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眠り王子

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眠り王子

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●運命に導かれてやって来ました! 1

「うわあああぁぁーーーーっ!!」
 悲鳴が聞こえた。

 ちょうど部屋に入る瞬間だった大岡 永谷(おおおか・とと)は、見てしまった。ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)がだれかの背中を押して、窓から突き落とす瞬間を。

「おまえ……たしか隣国の…」
「やぁ。君も、俺の王子とのキスをねらってきたの?」

 ひとを突き落としたのを見られたというのに、何の悪びれた様子もなく、ヴィナは振り返って永谷を見た。

「そんなことより……今…」
「ああ、あれ。大丈夫だよ。いばらが受け止めてくれるから」

 そういう問題じゃない、という言葉はのどにひっかかり、口から出ることはなかった。
 どこか思いつめたように暗く沈んだ瞳。
 ヴィナの面には、笑みさえも、浮かんでいる。

 それを見て、永谷は少なからずぞっとした。
 ――正気じゃない。

 ヴィナはルドルフ王子をずっと愛してきていた。しかし彼は王子、いずれはどこかの王女と結婚する身と諦めていた。
 しかし今度のことで、彼が薔薇だと知ってしまった。

「ずっと好きだったんだ、ルドルフ王子のことが!! 薔薇って聞いて諦めないでいいって知って、どれだけ嬉しかったか、分かってたまるかーーー!!!!!」
 柱の横に立っていたマトリョーシカぬいぐるみを突き飛ばしたヴィナは、おまえも落ちろ、とばかりに永谷に掴みかかっていく。

「いや、俺はべつに薔薇ってわけじゃないし、王子を愛しているわけでもないから、譲ってもいいんだけど――って聞いてないなコイツっ!!」
 攻撃は、あっさりスルー。

 永谷は軍人なので、素人の攻撃なぞ余裕で避けられたが、相手がいかに攻撃してきたからといって、貴族を相手に軍人が剣を抜くわけにもいかない。
 そこで永谷は、ハッと思い出した。

『塔のてっぺんについたらこれを開けてネ。きっと必要になるから』

 ハッピーから渡された封書! もしかしたらハッピーはこうなることを予見していたのか?
 封を引きちぎり、中の紙を取り出す。そこにはただひと言、こう書かれていた。

『王子様とキスをしろ』

  ――何の役にも立たねー。


女性モード突入(00:00:00)-----------

(ってゆーか、キスって何? 王子って薔薇でしょう? 私、曲がりなりにも女ですよ? そりゃ、外見はこれですが…っ)
 まだ愛する人も見つかっていないのに…………話したこともない、見知らぬ男性といきなりキスなんて…。

 ちら、と台座の上で眠る王子を盗み見る。
 たしかに美形ではある。
 見知らぬ者とのキスの場合、美醜はとても大事。
 やっぱり唇を重ねた相手として思い出に残しておく顔は、きれいにこしたことはない。

 と、その頬スレスレのところを、ヴィナの剣が通りすぎた。

女性モード終了(00:00:10)-----------

「……くそ!」
 今はそんなこと考えてる場合じゃないか!
 ひとまずよけいな考えは横に置いて。なんとか立ち直って、向かってくるヴィナの腕にとっさに手刀を叩きこみ、後ろに回って取り押さえた。
 さすがにこのへんは手馴れたものだ。

「とにかく落ち着け! 先着じゃないんだ! なんだったらおまえが先にキスしていいから!!」
「……本当か?」
「もう何度でも気がすむまでキスしてくれ!」
 俺は一向に構わないから!

 永谷の本気が伝わったのか、ヴィナは急速におとなしくなった。

「……でも、俺、王子は渡さないよ……たとえ、ほかのだれかが目覚めさせたってね…」

「あー……まぁ、そのへんは3人で話し合ってくれ」
 彼が運命の相手であるのがいいことなのかどうなのか、永谷には分からなかった。

(いや、どっちでもいいんだけどね。でもなんか、怖いよ、この思い詰め方)

★          ★          ★

 そしてようやく塔までたどりついた、うまぐるみ・陣とティエン。
「ここか! ここに薔薇王子が眠ってやがんだなッ!」
 きれいに刈り込まれたいばらの道を通って、塔の入り口まで進む。

「ま、待って、お兄ちゃん…!」
 遅れてたどり着き、ぜいぜい息をきらしているティエンを、陣が背中に背負った。
「しっかりつかまっとけ! ティエン!」
「うん! 僕、分かったんだ! これを着たお兄ちゃんなら、きっとどこへだって行けるよ! 大丈夫、僕はちゃんとしがみついているから!」

 うまぐるみは絶対に着ないけどね!

