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レッテの冒険

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レッテの冒険

リアクション

 

「レッテがいましたね」
「ああ、すっごく驚いていた」
 先ほどレッテ達が見た三人連れだ。小声で話している。真ん中にいるのは、痩せた男で、商店街を歩いていたイングヴァルに良く似ている。
「レッテが間違えるのなら、大丈夫だな」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)は、イングヴァルを真似て猫背気味に歩きながら、サングラスで隠された瞳を細めた。
 側にいるティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)の腕を取る。
「ティーとイコナが、ローザマイアさんたちに見えるかは、かなり疑問だけどな」
「なんか、今、失礼に聞こえました」
 イコナ・ユア・クックブックはレッテとそう変わらない年恰好だ。
「レッテに変装したほうが良かったかな」
 鉄心は、イコナを見る。
「敵には、イングヴァルが女性二人とパラミタを脱出すると伝わっているのでしょう、でしたら、女性的な凹凸には多少違いありますけど、私たちで充分です」
 ティーは、あたりを窺うように見ながら、鉄心に語りかける。

 この前日、鉄心とティーは、ローザマイアと潜伏生活を送るイングヴァルと会っていた。
「既にイングヴァルは商店街で寺院側に見られてる。集めた情報によると、パラミタ脱出に女性が関与するということも寺院には伝わってるようだ」
 イングヴァルは、小さく頷いた。
「皆の助けは有難いが、俺、1人で地球に向かおうと思う。巻き添えであんたたちの命を失いたくないんだ」
 イングヴァルは、鉄心の言葉を聞いて、ローザが共に狙われる危険性があることを察知した。
「いや、俺が囮になる。だから、イングヴァルは予定通り、ローザと地球に向かってください。ただし、俺たちの後からです」
 鉄心はサングラスをかけると、ピンと伸びた背筋を前方に湾曲させ、手足の力を抜いた。軽く口元を弛緩させる。
 その姿は、イングヴァル瓜二つだ。
「寺院は俺らがひきつける、だから、その後に、三人で陽気なアメリカ人観光客として日本に戻ってほしい」
 鉄心は、ローザを見る。
「シリウスとリーブラがエリュシオン側に接触しているの。そっちにも流しておくわ」
「どうして…そこまで、してくれる?」
 イングヴァルは皆に問う。
「家族のある兵士には、生きて家に戻ってほしいんです。キミのためじゃない、残された家族のためです。エリュシオンの工作員を釣るには安い餌かもしれませんが…釣れると確信しています」
「あの…」
 ずっと側で話を聞いていたティー・ティーは、ずっと頷くだけだったが、初めて口を開いた。
「出来れば、イングヴァルさんにはもう戦場に戻って欲しくないです。約束して貰えませんか」
「ありがとう、もし、家族とあうことができたら、農場で働くと思う。もし無事に帰国できたら、家族とあえたら」
「それを聞いて、安心しました」
 じゃ、と鉄心はイングヴァルに右手を差し出した。
「もう会うこともないでしょう、元気で。そして、奥さんと子どもによろしく」
「ありがとう」
 二人は固い握手を交わす。


 今、鉄心は、新幹線のなかにいる。
「旅行ですか?」
 ティー・ティーは無邪気を装って、隣に座る男性に話しかけている。
 嘘感知で相手が敵かどうか探っているのだ。
 この車両には、敵もいるが仲間もいる。
 鉄心は、俯き加減のまま、じっと動かずいる。
「東京にいったら、スカイツリーに登るべし!ですわ。その後に浅草に行ってですねぇ…」
 イコナははしゃいでいる。
「ドジョウなべって、ドジョウを食べるのですって、ドジョウってどんなものなのでしょう」
 イコナはディテクトエビルとイナンナの加護のアンテナでもあるが、東京観光できるとはしゃいでいて、売店で買った観光案内をすみからすみまで見ている。
「お土産はなんにしましょう」
「イコナ、私たちは東京には降りず、この人を送り届けたら空京に戻るのですよ、遊びに行くのではないのです」
 あまりのはしゃぎっぷりに、ティーが言葉をかけるが、返事はない。
「あ、寝ている」
 イコナは、一瞬のうちに、眠りにはいっていた。はしゃぎすぎたのだ。手には東京案内が握り締めてある。
「寝てくれてよかった」
 鉄心は俯いたまま小声で話す。


