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学院のウワサの不審者さん

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学院のウワサの不審者さん

リアクション

 これだけで事件が終われば非常に楽なものだが、世の中というものは案外楽にはできていないものである。全ての部屋の調査が終了したわけではないし、また不審者が「1人だけ」とも限らない。
 2階の廊下を1人の男が歩いていた。その男は全身を黒と金を基調としたパワードスーツで包んでおり、一見すると、悪役のロボットである。彼の名は月谷 要(つきたに・かなめ)。またの名を「重装闘機シュヴァルツパンツァー」といった。この男もまた強化人間をパートナーに持ち、噂の出所を押さえるべく行動を起こした人間である。
 ただし、彼は気づいていなかった。彼もまた「自覚無き不審者」として数えられる運命にあるということに。
 彼は明確な調査団の一員としてこの実験棟に来たわけではなかった。彼はなんと、噂が出始めた頃から実験棟の調査に乗り出していたのである。深夜に部屋を抜け出し、パワードスーツ一式を身に纏い、そしてその状態で廃墟の中を歩く。そのような姿で歩き回るせいで、歩くたびに金属とコンクリートの接触音が鳴り響き、またそのスーツの外見上「悪役」に見えてしまうため、自身が不審者として間違われてしまっている、ということだ。
(本当に迷惑な噂だ……。しかもその犯人らしき人間はいまだに見つかっていないそうではないか……。今のところ我が家のパートナーには影響は出ていないが、いつ影響が出るかわからん。早く解決せねば……)
 普段は飄々とした暢気者でのんびり口調だが、シュヴァルツパンツァー状態では無駄にヒロイックな言動になってしまうのが、彼の悪い癖だった。もっとも彼本来の動きや声が変わったわけではないため、知り合いからはすぐに正体を見破られてしまうのだが……。
 下手すれば崩れてしまうかもしれない床を、重いパワードスーツを纏った状態で歩く要の前方から誰かが歩いてきた。天御柱学院の制服を着た少女――蒼澄 雪香(あおすみ・せつか)である。
「まったく、不審者だか幽霊だか知らないけど、ホントに迷惑よね。実害が出ないならまだしもそうじゃないんだから大問題だわ……」
 不安定な床を強く踏みしめ、彼女は廊下の真ん中を堂々と歩く。その威圧感はまさに、不審者や幽霊を見かけたら、即座に攻撃することも辞さない構えだ。
 不審者を探して暗い中を堂々と歩く雪香、自身が不審者であるとの自覚が無い要。2人が同じように歩いていれば、当然鉢合わせするということになる。
「ん?」
 照明を持たぬまま歩き続ける雪香の前に、奇妙な影が立ち塞がる形で現れた。彼女の目には、少々大きめの人間の姿をした鉄の塊――しかもどことなく悪役っぽいそれは、非常に怪しく映った。
「ん、おや、こんなところで天学生が何をやっているのだ。ここには不審者が――」
「いたわね不審者! 適当に探してるだけだったけど、まさかそっちから姿を見せてくれるなんてね!」
「は?」
 その悪役っぽく見られた要が雪香に注意を促そうとすると、その言葉の途中で彼女は身構えた。
「こんな時間に見たことの無いパワードスーツ姿をしたのがいるなんて怪しいにも程があるわ! この悪役メカ男!」
「な、なんだとぉ!?」
 一方的に不審者であると決め付けられ、人差し指まで突きつけられた要としては、特に最後の「悪役」の部分だけが許せなかった。
「ちょっと待てい! この俺が悪役でしかも不審者だと!? さすがにそれは心外というものだぞ! 俺の名はシュヴァル――」
「問答無用! ぶっ潰す!」
 名乗りを上げようとした要だったが、その前に雪香の飛び蹴りが飛んでくるのが早かった。視界が暗くてたまらないが、あまりにもゴツゴツした鎧男が目の前にいるのだ。まっすぐ行って飛べば問題は無いと言わんばかりに、雪香は床を踏みしめ跳躍し、相手の顔面に必殺の蹴りを叩き込んだ。
「いや待て、だから話を――ぶごっ!?」
 パワードスーツの顔面部分に蹴りを受けた要は2歩ほど後ずさる。パワードマスクそれ自体の強度と、顔面の皮膚を龍鱗化させたおかげでダメージは無いが、蹴られ、頭を揺らされたショックまでは消すことはできない。
「あのなぁ、だから俺も不審者を――!」
