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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第8章 野生馬捕獲でヒャッハーしよう・2日目(1)

 朝がきた。
 まだ陽も昇りきらない前から、町のホテルにカハとセイサの町のランサー(野生馬捕獲人)たちが迎えに現れる。
「馬は舗装された道を通るわけじゃない。運搬車は入れない場所もあるからな。ここで分かれて、馬に乗って山に上がってもらう」
セイサのリヤド・ソーンと名乗った、真っ黒に日焼けした男性が、運搬車から馬を引き降ろしながらそう言った。
「リヤドさん、初めまして。エース・ラグランツといいます。よかったら捕獲手順を教えていただけませんか? 東カナンの馬に乗るのが初めての者もいますので」
 説明を聞きたいというエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の求めに応じて、彼は馬を1頭連れてきて説明を始めた。
「こいつらは馬追い用に調整された馬たちだ。とても優秀だから、特に指示をしなくても追い込むように動いてくれる。もし指示を出したいときは、膝で締めてくれ。左を押せば右に行き、右に押せば左に行く。手綱もあるが、ほとんど使用しない。利き手は剣を持つ手とされ、反対側は盾を持つ。あるいは二刀を。そのため基本的に東カナンでは馬は足で操るものなんだ」
 飛び乗り、実演を見せる。
「前進、後退は重心移動で行う。難しかったら踵で腹を蹴ってもいい。左で蹴れば前進、右で蹴れば後退だ。両膝を締めたら停止する。捕まえたら配布した黒布で目隠しをしてくれ。馬は目が見えなくなるとおとなしくなるから、あとは運搬車まで誘導してくれればいい」
「それで、こちらでの良馬というのはどういうものなんですか?」
「ああ。それはこっちで行うから、きみたちは気にせず馬を追い込んで連れてきてくれるといいよ。走っている状態から見分けるのは難しいからね。ただ、白毛は避けてくれ。あと、変な走り方をしている馬がいたら別に避けて連れてきてほしい」
「それはどうしてですか?」
「治せるけがならいいが、駄目なら処分しなければいけない。そこから伝染病が発生したり遺伝だとすれば、問題だからね」
「そんな!」
 佐々良 縁(ささら・よすが)が口元をおおった。くるっと隣の孫 陽(そん・よう)に向き直り、袖を引く。
「伯楽先生、どうにかなりませんか?」
「そうですね。もしかしたらできるかもしれません。診てみないことには分かりませんが」
「あなた、薬師ですか?」
 2人の会話を聞きつけたランサーが寄ってきた。
「獣医の心得はあります」
「それはよかった」
 心底ほっとしたと笑う。
「今回は3倍の頭数を捕獲しますから、選定や診断が大変で…。ぜひあとでそちらにも加わっていただけませんか?」
「分かりました。微力ながらご協力させていただきます」
「先生、絶対絶対救ってあげてくださいね!」
 処分なんて、かわいそうですから!
「本当にそうですね。ここに私が居合わせたのも何かの縁でしょう。救える限り救う努力をさせていただきますよ」
 孫はにっこり笑って、安心するようにと自分を必死に掴んだ縁の手をぽんぽんと叩いた。



 話し合いの結果だれも競争は望まなかったので、カハ組とセイサ組で西と東に分かれて、中央へ追い込むように展開することになった。
「じゃあ俺は彼らと一緒に行って、今日のキャンプ地で待っているから」
 楽しんでおいで、と手を振って、セテカは運搬車を引く馬の引き手を取り、ランサーの人たちと車が入れる道を登って行こうとする。
「ほら……もう今しかないわ…」
「わ、分かってるよ」
 こしょこしょ。
 離れて行くセテカを見て、リネン・エルフト(りねん・えるふと)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は覚悟を決めた。
「セテカ、ちょっといいか?」
「どうかしたのか?」
 またぞろ復讐ではないかと用心深く振り返ったセテカに向かい、2人はそろって頭を下げた。
「ごめんなさい……あの時、私たちセテカさんのこと……疑ってました……私たちから、言い出したのに…」
「――すまない、セテカ。誤解していた」
「ああ。いや、それは当然だから。実際俺はきみたちに疑われても仕方のないことをしていたからな。むしろ俺の方こそ、きみたちを信用せずに騙すようなことをしてしまった。すまない。
 それなのに最後まで見捨てないでいてくれて、ありがとう。俺がこうして生きていられるのは、あのとき場を死守してくれたきみたちの尽力によるものだ」
