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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~

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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~
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 鮮血隊副隊長の姿でチェリーを助け、バズーカをファーシーに渡したトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、普通の私服姿になってジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)と空京を歩いていた。そこで――
「ん?」
「どうしたの? トライブ」
「いや……」
 トライブは立ち止まり、街頭テレビで流れているニュースを注視した。さっき、何だか変な事を言ってなかったか……?
『……繰り返します。本日、空京のデパートで発生したテロ事件ですが、犯人は山田太郎という男だとわかりました。鏖殺寺院の1人であることが関係者の証言から判明しています。山田は現場となったデパートの5階で死亡。容疑者死亡のまま書類送検の見込みです――』
「……山田が死亡? てことは、チェリーは……チッ、最後まで見届けるべきだったぜ」
「最後まで? まさかトライブ、また何かやったんじゃ……」
 ジト目で見てくるジョウに、トライブは昼間の事件について説明した。白状ではなかったと思う。白状では。
「……わかったか?」
「ふぅん……、女の子を助けたんだね」
「…………」
 その台詞はとりあえずスルーして、トライブは言う。
「にしても、あれだけ派手な大捕り物して、報道に出ているのが山田太郎1人ってのは妙な話だな。目撃者は大勢いるだろうし、監視カメラにも一緒に映っている筈だ。なぁんか気になるし……少し探してみるか」
「そんな話聞いたら、ボクも気になってくるじゃん。一緒に探すよ」
 2人は、チェリーを助けた場所周辺で聞き込みをすることにした。街中で倒れた人1人を運ぶのだから、全く人目に触れないというのは不可能だろう。
 必ず、どこかに手がかりがある筈だ。

 空京。デパートからそう遠く離れていない場所。住居エリアの一角に中規模の診療所があった。経営の破綻したスーパーマーケットが買い取られリフォームされ、医院として運営されているのだ。元の駐車場の半分程はアスファルトが取り払われ、庭として作り変えられていた。
 電気の点いたその診療所を、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は訪れた。
 本来の来院時間は過ぎている。ガラス戸の向こう、蛍光灯1つの受付で若い看護師が働いているのが見える。そちらには行かず、大佐は庭にまわった。壁を伝っていくと、僅かに窓が開いている部屋があった。中を覗くと、見覚えのある獣人がベッドに横たわっている。
 静かに窓を開けて病室に入る。室内は以外と広かった。テレビの電源がつき、番組をただ垂れ流している。
 ベッドが2つ。1つは無人で、1つにはチェリー。モニターのついた機械が置かれ、そこから伸びたコードが彼女の身体に繋がっている。口元には、人工呼吸器がつけられていた。眠っているように見えたが、意識はあるようでチェリーはゆっくりと瞼を開けた。訪問者の正体に、目を見開く。
「……お前は……」
 忘れるわけもない。デパートで追い詰められた時。太郎から離れ、バズーカを抱えて逃げる瞬間。
 太郎の胸に刀を突きつけていた、人物。
「何しに、来た……?」
「今回の件……貴様らが実行犯として動いていたわけだが、他に黒幕が居るのか、それを訊いておきたい」
「訊いて、どうする……」
「さあ、どうするのであろうな……殺すか」
「…………」
 チェリーは、大佐を少しの間睨みつけてから短く言った。
「……勝手に、しろ」
 その言葉は本心なのか、どうせ出来ないとタカを括っているのか。単純にどうでもいいのか、彼女は途切れ途切れに話し始めた。
 敵である筈の、大佐に。
「黒幕、と言えるのかは微妙だが、切欠となった上司のような存在なら、居る。切欠といっても……些細な切欠ではあるが……」
「そいつの名前は?」
「アクア・ベリルだ……」
 チェリーは、アクアがファーシーの周辺を何かに憑かれたように調べていた事。やがて、近しい者に剣の花嫁が居ることを知った事。その花嫁が、契約者に溺愛されている事を知り、太郎にバズーカで攻撃しろと言った事。寺院から用済み扱いされ、起死回生の策を練っていた太郎が、テロ計画を決意した事。彼女達が空京に赴いたことを確認した時点で、実行に移した事。
「アクアはテロに興味は無かった。目的はあくまでピノ・リージュンであり……今日の電話の様子から……成功するとも思っていなかったようだな……」
 そこで、チェリーは激しく咳き込んだ。人口呼吸器が一瞬、白く不透明になる。おさまった所で、目を閉じる。大佐は表情を変えず、質問を続けた。
「山田は、どうやってバズーカを入手した? ポータラカについて、何か知っている事は?」
「…………」
 彼女は答えない。枕元にあるモニターの表示が、不規則に波打っている。やがて。
「……寺院ではなく、所属している企業の研修という名目で……ポータラカへ行った。そこの技術を応用し……太郎が独自に……っ」
 苦しそうにするチェリーに、大佐はこれ以上の情報を引き出すのは無理かと考えた。だが、充分でもある。
「この症状……山田太郎は……死んだのか……?」
「そうだ。……山田の仇を討ちたいか?」
 彼女は大佐を睨んだまま、動かなかった。額に、汗が滲んでいる。彼女の様子は、バズーカで撃たれた時のパートナーを想起させる。
「そうだな……好きでも嫌いでもなかったけど……私の、パートナーだ……」
 逃げろと言った時に拒んだ太郎の顔を思い出し、チェリーは言った。
「仇の顔を、知りたいか?」
 無言のままに頷く彼女に、大佐は言う。
「それは我だ」
「……!」
 チェリーが再び目を見開く、悔しそうに、唇を噛んだ。それを冷たい目で見つつ、大佐は退室することにして彼女に告げる。
「殺しに来たいのなら、何時でもどうぞ」
 言いながら、ベッドの周囲の機材をざっと見回した。医学に精通している大佐は、その役割の全てが手に取るように理解出来る。そして、人口呼吸器の電源を――
 切った。
 モニターに繋がるコードも抜く。
 敵だと判断している相手に怨まれようが憎まれようがどうでもいい。電源を切った理由は、後で脅威になっても面倒だから。
 出来れば、その場で始末しておきたい。
 それだけである。
 大佐は、入ってきた窓から外に出る。空気が冷たかった。