 探しているのだ、と言う前に、彼の横をレーザーが通り過ぎた。位置的には、要の正面方向、雪香の後ろから放たれたそれは、同じくパワードスーツを着て調査に参加し、今しがた同じ階の研究室から出てきたロザリンド・セリナのものだった。
「……パワードスーツの気配がしたので駆けつけてみたんですが……、どうやら中身は乙女ではなく、男性のようですね……」
 両手にパワードレーザーの銃を構え、ロザリンドは1歩1歩、ゆっくりと要に近づいてゆく。
「しかも見た目からして不審者相当の何かとのこと……。これはもう、成敗するしかありませんね……」
「へ、あ、あの、もしもし……?」
 雪香と並んで立つロザリンドの剣幕に、シュヴァルツパンツァーであるはずの要が動揺する。おかしい、自分は不審者を探してここの調査に来たはず。それなのになぜ女性2人から敵意を向けられなくてはならないのか。
 レーザー銃は自分に向いている。隣の少女も、また蹴りを入れようと身構えている。明らかにそれは戦闘態勢であったが、要はそれでも両手に装備された2種類の「機巧光学砲」で戦おうとはしなかった。なぜならばこれは不審者・犯人に対して使うものであり、なぜか自分に敵意を向けている、犯人ではなさそうな女性2人に対して使うものではないからだ。
「さっきからずっと探してたんですよ、パワードスーツの乙女を! それがやっと見つけたら別人だなんて、紛らわしいことしないでください、この不審者!」
「学院の平和を守るのは私たち生徒の義務よ! それを乱すような悪役パワードスーツなんて、この場で叩きのめしてやるわよ、この不審者!」
 雪香とロザリンド、2人の攻撃が要に殺到する。すぐにでも逃げ出したかった要だが、雪香が何度も蹴りを入れてくる上、ロザリンドのレーザーが連射で飛んでくるため、逃げ出す隙を見出せなかった。
「というか、パワードスーツ云々は俺の責任ではないだろうが!」
「乙女の八つ当たりです!」
「いやそれ乙女関係なあああああああぁぁぁぁぁ!?」
 いかに頑丈な機械鎧を身に着けたところで、嵐のようにやってくる攻撃全てに対処しきれるはずが無く、要はその場で女2人に袋叩きにされてしまった……。
「だから、俺は、その、不審、者、を……、ぐふっ……」
 シュヴァルツパンツァー、哀れなり。

 さてこの時点ですでに2人ほど不審者が現れたわけだが、安心するにはまだ早い。実験棟の中には、今回の騒動に便乗して悪事を企もうという不届き者がいるのだ。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の2人はどちらかといえば目的を定めずに、全体的に実験棟内を調査していた。
「廃病棟とかでゴースト兵とやりあったり、人を食らうゾンビと戦ったり、こないだはモンスターじゃない幽霊とも交流を深めたりして、もうパラミタに来てからずっとそんなのばっかりなのよね」
「それじゃ美羽はこういう『怪談』とか『心霊現象』には慣れちゃったんだ?」
「まあそうなんだけどね。でもやっぱり『事件が起きて閉鎖された夜の学校で〜』なんてシチュエーションがあったらついワクワクしちゃうのよ」
「あはは、好奇心旺盛、ここに極まれりって感じだね」
 そのような雑談を交えながら、2人は実験棟1階を歩いて回っていた。
 ほとんど闇と言ってもいいその環境下において、2人は共にダークビジョンを利用して暗視を行っている。仮に不審者であろうが幽霊であろうが襲ってきても、これがあれば普段通りに戦えるというものである。
 そしてそんな2人を物陰から狙う男がいた。その男とは、なんと平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)だったのである。
 かつて蒼空学園に在籍し、とある想い人の救出のため鏖殺寺院にまで追いかけて、その結果として天御柱学院に強制転入となった彼が、なぜこの実験棟にて、しかも調査団のメンバーを狙うようなそぶりを見せるのか。そこにはきっと、何かしらの深い理由があるに違いない。
「どう見てもラブラブカップルだよね、あれ……。よくもまあこんな状況下であんな風にイチャつけるもんだよ……。こっちは大事な人が寺院に攫われたままだっていうのに……!」

 単なる嫉妬だった。