 セテカは深々と頭を下げた。
「今度こそ、協力させてください…」
「そうとも。この侘びは狩りで返すぜ」
 ぽん、と脇に立っていた『馬』というには巨大な、規格外ワイルドペガサスの背を叩く。
「グラニの捕獲はオレたちに任せろ。なんたってオレはこのナハトグランツを手なずけたじゃじゃ馬慣らしのプrドゲハぁっ!?」
 手なずけられてはいない、とばかりにナハトグランツの蹴りが瞬時に入った。
 あっという間に明けかけたお空の星になるフェイミィ。
「協力、してもらっているのよね…?」
 私たち、仲間ですもの。
 リネンがおあいそ笑いで鼻息荒いナハトグランツの様子を伺う。
「私たちは御してるんじゃなくて……『乗せてもらっている』と、いうか……仲間、というか…。だから、グラニにも、そういうふうに……接していきたいと思っています…」
「そ、そう…。がんばって…」
 フェイミィの消えた空を見ながら、なんとかそれだけをつぶやけたセテカだった。



「なーなー。なんで白毛は駄目なんだー?」
 1列に並んでぽっくりぽっくり、斜面を歩く馬の上でクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が訊いた。特に指示を出さなくても馬の方が道をよく知っているので、乗っているだけはかなりヒマだ。
「おそらく、歳をとった芦毛と見間違えやすいからだろう。捕獲するのは若駒だからね」
 すぐ後ろを行っていたメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が答える。
「白毛ってそんなに少ないのか?」
「本物の白毛は全頭数の1%未満と言われているね。白毛と芦毛はプロでも間違えるから、われわれ素人目にはまず見分けがつかないだろうね。昨日町の人から聞いたのだけれど、ほかにも金色の月毛がやはり希少で、なかなかいないらしい。
 そう、グラニのような青毛も少ないそうだよ。おそらく、黒馬を見たらグラニと思ってもいいぐらいではないかと言っていた」
「ふーん。そんなにいないんだ。じゃあ歳とったのとそうでないのとはどうやって見分けるんだ? オイラ、知らないよ?」
「追っていれば分かります。持久力が違いますから。若くても脱落していくのはどのみちいい軍馬にはなりません」
 とは、最後尾を行くエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)
「じゃあすぐに捕まえちゃ駄目なのかぁ」
「子馬を連れていたり、妊娠している可能性もあるからね。ある程度追って、1群で1〜3割捕獲を基準とした方が無難だろうね」
 ぶるると鳴いた馬の首を、メシエが叩いて鎮めたときだった。
「いたぞ。群れだ」
 先頭を行っていたエースが、なだらかな斜面の下で草を食んでいる7頭の馬を見つけた。
 少し離れた場所でときおり周囲の様子を伺っている、見張りの粕毛がいる。多分あれが牡馬だ。ひと回り大きい。
「さあ行こう、ライ」
 一方が輪になったロープを手に、栗毛に指示を出す。斜面を下り始めると同時に、群れ側も気づいて逃げ出した。
 見事な統率で、先頭を行く牡馬に牝馬たちが続く。
「走る事に特化した生き物が駆ける姿は美しいね」
 ほれぼれと、メシエの面に笑みが浮かぶ。
「名前までつけちゃって、エースってばノリノリ〜」
「僕たちも行かないと。エース1人では逃げられてしまいますよ。――イヅナ、行って」
「行こうか、トマ。きみも存分に走りたいんだろう?」
 エオリアとメシエの乗る馬がエースと反対側に展開するよう斜面をくだっていく。
「あっ、待って待って、オイラも行くーっ!
 行けっマーくん! オイラたちが一番に捕獲だい!」



 その光景を、手で目の上に日よけを作って見下ろす者がいた。秋月 葵(あきづき・あおい)である。
「ふふっ。クマラちゃんたちがさっそく見つけたみたいだよ? あたしたちも負けてらんないよねっ」
「そ、そうですかぁ〜?」
 少し後ろで魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)はおっかなびっくり、配給された馬の引き綱を持っている。
 さっきから馬が首を振るたびにあっちにふらふら、こっちにふらふら…。
「んもう、アルちゃんったらなめられすぎだよ! 馬はちゃんと相手を見てるんだからっ」
「でもでも……この馬さん、大きくて。ちょっぴり怖いですぅ…」
 ちら、と横目で様子を伺う。馬は、ぶひんと鳴いて、そっぽを向いてしまった。
 おまえなんか乗せる気ねーよ、と言わんばかりである。
「……ううっ。こ、こうなったら……いいお天気ですし、たまには魔道書の虫干しでも――」
 ――砂降ってるのに?
