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奪われた妖刀!

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奪われた妖刀!

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★1章



 ――港町カシウナ・裏路地――

 ――にゃあ。
 黒猫が餌を探しうろつく路地裏で、何やら怪しげな密会をする2人の姿があった。
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)と、そのパートナーの服部 保長(はっとり・やすなが)である。
 保長は太腿と臍を露にする露出度が高く、胸を強調するような服を着込んでおり、静麻はそうさせたのが自分なのだが、どこか目のやり場に困る様に視線を泳がせながら、空を仰ぐようにしていた。
 シズナやフェンリル達が出航する数日前の話である。
「調査費は……必要経費って事でクロカス家辺りから降りるか? いや、降りないと困るな……」
 静麻は溜息交じりに、自分の行動を思い返していた。
 自分なりに少ない時間の中で、手の込んだ仕事はできたはずだと慰めた。
 空賊達に噂を流すのが今回の依頼での自分達の仕事だと思った静麻達は、時には、無関係な一般人に金を握らせ、時には、酒場で酔っ払いを装いながら、いくつもの噂を流した。
「静麻殿、結局どれほどの噂を?」
 保長の問いに、静麻は指折り答えた。
「ツァンダ家の財宝の一部が輸送される。元故御神楽元校長の財産の一部が輸送される。ツァンダ家縁のご息女が旅行に向かう。貿易で大成功した商人が資金を移動させる。同時に護衛にはそれぞれの面子にかけてか、百単位で大量の契約者が動員されたってのも加えておいたさ」
 肩を竦めた静麻の描くシナリオ通りならば、今頃空賊達はこの直接間接織り交ざった噂の信憑性を疑ったり、既に信じきった者達は奪った金で何をしようか夢想しているはずだ。
 あとはシズル達に、ボルドだけをピンポイントにぶつけるよう仕向ければ完璧だ。
「あとは、ボルド周辺に直接噂を捻じ込む拙者の仕事でござる」
 そう意気込む保長だが、気付いたように咳払いをして言い直した。
「あとは、ボルド周辺に直接噂を流す私の仕事ね」
 声色も喋りも変えた保長に、静麻は苦笑して頷いたのだった。



