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奪われた妖刀!

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奪われた妖刀!

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★2章



 夜。
 眼下に雲河が流れる満天の星空の下、シズルやフェンリル達を乗せた大型飛空挺はゆったりとした速度で飛んでいた。
 タシガン空峡をこの時刻に飛行するものは少ない。
 まるでこの空を独り占めしたような高揚にも似た気持ちになるのは、致し方ないことなのかもしれない。
 それほどまでに、穏やかで美しいフライトだった。
 それはフェンリルの愛馬も感じ取っているようで、隣にレッサーワイバーンがいるにも関わらず、穏やかな顔でフェンリルに撫でられ、気持ち良さそうに鳴いた。
 協力者の乗り物が全て収容されたカタパルトデッキである。
「フェンリルくんのフライングポニーは随分と大人しいんだ」
 レッサーワイバーンの所有者、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が、パートナーのクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)と共に、カタパルトデッキにやってきた。
「こいつは物怖じしないからな」
「それは助かる。今回は同じ学友として、フェンリルくんの傍で戦おうと思っていたからな」
「それはそうと、フェンリルさんも皆さんと一緒にボルド空賊団が来るまで休憩しないの?」
 クリスティーが聞くと、フェンリルは首を鳴らしながら答えた。
「これから戦うってのに、あまりにも夜景が綺麗すぎて落ち着くのはどうかと思ってな」
「ふふ、星に輝きに見とれ、雲河の広大さに心洗われるなんて、フェンリルさんも中々詩的だね」
「はは、そこまでロマンチストじゃないさ」
 フライングポニーを撫でるフェンリルは恥ずかしそうに笑った。
「そうそう、フェンリルくん。話題は変わるけど、無事帰還したら、ウェルチくんを交えてお茶でもしないか?」
「ウェルチと? 俺と?」
「そう、フェンリルくんとウェルチくんと俺達で」
「……機会と時間があれば問題ない」
「それは良かった。これで俄然やる気も出るってもんさ」
 笑い合う3人の耳に、突如警戒音が届いた。
 鼓膜を震わせ、否が応にも焦燥させるものだ。
「艦長、ボルドかッ!?」
 フェンリルはカタパルトデッキとコントロールを繋ぐ内線を手に確認をとった。
「待て、まだ確認できていない。だが、この時間に航空する飛空挺など……」
 警戒音が鳴り響く中での受話器越しの沈黙。
「――ッ!」
 艦長が息を飲んだのが、ハッキリとフェンリルの耳に届いた。
 それだけで、十分だ。
 赤十字の点滅灯を闇の中で照らし、灰色の淀んだ雲の中から飛び出してきた中型飛空挺は、地球のそれこそ映画の中でしかお目にかかれないような露骨なまでの海賊仕様。
 それは尖った尖端にドクロの帆で風を目一杯受けて現れた、ボルド空賊団の旗艦に間違いなかった。
 釣れた。
 噂に噂を重ねた末、ボルド空賊団を単独で釣り上げることに成功した。
「ボルド空賊団だ! カタパルトハッチ開けぇいっ!」
 艦長は声を張り上げ、そう指示した。
 橙の明かりだけだったカタパルトデッキに、夜の明かりが差し込んだ。
 続々とこの戦いに身を置くことを決めた者達がデッキに降りてきては、自前の飛行手段をチェックし、セットし始めた。
 その中で、早くからカタパルトデッキにいたフェンリルとクリストファー、クリスファーの3人が、最初に空に飛び出していた。
「フェンリルくん、余計な御世話かもしれないけど、俺は先輩として空中戦とやらをこの身で教えたい!」
 ボルド空賊団も目標を補足し、射程に入ったようで、カタパルトから続々と小型飛空挺に乗る空賊達が空を駆って出てきていた。
「1人では!」
「ボク達は2人で1つだよ。まぁ見ててよ」
 クリスファーはそう言うと、先行して見せた。
「ああん!? 護衛のくせに特攻かよ!」
 2人1組で小型飛空挺に乗る空賊が、直線的にクリスファー向けて切り込んできた。
 それをクリスファーは難なく交わしながら、矢を放ち威嚇する。
 が、攻撃に専念した後ろ乗りの空賊は腰の剣でそれを難なく撃ち落とし、操舵に優れた空賊は的を絞らせぬ蛇行飛行を繰り返した。
 一体これの何を見ろと言うのか。
 フェンリルの疑問は、クリストファーが解消する。
 大きく弧を描きながらクリストファーのレッサーワイバーンは急降下し、雲河の中に身を潜める。
 そして、クリスファーに気を取られている空賊の隙をついて、真下という視覚から急上昇をかけ、ワイバーンの炎で一気に飛空挺を焼き払った。
 地上戦ではドーム型の範囲で気をかければいいが、空中戦はその倍、球体の範囲で気を付けねばならない。
 加えて遮蔽物など雲程度しかなく、それをいかに使いきるかが重要になってくる。
 当たり前であるが、生死を賭けた極限の状態でそれを実行に移せるかどうかは別である。
 そういう意味でクリストファー達の行動は、フェンリルを少しだけクールダウンさせ、落ち着かせた。
「さあ、戦いが始まったぞ! フェンリルくん!」
 空賊は、続々と母艦である大型飛空挺を目指してやってきた。