 現実逃避に走っていそいそと魔道書を地面に置き始めたアルの後ろで、パーッと光がほとばしった。
「愛と正義の突撃魔法少女リリカルあおい☆ ただいま参上〜♪」
 光精の指輪で呼び出した精霊さんに周囲をくるくる飛んでもらいながら崖っぷちで決めポーズをとったあと、葵は「とうっ」とばかりに崖からジャンプした。
「あ、葵ちゃん〜!?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
 あわてて駆け寄ったアルの前、空飛ぶ魔法↑↑でぷっかり浮いた葵がマジカルステッキを振ってみせる。
「投げ縄も楽しそうだけど、あたしの腕前だと馬さんが怪我しちゃうかもしれないし。あたしなりの方法でやってみるから、アルちゃんはみんなとの連絡係お願いねー」
「連絡係、ですかぁ?」
「そ。ちなみにあっちの方角に、今15〜16頭の群れがいるよ。あたしはこっちの4頭ぐらいの追っかけてみるから、あっちの方はみんなに教えてあげて!」
 じゃあね〜、と葵は手を振って、さっさと目当ての群れに向かってしまった。
「えっ? えっ? 葵ちゃん!?」
 ちょっと待って、と崖の上から手を伸ばすが、葵は振り返りもしない。
 残されたのはアルと、魔道書と、馬だけ…。
「葵ちゃん、ひどいですぅ〜…」
 こんな怖い馬さんと2人きりなんて。
 ぱたぱたと魔道書の面にうっすら積もった砂を払って、抱え込む。ちら、と後ろを見るが、馬は知らぬ存ぜぬで草を食んでいる。
「……馬さん、馬さん。あのー…」
 ジロ。
(ううっ……やっぱり怖いですぅ〜)
「ふ、ふつつか者ではありますが……あたし、軽いし、お邪魔にならないようがんばりますので、の、乗せてくださいっ、よろしくお願いしますっっ」
 ぺこっぺこっと何度も頭を下げるアル・アジフだった。



 空を飛びながら4頭の群れの方に向かう葵。その真下では、エースたちが群れの囲い込みの最終段階に入っていた。
 メシエが見極めて分断した前3頭をエオリアとエースが左右から挟みこんでストップをかけている。後ろの4頭が素直に減速して従っているところをみると、奈落の鉄鎖か何か使用したのだろう。
 エオリアとクマラが投げたロープが、きれいな軌道を描いて同時に先頭の馬の首にはまった。振り切ろうとする牡馬を、2人の乗った馬が後退してロープを張って邪魔をする。その間にエースが牝馬2頭を威力を絞ったヒプノシスでおとなしくさせることで、ついに牡馬も観念したようだった。自分のハーレムを残して逃げることはできないと悟ったらしい。
 けがしている馬はいないか、メシエたちがチェックしている間に選別した3頭に手早く目隠しの布をつける。エオリアがロープを持ち、キャンプ地へ運んで行く間に、ほかの3人はまた別の群れを探して駆けて行った。
「ふーん。人数いるとああいうことができるんだー」
 ちょっとうらやましい気もするけど、1人には1人のやり方もある。
 4頭ぐらいなら試すのにちょうどいいし。
 すすす、と風上に回って、葵はリリカルソング♪で強化した子守歌を口ずさんだ。最初は小さく、気づかれにくい程度に。耳がピクピクして、聞き耳を立てていることが分かったら、徐々に大きく…。
 やがて、馬ががくりと前膝を折った。後ろ足を折り、その場にうずくまる。鼻先が地面についたのを見て、眠りの深さを確信してから、葵は地面に降り立った。
「赤ちゃんがいる馬さんは、駄目なのよね」
 でも馬って、妊娠してるかどうかなんて、見てもよく分かんないし。
 昨日のおばさんが言っていたところによると、馬って年中妊娠してるそうだし。
「赤ちゃん馬さんがいるのは駄目として、妊娠してるのはいいのかな」
 いいよね、多分。
 キュキュッと黒布で目を覆っていたら、パカッパカッとアルが乗った馬が走ってきた。
 というか、アルを乗せた馬が。
「あ、葵ちゃ〜ん…っ――きゃあっ」
 ピタ。
 急ブレーキで止まった馬の目論見通り、アルがつんのめって転がり落ちる。
「い、いたたたた…」
「アルちゃん、早いじゃない。もう連絡とれたの?」
「は、はい……途中でセレンフィリティさんたちとお会いしまして…」
 打ったおしりをさすりながらアルが立ち上がる。
「じゃあこの馬さんたちをお願いね。あたしは次の群れを探すから」
「ええっ、そんなぁ〜」
 待って、置いてかないで、と手を伸ばすアルの前、またもや葵はさっさと空飛ぶ魔法↑↑でぴゅーんと飛んで行ってしまった。
