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レッテの冒険

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レッテの冒険

リアクション


1 空京

慌しく、しかし、秘密裏に地球に向かう準備は進んでいる。

レッテと共に地球に向かう鏖殺寺院の残党イングヴァルは、空京に身を隠している。
廃墟から逃げるときはピ エロメイクの大道芸人を装っていたが街中ということもあり、今は通常の身なりだ。しかし、傭兵独特の鍛えた身体と眼光は消すことが出来ない。
イングヴァルはずっと食を絶っていた。貧弱になるまで痩せ、顔にしわを刻むことで、周囲の目を欺こうとしている。
「無理だよ、そんなに簡単には消せないよ、過去はね」
背中を丸めて、俯き加減に歩くイングヴァルに声をかけたのは、瓜生 コウ(うりゅう・こう)だ。
店が連なる商店街は長く続き、買い物客であふれている。イングヴァルから僅かに殺気が出る。
「孤児院から来たんだ、オレは敵じゃない」
コウは、艶やかな黒髪をイングヴァルに寄せた。
「腕でも組んで歩こうぜ、親子に見えるかもしれない」
「親子か」
恋人ではないんだな、僅かに老いが加速した気がする。イングヴァルの殺気は消え、少し草臥れた中年の男に戻っている。
公園の片隅、二人はテイクアウトの珈琲を持っている。
「地球で身を隠すアテはあるのか」
コウは、イングヴァルに問う。鏖殺寺院は地球でもテロ行為を働いている。地球に戻っても追っ手がないわけでなない。今度は地球の警察がイングヴァルの敵となる。
「妻子は知らないんだよ、何も」
イングヴァルは痩せた手でタバコに火をつける。
「戻って顔を見たい。それ以上は考えていない」
イングヴァルは、コウの顔を見ずに、つぶやいた。
「巻き込まないよ」
「本当か」
「ああ、地球についたら消えるつもりだ」
「あんた、本当にレッテの父親を知ってるのか。単に利用するだけじゃなのか」
「あの子に良く似た男を知っている。ただ、言いヤツだったか覚えていない」
「言ってることがわからねえぞ」
コウは、イングヴァルの銜えたばこを抜き取り、足で踏み潰す。
「会えば、あの子は傷つくだろう」
イングヴァルは、片頬で笑う。
「うちの子と同じだ」
「お前の子は、父親にあって悲しむというのか」
「自慢できる父親じゃない」
「なら、なぜレッテに」
「知っていたから、話しをした。ただ、それだけだ」
目の前をどこかの帰りらしい、中年の男女の集団が談笑しながら通りすぎる。
イングヴァルは立ち上がると、そのまま人混みに紛れ、コウの前から姿を消す。
「信用できるか!」
後を追おうと立ち上がるコウの腕がギュっと掴まれた。
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だ。
「東京に向かうまで、あいつに監視がいるだろう。何が起こるかわかんねぇぞ」
「大丈夫よ、ライザが後をつけているわ」



 ローザマリアと瓜二つのグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、巧みにイングヴァルの後を追っている。
「後をつけられてるぞ」
 すれ違いざま、ライザはイングヴァルに告げる。
「久しぶりだ、イングヴァル。どういうつもりだ?ジョーンズやモロゾフ、パートナーのフィヨルドも置いて一人で地球にいくなんて」
「後をつけてるのは、君らじゃないのか」
「もっとタチの悪いものだ。いいか、次の角を曲がれ」
 そのまま歩き去るライザ。
 イングヴァルは、そ知らぬ顔で歩き続け、ライザの言うように角を右に曲がる。
 伸びる腕。
 屋内に引き込まれるイングヴァル。
「傭兵のわりにお粗末ね」
 ローザマリアが立っていた。
「行くわよ」
 ローザはそのまま、イングヴァルの腕を掴み、路地の奥へと連れて行く。
 オートロックのビルに入り、そのままエレベーターに乗る二人。
 一室の前で、ローザは立ち止まる。
「宜しく、マックス兄さん」
「いつもキミたちには感謝ばかりだ。今度は新しい名前を考えてくれたんだ」
 ローザは認証で開く部屋へとイングヴァルを案内する。
 中で待っていたのは、ライザだ。
「追っ手を阻止する仲間がいた、そちは幸せ者だ、みながそちを守っている」
 ライザは孤児たちを守ろうとする仲間が、イングヴァルを追い詰めようとするものたちの足を止める様子を見ていた。
「だけど、いつまでもその姿じゃ目立ちすぎるわ」
 ローザは、用意したアロハシャツとジーンズを渡す。
「出発の時には、それを着て。それに、貴方の北欧系特有の白い肌は目立ち過ぎるわ。
 こうファンデーションを塗って、もう少し色を落としましょう。髪の色もかえるといいわ、ね、マックス兄さん」
「マックス、それが俺の新しい呼び名なんだな」
「そう、マックス兄さんは、私たちの従兄弟。三人で地球に観光に行くのよ」
「幸せ者だな、こんな可憐な双子の姉妹を従妹に持てるとは」
 ライザは、冷ややかに言う。
「先ほど、コウの質問にソチは答えなかった。なぜだ?」
「……」
「何故、レッテの父親探しに協力しようと思うたのだ?」
「俺にも子どもがいる。俺を探してくれていたら嬉しい。単純にそう思ったからだ」
「かつて、エリザベスI世だった妾の、父の記憶など霞の彼方だ。14歳の時に死んだ父の身体は、とても小さかった。
 それまでは、父の後ろ姿を誰よりも大きな背中だと思い畏敬の念すら抱いていたのだがな。お前に邪念がないと信じることは難しい。
 だが、信じてみよう、父が子どもを裏切るはずはないと」
 ライザは、痩せこけたイングヴァルをみている。
「策略を考える知恵など、残っていない。安心してくれ」
 イングヴァルは、生気が失われ表情のみえない顔になっている。


