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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第2章(3)
 
 
 樹月 刀真は細く長い道を進んでいた。
 彼らは他の者達とは別の所に転送されたらしく、今この場にいるのは刀真の他にはパートナーの漆髪 月夜と玉藻 前(たまもの・まえ)だけである。
「これだけ道が狭いと大剣で戦うのは危険だな……月夜、剣を」
 光条兵器なら大剣よりも小回りが利くし、何より自分の意思で斬る物と斬らない物を選ぶ事が出来る。こういった所での戦闘には有利だろう。
 呼びかけを受けた当の月夜は、いまだに『姉らしさとは何か』を頭の中で考え続けていた。どうやら篁 月夜に触発されたらしい。
(お姉ちゃんとしての威厳を見せなきゃ。ここは――)
 光条兵器を取り出し、刀真へと渡す。普段は冷静な彼女なのに何故だろう、今は目一杯背伸びしている感じが強くしていた。
「刀真、油断をしては駄目。気をつけて進みなさい」
「……? ああ、分かった」
 いつもと違う雰囲気に違和感を覚えながらも光条兵器を受け取る。再び先頭に立つ刀真に玉藻が寄り添った。
「刀真。月夜に何かあったのか?」
「いや、特に何もないとは思うんだが……やっぱりおかしいと思うか?」
「うむ。理由の一部は予想がつくが」
「一部? 何だ?」
「それは我の口から言う事では無い。まぁそれを抜きにしても普段とは様子が違うな」
「良く分からんが……とにかく、月夜の言うとおり気をつけて――」
 その時、刀真の口の中に何かが入り込んだ。途端に口中を刺激が襲う。
(! ――何だコレ、辛っ! 辛いというか、口が痛い!!)
 いつの間にか姿を見せていた精霊へと光条兵器を振るう。だが、猛烈な辛さに苦しんでいる為、上手く狙いが定まらない。
(く……これじゃまともに戦えない。玉藻、代わりにあの精霊を頼む!)
 簡単な手振りとアイコンタクトで玉藻と意思疎通を図る。刀真同様辛い物が苦手な彼女は同じ事をされてはたまらないとばかりに口元を扇で隠し、自らの周囲に炎を纏わせていた。
(こうなれば、我の炎で焼き捨ててくれる。九尾の妖力、受けてみるがよい!)
 炎の力を強くし、精霊めがけてヘルファイアを放とうとする。だが、詠唱で口元に隙が出来た瞬間を狙って精霊が玉藻へと襲いかかろうとしていた。
「しまっ――!」
 ――次の瞬間、玉藻へと肉薄した精霊を銃弾が襲う。最後に控えていた月夜による的確な一撃だ。更に立て続けに銃弾を受けた精霊は、僅かな悲鳴を残して光となり、通路の先へと消えていった。
(うん、今二人を助けた私は月夜ちゃんみたいにお姉ちゃんっぽかった!)
 自身の活躍に満足そうな表情を見せながら刀真達へと近づく。本人は姉としての貫禄をだしているつもりなのだが、傍目には上手く行ったから褒めてと尻尾を振っている犬のようだった。
 刀真達もそう思ったのだろう。二人が月夜へと手を伸ばして頭を撫でると、条件反射のように彼女の表情がほころんだ。
「は〜、気持ちいい…………って。にゃ〜!! ちが〜う! ここは私がお姉ちゃんっぽい威厳を出す所なの!」
「姉? いや、そのような威厳は全く感じなかったが……」
 玉藻の言葉に無言で頷く刀真。どうやらまだ話せるほどには口が落ち着いていないらしい。
「何で!? 月夜ちゃんはちゃんとお姉ちゃんしてたし、同じ名前なんだから私だってお姉ちゃんしたい〜!」
「その言い分からして既に姉の威厳は無いと思うが。ともかく、今まで散々我らに我がままを言って甘えてきたのに、今更姉として見ろと言われても無理だろう?」
 