「なあ、シャル。別にこいつら倒してしまって構わねーよな」
 呂布 奉先(りょふ・ほうせん)がカタパルドデッキから飛び出して早速、パートナーのシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)に言うと、彼女は肩を竦め、釘を刺した。
「奉先、少しは手加減して下さい。あなたが本気をだすと灸を据えるというよりは一方的な殺戮になるでしょう」
「ま、因果応報って事だろ?」
「そうだとしても、私達は空賊が非道な行いさえできないように、セイニィが現れるといったイメージを植えつけさせ、英雄や救世主みたいな形でセイニィの名前を広めたいのです」
「シャルはセイニィにホの字だからなあ」
「な、何を言うのです!? ち、違います、私はただ、その……そう! セイニィがいない分も空賊退治に努めようと思っているだけです」
 頬を染め取り繕うシャーロットだが、そんな場合ではないと、彼女のワイルドペガサスに同乗していた瓜生 コウ(うりゅう・こう)は会話に割って入った。
「おいおい、こちとら空飛ぶ箒で本格的な空中戦はできないから乗ってるんだぜ。色恋の話を聞くために同乗してるんじゃねぇ」
「君が強引に私の後ろに乗ったのでしょう!?」
「ははは、悪い悪い。箒はケツが痛くなるからな。それじゃ、空賊を絞めに行くか! 行き掛けの駄賃分だ。少しはそっちに回る敵を減らしてやるぜ」
「――ちょ、ちょっと!?」
 ふっとシャーロットの後ろから存在感がなくなると、コウは身体を宙に投げ出していた。
「ステキなダンスを踊り、踊らせてやるぜ。子供を人質に取るような連中に容赦はいらねぇよなぁッ!!」
 コウは身体全体を使ってフックロープを回し、それを前方上空の空賊の小型飛空挺に向かって投げ、巻きつけた。
 妖精のチアリングと奈落の鉄鎖を併用し、コウは月明かりに照らされながら、その身体を上空に飛ばした。
「な、なんだああっ!?」
 空賊は驚き、上空を見上げた。
 月に溶け込んだ黒い影が、印象的だった。
「子供の命のためとはいえ、空賊に追い銭をくれてやる形になったのは良くねえ。だからこうやってまた調子に乗るんだ。ここはきっちり、派手にぶっ絞めてやる! オレはシズルより優しくねえぜ!」
 二丁拳銃で的確な射撃を小型飛空挺のエンジン部に食らわせ、打ち抜いた。
「う、わああああ!? 落ちる、落ちるうううう!?」
「歌いながら落ちやがれ、空賊共」
 コウはシュッとフックロープを回収し、再び身体全体を使って回し始めた。
「次の鴨はどいつかな!?」
「やるなあ!」
 そんなコウを見て、奉先は感嘆の声をあげた。
「そうですね。それでは、私達も行きましょう。空賊に今一度、深い傷痕を……ッ!」
 シャーロットのワイルドペガサスが羽ばたき、先陣を切った。
「クソッ! ろくな契約者がいねぇって話じゃなかったのか!?」
「ビビってんじゃねぇよ、目の前の女くれえやってやんぜ!」
 攻撃に専念する空賊が、投擲用のナイフを何本もその手に持ち、向かってくるシャーロットに放った。
 だが、ペガサスは空を駆けるように避け、すれ違いざまにシャーロットは銃で操舵者の足を撃った。
「アグアッ!?」
 反射的に両手で足を押さえ、痛みに身体が跳ねてしまった空賊は、そのまま小型飛空挺を支柱にくるりと反回転し、頭から真っ逆さまに雲河に落ちて行った。
「クソッ!」
 攻撃に専念していた空賊は、慌ててハンドルを握ろうと前のめりになるが、奉先が嬉々とした顔で近付いてきていた。
「お前らじゃ役不足だが、セイニィと俺達に挑むんだ、覚悟だけは一人前だな!」
「セイニィ!? セイニィっていや、あのッ――!」
 速度の乗った奉先のラリアットに、空賊の喉は潰され、そのまま宙を静止で三回転半回って落ちて行った。
「奉先、喉を潰しては仲間に伝えられなくなってしまいます」
「おいおい、手加減してるんだぜ!? まあ、空賊はまだまだいるしさ!」
 挽回を狙う奉先の視線の先には、愉快な空賊達がわらわらと溢れ返っていた。