「どこだ」
「消えた!」
 イングヴァルを見失ってしまったエリュシオンの兵士は、消えた方角を見ている。
 彼らは上からの命令で組織的に動いているわけではない。
 個人的な恨みだ。残党を追う過程で多くの仲間を失った。
「負けたものに残されているのは、死のはずだ」
「なぜ、見逃すのです」
 数人のエリュシオン兵士は、独自のネットワークで逃げ延びた残党を追っている。秘密裏に行動しているわけでない。上層部は黙認しているのだ、彼らはそう思っている。
 私服でも兵士には独特のにおいがある。
「どこだ!」
「出口で張りましょうか」
「いや、奴の家で待とう」
 彼らは、すでにイングヴァルの住まいを突き止めている。
「みーつけた!」
 艶やかな衣装を身につけた妖艶な美女が彼らの前で微笑んでいる。
「逃げても駄目ですよぉ、私たちの踊りはこれからです」
 美女、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は豊かな胸の谷間を強調した衣装を身につけている。
「誰かと間違えていないか」
「いいえ、わたくしたちはあなた様をお待ちしていましたの」
 リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が、兵士の腕を取る。
「既に、お金はいただいています。後は楽しむだけです」
(なんだか怪しいぞ)
(そうはいっても…)
 普通なら、兵士たちも勘を働かせたのに違いない。
 しかし、二人とも兵士たちには高値の華の美女だ。
(騙されてもいい…)
 そんな気持ちも少しあったのかもしれない、兵士たち、いや男たちは簡単に二人に腕をとられ、店の奥へと案内されてゆく。
 ほの暗い店は、程よく隠微で、出される酒はどれも高級だ。美しい二人の女は、半裸にも見える衣装で艶かしい踊りを披露する。
「なんだ、ここは」
 兵士たちは少し不安を抱いている。
「あなた方は誰です」
「踊り子ですよ」
 勧められるまま、杯を仰ぐ。
 酔いが回っている。
「何を探していたのですか」
 リーブラが兵士の1人に訪ねる。
「私たちは、鏖殺寺院に両親を殺され、こんな身分に」
 シリウスは、よよとない崩れる。
「まさか、あなた方、鏖殺寺院ではありませんよね」
 この一言で、彼らは、シリウスとリーブラを信じることになり。


 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、百合園女学院でいつものように授業を受けている。しかし、その表情は沈んでいる。
「私、先に東京に行こうかと思っているんです」
 学校が終わって寮に戻ったロザリンドが、密かに打ち明けた相手は、桐生円と七瀬歩だ。
 ロザリンドは一枚の写真を見せる。思い出の和柄生地で作り直したワンピースをレッテが着ている写真だ。今よりもはるかに幼い。小柄でやせっぽちだが瞳だけは輝いている。
「組織から助け出されてすぐの写真だって言ってました。小さくなって着れなくなった服を誰かがリフォームしてくれていたらしいです、
お守りの中の生地はその残りだったんです。私、これを持って、先に東京に行く。そして、この生地を作った人を探してみます。だから…歩ちゃん、東京であいましょう」
「無理しないでね、少し心配。ほんとうに先に行くの、大丈夫?」
 歩がロザリンドの手をギュッと掴む。
「まず、明日、孤児院にいって、詳しいことをもう一度聞いてこようと思うんです」
 ロザリンドの言葉に、円が頷く。
「ボクもできるだけ、手伝うよ。二人が守りたいものは、ボクだって守りたいんだ。ボクはレッテや孤児と付き合いないけど、それだけに見えるものもあると思うんだ」
「ありがと!円ちゃん」


