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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第15章 ゆる農場で収穫祭り!(4)

 目を開けると、視界が揺れた。
「気がついた?」
 青い空と緑の葉を背に、歌菜が真上から覗き込んでいる。
「俺は……一体…………痛ッ」
「ああ、無理に起きようとしないでいいから」
 肘を立て、身を起こそうとした羽純の両肩を歌菜が押し戻した。額からずれた布を、もう一度元に戻す。
「歌菜、俺は…」
「覚えてる? 羽純くん、ここにワームボール当たったの」
 と、自分のこめかみを指差して、覚えているはずないかと思い当たる。あのとき羽純は下向いて収穫の最中だった。
「それで俺は……気絶したのか…」
 かっこ悪い。
 なんだか恥ずかしくなって、腕で目を覆った。
 歌菜が隣でくすくす笑っているのが聞こえる。
「収穫、しなくていいのか?」
「今、みんなも向こうでお昼休憩中。あ、そうだ。冷たいお茶があるよ。飲む?」
「いや、いい」
 そのまま、黙った。
 腕をはずし、目を閉じて、じっと周囲に耳をすます。さやさやと微風に草葉が揺れる音。青臭いにおい。
「――まだ痛い?」
 うとうとしかけたころ、歌菜の気遣う声がすぐ真上でした。そっと、指先がこめかみに触れてくる。
 その指先の冷たさが気持ちよくて、思わず掴みとめ、頬をすり寄せてしてしまった。
「は、ははは、羽純くん!?」
 歌菜は手を引き戻そうとしたが、羽純の力にはかなわない。
「歌菜…」
 なんだかこうするのが自然に思えて、歌菜の頭を引き寄せた。

「――羽純くん、もしかして寝ぼけてる…?」
 真っ赤になって身を起こした歌菜は、下の羽純をじっと見つめた。
 キスしたあとで言う言葉ではないかもしれないけど、でも、半分目を閉じかけた羽純は、すごくリラックスしているというか……無防備だ。
「初めてしたわけでもないのに……まだおまえ、赤くなるんだな…」
 ここが赤い、と言わんばかりに指で触れられ、かあっと顔に熱がきた。ますます赤くなったのが自分でも分かる。
「……もうっ。羽純くんは、意地悪だ」
 見られまいと、羽純の胸に倒れ込む。
 熱い頬の下で、くつくつと羽純が笑っているのが分かった。



「…………」
「どうしたんです? エメト。手が止まってますよ。もうごちそうさまですか?」
 ノウェム・グラント(のうぇむ・ぐらんと)は、フォークを口にくわえたっきり動きを止めてしまったエメト・アキシオン(えめと・あきしおん)を見て、そう問いかけた。
 エメトは返事もせず、じーーーっと何かを凝視している。
 なんだろう?
 気になって、ノウェムもそちらを見てみた。
 トウモロコシ畑のようだが…。
「ますター、あれー、シてー」
 フォークをほっぽり出し、エメトはいきなりジガン・シールダーズ(じがん・しーるだーず)の背中に抱きついた。
「んー?」
「ねーねー、まーすタぁー、ボクしターい」
 じたばた、じたばた。
 両足を地面でばたつかせている。
 エメトの突然のわがままはいつものことなので、ジガンはマイペースに目の前の食事にぱくついていた。
 ちょっと背中が重くて前のめりになってしまうが、食べられないことはない。
「エメト、食事中ですよ。ほら、ジガンが困っているじゃないですか」
 いや、全然困ってない。
 完璧無視してるから。
「迷惑をかけるんじゃありません」
「やーっ」
 引き離そうとするノウェムに逆らって、ジガンから離れまいと首にしがみついた。
 多分、こっちの方がよっぽど死にかけてやヴぁい。
「……の、ノウェ、ム……いい、から…」
 やっとのことで、それだけ言った。
「そうですか?」
 ノウェムがパッと手を放したおかげで、エメトの手もゆるむ。こほこほ咳き込みながらも、ジガンは芋ツルとにんじんのキンピラが乗ったプレートに手を伸ばした。
 それを口に運ぼうとして――――グキッ! と音がするくらい、変な方向に思いっきり首をひねられる。
「ますター、んー…」
「何してるんですかッ! あなたは!!」
「あれスルのー、ますたぁ、いーんダよねー?」
 ――いや、ちょっと今、ジガンしゃべれないと思う…。
「あれって何ですか!? あれって!」
「あれー、アれー」
 ぶんぶんトウモロコシ畑を指差すが、そこに2人の姿はもうなかった。
 おそらく昼食をとるべく、移動してしまったのだろう。
「アレ?」
 指を口にくわえるエメトに、ノウェムははーっとため息をつく。
 この子のそばにいると気苦労が全く絶えない。
(かといって、そばにいないと、またどこで何をしでかしているか知れないと、そわついて何も手につかなくなるし…。困ったものね)
「さあ、ちゃんと座って。こぼさないようにお行儀よくね」
 無理やり座らせると膝にハンカチを広げる。
 新しいフォークを握らせて、エメト用に取り分けた料理のプレートをもう片方の手に持たせた。
「イヤー、これきライー」
 ぺいっ。
「大切な食料を無駄にするんじゃありません! いいですか? 今このカナンではですね――」
 くどくどしい、いつものノウェムの説教が始まった。
 ノウェムが風前の灯と化したジガンの命の危機に気づくのは、まだもう少し先のことである。