 「みんなこの車両に釣れたみたいだな」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は側に座るエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)に小声で語りかける。
 車両中央に座る鉄心をはさむように、前方に唯斗、後方には紫月 睡蓮(しづき・すいれん)
 プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が座っている。
「ティー・ティーの隣の男と、少し前に座るカップル、それに左隅のビジネスマン」
 唯斗は、目星をつけた相手を睡蓮に伝える。
 平日ということで空席もあるものの、6割ほどの座席は埋まっている。
「あっちに着く前になんとかしたい」
「では、わらわからにしようか」
 エクスは扇で風を起こしながら、目指す男に席に向かう。
「すまぬ」
 扇は男の持つ荷物にあたった。ティー・ティーはその衝撃で、手にしていたお茶を男にこぼしてします。
「すみません」
 ティーが男の服を拭う。
「おぬしの服を汚したのはわらわ、ホンに申し訳ない。エクスは男の身体を拭くそぶりを見せて、その首筋に手刀を打つ。
 すっと、男の身体が沈んだ。
 その動きに呼応するように、数人の男が立ち上がる。
 先ほど、唯斗が目星をつけた乗客たちだ。
「残り3人、人数もぴったりです」
 睡蓮うつのまにかはカップルの男性の側まで来ていて、立ち上がった男の頭に覆いかかる。傍目にはよろけたようにしかみえない。
「全くあなたって」
 プラチナムが睡蓮を起こそうと手を差し伸べる。
 カップルと見えたのは、二人の男だった。
 男は、この女二人の旅行客を押しのけて、崩れ落ちた男の側に駆け寄ろうと腕を前に出す。
 しかし、その動作こそ、プラチナムが待っていた動きだ。
 腕と身体の隙間に、剣を打つプラチナム。
「殺すつもりではない」
 プラチナムは、柄で二人の心臓を打つ。同時に睡蓮が首筋に手刀を入れる。
 全ては一瞬だ。
 男たちの前には、幼児を連れた母子がいる。
 がくっと崩れ去る男達に、一瞬、幼児が反応した。
「ママ、おじさん、寝ちゃった」
 母親が少し怯えた顔で振り返る。
「飲みすぎですよぉ、大丈夫ですか」
 にこやかな笑みを浮かべる睡蓮、兄なんです、と小声で訴える。

 唯斗はビジネスマン風の男の側にいる。しかし、こちらは一筋縄ではいかない。
 立ち上がると同時に跳ね上がった。
「父さん、駄目ですよ、こんなところで跳ねちゃ」
 唯斗は、独学で構築した陰陽拳を使用する。接近戦は、唯斗の得意とするところだ。
 男は、うっ、と小さな声をあげると、唯斗にしなだれかかる。
「すみません、薬が切れたようで」
 唯斗は周囲に詫びながら、自分の席に男を連れてゆく。唯斗は自分の隣に意識の失った男を座らせる。
「東京見物もしたかったけど、この人を空京に戻してあげないと」
 唯斗たちはそれぞれに別れ、意識の失った4人の隣に座っている。
「どうやって、空京行きの新幹線に乗り換えさせるか、それが問題ですね」
 鉄心がやってきた。
「やあ」
「うまく化けましたね、僕もイングヴァルさんかと思いましたよ」
「もう、終わりでいいのかな」
「いえ、まだ油断しないほうが…ここまで追いかけてきた敵はこの4人だけかとも思いますが」
「持ち運び、手伝うよ」
 鉄心は、意識を失った男を見る。
「東京に捨てておいてもいいんですが、やっぱり持ち帰ったほうが皆のためです」
 唯斗は葦原明倫館のワザで、捕虜となった男の手を縛る。
「これで気がついてももう暴れることも出来ません」





