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第七章 自分との戦い

 部屋の中で、ある意味一番楽観視されていたのが闇黒feroceだった。
『自分に勝てるだろうか……』と深刻に考えているものがいないでもなかったが、大半は訓練ゆえの気楽さを持っていた。
 それどころか鬼崎 朔(きざき・さく)のように『……最近、修行してなかったからな。……己が敵は己とも言うし……自分の影というモノと……対峙してやるか』と積極的に挑む者が多かった。
 通路を進むと次第に暗くなっていく。目指す部屋の前に立つ頃には、かろうじて人影が判断できるくらいになっていた。
「じゃあ、最初に行かせてもらう」
 部屋の選択で泉 美緒(いずみ・みお)にふられた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)だったが、積極性は失っていない。
 あの時は胸に気を取られたものの、下心があって誘ったわけではないと自身に言い聞かせる。もっとも『怪我のひとつでもすれば美緒に心配してもらえるかも』と考えていたのは間違いなく、「それは下心ではないのか?」と聞かれれば答えにつまるのも自覚していた。
 正悟に続いて、他の生徒達も次々に部屋の中に入っていく。
 その中には安芸宮 和輝(あきみや・かずき)とパートナーのクレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)安芸宮 稔(あきみや・みのる)達のように、巧みに光源を使うことで自らの影ができないようにして、部屋に入っていくものもいた。
「千百合ちゃん、やっぱり怖いですぅ」
 臆病の虫が動き出した如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は、パートナーの冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)赤羽 傘(あかばね・さん)にしがみつく。
「ここまで来て、何言ってるの!」
「腹をくくるのも大事じゃけぇ」
 2人に引きづられて入っていった。
「じゃあ、最後は私達ですね」
 葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)を連れて部屋の中に入る。
『実力が伯仲する自分自身と戦ったって実力がつきませんよね? プラスアルファで試練がないとっ』
 そう考えて部屋の中では他のメンバーにちょっかいを出すつもりでいたが、その考えは入った途端に打ち消された。
 安芸宮和輝とは別に、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)も光精の指輪で明かりを保っていたが、なぜか全員が部屋に入ったところで、真っ暗闇に包まれた。
「なぜだ?」
 もちろん指輪はそのまま指にはまっている。しかし効果は発揮されない。と同時に他者の気配が消えてしまったのも感じた。

 □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 棗 絃弥(なつめ・げんや)の心に乱れはなかった。
 忍者としての鍛錬により、暗闇には慣れていた上に、他の気配が消えたことも『むしろ集中できる』くらいにしか感じていない。
 そして殺気看破を使うまでも泣く、心待ちにしていた相手が登場する。
「なるほど、そっくりだ」
 予想以上のできばえに苦笑いをしてしまう。手にする剣までもが同じもの。左右が同じでなければ、鏡と錯覚してしまうかもしれない。
「どんな機能かは分からんが、古代の英知を見直さざるを得ないな」
 そう思っていると、まさしく自分の構えを取った影が打ち込んでくる。素早く受けるが、腕から肩に重みがかかる。
「すごい、と言ってしまえば、自画自賛になるのか」
 おかしな考えに、苦笑いが浮かぶ。
「ただでさえ自分の才能の無さを鍛錬で補ってるってのに、自分に倒されるなんて無様はさすがに晒せねぇよ」
 絃弥が打ち込むと、影は同じように受け止める。そんな攻撃が交互に繰り返されたが、絃弥の観察眼により、あっけなく有利が確定する。
 力任せの攻撃は五分と五分。しかしスキルを使ってくる様子がなかった。
「これがferoce、荒々しく……か」
 例えば千里走りの術を使うと、簡単に影の背後をとることができる。もちろん影もすばやく体を返して反応するものの、一瞬の遅れは否めない。
 それが分かれば勝つのは簡単だったが、あえてスキルなしの自分の力量を見極めようとした。

『ほぉ、ここまで動けるのか』

『この反応は考え直す必要がありそうだな』

 冷静な目で自分の能力を判断する。まだまだ鍛える余地があるのが分かれば満足だった。
『二流止まりと思っていたが、一流半くらいにはなれそうだ』
 見極めが終わり、影に感謝の会釈をすると、一刀両断に切り落とした。

