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学院のウワサの不審者さん

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第3章 やっぱり(?)現れた愉快犯

「うおおおっ!? なんといつの間にか最上階の仮眠室前まで来ちゃったッス!?」
 懐中電灯を片手に実験棟3階の仮眠室、その前に狭霧 和眞(さぎり・かずま)はやってきた。ちなみに狙って来たのではない。特に目的地を定めずに歩いていたら、いつの間にかたどり着いてしまったのである。
 実験棟での噂話の真相とは、実験棟に残っているかもしれない研究データを盗み出そうとする悪党の仕業に違いない。度胸と根性で全てを乗り切る気概を持つ和眞は、その人一倍強い正義感に後押しされ、調査に乗り出したのである。自分の目が黒い内は、悪党に好き勝手させたりなどしない!
 ただし、彼は「あるもの」を苦手としていた。
(兄さん、正義感が強いのはいいんですけど、確か幽霊とか苦手じゃありませんでしたっけ……?)
 パートナーのルーチェ・オブライエン(るーちぇ・おぶらいえん)が指摘する通り、和眞は幽霊が苦手だったのだ。もちろん本人にそのことを尋ねれば、
「幽霊なんかいるわけないッス! そ、そうッスよ、幽霊なんて……。べ、別に怖いわけじゃないッスからね!」
 微妙にツンデレを発動させて否定するだろう。もちろん嘘であるということは誰が見ても明らかなのだが。
「し、しかしここまで来てしまった以上、ただで帰るわけにはいかないッス。そう、犯人だって疲れるはずッス。だったら仮眠室で休んでいる可能性は十分! そう、これはいわゆるひとつの『計画通り』というやつッス!」
「すみません兄さん。私の服は計画通りというわけにはいきませんでした」
「へ?」
 言われた和眞がルーチェの方を振り向くと、そこには顔や服が埃と砂と鉄錆によって汚れてしまった彼女の姿があった。
「どわっ! る、るる、ルーチェ!? 一体どうしたッスかそれは!?」
「さっき、思わず転んでしまいまして……」
「おいおいそいつは大変だな。だったらいっそのこと、少しばかり仮眠室で休んでいったらどうだ?」
「そうッスよルーチェ。せめて埃を落とすとか……」
 そこまで言って和眞は気づいた。今、自分たちの会話に別の誰かの声が割り込んだのだ。
「……だ、誰ッスか!?」
 持っていたマシンピストルを構えながら、和眞は3人目の声の持ち主に全身を向ける。
「オレか? ああ、気にしないでくれ、通りすがりののぞき魔だ」
「は……?」
 和眞の眼前には、ブラックコートを羽織った緑のオールバックの男――自身をのぞき魔と称するのはこの男しかいないと言われる弥涼 総司(いすず・そうじ)がいた。
「の、のぞき魔って……! まさかお前が噂の不審者ッスか!?」
 聞き捨てならない単語を聞いてしまった和眞は、事と次第によっては総司を捕縛せんと身構えるが、総司の方は至って冷静であった。
「不審者? ……いやまあ今の自己紹介だとそう思われても仕方ないだろうが、オレは不審者じゃないぜ? というかここには今日初めて来たんだからな」
 言いながら総司は両手を上に上げる。無抵抗の意思を示すそれは、和眞とルーチェの警戒を解くのに成功した。少々だけだが。
「……えっと、それで、そののぞき魔さんがどうしてここに?」
 ひとまず警戒を完全には解かないままルーチェが和眞の後ろにつく。
「うん? そりゃあ……、たまには別の学校をのぞいてみようかなと思ってな」
「のぞき、ですか……?」
「だってオレは【のぞき部】だからな。のぞき部がのぞきをするのは至極当然の流れ。何もおかしいところは無いじゃあないか」
「のぞきという時点で十分おかしいッス」
 非常にもっともな指摘を和眞は繰り出した。
「え〜、いやだってさ……、最新のロボ、えっとイコンだっけ? とか強化人間を研究してるってーと……、ほらなんっつーの? 液体の入ったカプセルに裸の女の子が入ってたりとかしてるんじゃあねーかなー、とか思ったりしてな……」
「……私がいなくても、代わりはいるもの?」
「そう、そんな感じ」
 確かにこのイコン・超能力実験棟は、そういったイコンや強化人間――というよりも超能力の研究を行う施設だが、総司の言うようなカプセルはさすがに存在しない。強化人間とはクローン培養して生まれるのではなく、普通に存在している人間を改造して生み出す、一種のサイボーグのようなものなのだ。ついでに言えば、イコンに乗るのにシンクロする必要は無く、乗ろうと思えば誰でも乗れる。