「いやまあ、ラブラブなのはいいことだけどさ。でもだからってこんなとこに来ちゃだめでしょ、どう考えても。その辺り、彼はわかっているのかなぁ……。っていうか、変わった翼だなぁ。雰囲気からしてヴァルキリーか守護天使……? 隣の女の子を守る戦士か守護者さまってとこ? ……妬ましいなぁ。橋姫じゃないけど妬ましい……」
 物陰に隠れながら、その緑色――ではなく赤い瞳は片方だけの翼の持ち主であるコハクに向けられている。
「……なんかだんだん腹立ってきた」
 コハクと美羽のラブラブっぷり――少なくともレオにはそう見えた――を見せ付けられ、我慢の限界が来たのか、彼は行動に移った。
 すなわち、「誘拐」である。
 本当ならどこかの部屋の中で待ち構え、美羽のように幽霊に興味がある者を「ミラージュ」によって生み出した幻影で誘い込み、しびれ粉を利用して動きを鈍らせて誘拐、という段取りを考えていたのだが、残念ながらそれは不可能というものだった。
 ミラージュとは自分の幻影を生み出し、敵からの攻撃の標的にされにくくするためのサイオニックの技なのだが、このスキルにはいくつか問題があった。まず第1に、生み出せる幻影は「自分自身と同じ姿」に限られるということ。とはいえ、暗がりで使えばどのような像なのかを認識させなくすることは一応は可能である。第2に、生み出せる幻影は「自分のすぐそば」に限られるということ。そして第3に、生み出した幻影は「自分と同じ動きをする」ということ。つまり、たとえ暗がりで使用したとしても相手が「ダークビジョン」持ちであった場合、本体の存在がすぐにばれてしまうということなのだ。これも本体が何かしらの物陰に隠れ、幻影だけが見えるように位置調整すればどうにかなるのだが……。
 そのような理由もあり、カップルの動きを見る限り、どうやらダークビジョンが使えるらしいことを知ったレオは、この幽霊で標的をおびき寄せる作戦を諦めるしかなかった。
「となると、ここは無理矢理行くしかないかなぁ……」
 おびき寄せるのが無理なら、こちらから仕掛けるしかない。かつての「イコンプラント争奪戦」にて戦った敵が見せた超能力を利用した高速移動法――レビテーションで自らの体を浮かせた状態で、サイコキネシスで自身の体を運ぶというあの技ならば……。
 パワードマスクをかぶり、ブラックコートを羽織ることで簡単な変装を自らに施し、レオは行動した。コハクと美羽の背後から高速移動で近づき、近づけたら誘拐しやすいようにしびれ粉を軽く散布する。
「うっ!?」
「えっ、これは……!?」
 多少の油断があったせいだろうか、美羽もコハクも「ディテクトエビル」や「殺気看破」の用意を怠っていた。だから背後から気配を隠して近づいてきたレオに気がつかなかった。
 しびれ粉を浴びた2人はその影響で動きが鈍くなり、それを確認したレオはすぐさま美羽を小脇に抱える。
「きゃっ!?」
「み、美羽! お、お前、美羽に何を……!?」
 コハクに問われたレオはゆっくりと振り返り、動きの悪いヴァルキリーを挑発するかのように口を開いた。レオであることがばれないように、可能な限り声を変えてであるが。
「助ケタケレバ、来ルガイイ。モットモ、ソンナ片方ダケノ翼デ、ドウニカデキルトモ思エナイガナ……」
 そして琥珀が動きだすまで待つ。レオの目的は「誘拐すること」それ自体にあり、本気で行動するのであればすぐさま逃げるところを、彼はあえて待った。
「……残念だけど、片方だけじゃない」
 裂天牙と呼ばれる槍を握り締め、コハクはゆっくりと立ち上がる。
「僕には、もう1つ翼があるんだ!」
 言いながらコハクは、その背中から光の翼を生み出した。
 空京よりはるか南に存在した浮島「セレスタイン」。コハクはそこで生まれ育った有翼のヴァルキリーだった。だがそのセレスタインの存在が認知されることとなったとある事件の影響により、左手側の翼が折れ、その部分には変わりに光翼が生えるようになった、いわば変異体なのだ。
「ア、コリャマズイ」
 翼が片方しかないため、ろくに動けないだろうと予想していたが、まさか光翼を生み出して「普通」の状態にするとは思わなかった。レオはすぐさまきびすを返し、美羽を捕らえた時と同じく超能力による高速移動でその場を離れる。
「逃がすもんか!」
 そんなレオを追って、コハクはバーストダッシュを発動する。ヴァルキリーが持つことを許された、魔力の力場による高速移動法。コハクもまたそれの使い手なのだ。
(げげっ、思ったよりも速い! これはちょっと作戦変更かな?)