3・牧場

 レッテが旅立っても、そのことを孤児たちは話題にしなかった。
 父親が見つかればレッテは戻ってこない、レッテが戻ってくるのは父親が見つからなかったときだ。
 戻ってきてほしいし、父親が見つかってほしい、だけど両方は無理なことだ。すでに仲間の何人かは実の両親が見つかったり、里親に引き取られ、孤児院を後にしている。
 一度ここを去った仲間は二度と戻ってこなかった。戻ってきては困るのだ。
 しかし。
 去った仲間のことは話さない、これが孤児たちのルールだ。


 早朝。農場の朝は早い。
 眠れぬ夜を過ごした子もいる。
「うーっしガキ共ー今日は楽しい楽しい勉強の時間だ」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、朝食を食べている時間を狙って孤児のいる農場に来た。
「またかよー!」
 アキラは、仲間の気持ちを代弁して、手にしたスプーンをぐるぐる回して、大声で叫んだ。
 ラルクはいつもすっごくいいタイミングで農場にやってくる。
 まってましたとアキラが叫ぶ。
 孤児たちを取り囲む重い空気がサーっと消えた。
「いっっも、勉強だぞ。おれら!足し算と掛け算が出来ればいいんだよ、割り算なんていらねーよ!!」
「その通りだ、割り算なんて教えねーぞ」
「じゃなんだよ」
 口をへの字にしたアキラが、ラルクを睨む。
「まぁ、そんな嫌そうな顔するな。お前達にとっては結構重要な事だったりするんだぞ?食い終わったら外行くぞ!俺が教えるのはサバイバルだ!」
「サバイバルっ?やったー!!おれ、もうさぁ、ここヤなんだよ、荒野に戻りテーよ」
 小柄な女の子、チエがアキラを睨む。
「だよな、お前はここがいいんだよな、いいんだよ、俺だってここでも、割り算さえなければ」
 アキラは立ち上がると、ラルクの大きな背中に飛び乗った。
「サバイバル、教えてくれよ」

 建物から出る一同。少し先にある柵の向こうは住宅地だが、他の方角、例えば農場に眼を向ければ、その奥の未開発の地域にはまだ鬱蒼とした森が残っている。
「うし、今回は食べられる草やキノコなんかを教えるぜ。ただ、キノコは見分け辛いから最初のうちは図鑑で調べつつだな」
 ラルクは持参した大きなバッグから、図鑑や本を取り出した。
「キノコは難しいからなぁ、食えると思っても…」
 ラルクは子ども達を引き連れて、森に向かう。
「この辺りは、畑でもいいな、アキラっ!」
 ラルクはアキラを呼んだ。
「サバイバルは、まずは、自給自足だ。ここに畑作るぞ、何がいい!」
「トマト!とまーーーと!」
 叫んだのは、リアだ。
「トマトだよ、絶対!」
「スイカ!」
「みかん!」
「バナナ!」
「畑だろ、野菜だよ、きゅうりとか人参とか」
「違うよ、バナナとリンゴだよ」
「チョコレート!!」
 子どもたちは、ラルクを取り囲んで、口々に叫ぶ。
「わかったっ!」
 ラルクが叫んだ。
「まずは、畑について勉強だ!」
「なんだ、勉強かよ」
 アキラがラルクの背中に飛び乗って、ぶんぶん両手を振り回しながら、抗議する。
「勉強やだー!!」
「わ、わかったっ!サバイバルだ、いいか、畑に出来るのは…」
 ラルクの講義が始まる。
 そのとき、子ども達が一斉に駆け出した。
「尋人にーちゃんだっ!!」
 畑の隅、鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、連れてきたポニーを柵に入れ、飼葉の用意をしていた。
「にーちゃん、今日はポニー連れてきてくれたんだね」
 子ども達がポニーの周りに集まる。
 尋人の側には、同じように鍬を持つ男、この農場のオーナーの安がいる。