「まあそんなことよりも、だ。そこのキミ」
「へ、私ですか……?」
 話を打ち切り、総司が指差したのは和眞の後ろにいるルーチェだった。
「そうそうキミだよ。さっき言ってたじゃあないか、服が汚れたって……。誇りを落とすのと、精神を落ち着かせるためにも仮眠室に入った方がいいんじゃあないか? ……あ、ところでキミは強化人間?」
「いえ、私はどっちかといえばヴァルキリーですけど……」
「なんだそうか。いや、強化人間で、もし精神不安定になってるようだったら休むように言うつもりだったんだが」
「そんなこと言って、色々といかがわしいことでもするつもりッスね!?」
 再びマシンピストルを向ける和眞だが、総司にそのつもりは無かった。なぜならば彼は【のぞき部部長】である。【のぞき部】である以上「のぞく」ことが目的なのであり、その後は問題外である。その美学に反するような「いかがわしいこと」など、たとえ世の一般男性が許しても弥涼総司が許しはしない。もっとも「いかがわしいこと」それ自体、許されざることなのだが……。
「まあどちらにしても仮眠室の調査は必要ですし、休むのは後にして、とりあえず入りません?」
 ルーチェのその一言により、3人は仮眠室に入ることとなった。
 3階の仮眠室は他の階のそれと同じく、小型のベッドが4つ設置されている程度のものであり、他には何も無い。
「……ベッド以外には何も無いんですね……。せめて小型冷蔵庫とかあると思ってたんですが」
 そう残念がるルーチェの腹部から、かすかに音が聞こえた。要するに彼女はここにきて小腹が空いてきたのである。
「小型冷蔵庫って、というか小腹が空いたって、どんだけ食い意地張ってんスか!?」
 扉の近くで懐中電灯を握り締めた和眞が大口を開けて怒鳴る。
「っていうか、大体食べ物が残ってたところで、もう腐ってるに決まってるッス!」
 その指摘はもっともだった。何しろ「事故」の後、ほぼ手付かずのまま誰も寄り付かなかったはずである。食料がここに残っているわけが無いのだ。ついでに言えば、食料を求めるならどちらかといえば仮眠室ではなく食堂兼休憩室を探すべきだっただろう。
 一方でルーチェは、重箱の隅をつつくように仮眠室内を捜索しつつ、和眞に「翼の剣」を見せた。
「大丈夫です。加熱調理すれば大体のものは食べれますから」
「か、加熱調理って、まさか爆炎波!?」
 セイバーの操る技の中には、自身が持つ武器に炎を纏わせて攻撃する「爆炎波」というものがある。確かに炎を操るのだから調理に使えそうな気はするが、残念ながら爆炎波で調理はできない。
 爆炎波で生み出す炎はほぼ「瞬間的」なものであり、持っている武器に常時炎を纏わせておくことは不可能である。細かく描写するのならば、ルーチェの場合、手に持った翼の剣を振りかぶり、対象物に向かって振り下ろすその瞬間に炎が剣に纏わりつき、炎の剣として対象を斬る、というわけだ。ちなみにこれ、マジな話である。
「ば、爆炎波はそーいうスキルじゃないッス!」
「そうだな。どうせ調理するなら爆炎波じゃなくて、ウィザードの『火術』の方がいいと思うぞ。あっちの方が火力調整が利く」
 和眞と総司の2人に止められたルーチェは、不満そうな顔をしたもののひとまずここは我慢することにしたらしい。
 そうして3人――1人は扉の近くにいた――が仮眠室で捜索しているその時、和眞の耳に声が聞こえた。
「ふぉぉ!? 今、女の人の悲鳴が!?」
「えっ、すきま風じゃねーのか?」
 実際のところ聞こえたのは、すきま風なのか本当に女性の悲鳴なのか判別がつかなかった。だが神経過敏になっている和眞は悲鳴に、総司は風に聞こえたのである。
 そしてその瞬間、緊張が頂点に達した和眞はその場から脱兎のごとく逃げ出した。
「こんな所にいられるかっ! オレはもうおウチ帰るッスー!」
「あっ、兄さん!? もう、仕方ないですね……。では私もこれで……」
「あ、ああ……」
 逃げ出した和眞を追って、ルーチェも仮眠室を出た。明かりは和眞が持っている分しか無かったため、追いかける速度はゆっくりとしたものだったが……。
「やれやれ……。まあここには何も無いみたいだし、オレも出るかね……――ん?」
 2人と別れた総司が調査の終わった仮眠室を出ると、すぐさま何者かの殺気を感じた。廊下の陰、何者かが自分をのぞいている。先ほどの天学生が言っていた「不審者」だろうか。
「……おい、そこの影に隠れているヤツ出てこいよ。のぞき部相手にのぞきをしようとはいい度胸してるじゃあねえか」