 片方を誘拐した後は、実験棟の最上階にまで連れて行き、そこで追いかけてくる者を待ち構えるという予定だったが、その追いかけてくる者が予想以上に速いため、どこか適当な部屋の前で、レオはコハクを迎え撃つことにした。その部屋は1階研究室Bという……。
「追いついたぞ! さあ、美羽を放せ!」
「……ヤレルモノナラヤッテミルガイイ」
 その1つの会話を皮切りに2人の戦いが始まろうとするが、そこに水を差すように別の影が飛び込んできた。
「叫び声を聞いて不審者発見! 思いっきりぶっ飛ばしちゃうよ!」
「相手が幽霊じゃないとわかると途端に元気になったな……」
 廊下を走ってくるのは、食堂兼休憩室を捜索していた遠野歌菜と月崎羽純のコンビである。
「チッ、3対1カ……。不利もイイトコロダガ……」
 だがレオの立場はさらに悪化する。この騒ぎを聞きつけたのかさらに捜索メンバーが集まってきたのだ。
 いや正確には「すでに2人がそこにいた」といったところだろう。そこにいたのは矢野 佑一(やの・ゆういち)シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)の2人だった。
「たまたまいた研究室の前に、やたら怪しい黒マントがやってきた、ですか……」
「どう見ても不審者、だな」
 さらに不運は拡大する。今の騒ぎを聞きつけたのか、1人の少女がぽてぽてといった具合にやってきたのである。
「ここは……どこですか? というか、何ですかこの状況は?」
 ほとんど迷子の体で現れたのは、パートナーとはぐれたヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)である。
「げっ、こりゃやばい……」
 実質6対1の状況に追い込まれたレオは声色を変えるのも忘れて動揺する。一応しびれ粉があるため逃げようと思えば逃げられるが、先ほどのバーストダッシュによる追跡のこともある。果たしてこの状況下においてどう行動するべきかレオは悩むこととなった。
 だがその悩む時間もたった数秒のことだった。
「っていうか、いい加減に放しなさいよ!」
「おうっ!?」
 小脇に抱えられていた美羽が、無理矢理体の向きを変え、そのミニスカートから伸びる足を振り上げ、レオの後頭部に蹴りを叩き込んだのである。【音速の美脚】などと称されるだけあって、美羽の足技は的確に、かつ高速で標的にめり込むのだ。
 延髄の近くを蹴られた形となったレオは、そのショックで美羽を抱えていた腕を放してしまう。そしてそこを見逃すような調査団ではなかった。
「美羽を誘拐しようとした分、叩きのめさせてもらうよ!」
「必殺、エルヴィッシュスティンガー!」
「さて、ちょっとばかしボコボコにされてもらうぜ」
「えっと……、シュヴァルツさん、ちょっと縛り上げちゃってください」
「よし任されよう」
「えっと、よくわかりませんけれど、天誅!」
「のああああああああああ!?」
 その場にいた全員から袋叩きにされ、レオは完全に戦闘力を失った……。

「って、誰かと思ったらレオ君だったんだ。でも、何でこんなことを……?」
 シュヴァルツが持ち込んだ「怪植物のツタ」でがんじがらめに縛り上げられたレオは、彼らの目の前にあった1階研究室Bに放り込まれ、そこで佑一たちから尋問を受ける破目になった。
 変装用の黒いマントは所々が破れ、そして仮面は粉々に砕かれ、全身に打撲を受けた彼は、これ以上の抵抗は無益と判断したのか恥ずかしそうにその動機を話した。
「だって……あまりにもラブラブだったのでついカッとなって……」
「うわぁ……」