 結局、三人が師王 アスカ達のグループと合流を果たすまで、このやりとりがずっと続けられていた。
 オルベール・ルシフェリアが持っていた水を刀真に渡し、ようやく人心地ついた彼に尋ねる。
「あの娘、ずっとお姉ちゃんがどうとか言ってるけど、一体どんな試練だったのかしら?」
「一応試練とは関係無いはずなんだが……」
 理想と現実。ある意味それが漆髪 月夜に与えられた試練かもしれなかった。
 
 
 彼らとはまた別の場所で、九条 ジェライザ・ローズはパートナー達と共に閉じ込められていた。辺りには大小様々な箱が散乱し、お世辞にも快適とは言いがたい状態だ。
「何だろうねぇ、この部屋は。鉄格子は開かないし、精霊の奴も姿が見えやしない」
 箱の一つに座りながらヴァンビーノ・スミス(ばんびーの・すみす)がぼやく。ある理由からローズ達は精霊を力で倒すことはせず、精神感応を使った話し合いで解決を試みようと考えていた。だが、肝心の精霊がいないのでは文字通り話にならない。
 魔道書であるが故に本に悪影響を及ぼす物が嫌いな『殺』・パーフェクトガイド(きる・ぱーふぇくとがいど)も眉をひそめて不満を漏らした。
「こうも埃っぽい所には僅かな間でも居たくはありませんわね。もしや、もう試練は始まっているのではなくて?」
「こんなゴチャっとした部屋に押し込められてじっとしてろって? そんな試練嫌だねぇ」
 ヴァンビーノが足下の小さな箱を蹴っ飛ばす。その箱が部屋の隅に引かれたラインを超えた瞬間、ブンっという音と共にほのかに光り始めた。
「わ、すごいよロゼ! 箱が光ってる!」
 九条 レオン(くじょう・れおん)が興味深く覗き込む。その横でローズが少し考え、近くにあった箱をラインの向こうへと置いてみた。すると、先ほどの箱と同様に光を放ち始める。
「これは……恐らく、このラインより向こうに箱を全部置く事が出来れば脱出出来る仕掛け……かな」
 この試練、ローズにとっては少しほっとした所があった。というのも、入り口でルート分けをしていた際にレオンとこのようなやり取りがあったからである――
 
「ねぇロゼ、暗いところにきたけど、何をするの?」
「ここには精霊がいるんだ。その精霊を倒して、大樹君の本を作ってもらうんだよ」
「えぇ! 精霊さんをやっつけちゃうの!? それって可哀想だよ! ムエキなあらそいはしちゃいけないんだよ!」
「無益な争いって……良くそんな言葉を覚えたね。誰が教えたんだい?」
「ロゼだよ、ロゼが前に教えてくれたんだもん! 『お互いのためにならないケンカはしちゃいけない』って」
「あ〜……戦いとはいってもこれは試練といって……って、さすがに分からないか。まいったな……」
 