「これなんかも似合いそう」
 早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)は、ツァンダの古着屋にメメント モリー(めめんと・もりー)と共にいる。
「レッテって、身長どのぐらいだったかしら」
 あゆみは、モリーをレッテに見立てて、服を当てている。
「ボクより小さいと思うよ」
「そうかしら、同じぐらいじゃない」
「お父さんに会うんだもの、おめかしして行かなきゃね」
 白いサマードレスを手に取るあゆみ。
 薄いレモンイエローのボレロを見つけた。同じ色のリボンもある。
「きっとレッテに似合うわ」
「あゆみん、もう行かないと」
 モリーは時間を気にしている。
「そうね、約束の時間が過ぎちゃうわ」
 あゆみは急いで支払いを済ませると、度会鈴鹿と約束していた広場へと向かう。
 そこには、度会 鈴鹿(わたらい・すずか)がワイバーンで既に待っていた。
「あゆみ先生!!」
 鈴鹿は大きく手を振っている。
「鈴鹿ちゃん、元気だった」
 鈴鹿はあゆみの子どもの友達だ。ただ、そうした関係のほかにも二人の間には強く結ばた絆がある。
 鈴鹿はあゆみを人生の先輩として尊敬していた。
「悪巧みを楽しむ輩もいるようだ。密告の心配もあるぞよ」
 織部 イル(おりべ・いる)は、農場のある方角を見ている。あどけない華奢な美少女だが、語り口は落ち着いていて、物腰も柔らかい。

 四人が農場に着いたとき、子どもたちは外にいて豚の世話をしていた。手ほどきをしているのは安だ。
「こっちにつれてこい!」
 安が叫んでいる。安の農場では暖かな時期には豚を放牧する。今、子ども達がしているのは、豚を追い込んで柵に戻す作業だ。
「チエ、アブねーぞ、もっとしっかり追い込め!」
 すぐに子どもの名前を覚えた安が、危なっかしく豚の後を追いかけるチエに檄を飛ばす。
「チエ、助けにいくぞ!」
 乱暴者だが弱虫ですぐ泣くハルは、いつにまにか「兄貴分」になっていた。
「1人でもできる」
「できるじゃねー、助けてもらえ、チエ」
 安が再び檄を飛ばす。
 すっかり、豚が飼育小屋に戻るまで、あゆみと鈴鹿は音を立てずに、外から様子を見ていた。
「よくやったぞ」
 安が激励の言葉と共に、飴玉を子ども達に振舞っている。
「まあ、飴に釣られてるのね」
 あゆみが思わず声をあげた。
 子ども達の視線が声の方角に向く。
「あゆみ先生だ!」
「久しぶり!」
「わあー、元気だった?」
 子ども達にとって、あゆみは音楽を教えてくれ、一緒に裁縫をしてくれるお母さんのようなものだ。
「モリー!」
 モリーの周りにも子ども達が集まってくる。
「はじめまして!」
 あゆみやモリーとは少し離れた場所で皆の様子を見ている鈴鹿とイルに気がついたのは、チエだ。
「はじめまして」
 鈴鹿が返事をする。
「偉かったですね。さっき。見てましたよ」
 鈴鹿は背を少し小さくするために、膝をおると、チエに笑いかけた。
「私は度会 鈴鹿、宜しくお願いします」
「私はチエ」
 チエはくんくんと鼻を鳴らす。
「鈴鹿さん、いい匂いがする。お母さんの匂いみたい」
 チエは照れたように、少し後ずさる。
「どうしたのです?」
「私、臭いかも。今、豚を追ってたし…」
「そんなことないです」
 鈴鹿はチエの手を取った。
 小さな手は、その大きさに似使わない太い指がついていて、あちこちに傷がある。小さな頃から働いてきた手だ。
「やっぱり、いい匂い」
 チエが目を閉じる。
「お母さんの匂いがするのですね」
 鈴鹿は、今は離れ離れの娘、珠寿姫を思う。



 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)が出てきた。
「聞きつけてきたのか」
 ナガンはあゆみがこの次期になぜ、来たのかを感じ取っている。
「私もレッテちゃんと一緒に空京を脱出します」
 あゆみはしっかりとした声でいう。