 残ったのは、つながれた馬と、ジト目で自分を見る馬さんと…。
 アルはガックリと両手の間に頭を落とした。



「YEEEE−HAAAAーッ!!」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は喊声を上げ、馬を前足立ちさせると、次の瞬間一気に崖の上から駆け下りた。
「ひゃっはー! 気持ちいーい」
 馬はすぐに乗り手の力量を見極める。
 セレンフィリティが正真正銘カウガールであると理解した馬は、いきいきと風のように突っ走り、野生馬の群れに後ろから突っ込んだ。
 セレンフィリティの左右を馬たちが共に駆けて行く。
「……まったく。これは遊びじゃないと、あれほど言ったのに」
 群れの行く手に立ちふさがりながら、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が独りごちた。
 けれど、あんなに楽しげに笑う恋人を見るのは、やっぱりうれしい。このままずっと、馬たちと駆けている彼女を見ていたい気もする。
(私の方こそ駄目ね…)
 苦笑しつつ縄をゆったりと構えたセレアナは、ディフェンスシフトを発動させた。先頭の牡馬が、彼女のまとった不穏な気配をいち早く察知して、右に方向転換する。
 あらかじめ打ち合わせていた通り、セレンフィリティが先頭の牡馬に並んだ。
 巨大な牡馬だ。20頭近い群れを率いるだけのことはある。彼女の乗る牝馬は、すぐさま引き離されてしまった。
「やっぱり脇から搦め手でいくしかないか」
 投げ縄を投げて引っかけ、手近な牝馬を群れから引き離した。
「はい、どうどう…」
 すばやく黒布で目を覆い、走って逃げられないよう右前足を膝を折った状態でロープでくくる。そうしておいてから次の馬にとりかかり、無駄のない動きで次々と捕獲していった。
 6頭ほど捕獲したところで、セレアナが追いついた。
「牡馬は? このまま逃がすの?」
 群れは走り去ってしまっていて、もう土煙しか見えない。
「そっちはあとでおいおいとね」
 2人で17頭を一度に捕獲するのは無理がある。しかもあの牡馬は多分、今縄をかけたところで引きずられるのがオチだ。
(あたしはともかく、セレアナを危険な目に合わすわけにはいかないからね!)
「追い回して、疲れたところを捕獲するのがいいと思う。とりあえず、この6頭を運びましょ」
「そうね」
 手早く足の拘束を解き、ロープで1列につなぐセレンフィリティを見て、それにしても、と思う。
「――もう少し、おとなしい服装で来れなかったの?」
「え? どうして?」
 けろりとした顔で、自分の格好を見下ろす。
 メタリックブルーのトライアングルビキニに茶のハーフコート、ハーフブーツといったいでたちだ。しかも前全開、ボタンは一切かけておらず、堂々肌をさらけ出している。
「べつに寒くないけど?」
 寒いとかそういう問題じゃなくて。どちらかというと保守的な東カナンの人たちには、刺激が強すぎるのではないかと思うのだ。
(お城の人たちや町の人、ランサーたちもみんな顔を真っ赤にして目をそらしていたし…。シャンバラはともかく、カナンでこれはちょっとね…)
「それを言うなら、セレアナだってそうでしょ?」
 ちろ、とロングコートの下に視線をあてる。ホルターネックタイプのメタリックレオタードは、かなり目立つ。セレンフィリティのようにおへそは出していないが、生足はバッチリ、付け根まで丸見えだ。
 結局2人とも、目のやり場に困る服装なのは同じなわけだ。
「わ、私は……あなたがこれをいつも着るように言ったんでしょう!?」
「ふーん。べつに今回はその格好で行こうなんて言ってないけどー?」
「なっ……意地悪!」
 頬をほんのり赤くして動揺するセレアナは、この場で押し倒してしまいたいくらいかわいかった。
 でも我慢我慢。真昼間の砂降る荒野で、しかも周りから馬のにおいがプンプンしていては、あまりにムードがなさすぎる。
(星空のキャンプ地なら、いいよね? 毛布にくるまって、2人で満天の星空を見上げながら…)
 ――いい! それ、すごくいいかも!
 野生馬をつないだロープを手に、さっと馬にまたがる。
「さあがんばろう! ちゃっちゃと仕事片付けて、夜を楽しく過ごせるように!」
「え、ええ…」
 がぜん張り切りだしたパートナーの姿に、セレアナは首を傾げる。
 まだ午前中なのだが。
 セレンフィリティはもう、今から待ちきれなかった。