 大樹の手伝いをすると言った以上、約束は守りたい。だが、自分が言った言葉を無視してしまうとこれまた約束を破ってしまう事になる。
 迷った末に考え付いたのが、力ずくでは無く精神での勝負にある『心』の試練へと進む事。そして、ヴァンビーノの提案による話し合いでの解決だった。
 心の試練である以上は話し合いで素直に解決出来る可能性は低かったが、こうして戦わなくて済む形で来るならある意味望む所であった。
「とは言ったものの、一筋縄では行かなさそうではあるんだけどな。これは」
 皆で箱をラインの向こうへと積み上げていく。だが、適当に積んだだけでは無駄なスペースが出来てしまい、全ての箱を収める前に一杯になってしまった。
「これ以上入りませんわよ。どうするのですか」
「どうするって言っても、一回上のを降ろすしか無いんじゃないかねぇ」
「ねぇ、何か変な音がするよ?」
 耳を澄ますと、確かに何か時計の針が進むような音が聞こえてくる。やがてそれが止まると共にブブーと時間切れを知らせる音が鳴り、積み上げていた箱が自動的に崩れ始めた。
「危ないっ! レオン、こっちへ!」
 ローズがレオンの手を引き、崩れる箱から身を守る。幸い怪我などは無かったようだが、まるで罰ゲームのように『殺』・パーフェクトガイドの嫌いな虫が現れた。
「なっ!? 忌々しい虫、燃えてしまいなさい!」
 素早く放った火術で昆虫を撃退する。だが、忌避すべき存在が現れた事で彼女の不愉快さは一段と増す事になった。
「このような所、早く脱出しますわよ。ロゼ、ヴァン、早くこのからくりを解いておしまいなさい」
「う……普段の勉強ならまだしも、こういう時間制限があるのは。私はさぁ、ほら……じっくりゆっくり勉強したい派だから」
「いつも期限ギリギリになって慌ててるくせに、よく言いますわね。いいからおやりなさい」
 仕方なく箱を置いてはどけ、また別の箱を置いてはズラしてを繰り返す。空大生とはいえ、期限のある勉強が苦手なローズにとっては中々の難問だった。
「しかし、こうやって箱を動かしてると昔やったゲームを思い出すねぇ。確かタイトルは倉庫ば――」
「うるさいですわよ、ヴァン。口を動かす前に手を動かしなさい」
 窘められ、ひたすら黙々と積み上げていく。だが、掃除が苦手なヴァンビーノにとってもこういった片付けは苦手な部類と言えた。
 再び失敗かと思われたその時、鉄格子の外に人影が現れた。イーオン・アルカヌムとセルウィー・フォルトゥムの二人だ。
「……ロゼ、キミ達は一体何をやっている?」
 強制的に転移され、ようやく知り合いを見つけたかと思えば相手は鉄格子の向こうで箱を積み上げていた。イーオンで無くとも疑問の一つは浮かぶ事だろう。
「どうもこれが私達に与えられた試練のようでね。上手い具合に箱を収めないと出られないみたいなんだ」
「ふむ……」
 部屋の中を一瞥し、箱の数と収めるべきスペースを把握する。天才である彼は、素早く回答を導き出して見せた。
「そこの少年が抱えている箱を左に置け。その上にロゼの横にある奴だ。その次は――」
 
 1分後、ローズ達は無事に外にでる事に成功していた。箱を積み終わった瞬間、それらが光となっていずこかへと消えていった。他と同様、試練をクリアしたという事だろうか。
「助かったよイーオン。あのまま閉じ込められっ放しはさすがに勘弁だったからね」
「試練に敗れたものはいつの間にか入り口に戻されてたというし、出られなくてもじきに脱出は出来たとは思うがな。それより、篁 月夜を見なかったか?」
「いや、見てのとおりここにいるのは私達だけだよ」
「そうか……俺達の弱点なら突かれにくいとは思ったが、分断されてしまったのは失策だったな」
 月夜を護ると決めたイーオンの弱点は方向感覚が鈍い事。それだけなら月夜と離れなければ問題は無かったが、日比谷 皐月の襲撃でなし崩し的に転移が始まってしまった為、彼女を掴み損ねてしまったのである。
 合流を試みて動き回っていた所で発見したのがローズ達だったという訳だ。
「あの娘を探してるんなら、レオンの力で見つけられないもんかねぇ」
「――そうか! 嗅覚を頼りに探し出せるかも」 
 ヴァンビーノのつぶやきを聞いてローズが手を叩く。
「レオン、篁 月夜さんの匂いは分かるかな? 黒髪の、鎧を纏っていたお姉さんだ」
「鎧のお姉ちゃん……うん! ちゃんと覚えてるよ!」
「そうか、良い子だ。私達はあのお姉さんの所に行きたいんだ。レオンの鼻で探し出してくれないかな?」
「分かった! レオン、頑張ってみるね!」
 超感覚を発動させたレオンが辺りの匂いを探る。一行は月夜達との合流を目指して、その後を追うのだった。