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人形師と、写真売りの男。

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人形師と、写真売りの男。
人形師と、写真売りの男。 人形師と、写真売りの男。

リアクション



4


 前、ハロウィンに来た時よりもわかりやすく、リンスは困っているようだった。
 そしてそんなリンスを見て、クロエもやはり困っていた。
「なぁるほど。勝手に写真をねぇ……」
 撮られた写真を見せてもらって、七刀 切(しちとう・きり)は頷く。
「クロエちゃんよく撮れてるねぇ。今度音穏さんとも写真撮らない?」
「な!?」
 とりあえず、クロエが可愛かったので提案してみたら、思いのほか黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)がうろたえた。
 クロエは音穏のうろたえっぷりにも気付かずに、ちょこっと首を傾げて、
「かいけつしてからでもいーい?」
 問い返してくる。
 ――おやまぁ、音穏さんのやる気がわかりやすくアップしたねぇ。
 ――元から面白くなりそうだったのに、割増そんな具合だよ?
「……安心しろ、クロエ。そ、その……困っているようだし、今度はちゃんと、助けてやるからな。
 ……と、あ。……と。……友達のために、な。うん」
 ――音穏さん、そりゃそわそわしすぎですって。
 さすがのクロエでも不審に思いそうなほどのそわそわっぷりだ。
「ともだちだから? たすけてくれるの?」
 クロエがきょとんとしたように言う。切がほらぁ、と思ったら、
「ありがとう!」
 クロエは音穏の手を取って喜んでいた。音穏も頼られてまんざらでもない様子だ。かなり恥ずかしそうだが。
 若干の認識の差異を感じて苦笑いしつつも、切は携帯に手を伸ばす。押し慣れた手順でクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)番号を呼び出した。


 ――ヤバい。
 今、とんでもなくヤバい。
 リンスが困ってる。
 そうか、それなら力になりたい。知らない仲ではないのだし。
 だが。
 ――いや、うん。
 状況を確認せんと見せてもらった写真を見て、確証はないけれど確信した。
 ――これ、キツネ君の撮った写真だろうねぇ。
 紡界紺侍が撮ったものだと。
 盗撮なのに、自然な様子とか。
 風景と人物のバランスとか。
 写真のことなんて詳しく分からないけれど、上手いなーと思う辺りが特に。
 ――さーて、どうしましょ……
「うひょぃ!?」
 どうしましょうかねぇ、と顔を上げたら、その場に居た全員――切、音穏、ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)の視線が集まっていて、変な声が出た。
「ななな、何ですか。みんなでそんな熱視線飛ばしちゃって。お兄さん穴が開いちゃいまさぁ」
「なぁんかクド、『心当たりあります☆』って顔してるんだよねぇ……」
「えぇー……切ちゃん、そんな根拠ないことでお兄さんを疑わないでよねぇ」
 切はそうやって鋭く見破ってくるし。
「へいへい! 知ってることを全部話すのだ! へいへい!!」
 ハンニバルはビシビシとジャブを打って催促してくるし。
「…………」
 音穏はただじっ……とクドを見つめてくるし。
 ――ごめんキツネくん。
「いや、心当たりってほどでもないんですけどね? ていうかお兄さんは穏便に済ませたい所存なんですけどね?」
 圧力に耐えかねて、洗いざらい喋る事にしたわけで――。


「犯人はそいつなのだ!」
 ハンニバルは名探偵さながらに断定した。背後でクドが「キツネくんごめん」と言っているが、何に謝っているのだろうか。コックリさんでもしたのだろうか、いい歳をして。
「まったく迷惑な写真屋なのだ! このハンニバルさんの幻の右フックで沈めてやるのだ!」
 軽快なフットワークを刻み、
「へいへい、へいへいへい!!」
「あっちょっハンニバルさんいたっやめっあたたっ」
「クドもいい歳してコックリさんなんてやめるのだ! 祓ってやるのだ! へいへい! へいへいへい!」
「ていうかこれフックじゃないですジャブですからっ!」
「あっ、フックはこうだったのだ」
 と言いながら、打ち込んだのは、
「バルカ、それは恐らくアッパーだぞ」
 音穏の指摘でアッパーだと気付く。
 クドは空を飛んでいた。
「ありゃ? 間違えちゃったのだ。
 まあともかく! 音穏さんの友達はボクの友達! 一肌どころかモチ肌を晒すまで脱いでやるのだ! へいへい!」
 そして落ちて来たところをストレートで迎撃し、撃沈したクドを切が背負っていざ出発。