 その陰に向かって、総司は呼びかけた。呼びかけられた方は、陰になっている部分から落ち着き払ったようにゆっくりと姿を現す。
 見えたのは1つの段ボール箱だった。それもかなり大型である。それが廊下をこするようにして総司の正面からゆっくりと近づいてくるのだ。普通ならここで「中に入っているのは蛇の名を持つ傭兵だ」と考えるのだろうが、今回の中身は違っていた。
「貴方……覚悟できている人ですよね。邪魔をするってことは、みかんを食わされるってことを覚悟している人ですよね」
「……不審者ってのはオメーか? 寝かしつけてやるぜ!」
 段ボール箱から聞こえた声に総司が返す。その会話がきっかけとなったのか、段ボール箱が宙を舞い、中から1人の男が現れた。その手にはなぜか銅鑼が握られていた。
 そして男はその場で銅鑼を連打した。読者諸君には何となくおわかりかもしれないが、次の瞬間には「ジャーンジャーン」という連打音が実験棟の廊下に響き渡った。
「うおおッ、なんじゃあ!?」
「こいつにみかんを食わしてやりたいんですが、かまいませんね!?」
 男――久多 隆光(くた・たかみつ)はそう言うなり銅鑼を手放し、その片手にみかん――という名の「ナラカの果実」を握り締め、高速で総司に肉薄した。
「日本のみかんはアアアァァァ、世界一イイイィィィィ!!」
「な、なぜにみかん!?」
 突き出されるその手と「みかん」をすんでのところでかわし、総司はその手にはめられた鉄甲によるパンチを繰り出す。隆光はそれをギリギリのところでかわし、総司と間合いを取った。

 久多隆光という男がここにいたのは、ひとえに「ジャーンジャーンできる場所だったから」。つまり、心置きなく銅鑼を鳴らせる場所だったからである。
 蒼空学園の近くにある小島「ロウンチ島」、かつて、そこで行われたおよそ正気とも思えないサバイバルゲーム、通称「さばいぶ!」事件――正確には事件ではないが、あまりの惨状のためあえてこう書かせていただく――、隆光はその参加者の1人だった。ゲストとして登場したある有名人を相手に、これまた有名なギャグを叩き込むべく、島で銅鑼のようなものを求め、そして実行に移し、殴り倒された。その日以来、隆光は銅鑼を連打したくなるという病気に悩まされるようになり、空京大学の精神科医から「重症」と言われてしまうようになった。
 こうして、久多隆光はシャンバラのロイヤルガードに憧れるよりも……、銅鑼を鳴らすことに憧れるようになったのだ!
 もっとも【銅鑼を連打したい程度の病気】などと称されるのは、あくまでもギャグを飛ばせる状況においてのみであり、普段の彼はとても真面目で、有事の際には徹底して黙々と作戦活動に従事する、立派なシャンバラ教導団の団員であるのだが……。

(この久多隆光には夢があるッ! 銅鑼をジャーンジャーンと鳴らすという夢がッ! そして今、落ち着いて銅鑼を鳴らす練習ができる場所にッ、土足で踏み荒らそうとする者たちがいるッ!)
 彼にとってこの場所に立ち入ることそれ自体が許されざる行為となるのだ。そして今回のターゲットはたまたま総司になってしまった、それだけなのだ。
「手持ちのみかんはたったの3つ! いきなりだが間髪入れず最後の攻撃だッ!」
 両手に「みかん」を構え、隆光は突撃体勢に移る。
「きや……がれ……、不審者……!」
 それに対抗するべく、総司は自身のフラワシ「ナインライブス」を呼び出す。突然の奇妙すぎる攻撃だが、総司が思う確かなことは、この後「みかん」を口に突っ込まれそうになった瞬間、プッツンするだろうということだけだ。
 そしてその瞬間は訪れた。
「温州みかんだッ!」
 隆光の手に握られた自称温州みかんこと「ナラカの果実」、それが目に入った瞬間、総司の理性は「プッツーン」という音を立てて切れた。
「オラオラオラオラオラァッ!」
 フラワシ「ナインライブス」の拳を操り、殺到する「みかん」を叩き潰そうとする。
「もう遅い! 脱出不可能よッ!! ――ってみかんがッ!?」
 隆光の目にはフラワシは映っていなかったため、すぐに両手の「みかん」は叩き潰される。
 だがここで邪魔が入った。戦う彼らの横、吹き抜けに面した窓ガラスが音を立てて粉々になり、そこから別の人物が突入してきたからである。魔鎧のベルトラム・アイゼン(べるとらむ・あいぜん)をその身に纏ったエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と、そのパートナーのコルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)であった。