 数分後。
「こんにちはー! お久しぶりですっ!」
 茅野 菫(ちの・すみれ)は、ガラス戸の鍵を合鍵で開けると、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)と一緒に元気に診療所に入っていった。受付から看護師が出てきて笑顔で迎える。
「あれ、菫ちゃん、パヴェーダちゃん、どうしたんだい?」
「買い物に来たの。まあ私は、菫のお目付け役なんだけど。空京で、何か事件があったみたいね」
「ここは何ともない? 皆、元気にしてます? 診療所で元気っていうのもおかしいけど。今は夕ごはんの時間かな」
 菫は、気まぐれでボランティア活動をやっている。小さな診療所等を巡って手伝いをしているのだ。職員や患者とも良好な関係を築き、その関係で合鍵も持っていたのだ。
「それが……」
 看護師は少し顔を曇らせて、言った。
「夕方くらいに1人、重体の子が運び込まれてね。路地で倒れてたらしくて、地元の人達が運んでくれたんだ。ただ、身元を表すものを何も持ってなくてね、訳ありみたいで、どうしようかと思ってるんだけど……」
「重体? 外傷がひどいの?」
「両足に何かで切られたような傷があったよ。でも、身体全体に痛みを感じているみたいで、うまく呼吸が出来ないんだ。人口呼吸器をつけて、何とか安定したけどねえ……」
「うーん、それは心配ね……。あたし、ちょっと様子見てきてもいいかな。……何よパビェーダ、機材には触らないわ。入り口から見るだけ」
 看護師は、菫に病室番号を教えた。勝手知ったるという感じで、彼女は廊下を進んでいく。とはいえ、看護師とパビェーダも後からついていくのだが。
 そして。
「ねえ! ちょっと、大丈夫!?」
 病室から、悲鳴にも似た菫の叫びが聞こえてくる。
「菫!? どうしたの……あっ!」
 パビェーダと看護師は、室内に入って絶句した。
 開け放たれた窓。ブラックアウトした機材。ぐったりとした、チェリーの姿。
「そんな……。うちに、侵入者だって……?」
 驚きで動けなくなっている看護師に、呼吸器を外して息を確認していた菫が言う。
「まだ生きてる……。早く! 機材を繋いでください! 先生を呼んで!」
 皆を聞く前に、パビェーダが廊下を走り出す。看護師も、急いでチェリーに駆け寄った。処置を見ながら、菫は言う。
「絶対に死なせないわ……! あたしが付きっきりで看病します!」