 切やクドが面白そうなことをしそうだと、逢魔時 魔理栖(おうまがとき・まりす)は感知することが出来る。
 例外なく、今日もそうだった。なので伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)に憑依してヴァイシャリーの街まで出て来たところ、
「…………」
「まぁまぁクド、そんな落ち込まないで。ワイはできるだけ手ぇ出さないようにするし。……ワイは、だけど」
「はっ、靴屋……。クロエに土産でも買うか……喜んでくれるかな? いやたまたま見かけたから思いついただけで、そんな喜ぶ顔が見たいのではなくて」
「はむはむ。音穏さん、もう少し素直になってもいいと思うのだ、はむはむ」
 珍しく暗い表情で先頭を歩くクドと、それを宥める切、靴屋を見て嬉しそうな顔をしたり悩ましげな顔をしたりと忙しそうな音穏と、メロンパンを食べながらツッコミを入れるハンニバルという、早速面白そうな状況なメンツに出くわした。
 ――うん、やっぱ面白そうじゃんね? 私も便乗させてもらおー。
 集団に入っていってもいいのだけれど、このメンバーなら見ている方が面白いと魔理栖は判断し、最後尾のハンニバルよりもやや後方を歩く。
 そうやって歩くことしばし。
「あれー? クドさんじゃないスか、どーしたんスか?」
 金髪のデカい男のところへ到着。
「マ、マイベストフレンド……キツネくん……」
「は? どしたんスかクドさん?」
 よれよれと近付いていくクドに、デカ男は心配そうな顔をした――ところで、
「盗撮魔ァ! 覚悟なのだー! へいへい、へい!!」
「うわっ!?」
 ハンニバルが高速のジャブを繰り出した。が、デカ男はデカい図体の割に機敏な動きで避けている。
「ちょ、ちょ、え、何スか!」
「クロエが困っているのでな……ボコらせてもらおう!」
「ンなイイ声で怖いセリフ言わないで欲しいっスね!?」
 音穏の一撃もひらりと避けて、
「…………」
 切とは何やらやり取り一つ。そして渡される一枚の紙。写真のようだった。
 さて、ここまでの情報を統合――しなくてもわかったことは、
「他人の写真を無断で撮影しているだと!? 許さーん!!」
 そういった行為は、漫画とかではよくあることだが実際にやってはいけない。
 まして、音穏の友達が被害に遭っているようだし。
 藤乃の肉体は、制裁に丁度良い。【焔のフラワシ】ことハイウェイ・トゥ・ヘヴンが使えるからだ。
 ――燃やす。写真屋もろとも写真を全部燃やす!
 地面を蹴った。異様な音と、焦げた匂い。
 超高速で動くことにより地面との摩擦熱を発生させ、燃え上げる。燃え上がっているのはフラワシ自体なので、使用者である魔理栖に熱は伝わらない。それが、ハイウェイ・トゥ・ヘヴン。
「避けるんじゃないわよぉー!」
 触れた相手を焼き尽くさんとばかりに駆けていく。
 炎の道を作り出す魔理栖。デカ男は連続して訪れる唐突な展開に「は!?」と驚いているだけだ、今なら当てられる!
 確信して、さらに加速。
 背後の熱量が上がったのを感じた。


 炎の道が迫りくる中――。
「だぁもう! ちょっとクドさん、なんなんスかぁ!」
「すまんキツネくん……! お兄さんにできることは、これくらいでさぁ!!」
 クドは、決意した。
 ――友達がボコられるところなんて、見たくないんでね。
 それはもう、カッコ良い理由で。
 逃げろ、と自分の後ろを指示した瞬間、【光術】で仲間の目を眩ませた。
「うわっ!?」
「な……邪魔をするか、クド!?」
「クド公、なにするのだー!」
「ぎゃぁあ、パッフェルさんの写真! 受け取ったばかりのパッフェルさんの写真があぁぁ魔理栖さんのハイウェイ・トゥ・ヘヴンで燃えてるぅう!!」
 魔理栖の、音穏の、ハンニバルの叱責するような声が、それから切の悲鳴が聞こえたがクドは気にせず服を脱いだ。もちろん上半身だけだ。さすがに猥褻物陳列剤の罪でお縄につきたくはない。
「光魔法、カッコいいポーズ!!」
 完成された肉体による肉体美を見せつけての時間稼ぎ。……残念ながら空中での静止はできなかったが、完璧である。
 ――これでキツネくんは逃げ切れるは、
「イラッ☆ なのだ!」
 ハンニバルの拳が――今度こそ幻の右フックが、クドの顔面クリーンヒット。
「……取り逃したぞ、クド? 解決が遅れたらクロエとの写真の約束が……っ、いや、それよりもだな、犯人を目前にして貴様は……」
 あいつの代わりにボコらせてもらおうか、とばかりに殺気満々な音穏。
「うー、写真燃やし損ねたかー……。写真を撮る機械の技術とか、訊きたいことはいろいろあったんだけどねー」
 残念そうにする魔理栖と、
「一枚しっかり燃やされてますよぉ、パッフェルさんの写真がねぇ……」
 意気消沈して、ハンニバルと音穏にボコられるクドを助ける余裕もない切と。
 ――はは、うん、時間稼ぎはしっかりできてまさぁね。
 ――でも、
 ――あの、そろそろ意識が……、……。
「ありゃ? クド公がドヤ顔のまま動かなくなったのだ」
「制裁完了だな。追うか」
「それより私お腹すいたなぁ」
「魔理栖さんいつから居たんです? 予想外の登場でしたよ、燃やすとかもねぇ。ま、楽しかったし結果オーライですかねぇ?」
 ずりずり、クドを引きずって。
 お騒がせメンバーは、ヴァイシャリーの街を闊歩する。