 自分たちがそう見られていたと知った美羽とコハクは揃って顔を赤く染める。
 そんな2人を無視して佑一はレオに懇々と諭すように肩を叩いた。
「あのねレオ君、こういう時の罰掃除って結構きついよ? 手作業じゃなくてイコンに乗ってあちこち磨くことになるんだし、トイレ掃除だって半端じゃない量で……」
「ハイ、十分によく、わかりましたです……」
 長々とした説明を受け、もはや聞くだけの気力も奪われた形となったレオは、完全にうなだれた。
「ま、十分反省してるみたいだし、レオ君のことは黙っていようかな。シュヴァルツさん、縄ほどいてあげて」
「えっ、突き出さないの?」
 佑一に反論したのはシュバルツではなく美羽だった。彼女としては、どちらかといえば、くだらない理由で騒動を起こした犯人は天御柱学院の教官の前に引っ立てるつもりでいたのだが、このままだと自分を連れ去ろうとした誘拐犯寸前の男が無罪放免になってしまう。
「まあ、悪意丸出しってわけじゃなさそうだからね。あんまり厳しくするとさすがに酷だろうし」
「……それでもやっぱり罰は必要よ?」
「それもそうなんだけどね……。ま『僕は』黙ってるつもりではいるけど」
「……なるほど」
 佑一のその言葉に美羽は了解した。黙っているのはあくまでも佑一であって、他の誰かが彼を突き出すことは止められないということである。
「突き出すのは結構だが、その前に縄を解かせてくれないか。まあ武士の情けというやつだ」
 言うなりシュヴァルツはレオを引っ張って部屋の隅へと移動する。なぜ縄を解くのにその位置に行く必要があったのかは誰にもわからなかったが。
 レオの処遇について案がまとまったところで、最後に合流したヴェルリアがおずおずと手を上げた。
「えっと、それではこの部屋も探索しませんか? もしかしたら別の誰かが隠れているという可能性もありますし……」
 その提案に反対する者はおらず、集まったメンバーたちはそれぞれの方法で研究室の捜索を始めた。
「おっとここか。ようやく見つけたぜ」
「あ、真司……」
 ヴェルリアが入ってきたドアの方を見ると、そこから彼女のパートナーである柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が入ってきた。
 元々はヴェルリアの方が調査に乗り気であった。彼女も強化人間であるため、同じく強化人間が絡んでいると噂の実験棟に興味がわいたのである。そんな彼女に引っ張られるように真司もこの調査に参加したのだが、ヴェルリアの方がいきなり迷子になってしまったのである――彼女の最大の弱点は方向音痴であることだ。はぐれてしまっても、2人には精神感応やテレパシーといった技があるため、それほど大事にはならなかったが。
 1階研究室Bに入ってきた真司を待っていたのはパートナーのヴェルリアと、部屋の片隅にて展開される奇妙な図だった。
「ところで美少年、知ってるか? このツタはな、実は芋虫の粘液をかけて、滑りを良くしないと解けないようになっていてな……」
 言いながら手にためた「芋虫の粘液」をレオにくまなく塗ったくろうとする。当然首を横に振り続けて、必死で否定と拒絶を表現するレオと、「武士の情け」とか言っていた悪魔の蛮行を目の当たりにした佑一がため息をつくのは同時だった。
「また嘘ついたか、シュヴァルツさんは」
「そりゃそうだろ。俺は悪魔だからな」

 結局この研究室からはめぼしいものは出てこなかった。シュヴァルツのサイコメトリでも該当する情報は得られなかったのだ。
 そして捕縛されたレオは、コハクが持ってきた「オリヴィエ博士改造ゴーレム」の手によって、外に放り出されることとなった……。