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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~

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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~
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「いらっしゃいませー」
 燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)は、神野 永太(じんの・えいた)と共に花屋を訪れていた。店内を一通り巡ってから、店員に声を掛ける。ガラス戸の奥に並んでいる切花は、店員に申し出て束ねてもらうのだ。
「お花を、沢山買いたいのです。私と永太、2人で持ちきれない程の花を。白くて、綺麗なものがいいのですが……」
「ご用途によりましても種類が変わってきますが、差し支えなければそちらを教えていただけますか?」
「用途……」
 ザイエンデは、静かに言う。
「お弔いです」
 それを聞くと、店員は笑顔をひそませて真面目な顔つきになった。頬を引き締め、気合を入れるようにぱん! と両手で叩く。
「わかりました。精一杯、綺麗なお花を揃えさせていただきますね。色味は……ピンクとかも少し入れた方がいいかな」
「……ありがとうございます」
 永太は、そんなザイエンデを後ろで見守りながら、ホテルでの出来事を思い出す。永太達は、フーリやファーシー達と別れた後、ミニス・ウインドリィ(みにす・ういんどりぃ)と一緒にホテルに入った。ミニスは余程疲れていたのか寝室ですぐに眠ってしまい、じゃあ何か飲みながらテレビでも、と電源を入れ――
 そこで、2人は山田太郎の死を知ったのだ。
 ショックを受けつつ言葉を発さないままニュースを見続け――やがて、ザイエンデは山田太郎を弔いたい、と永太に言った。それは、彼女の真剣な、願いだった。
『弔う? 彼を?』
『……はい。太郎さんは……これから、どうなってしまうのですか?』
『どうなるって……』
『太郎さんは誰かにその死を悼んでもらい、弔ってもらえるのですか? 素性の知れないテロリストの死を悼んでくれる者など、いないのでは無いでしょうか』
 テレビにもう一度視線を移し、彼女は言った。
『誰にも思われることなく生涯を終え、忘れ去られるのは……とても辛く、悲しいことだと思うのです』
 そして、永太達はミニスを置いて外に出た。空京の地理には疎かったから、この時間に開いている花屋を見つけるのには苦労したけれど、今こうして、自分達は花を買い求められている。
 次に自分が出来る事は、何だろう。ザイエンデは、歌を歌いたいと言っていた。山田太郎の為の鎮魂歌を、あのデパートの屋上で。
(私は歌えないけれど、出来るだけのことをしていきたい……。デパート……ニュースを見た限りだと、警察に封鎖されているみたいだったな。ちょっと、難しいかな? でも、担当の人に事情を話せば、入れてもらえないだろうか?)
 そんな事を考えていたら、店先に新たな客が現れた。夜空と皐月だ。
「こんばんはー! まだ、やってっかな? て、あれ……少年!」
 店内に入ってきた夜空は、永太に気付いて後から来る皐月の袖を引っ張った。
「何だよ……あ」
「偶然ですね。えっと……花を買いに? って、ここにはそれ以外の用もないですよね」
 彼等は、空京デパートで落ち合ってからずっとファーシーの傍にいた。別れたのは、皐月達が先行して街に戻ったあの時だ。
「ああ……ちょっと、チェリーの事が気になって……。山田が……死んだ、以上はどこかで苦しんでると思うんだ。だから……」
『死んだ』。その言葉を少し辛そうに口にしてから、皐月は言った。
 献花を持って、見舞いに。
 それは、どこか――
 底にあるものが何か、似ているような気がした。
「出来る事は無いし、掛けられる言葉だって無い。共感も出来なければ、同情すんのも難しいかもしらん……そも、事情なんて知らねーしな。でも……ただ、話を聞いて、頷くくらいは出来る」
「そうですか……。私達は、山田さんを弔い……歌を捧げようと思っています」
「歌?」
 そして永太は、自分の考えを2人に話した。ザイエンデの言うように、テロリストを弔ってくれる者などいないだろうから。
「……道徳に背いたのだから、自業自得だと言い捨ててしまえばそれまでなのだろうけど…でも、彼だって、その存在の全てが悪だった訳ではないと思います。きっと、表には出にくかったかもしれないけれど、善の部分だって持ち合わせていた筈です。
 死の間際にテロリストであったから、その生涯全てを悪だと断定し、弔ってもらえないのは――辛いことだと思うんです」
「永太」
 そこに、ザイエンデが声を掛けてくる。彼女は、両手いっぱいに花を持っていた。店員が、もう一束を持って待っている。
「永太にも、持ってもらいたいのですが……」
「あ、ああ、うん、分かった……あ、ありがとうございます」
 永太は急いで、店員から花束を受け取った。顔半分が隠れるくらいの花を持って、改めて皐月達に別れを告げる。
「……じゃあ、また」
「……おう」
「またなー」
 そうして彼等は、花と共に街に出る。
 誰かの死を、悼むために。