*...***...*


 リンスの工房で、盗撮騒ぎが大きくなっているらしい。
 ――ってことは、追っ手もかかってるな。
 工房がある方角の道を見ながら、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)はそう推測する。
 推測通り、「写真屋をボコす」と言っている人々がスレヴィの横を通って行き――ふむ、と歩きながら考えた。
 スレヴィは紺侍の客である。
 パートナーの変顔を撮ってもらってからかいのネタにしたり、おどかしてみたりとそれなりに利用させてもらっているのだ。
 つまり。
「優秀なカメラマンが粛清されちゃ困るんだよなぁ」
 貸衣装屋の前で立ち止まり、ぽつりと呟きご来店。


 一方その頃、クドの助力あってデンジャラーな集団から無事に逃げ延びた紺侍はというと。
「うわ、予想外にしんどいっスね……」
 一人ごちていた。
 まさか女子三人にフルボッコされかけるとは思わなかった。
 しかも見知らぬ人物だ。シュネーのように、撮られたからと抗議しに来たわけではない。
 この後もあんなノリで来られるのかと想像すると、
「茨の道っスねェ……」
 先が思いやられる。
 ――ちィっとワリ合わないっつーか。
 ――もーちょい交渉して値上げしときゃよかったっスね。
 過ぎたことに思いを馳せながら、裏道をぐにゃぐにゃ歩き回る。
 と、
「お、丁度良いところに」
「スレヴィさん?」
 常連客であるスレヴィに声をかけられて立ち止まった。
 するすると裏道に入ってきたスレヴィは、「ほら」と袋を渡してくる。
「何スか? これ」
「追っ手がかかってるの知ってるか? 知ってるよな、こんな道通ってるなら」
「痛い目に遭いかけましたねェ」
「だから、目晦ましになるようにってな」
 袋を開けると、
「いや、でも何で黒スーツっスか」
 パリッとした白いシャツとネクタイ。革靴まで付属で入っていた。あとはなぜか、サングラスとごつい金色のネックレス。
「だって女装は無理だろ」
 言われて想像してみた。
 一秒未満で後悔した。
「想像しちゃったじゃないっスか! 変なこと言わないでくださいよ!」
「で、まぁこっちなら似合いそうだなーと。虚無僧や着ぐるみでも良かったけど、こっちのが目立たないだろ?」
「サングラスとネックレスは逆に目立ちそうっスけど」
「コンセプトが893さんだからな。泣く子も黙る893さん。誰も寄り付かないような感じで」
 改めて想像。
 ――ああ、うん。寄り付かなさそうっスね。つかオレだったら寄り付かねェ。
 明らかにヤーさんな人物に進んで近付くほど人生投げてはいないつもりだ。つもりなだけだが。
「着替えるなら手伝うぞ?」
「あー、んじゃ適当にトイレとか橋の下とかで」


 そして着替え終わった紺侍を見て、スレヴィは頷いた。
「立派な893さんだな」
「カメラ浮きますねェ」
「そうか? カメラが趣味な893さんだって居るだろ」
「それもそうっスね。……でもなんで助けてくれたんスか? オレ、明らかに悪者でしょ」
 そりゃあまあ。
 にっこり笑って、親指と人差し指で円を作り。
「うまく逃げ切れたら、次の依頼の時は割引よろしく。あと現行の依頼もよろしく」
「現行のは終わってるっスよ、はいどーぞ」
 渡された写真を見て、思わず噴き出す。寒空の下なぜかラジオ体操に勤しむクロエが写っていた。若干、目を細めている。眠いのか、それとも日差しが眩しいのか。
 これ、夏休みにやるもんじゃないのか? なんて笑いながら、写真を受け取って約束通りの賃金を渡して。
「次回もヨロシク。……と言いたいわけだよ紡界くん? だから頑張って逃げろ」
「はー、なるほど。打算的っつーか、あざといっつーか。
「取り引きって考えろよ、後腐れなくていいだろ? こっちだって変に恩を感じられても困るしな。じゃ、後はうまくやれよー」
 のらりくらりとそう言って。
 公衆トイレからさっさと立ち去る。
「写真屋さぁーん!」
「どーこー!?」
 聞き慣れた声と、猛スピードで走るような音を少しばかり遠くで聞いて。
 ――あいつ、目立ってんのに街まで来たのかよ。
 アクティブなろけっとだっしゅ娘だ、と少し褒めつつ、紡界ー無事に生き延びろよー、と心の中で願うのだった。