「よく言った、ティエン! 行くぞ!! うおおおおおーーーーーっ!!

 大荒野を走り通してきた陣は、さらにティエンを背負って塔の最上階へと続く螺旋階段を猛ダッシュでのぼり始めた。

  ――うまぐるみ すげぇ。



 鍬で畑のうね作りをしながら、それを横目で見ていたフランツ。
「泰輔、僕はどうでもいいんだけど、王子の元へ向かわなくてもいいの?」

「おっと。畑仕事が楽しぃて、忘れるとこやったわ。さんきゅーな、フランツ!」
 ザルをふるって土の中から大きい石を取り出していた泰輔が、やっと主目的を思い出した。
 いそいそと、脱いでいた上着を着る。

「観光地での無農薬レストラン経営は手堅いけど、宝くじの一発ドカンも捨てがたいからな」
 泰輔はパートナーたちとともに、塔のてっぺんへ向かった。

★          ★          ★

 次々と部屋の中へ入ってくる、王子の王子様候補の面々。
 部屋の中は、ちょっときゅうきゅうだ。
 なにしろ塔のてっぺんの部屋だから、そんなに広さはない。

 しかもなぜか部屋の中にはスポーツドリンクの乗ったダンボール(大)と、テントが張られている。
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は全てを記録に残すつもりか、デジカメ撮影をしていたし、絵を描いている人間も2人いる。
 立っている人間より座っている人間の方が場所をとるから、ますますせまい。

 さらに彼らは気づけていなかったが、デバガメーズとして水鏡 和葉(みかがみ・かずは)メープル・シュガー(めーぷる・しゅがー)の2人がベルフラマントを使用して、柱の影とか机の影とか長櫃の影とか、できるだけいいポジションとりをしていたのだ。
 そりゃせまいって。

 きゅうきゅうのそこに、シレンとスレヴィがたどり着いた。

「ぁあ? おめぇらそこで何やってんだ! 王子は俺のモンだ! もう買い手だって決まってんだからなッ!」
「シレン親分! ついでだ、こいつらも一緒に売り飛ばしてしまいましょう! 見たとこ粒ぞろいですぜ!」
「そりゃあいい。おまえ、頭いーな! ガハハッ」

 殺気立って剣を抜いたシレンに反応して、全員が戦闘態勢を取ろうとする。……ちょっとモタついたが。
 その隙に顕仁が間に割って入り、提案をした。
「まぁ待て。そう短絡的にならずともよかろう」
「なんだと?」
「そなたは王子を売り飛ばすつもりなのじゃな。しかし、よく考えてみよ。そうして手に入る富は、一時のものでしかない。使い切れば終わりぞえ。しかし、もしそなたが王子を目覚めさせられたとすればどうじゃ? 王子の伴侶として手に入るは、この国の富全て。しかもこれは毎年、税として町民から徴収される、いわば金の尽きぬ財布じゃ」

「金が尽きない財布か! そりゃーいいな!!」
 ガハハッと笑うシレン。彼は薔薇ではないが、金になるなら男だろうが死体だろうが、キスするぐらい何でもない。
「よーし、いっちょやるか!」
 と、腕まくりしつつ台座の王子に近づいたとき。
「やめろ!! 俺の王子に近寄るな! この熊男!!」
 ヴィナが猛烈に向かって行こうとしたので、あわてて永谷が後ろから羽交い締めた。
「先着順じゃない! あいつがそうとは限らないんだ!!」

 なんだかんだ争っている隙に。
「あ、手がすべっちゃったー(棒読み)」
 すすす……と台座に近づき、寝ている王子に向かって東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)遊馬 シズ(あすま・しず)を突き飛ばした。
 これは事故チューだ。事故なんだから順番守らなくても仕方がない。

「あーーーーっ!!」
 シズと王子のキスシーンを見て、ヴィナが叫ぶ。
 しかし残念ながらというか当然というか、変熊ルドルフは目を開かなかった。

「うう……よかった…」
「――ちっ」
 男とキスしてしまったと心に傷を負いながらも、自分は運命の相手じゃなかった、これで解放されたとホッとするシズの横で秋日子は舌打ちをする。