 □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 草薙 武尊(くさなぎ・たける)feroceの予想が外れたのを悟った。
『我の‘狂戦士’状態とやり合うことになるのだろうの。しかし、元来フェイントやトリックテクニックで戦うローグ(盗賊)の狂戦士とは滑稽であるな。それ故に武者修行としては良い経験になろう』
 目の前の影は、到底‘狂戦士’には見えない。
 身のこなしも判断力も、まさに同等のものを備えているようだ。これが‘狂戦士’であれば、自身も転職すべきになるだろう。
「ではferoceとは何であろう?」
 雅刀を用いた手探りの攻撃が続く。碧血のカーマインを抜き撃とうとするものの、自分がその隙を与えないように、影にもそんな隙は見つからない。
『暗闇で上手く戦うものだな』と思ったが、ローグ(盗賊)の自分が闇に慣れているのを今更ながらに自覚しただけだった。
 その均衡はブラインドナイブスであっけなく崩れる。致命傷ではなかったが、影に手痛いダメージを与えることができた。
『もしや?』と武尊がバーストダッシュを使うと、影は一歩も二歩も遅れた。
「こんな欠点があったのか。‘狂戦士’とは異なるが、まさにferoce……」
 隠れ身バーストダッシュを駆使すると、簡単に影の隙を得ることができた。
「遅いっ!」
 ようやく反応する影にカーマインを撃ち込んだ。

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 どうしましょうと言うように、安芸宮 稔(あきみや・みのる)クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)がマスターの安芸宮 和輝(あきみや・かずき)を見る。
「消えてしまいましたね」
 安芸宮和輝も呆然と立ち尽くす。
 
 まずは影が出来ない様に、稔に光術で上下からから照らして貰いながら適当な場所に移動して陣形を組む。
 そして準備が完了したら、クレアに一通り補助魔法を掛けてもらいつつ、光を維持するために稔に光ごと後退してもらって戦闘開始。

 3人で入念に立てた計画だっただけに、いきなり崩れ去っては戸惑うばかりだ。
「和輝、あれを」
 クレアの指差す先には3人の影が現れていた。もちろん姿形はそっくりだ。
「覚悟を決めましょう」
 稔がブージを構えるのを見て、クレアもハーフムーンロッドを取り出した。
「そうですね」
 和輝もブロードアックスを両手で握り締める。左右こそ違うものの鏡に映ったように、影の3人も獲物を手にしていた。
 ただし3人の配置が異なっていた。クレアが稔と和輝をフォローするように、やや下がって構えたのに対し、影クレアは横並びになっている。
「ちょっと待って」
 攻撃にかかろうとする2人を止めると、クレアはアシッドミストサンダーブラストを放つ。しかし肝心の影クレアは何もしようとしなかった。
「もしかして、スキルが使えないの?」
 クレアの言葉に、和輝がソニックブレードなぎ払いを連発する。影和輝と影稔はギリギリでかわしたものの、影クレアに大きなダメージを与えた。
「何するんですの!」
 つい叫んでしまったクレア。
「あ、ごめん」
 つられて謝ってしまう和輝。
「それなら攻略は簡単だな」
 チェインスマイトを繰り出そうと構える稔を、「ちょっと待って」と和輝が止める。
「?」
「どうせなら、こっちもスキルなしで戦ってみないか? 危なそうになったら、スキルを使えば良い」
「私には使ったのに……」
「あれはまだ分からなかったから…………ごめんなさい」
 もめる3人に影の方から打ちかかってくる。和輝に影和輝、稔に影稔、そしてクレアには傷ついた影クレア。
 和輝と稔は互角の戦いだったが、クレアはいくらか引け目を感じているのにくわえて、影の容赦ない攻撃に劣勢だった。なぜか影クレアにヒールをかける始末。
「クレア! とにかく逃げ回れ!」
 和輝のアドバイスに従って、距離をとることに集中する。影はスキルが使えないだけに、接近しなければ攻撃はない。
 和輝と稔の戦いは、壮絶な殴り合いになったが、やがて2人が優勢になる。互角の力量で優劣がついたのは、最初にクレアが使ったクレアはアシッドミストサンダーブラストの影響がじわじわ効いてきたからだ。
 痛烈な一撃を与えると、影はすんなり姿を消す。
「稔、クレアを頼む」
 稔がクレアの目隠しをする。和輝は影クレア姿に罪悪感を感じながらも、一気にアックスを振り下ろした。