「ようやく見つけたぞ不審者……。大っぴらに存在をアピールしてくれたおかげで見つけやすかった……!」
「お調子者〜とか呼ばれた気がしたからやってきたぜー!」
 魔鎧を纏ったエヴァルトとコルデリアが並んで立ち、拳や武器を隆光に向ける。
 エヴァルトたちがどうしてこのような登場をしたのかについては、少々時間をさかのぼって語る必要がある。
 捜索が開始された時、エヴァルトたちが向かったのは「実験棟の屋上」だった。その理由は簡単、高いところから吹き抜けを見下ろして監視すれば、どこに不審者がいようとも対処できるからである。
「幽霊騒ぎ、ですか〜……」
 エヴァルトに付き合って吹き抜けを監視するコルデリアがのんびりと頬に手を当てる。彼女としては今回の騒動は、本当に幽霊が絡んでいるとは考えにくかった。
「可能性としては無くはないだろう。亡くなった研究者の霊が『自分の研究は正しかった』とかそういう感じで調子に乗ってるとか、な……」
 エヴァルトはこの騒動に積極的に参加したわけではない。海京に寿司を食べにきたそのついでに天御柱学院に立ち寄ったら、たまたまこの話が耳に入ったのである。魔法や超能力には興味が薄いものの重度のロボマニアである彼としては「イコンと超能力との関連性」に興味を示さないわけがなかったのだ。
「面白い研究をしていたものだ……。まあ当時としては如何物扱いされたのだろうが、今では重要な課題だろうしな」
 最近、天御柱学院が所有するイコンが、その真の力の一端を解放したという話がある。そしてそこにはイコンパイロットである学生たちが関わっている――原則としてイーグリットやコームラントに乗れるのは天御柱学院の生徒のみであり、また覚醒が起きたのも彼らが絡んだ時である。
「しかしまあ、いくら亡霊とはいえ勝手に研究を続けられても困るだろうに……。成果報告しているのならまだしも……」
 そんなわけで調査に参加したのである――ちなみにエヴァルトは蒼空学園の生徒だ。
 屋上から月明かりや「ダークビジョン」を駆使して実験棟全体を監視していると、3階の一画で銅鑼がなる音が聞こえた。音の方を見ると、不審者らしき奇妙な男がなにやら手に果実を持って襲っているようだ。
 エヴァルトは確信した。奴が不審者だ!
「不審者発見! 2人とも行くぞ!」
「よっしゃあ、それじゃ行くぜ!」
 暇だからとコルデリアと遊んでいたベルトラムが鎧となり、エヴァルトに装着される。そしてエヴァルトの発動した「空飛ぶ魔法↑↑」の力で、空から特攻をかけた、というわけだ。
「やれやれ、他にも邪魔する奴がいるとは……。こりゃあ『みかん』を食わせるのが難しそうだ……」
 両手の分は潰され、残った「ナラカの果実」は1個。目の前にいるのはブラックコートの男ではなく、魔鎧を纏った少々ヒーローっぽい奴。だとすれば狙いは……。
 その状態のまま互いに睨み合う隆光とエヴァルト。先に抜け出したのは隆光だった。
「食らいやがれ、温州みか――!」
 隠し持っていた果実を右手に構え、エヴァルトに突撃する隆光だったが、その前にエヴァルトが攻撃に入る方が早かった。
「くらえッ、舞朱雀!」
 両腕両足装着の軽鎧、開閉式のマスク付き、しかも爪先と肘部分にはブレードが取り付けられており、膝にはドリル状突起まであるのが、ベルトラムという魔鎧。エヴァルトの放った「舞朱雀」とは、その肘のブレードを利用した彼の必殺技である。
 だが1つ間違えてはならないことがある。その取り付けられたブレードや突起は、あくまでも「魔鎧」の一部である。それはつまり「あくまでも鎧」であって「武器ではない」のだ。そのためその威力は大したことはなく、せいぜいが「堅い棒か何かで殴られた程度」のダメージしか与えられないのだ。もっともエヴァルトはドラゴンアーツの使い手であるため、魔鎧のパーツ無しでもそれなりのダメージは保障されているのだが。
「ブァガッ!?」
 肘のブレードによるものではなく、ドラゴンの力によるダメージで、隆光は右手に「みかん」を握り締めたまま倒されることとなり、そしてそのままその場にいた者たちによって捕縛されるのであった。
「っていうかこいつ人間か。元奈落人の研究者か何かと思ったんだが……」
「そんなことよりも〜、わたくしの出番がありませんでしたわ〜。せっかく白の剣とソードブレイカーで二刀の構えができるようにしてきましたのに〜」
「なあ、エヴァルト。オレの鎧パーツで殴るの、やっぱやめてくれるとうれしいかも……」
「これで逆のぞき男は撃退、と……やれやれだぜ……」
 こうして、1人の不審者は捕らえられた。