 ――ツェンダ・大型飛空挺待機港――

「シズル様……貴女がした事わかっておりますか?」
 シズルの元に秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は肩を怒らせながら、つかつかと歩み寄り、ぐっと身体をシズルに伸ばすように問うた。
「もちろん、わかっていますわ」
「いいえ、わかっていません。たった1人の生徒を救うために、その他大勢を危険に晒した事……どちらが事態を悪化させたかよく考えてくださいませ」
 わかっている。
 わかっていた。
 だが、あの時の少女を思い出せば、仕方がないのだと何度も言い聞かせてきた。
 だから、シズルは反論しようとしたが、それよりも早くつかさはバッサリを先読みして切り捨てた。
「人ひとり、がそんなに大切でしたか? 時には切り捨てる事も必要ですよ……」
「何を言う……ッ!」
「全てを救う力が無いのであれば、諦めなさい。悔しければ……」
 シズルの腰に差した刀に一度目をやり、つかさはシズルの瞳を真っ直ぐに掴み捉えて言い放った。
「力をつけるのです。全てを守る力を」
 わかっている。
 わかっていた。
 お守り代わりとして、力がないくせに持っていた妖刀那雫をあの時鞘から抜ければ、こんな事態にはならなかったのだ。
 唇を噛みしめるシズルにつかさは駄目押しをした。
 それは、シズルのため、そしてつかさの決心と信条なのだ。
「ちなみに必要とあれば私はシズル様も切り捨てますからお覚悟を。逆にシズル様ももし私が人質に獲られたとしても切り捨ててくださいませ。というか切り捨てなさい」
「まあまあ、お小言はそのくらいで。シズルさん、搭乗者リストなどありますか? あと、飛空艇の内部図でもあれば」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)はつかさを宥め、シズルに歩み寄って搭乗者リストと内部図を求めた。
「一応これが参加予定の方々の名を記したものになります。内部図は持ち合わせていません」
 シズルから搭乗者リストだけを受け取り、北都はパートナーのソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)にもそれを見せ、互いに見合った。
「危なっかしい奴はいないな」
「そうだねぇ。それじゃあ、あとは各所をチェックでもしておこうか」
「おや、同じ目的か。俺も協力させてもらいたいのだが」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)がパートナーを引き連れ、北都達の元にやってくると、協力を申し出た。
 北都としては、断る理由はない。
「あなた方が船のチェックを?」
「そうだが、不安です?」
「いえ、違います。ここに来てから不審者もいませんし、協力してくださる方以外船に近づいた形跡も」
 ふー、と鉄心は一息ついて続けた。
「最近でもジャタの森の国境警備隊の砦、カナンへ向かったルミナスヴァルキリーなどの例もあります。残念だが、シャンバラの安定を望まない者も居るということなのでしょう。あまり考えたくも無い話でしょうが、万が一に備えて警備させて頂きたい。だからクルーにも協力を仰ぎたい」
「加能、俺も彼らに賛成だ。なにしろ相手は空賊だ。用心に越したことはない」
 フェンリルがそう言うと、シズルは素直に頷いた。
「助かる。キミの口添えもあった方が、警備の協力は仰ぎやすいでしょう」
「それじゃあ、僕達は外観を見回って、そのあと火の気がある所を見るよ。わんわん、ってねぇ」
 北都は超感覚で犬耳と尻尾を出し、尾をフリフリ、耳をぴくぴく動かしながら、ゆったりとした動きで飛空挺に向かって歩いて行った。
「悪い人をタイホしちゃおうと思ってたけど、首輪をつけたくなりました」
「ティーは犬好きなんです? って、和んでる場合じゃないですわよ」
 鉄心のパートナーであるティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は、フェンリルと共に既に艇内に歩み始めた鉄心の背を小走りで追った。
「じゃあ僕は時計回り、ソーマは反時計回りでぐるっと見て回ろうねぇ」
「了解したぜ」
 北都は巨大な飛空挺を興味本位で見て回るような素振りで、右手を船体に添わせながら回った。
 超感覚で危険を察知しようと意識を集中させすぎたせいか、ドンっと何かにぶつかってしまった。
 ソーマの背中だった。
「……おかしいよねぇ」
「うむ。不審な美人を探していたんだ」
「いやあ、おかしいのはソーマなんだけどさぁ。まあ、いいか。僕が一周ぐるりと回っても異常はなかったし、バリスタとエンジンルームを調べに行こうかぁ」
「ん、そうだな」
 北都とソーマも艇内に入って行った。

「それでは、異常があれば即事連絡という形で」
 コントロールブリッジに上がった鉄心がそう締めると、クルー達は笑みを浮かべて頷いた。
 少なからず空賊を相手にするということもあり、不安があったに違いない。
 その笑みに多少の安堵が含まれているのがわかると、鉄心達としては否応にも張り切らざるを得ない。
 コントロールブリッジに残るフェンリルを尻目に、鉄心達は静かにその場を後にした。
「皆さん、安心して下さったようです」
「わたくし達で守らなければ、ですわ」
 ティーとイコナもクルー達の様子を感じ取ったようで、少々鼻息荒く意気込んでいた。
 そんな中鉄心は銃型HCや防衛計画、記憶術を駆使して、艇内構造を叩き込みこんでいた。
 重要区画――機関部やコントロールブリッジへの立ち入りは、出来れば制限を設けようと思っていたが、少数精鋭というよりも、必要最低限の人員しかいなかったクルーを回すわけにもいかず、数少ない安全確保を買って出た自分達で見張りに立つしかなさそうだった。
「最優先はクルーの人命保全だろう」
「重要区画での見張りも欲しいです」
「なら、二手に分かれるしかないですわ」
「そうだな。俺とイコナがブリッジ周辺で警戒に当たろう」
「じゃあ私は、重要区画へ繋がる通路で歩哨に立って、もしもし、ってします」
 鉄心はティーの申し出に頷き、この戦いから無事に守れる未来だけを考えて歩き出した。

「飛空艇から落とされそうな人は空飛ぶ魔法↑↑で拾い上げますが、シズル様優先です。あとの方は最悪……落ちてくださいませ」
 と、つかさはにっこり笑って言いながら、続々と集まってきた参加者達をシズルと一緒に大型飛空挺に案内していた。
 あとは全てが整い次第、出航するのみだ。