「はいはい。順番ですよ、順番。一列に並んでください」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)がホイッスルを吹きながら列整理を始めた。
「そこ、押しあわない、順番守ってきっちり。ガラポンの抽選と違いますから、あなたが運命の人なら、どんな順番だって「あなた」が当たりです!」
 部屋はせまいのでどうしても蛇行になってしまったが、レイチェルの眼光鋭く、わずかの不正も見逃そうとしなかった。
「おまえは並ばんでええのか?」
「私は一番最後で結構です。女性ですから」


「では一番手さん、どうぞー」
 レイチェルがピッとホイッスルを吹く。
「王子……愛しているよ…。ずっと、ずっと愛してきたんだ…」
 ヴィナはそっと唇を重ねた。
 触れ合わせるだけだったそれが、やがてディープで情熱的なものへと変わる。
 その手は頬に触れ、のどを下り、開いた襟元から中へ入り、胸を這わせたのち、下へ下りてズボンの前をまさぐった。

 そしてその一部始終を無表情で凝視し、さらさらとスケッチブックに写しとるアーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)
「あんさん、それ、何じゃけぇの」
 シズが終わって暇になった奈月 真尋(なつき・まひろ)が、ひょいと後ろから覗き込んだ。
「これか。これは「受」マークだ。そしてこれが「攻」マーク」
「……ばってん、そんなん目ぇ覚まさせるキスぐらいで分かるもんじゃなかと思うとですが」
「何を言う。たしかに基本、眠っている者にキスするのであれば、攻と思うかもしれない。だが、そのキスの仕方にも攻と受で歴然と違うのだよ。
 たとえばこの男は完全に攻だが、それはだれの目にも明らかだろう。しかし、さっきのきみの友人はどうか? あれは攻に見えるだろうが、実は受なのだ。攻めでいきたいと思って主導権を取ろうとするが、未熟なため、相手から反撃を受けると弱い。きっと耳の下とかうなじとか脇の下とかが弱点だな。そこを攻められ、真っ赤になっているところですかさず上下を入れ替えられ、両手の自由を奪われ、あとはふふふのふーとなる。
 もちろん嫌がって抵抗はするだろう。しかし精神的にM受のため、本気の抵抗とはならない。「ちがう」とか「いやだ」とか言いつつも、体は開いていくのだよ……ふっふっふ」

「――あんさんキモイ

 なんでシズなんかでそこまで妄想爆発させられるのか?
 二次元男ならともかく、三次元男のふふふのふーには一切興味がない真尋は、ズッパリアーヴィンの存在をぶった斬った。

「なっ…! なんだと!?」
「キモイもんはキモイです。あんさん、ビョーキや言われたことないか?」気色ばむアーヴィンに、さらに真尋はたたみかける。「普通あり得んですよ、あんなの見てそこまで花開かせられるなんて。頭、ネジ抜けちゅうとしか思えんわ」
「おまえも腐人間のくせに! ひとのことを言えた義理か!!」
 腐には腐かそうでないかを見分けるセンサーがピコーンと働くらしい。アーヴィンはひと目で真尋を腐と見抜いた。
 しかし真尋はその批判に、素っ気なく肩をすくめるだけだ。
「ウチの興味は二次元だけに限定しちょります。現実には一切迷惑かけちょりませんからええんです」
「私だって迷惑などかけていないぞ!」
「へーえ。今しとることは迷惑と違ちょるというんですか? キスシーンばっかりそんなに描いて」
 と、ちらりとアーヴィンの手元のスケッチブックを覗き見る。
 そこには漫画風にデザインされた、シズと王子、そしてヴィナと王子のスケッチがあった。

「ま、あんさんの絵だけは認めちゃりますよ。絵だけですけどね」(←思いっきり上から目線)

「くっ……これだから女はいやなのだよ、狭量で部分的にしか相手を認められず、相手の全てを受け止める度量もない。少しでも嫌なところがあれば、相手を全否定して容赦なくこきおろす。二次元だろうが三次元だろうが、これだけは変わらん」
 バチバチと2人の間で火花が散った。

 これがある意味運命の相手――というか生涯の好敵手というか――との出会いであると、このとき2人はまだ気づけていなかった。