「あんた、人気もんなんだね」
 安は、子どもに取り囲まれる尋人を見て、少しびっくりしている。
「そんなことないけど・・・」
 尋人は、この粗野で口下手な農場のオーナーを人目見て気に入った。少し、パートナーの呀 雷號(が・らいごう)に似ているのだ。容姿は安と雷號は正反対だ。精悍で無駄な脂肪一つないボクサーのように鍛えている雷號の体躯と、ずんぐりむっくり節度なく太った安との外観には似たところは一つもない。それなのに。
「なんでだろ」
 尋人は小さく笑う。
「安さん、子ども達をポニーに乗せて農場を一回りさせたいんだ」
 尋人は額に汗して、鍬をふるう安に話しかける。
「構わんよ」
「やった!!」
 子ども達が一斉に叫んだ。
「じゃ、オレも手伝うか。動物について学ぶことも大切だからな」
 側にいたラルクが、ひょいっと小さな女の子、チエをポニーの背に乗せる。
「少し怖い…」
「ああ、おじさんが綱を引くよ」
 ラルクは、ほかの子に、「順番だよ」と告げると、
「先いくぜ!」
 ポニーを引いて、夏の太陽と草の香りを楽しむように、一歩踏み出す。
「太陽があるってのはいいもんだな」
 小さく頷くチエ。

 頷いて、尋人はもう一頭のポニーにアキラを乗せようとする。
「大丈夫、1人で乗れるよ」
 アキラは、すいっとポニーの背に跨った。
「オレ、馬も乗れるんだ、なあ、いいだろ」
 懇願する瞳で、尋人を見ている。
 アキラは引き綱なしで乗りたいようだ。
 少し考えた尋人、もし落馬でもしたらと心配なのだ。少し離れた場所に雷號がいる。
 雷號は、いつも通りのポーカーフェイスだが、小さく頷いている。
「いいよ、でもスピード出すと落ちるぞ」
 尋人は、ポニーの脇腹をポンと押した。アキラを乗せたポニーがゆっくりと歩き出す。
「一周して戻ってくる、ありがとっ!」
 少し早く走り出すポニー。
 片手を挙げて片頬で笑みを浮かべたに雷號がその後を追う。
「あの男はあんたのパートナーかい?」
 安が、鍬の手を止めて、尋人に尋ねる。
「使える男だな、あいつは」
 安はそういいながら、順番を待つ子どもたちにポケットから飴を出して配っている。
 農場の側に続く空き地に、犬の散歩に来た若いカップルがいる。
 安の顔を見ると、おもむろにポケットからマスクを取り出し、装着する。特に言葉はないが、厩舎の匂いが気になるというアクションのようだ。
「いつものことだ…」
 安は小声で尋人に話しかけ、
「こんにちは」
 今度は大声で若いカップルに声をかける。カップルはそのまま歩き去った。
「後から住宅が建つのなら、別に先に住んでる安さんがどくことないよ」
 尋人は少し憤慨している。
「だが、わしは1人で、あっちはたくさんだ。ここはもう終わりだ」
「豚だけじゃなく、馬も飼わないかな。ポニーとかオレも3匹いるけど、そういうふれ合い広場をつくればいんだ。近所の子どもたちが遊びにこれるような」
 動物は糞をするし臭いかもしれないが、子どもたちは触れ合いを喜ぶだろう。今、ポニーに眼を輝かせている孤児たちと同じように。
「ふれあい広場か…」
 アキラが戻ってきた。


 戻ってきたに雷號は、今度はじっと豚を見ている。
「・・・食べちゃだめだよ」
 尋人が真顔で、心配そうに覗き込む。
「・・食べませんよ」
「ごめん」
「…」
 雷號のお腹がグッとなる。
「そろそろ飯の時間だ」
 後ろから歩いてきた安がポンと雷號の肩を叩いた。
「うちの豚は美味しいぞ」
 雷號は、無言のまま歩き去る。
「・・やっぱり、食べたかったのか」
「食用豚だからな、可愛いが食いたい、それでいいんだ」
 安が豪快に笑う。