくる。しかしそれも、二人にとっては予想できた行動だった。
「…………はっ!」
 九条のあらかじめ金剛力で増強されていた筋力が、二刀の刀を力強く振った。頭部から振り降ろされた刀身は、スケルトンのしゃれこうべを粉々に砕く。続けざまに、光の力をまとったもう一方の刀身が、横合いから斬りかかってきたスケルトンを斬り払った。
 次々と襲いかかってくる骨の大軍を、光を纏った刀が砕き散らしてゆく。それに続くかのよう、エヴァルトのランサーがスケルトンの頭部を的確に粉砕していった。
「やりますね、エヴァルトさん!」
「そりゃ……義剣連盟の一員だからな!」
 二人は、互いの背中を合わせて応じ合った。
 予想は間違っていない。不死の敵とはいえ、その意識は頭部に集中しているようだ。言わば心臓を砕かれたスケルトンは、くずおれて身動き一つしない白骨となる。
「げぇ、うじゃうじゃ出てくんなぁ」
 槍と盾でスケルトンと攻防を続けていたベルトラムは、顔を歪めた。通路の奥からは、スケルトンだけでなくゾンビさえもが虫のように湧いてくるのである。
 横で一体のスケルトンが、ずどんと音を立てて、見えない力に床に叩きつけられた。
「一気に勝負を決める必要がありそうですわね」
「なら……任せといてくれ!」
 サイコキネシスを操ってスケルトンを葬ってゆく今宵が提案した。確かに、それしかなさそうだ。エヴァルト自身も、少なからずそれは感じていた。そして、そのためにはまずこの敵の包囲網を崩さなければならない。
「何を守っているか知らんが……もういいだろう。眠れ!」
 エヴァルトの身にまばゆい光の力が宿ったと思えば、次の瞬間には彼のランサーが分解され、囲んでいたアンデットたちを蹴散らしていた。続けて、あらかじめ予定したようにベルトラムに目をやる。
「よっしゃ、俺の出番か!」
 ベルトラムはにやりと不敵に笑ってエヴァルトに飛びこんだ。すると、まるでどこぞのヒーローが変身するかのように、エヴァルトの身体に鎧が装着される。ベルトラムの本来の姿であるその鎧は、いかにもエヴァルトが好みそうなヒーロースタイルだった。
「むううぅん!」
 力を溜めるような声と仕草を起こして、エヴァルトは眼前を鋭く睨んだ。……アンデットたちも異様な空気を察しているのか、なぜか立ち止っている。おそらく、擬音的にはきょとんだ。
 膝のドリル状突起、爪先のブレード、肘のブレード……次々とそれらを誇示するようなポーズをとって、最後にエヴァルトは気合の一声を放った。
「重装魔鎧! ガオ・R・ゲイン!!」
 一同、呆然。
 とりあえず、お約束というようにアンデットが立ち止っていたことはありがたいと言うべきか。九条と今宵は呆れた顔をしているが、そんなことはヒーローにとって関係ないようで。
「さあ、かかってこーい!」
 エヴァルトの声が張り上がった。次いで――ようやく硬直から解けたアンデットたちが、彼らに襲いかかる。
「…………はっ! 固まってるばあいじゃないです!」
 九条も慌てて気を取り直した。
 不幸中の幸いか。魔鎧を装着する前のエヴァルトが放った『即天去私』で、数はそれなりに減っているようだった。となれば、あとは己の全身全霊をかけて蹴散らすのみ!
「今宵、援護を!」
「了解でございます」
 アンデットの中心に、風天が飛び込んだ。飛んで火に入る夏の虫――そんなアンデットたちの視線が交差して、風天へと一斉に襲い掛かる。
 だが、彼らは理解していなかった。
「――――ッ!」
 一人ということ。それはすなわち、自信が余裕を生み出しているということ。
 ――一閃。そのときには、二刀の刀がいつのまにか線を描き、スケルトンを砕き散らしていた。更に、剣劇はとどまることなく続けざまに敵を屠る。無論……手に負えない隙も出てくるだろう。だが、そこは……
「ビンゴ……でございます!」
 今宵の魔道銃から飛来した魔力の銃弾が、見事にゾンビを破爆させていた。
 アンデットたちの能力は、無力と言わざるを得なかった。決して戦闘力で劣っているわけではない彼らだが、そこに人間の思考と連携が加われば、格段な差が生み出されるのである。
 死角なき風天だけでなく、エヴァルトのブレードとランサーに敵うアンデットは、残念ながら存在していなかった。
 次々とアンデットたちを処理してゆくエヴァルトと風天――いや、義剣連盟。そのうち、彼らの前に敵は全ていなくなっていた。
「はぁはぁ……しかし、さすがに数が多かったですね」
「殿、皆さん、お疲れ様でございました」
 疲労のせいか肩で息をする風天たちに、今宵が癒しの光――ヒールを唱えた。柔らかく、そして暖かい光は、彼らの傷だけでなく、疲労さえも癒してくれる。
「んー、それにしても、これだけうじゃうじゃいるのも変な話だな」
「変?」
 エヴァルトのふと口にした言葉に、九条は首をかしげた。
「いや、自然に発生したとしたら……多分、こんなに多くはないと思うんだよな。もしかすると、何か理由があるのかな、と」
「ははは、人工的にどんどん生まれてるとか?」
 魔鎧から人間形態へと戻っていたベルトラムが、からかうように笑った。が、しかし……人工的……?
「……魔道書の少女もそうですが、ボクたちの思っていた以上に、ただの遺跡ではないのかもしれませんね」
 九条とエヴァルトは、お互いに不吉な予感を感じていた。