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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第11章 野生馬捕獲でヒャッハーしよう・2日目(4)

「あーーーーーーはっはっはっはっは!!」
 夜のキャンプ地で。
 たっぷり水を吸った着ぐるみを脱ぎ、毛布にくるまって焚き火にあたっている陣とユピリアを前に、ティエンから事の顛末を聞いたセテカは大爆笑した。
「……い、いや、すまな…」
 そう謝罪する間も、腹を震わせくつくつ笑っている。
「そ、それで……グラニを見たそうだが…」
「あ、はい。少しくだった所の台地の水場なんですけど、そこに――」
 プフーっと、またセテカが吹き出して、話が中断した。
「セテカ君って、結構笑い上戸?」
 運搬車に寄りかかり、もう声も出ないほど全身で笑っているセテカを見て、リカインが訊く。
「いや、そんなことはないんだが…………ごめん」
 着ぐるみ姿でグラニを追いかけてクレバスから落ちた、というのが笑いのツボに入ったのだろう。――セテカでなくても大抵の人のツボに入りそうなシチュだ。
「セテカさん、ちょっといいですか?」
 ひと通り笑い倒し、ようやく鎮まったころ。見計らったようにランサーの1人が呼びに来た。
「どうした?」
「実は、ちょっと足を引きずっている牝馬がいまして。熱もあるようなんです。ほかにも何頭か調子の悪い馬がいて。それで、こちらの方のお手を借りられたらと」
「分かった。
 ええと、孫さん?」
「はい」
 名を呼ばれて、焚き火の輪から孫 陽が立ち上がった。
「申し訳ないが、ちょっとあちらで手を貸していただけないだろうか」
「分かりました。
 縁、少し席をはずしますよ」
「行ってらっしゃい。先生の分のお夕飯は、しっかり確保しておきますからねぇ」
 ばいばいと手を振って別れた孫は、セテカやランサーと馬の具合について話しながら、捕獲した馬の臨時放牧場へ行ってしまった。
 捕獲した馬たちは明日運搬車に乗せて町へ降ろすのだが、その選定のひとつとして病気や怪我の有無がある。その深刻さの度合いによって、売り物にならないとまた山に放つか、それとも安楽死をさせるかが決まってしまう。
(どうか、なんでもないことでありますように…)
 三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)は祈る思いで彼らの背を見送った。
 聞いた最初は、残酷だと思った。それなら最初から捕まえたりしない方がいいのではないかと。
 少なくとも、そうすればそんなことに加担したことにならずにすむ。
「でもそうしないと、病気が山中の馬に蔓延したり、次の世代その次の世代の馬たちにまで影響が出るからねぇ」
 山へ登る間に親しくなったランサーの若者は、そう説明した。
「1年に何度か、俺たちはこうやって馬を追って山に入る。そして群れから少しずつ馬を捕獲して、健康チェックを行うんだ。これは、群れが健全であるかどうかのチェックでもあるんだよ」
 山にいるのは馬だけではない。数は少ないが、捕食動物もいる。馬が病気を持っていれば、それを食べる肉食動物にまで広がってしまう可能性も、ないとはいえない。
「ずっとずっと昔から、俺たちランサーはそうやって馬たちを守ってきたんだ。なにしろ、山の馬たちが元気に育っているおかげで、この付近の町や村の者は、生活ができてるんだからねぇ。
 これはグラニの、ひいてはグラニをお与えくださった女神イナンナのおかげでもあるんだよ」
「イナンナ様の?」
「そりゃあグラニの子孫だからね、山の馬たちはみんな。良い馬がとれるのは、女神様がグラニを東カナンにお与えくださったからだ。本当にありがたいことだねぇ」
 そう言って、若者は辻にあった、馬に乗った女神像に手をあわせていた。
(イナンナ様のおかげ…)
 のぞみは、ぐるっとキャンプ地を見渡した。
 数箇所で焚かれた炎を囲み、今日起きたことを話しながらわいわい楽しげに食事をとっているコントラクターたちからは少し離れた場所で、ランサーたちが交代で食事をとっている。その脇には30センチほどの木彫りの女神像が置かれていて、食事をとる前に、短い祈りを捧げている姿が見えた。
 今日という日が無事すごせたことを神様に感謝する祈り――それは、信仰を持つのぞみにも分かる。
 女神イナンナは封印されて力を失い、彼女の力でこうして夜も昼も砂を降らされようとも、彼らの信仰は揺るがない。真の信仰とは、そんなことで失われるものではないからだ。かたちなきものは、決して力で消えることはない。
 けれど…。
 このまま砂が降り積もれば、ここの馬たちも死んでしまうのだろうか。
 たくさんたくさん生き物が死んで、彼らも、昨夜歓迎してくれた町の人たちも、やがては生活できずに飢えて死んでいってしまうのだろうか。
 そんな罪深いことを、彼らはしたというの?
 とん、と肩を突かれて、のぞみは振り返った。
 白馬のネーヴェが彼女の気持ちを敏感に汲み取って、鼻を押しつけてくる。
「ふふ……やさしい子。慰めてくれようとしてるの? 大丈夫よ」
 大丈夫。きっとそうはならない……しないから。
 のぞみはネーヴェを抱きしめた。