「冷たいお茶いりませんか〜?」
 やかんを両手でさげて、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)は座り込んだ人の間を縫うように歩いていた。
「くださーい」
「こっちも」
 声が上がり、コップが振られるたび「はーい」と返事を返してそちらへ行く。
「……お疲れ」
 ひと通り回り終えて隣に戻ってきた悠美香に、要が声をかけた。
「要も飲む?」
「うん。ありがとう」
 差し出したコップに悠美香の白い手が添えられて、どきりとした。
 この手が、毎晩自分の胸に乗っているのだ――
「――きゃっ! もう、要! ちゃんと持っててよ!」
「ご、ごめん」
 地面にひっくり返ったコップを、あわてて立てた。
「汚れちゃったわね。新しいのもらってくるから、ちょっと待ってて」
「うん……ごめんねぇ」
 ぱたぱたと、向こうに駆けて行く悠美香を見送った。
 ――やばい。かなりやばすぎる。まだ全然駄目だ。午後はもっともっと頑張らないと。
 震えている手をこぶしにして、固く決意していたら。
「いやーあ、青春だねぇ」
 ニヤニヤ笑いを浮かべて、ルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)が現れた。
 サンタクロースが持つようなでかい袋を肩に担ぎ上げて、要を見下ろしている。
「そろそろおまえの非常食が尽きて、よそさまに迷惑かけてんじゃないかと来てやったんだが……こりゃお邪魔だったかなぁ〜?」
 事情は知っているくせに、また意地の悪い言い方をする。
 しかしこの際それはいい。
 これこそ天の采配! 神の助け!
 要はがっしとルーフェリアの手を両手で掴んだ。
「ルーさん! 今夜俺と一緒に寝てくれっ!!」
 ――場所柄を考えようね、要…。


 ルーフェリアはばんばん地面を叩いて大爆笑した。
 それはもう、腹筋が壊れて二度と使い物にならないんじゃないかと思えるくらい。
「……ルーさん、俺が悪かったです。すみませんでした。もう決して考えなしに口にしたりしませんので、そろそろ笑いやんでくださいませんかねぇ」
「おま……おまえ、いっぱ……いいっぱいなんだな……要…」
 あーおかしい!
「なんだよ……そんなに一緒に寝るのがつらいんなら、悠美香ときちんと話をして、ごめんなさいすりゃいいだろ?」
 横目で恨みがましくにらんでくる要に、よっこいしょと体を起こして言う。
「それは……だってこれは、悠美香の治療だから。治す手段を知ってて、それをしないっていうのは…」
 ごにょごにょと。
「何をゴチャってんだよ。言い訳はいーんだよ。
 ようはさ、嫌じゃないのが問題なんだろ?」
 嫌、ではない。たしかに。もしそうなら最初からゴメンナサイしてるか、提案したりはしない。
 だけどここまで自分が動揺するとは思ってもみなかったのだ。
 治療行為と割り切れるか、そのうち慣れると思っていたのだが。
「…………」
「まぁ、今夜は俺も付き合ってザコ寝してやるからよ。そう追い詰められた顔すんなって」
 山盛りの食べ物を前にしながらそれを口に運びもせず、真剣に悩んでいる要を見て、ルーフェリアは肩を叩いた。
 ちょっといじめすぎたか、と反省もする。
「ルーさん…」
「ここまで来たんだ、どうせちょったぁ手伝って行こうとは思ってたからな」
(つーか、こりゃつぶさに観察して、柚子姫にも事細かく話して聞かせてやんないとなぁ)
 きっと涙を流して笑い転げるに違いない。



「ごちそうさまでした」
 両手のひらを合わせる火村 加夜(ひむら・かや)の前
「おそまつさまでした」
 ベアトリーチェが笑いながらプレートを回収していく。
「いえいえ。本当においしかったですよ、ベアトリーチェさん。おいものツルや葉がこんなにおいしく料理できるなんて、知りませんでした。
 これはどうやって料理なされるんですか?」
 一緒に食器を回収していた農家の女性が、興味津々尋ねる。
「これはですね、なると金時というおいものツルを使って――」
 調理方法を話しながら歩いていく2人を見送って、加夜は膝の上のハンカチを折りたたんだ。
「さあ、これから午後の収穫ね。頑張らないと」
 ぱんぱんと土埃を払って立ち上がる。
 スコップを手に畑の方を振り返って、おや? と思った。
 天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)が畝の途中でワームの幼生を摘み上げて、なにやら思案している。
「どうかしたんですか?」
「ん? ああ…。結局これって、ミミズと同じなんだろうなぁ、と思ってね」
 ワームを土の上に降ろす。
 指から放した瞬間、ワームは穴を掘り出し、あっという間に潜り込んでいってしまった。
「ミミズは土壌改良に役立つからな。こういったやつが畑に全くいなかったら、土が固く締まって作物ができなくなるんだ」
「じゃあここがこんなに豊作になったのも、このワームのおかげですか?」
「うーんー……全部じゃないだろうけど、ちょっぴりは関係してるんじゃないかな」
 頬づえをつき、考え込んだ。
「こんなに大量発生してるのは困りモンだが――ミミズと違って作物食い荒らしてるし――こいつら使ってなんとかできないものかなぁ」
「そうですね」
 加夜も一応考えてみた。
 しかしワームは巨大化してしまう。そうなったら食べられるのは作物だけですまないのは目に見えている。
「――ま、おいおい考えてみるさ」
 脇に置いてあった鎌を取り上げ、うーんと伸びをした。
 コキッコキッと骨を鳴らして、作業を中断していた畝に戻る。ほかの者がさつまいもを収穫しやすいように、茂った葉やツルを切っていくのだ。
(さっきの食事でここの人たちが芋ツル料理を気に入ったみたいだから、調理しやすい大きさで切るとするか)
 ある程度切ったら、束にまとめておいてあげるといいかもしれない。
 そんなことを考えつつ、ヒロユキは午後の作業を開始した。