                            ◇◇


「お礼を言う? ……また妙な事を……」
 空京の街中で、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は隣を歩く遠野 歌菜(とおの・かな)に怪訝な目を向けた。歌菜は、あろうことか事件の犯人にお礼をしたいと言い始めたのだ。
「それは、勿論……決して許される行為ではなかったと思うよ。だけど……」
 歌菜は羽純を見上げ、言う。
「お陰で、羽純くんは記憶を取り戻せた。その事について一言、お礼を言いたい」
「…………」
 その真剣な顔に、羽純はふっ、と笑みを浮かべた。
「……そうか」
「それに……何であんな事件を起こしたのか、聞いてみたいし」
 少し俯く彼女の頭に、大きな手がぽん、と置かれる。
「よし。それなら試しに……探してみるか」
 羽純としても、犯人に確かめたい事が無いわけではない。歌菜は少しはにかんで、それから言った。
「うん。まずは特徴を聞き込まないとね。犯人さんを追いかけてた人達が、まだこの辺りにいればいいんだけど……あれ?」
 視線の先に友人達の姿を認め、彼女は表情を明るくした。デパートではぐれて、それきりだったが――
「遙遠さん! まだ空京にいたんだ!」

「2人の犯人のうち1人は死亡ですか……。生き残ってる方から話を聞いて見たいですね……死人からは聞けないので。さて、どこへ行ったのでしょう……とりあえず他に探す人達と協力するのが手っ取り早いですかね」
 報道を確認した緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は、元に戻った緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)、そしてデパートで犯人を探すと言っていた輝石 ライス(きせき・らいす)と一緒にチェリーの行方について考えていた。一方、ライスは憤懣やるかたない様子である。
「あんなに多くのパートナーをおかしくさせたチェリーは許せないからな、文句を言ってやる……! というか、もうぶん殴ってやらないと気が済まないぜ!」
 それを聞いて、霞憐も「う……」とうなる。
「そうだよなあ……」
 流石に一発殴りたい。そう思うのは霞憐も同じだ。でも、手を出したら何か拗れそうな気もするので我慢しようかと思っていたのである。
(今日は……遙遠に悪いことをしたな。遙遠はなんとも思ってないんだろうけど……謝っとかないとなあ)
 そう考えて遙遠を見ると、彼は誰かに電話をしていた。いつの間に……。
「……分かりました。では、お待ちしていますね、遥遠」
「遥遠に掛けたのか?」
 通話相手は、紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)だったようだ。呼び出したようだが、何故その必要があるんだろう? 霞憐が内心で首を傾げていると、遙遠は言った。
「ええ、ちょっと、持ってきてもらいたいものがありまして……多分、犯人を落ち着かせるには効果があると思いますよ」
「ふぅん……? まぁ、僕も幾つか犯人には聞きたいことがあるけどな……」
 そして、ふと思う。
(よくよく考えれば、僕が今この姿っていうのは、契約者である遙遠の嗜好が少なからず反映されてるんだよな?)
 光線の影響を受けていた時の事を思い出す。おぼろげながら自分がどんな姿をして、どんな話し方をしていたのかは覚えている。丁寧な口調でロングヘアの、大人の女性だ。
(……ああいう大人より小さい方が好きなのか? いや、別にそれでどうのこうのというのはないんだけど……。遙遠に好かれるならどうだっていいし)
 とりあえず……。
「遙遠……今日は、ごめんな」
「? 何がですか?」
 遙遠がきょとんとした所で、歌菜達が彼らを呼び止める。
「遙遠さん! 良かった、合流出来て……!」
「歌菜さん」
 それから、5人はお互いの目的を確認してチェリーの行方、情報について話し合った。
「……遙遠達も画像で容姿を確認しただけで、直接見てはいませんが……」
「オレは、あいつの足止めをしたから知ってる。あの時は半獣化してたけどな。色からして、犬だと思うぜ」
 ライスは、その時のチェリーの姿について説明した。長く伸びた鼻。赤茶色と白の短毛。
「人型については、さっき緋桜が言った通りだ」
「……1人が生き残って、その子は獣人なんだ。私、犯人探しをしている人の中に写真や映像を持っている人がいるかもって思ったんですけど……」
「それは、少し難しいかもしれません。デパートには写真を出力する機械が無かったので、全員、直接カメラ本体から確認したんです。映像も、監視カメラのデータが外部に漏れるとは考えにくいですしね」
「そっか……残念だな。でも、両脚を怪我してるとか、外見特徴は絞れたよね。これだけ情報があれば何とか……。怪我、怪我か……」
 歌菜はうーんと考えて、そして言う。
「って事は、病院に行く? 病院に聞き込みをしてみましょう!」
「……薬局の可能性もあるだろう」
「薬局?」
 示唆するような羽純の言葉に、歌菜はその意味を考える。
「……うん、病院だと足が着くから、薬を買ってアジトで治療……。よし、病院と薬局を虱潰しに聞き込みましょう!」
 4人に言いながら、彼女はちょっとだけ思う。
 ……何だか、探偵になった気分かも。

 その頃、遙遠に呼び出された遥遠は、ホレグスリの入った瓶を幾つか持って外に出た。以前、むきプリ君からレシピのコピーを強奪……もとい、平和的交渉の末に貰ったので、それを元に作っていたのだ。ちなみに、解除薬は作っていない。
(犯人を捜して、話を聞く、ですか……今日の事件に巻き込まれていたとは……。それにしても、昔の姿の霞憐ですか……遥遠も見てみたかったですね……でも、聞く限りの姿だと、妬いてしまいそうですね♪)
 そんな事を思って1人笑みを漏らしつつ、彼女は遙遠達との集合場所に向かった。