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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第3回/全3回)

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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第3回/全3回)
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リアクション


■オープニング



         おまえにできないのであれば、俺が為そう。
         俺は、もう1人のおまえなのだから――――




 東カナン・エリドゥ山脈――
 真夜中と明け方のはざかいにて。
 放たれた箭のように月をよぎって滑空する2つの影があった。
 近づく不審な影に真っ先に気づいた5頭のワイバーンたちが、ゲゲッグゲッと騒ぎ出す。足環につながった重い鉄鎖をジャラジャラいわせる音を聞きつけた見張りの神官戦士たちがわらわらと集まり始めた中、その影は一度二度とはばたき、地表へ降り立った。
「何者だ!」
 岩崖の影から月明かりの下に出た2頭のワイバーンの胸部に付けられた装甲が北カナンの物であることは分かったが、油断はできないと神官戦士たちがハルバードを構える。
 囲むように半円を描いた彼らの前に、悠然と両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)がすべり降りた。
 遅れて、背後の一頭からやはり九段 沙酉(くだん・さとり)が降り立った。
「きさまたち、カナン人ではないな!?」
 あたりまえのことを口にされ、悪路は口元が緩むのを抑えられなかった。
「さようでございます。こちらは九段 沙酉、私めは両ノ面 悪路と申す者。アバドン殿に呼ばれて馳せ参じた次第にございますれば、ぜひお目通りを賜りたく存じます」
 夜の闇にまぎれ、頭を下げて嗤いを隠す。
「ばかを申すな。このような時刻に――」
 ふとそこで神官戦士の言葉が止まった。
 アバドンが彼の横を抜け、前に出たのだ。
「アバドン様…」
 敵か味方か分からない相手の前に出るのは軽率だと言いたかったが、部下ならまだしも彼女にそう言うわけにはいかない。
 言いよどむ彼を振り返り、アバドンはかまわないと言いたげに笑みを見せると、悪路に向き直った。
「そこの者。私に何用です?」
「アバドン殿、はじめてお目にかかります、私めは両ノ面 悪路と申します。このたびは、わが主、三道 六黒が最も大切に思っている者をあなた様に差し出すため、連れてまいりました」
 悪路は効果的に頭を下げたが、沙酉は先からぴくりとも動かない。無表情でアバドンや神官戦士たちを見返している。
 敵対するような攻撃態勢はとっていないものの、悪路のように媚びるつもりもないようである。
 アバドンはその小さな機晶姫を一瞥し、促すように悪路に再び視線を戻した。
「この者は六黒にとって最後の良心。最も大切な者でございます」
 とは少々大げさではあったが、あながち間違いというわけでもなかった。そんなことを聞けば六黒は即座に否定するか、くだらぬと無視を決め込むだろうが。
「おまえはどう思いますか? 六黒とやらのためにその身は石と化し、北カナン貴婦人の間で半永久的に囚われるのですよ?」
「むくろのもくてきのためならば、かまわない」
 沙酉は淡々と答えた。わが身を献身的に投げ出す自己陶酔に酔うでもなく、気負いもてらいもない。ただ訊かれたから答えたというだけの姿に、アバドンは満足げに頷いた。
「悪路とやら。なぜ六黒は来ないのです? 私はそのように申しつけてあったはずです」
「もちろん、あの地ではまだ為すべきことが残っているからです。無粋な駒は戦地においてこそその能力を発揮するもの。美しきあなた様のおそばに置いて、何の益がありましょう。私めも、あなた様からのご返答をいただけたなら、この足で、すぐさまあの地へと戻る所存にございます」
「ではこれを、おまえの主に話して聞かせるがいいでしょう」
 アバドンは袂から出した黒水晶を両手で捧げ持つと、沙酉を瞬時に石化した。
 聞いてはいたものの、光を浴びた一瞬で隣の沙酉が石と化したことに、さすがの悪路も驚きを隠せない。とっさに声が出せないでいる彼の前、アバドンは後方に控えていた神官戦士たちを呼び寄せ、沙酉をほかの2体と同じように馬車へ積むことを命じた。
「――玉石を試金石として用いれば、玉か硝子か即座に分かるというもの。最後に残るのはどの玉か…」
 悪路が乗ったワイバーンが夜明けの空に向かって飛び去っていくのを見ながらつぶやくアバドン。
 その姿を、馬車に寄りかかりながら、メニエス・レイン(めにえす・れいん)は見ていた。