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凍てつかない氷菓子

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【十四 最初から、そこに居た】

 次の攻撃で、何とかアイスキャンディの戦闘力を低下させなければならない。これ以上戦闘が長引けば、無尽蔵の体力を誇るかと思われるアイスキャンディの側に、戦局は有利に働く。
 そうなる前に、少なくともフライトユニットに打撃を与え、あの超高速の飛行能力を奪う必要がある。ルージュはエッツェルが何とか異形の肉体を楯にして時間を稼いでいる間に、近くに居た美羽とクド、そして朝斗の三人を呼びつけた。
「一瞬で良い。美羽の足なら、アイスキャンディの真下から仕掛けられる筈だ。クドと朝斗で、そのタイミングを狙え! 一発勝負だ、これで外したら、こちらが全滅すると思え!」
 ルージュのGOサインとともに、三人はそれぞれの位置に散開した。
 まず美羽が、ベアトリーチェから強化光条兵器ブライトマシンガンを受け取り、その俊足を活かしてアイスキャンディとの間合いをひと息に詰める。
 アイスキャンディは、ルージュが仕掛けた、数珠繋ぎの巨大火球群に押されて、やむなく低空飛行に入っている。そこに、美羽がブライトマシンガンを掃射しながら、アイスキャンディの真下を駆け抜けていった。
「クドっち! 朝斗君!」
 回避運動に入り、アイスキャンディの背面がほぼ垂直に立った瞬間に、美羽が合図を送った。
 直後、クドが二丁拳銃スタイルで構えた曙光銃エルドリッジが、鮮やかな光条の糸を宙空に引きながら、アイスキャンディのフライトユニットめがけて一直線に飛来する。
 手応えが、あった。
 クドはジャムおばさんのオペで何故か丸みを帯びるようになってしまった頬に、気持ち良さそうな笑みを浮かべた。
 アイスキャンディが大通り上の低い空域で、ぐらりとバランスを崩した。明らかに、機動性が落ちている。
 そして今度はそこへ、ブレイブハートを構え、アクセルギア全開で突撃を仕掛けてゆく朝斗が、アイスキャンディの最も重要な防御機構、即ちインフィニットPキャンセラーを内蔵している腰部背面に決定的な一撃を加えて、そのまま素早く離脱していった。
「おぉ、どんぴしゃでいっちゃったみたいだね〜」
 朝斗の的確な技量に、クドは遠目で眺めながら賛辞を贈った。
 これまで散々苦しめられてきた、インフィニットPキャンセラーとフライトユニットのふたつを一度に破壊したのだ。
 最早アイスキャンディは、恐るべき強敵ではなくなっていた。
 そこへ、大勢のコントラクター達がようやく本来の力を発揮し、一斉に攻撃を加える。もうこうなると、アイスキャンディに勝ち目は無かった。
「あっ、逃げるぞ!」
 垂が叫んだ。
 彼女が注意喚起するまでもなく、アイスキャンディは明らかに劣化した飛行速度で、この戦闘現場から離脱しようとしていた。
 だがそこへ追い討ちをかけるように、コントラクター達の追撃が容赦無く飛び交う。アイスキャンディは小規模の爆発を繰り返しながら、ビルの谷間の向こうに消えた。

 黒煙と瓦礫で視界が極端に悪くなり、少し移動するだけでも大変な苦労を伴う戦闘現場ではあるが、早急にアイスキャンディを追跡しなければならない。
 ルージュはここで、葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)を呼んだ。ふたりはこれまで、可憐のダウジングとアリスのトレジャーセンスという典型的な探索技能を駆使して、アイスキャンディの捜査に大きく貢献してきたのだが、この場に於いてもルージュは、手負いのアイスキャンディの追跡の任を、このふたりに任せようというのだ。
「これだけ視界が悪く、あちこちで爆発が起きていると、通常のセンサーやレーダーは役に立たん。ここは、お前達の技術が試される場面だ。しっかり頼むぞ」
「は、はい……何とか、お役に立てるよう頑張ります」
 可憐は思わず頬を紅潮させて、しっかりと頷いた。この重要な最終局面で、自分達の技術が必要とされているのだ。興奮するなという方が無理な話であろう。
 かくして、可憐とアリスは大勢のコントラクターや風紀委員達を後ろに従えて、早速アイスキャンディの追跡に入った。
「こんなにたくさん、後ろにひとがぞろぞろ居るのって初めてだから……何ていうか、やりにくいねぇ〜」
 アリスは心底困惑した表情を浮かべたが、一方の可憐はもう、それどころではない。
 ルージュから直々に指名を受けての追跡戦なのだ。少しでも気が緩めば、取り返しのつかないことになると、己を鼓舞させ続けて、必死にダウジングの針金を操っていた。
 すると、ややあって可憐の足が止まった。ほぼ同時に、アリスがとある一点を凝視する。
 後ろに続いていたコントラクター、及び風紀委員の面々は、緊張した面持ちでごくりと息を呑んだ。
「い……居ました……!」
 可憐が、小さく叫んだ。彼女が指差すその先に、瓦礫がうずたかく山積みになっている路面の間で、うつ伏せになって倒れているアイスキャンディの姿があった。
 誰もが、緊張のまま、そこで足を止めた。
 もしかすると、罠かも知れない。迂闊に近づいて何かあったら、笑い話にもならない。ところがそんな中で、あゆみとリカイン、そしてシルフィスティの三人だけはほとんど何の躊躇いも無く、人垣の間を割るようにして飛び出し、アイスキャンディめがけて走り出していった。
「き、気をつけてね〜」
 アリスが一応、声をかけてみるものの、果たしてあゆみ、リカイン、シルフィスティの三人に聞こえているのかどうか。
 ともあれ、三人は瓦礫の間を素早く駆け抜け、ぴくりとも動かないアイスキャンディの傍らへと一気に到達した。

 あゆみとリカインは、大勢のコントラクター達が遠巻きに見守る中、アイスキャンディの左右にしゃがみ込んだ。
「よし……それじゃ、仰向けに返すよ」
 リカインの指示であゆみとシルフィスティは、重いパワードスーツ姿を、何とか頑張って裏返そうとするものの、中々うまくいかない。
 するとそこへ、ルカルカとアルコリア、そしてアスカの三人が援軍として駆け寄ってきた。
「何か、肝っ玉が据わってるのって、女の子ばっかりだね」
 ルカルカが苦笑しながら、リカインの横にしゃがみ込んで両手をアイスキャンディの胴部下に突っ込むと、反対側ではアルコリアとアスカが釣られて笑みを浮かべた。
「男って結局、肝心なところで及び腰になってしまうものですわねぇ」
「後で危険手当替わりに、殿方の皆さんから何か奢ってもらうのも、悪くないかもねぇ」
 などと口々に冗談とも本気ともつかぬ軽口を叩きながら、合計六人の女子達は一斉に力を込めて、アイスキャンディを仰臥させることに成功した。
「さて……私達をこてんぱんにしてくれたにっくきアイスキャンディさん。どんなお顔をしてらっしゃるのかしら?」
 アルコリアが興味津々といった調子で、フェースプレートに手をかける。頭部脇のスイッチを押すと、ヘルメット状のヘッドガードがゆっくりと稼動し、その中にある姿を白日の下にさらけ出した。
「やっぱり……そういうことだったんだ」
 あゆみが息を呑んだ。
 現れたのは、端整な機晶姫の面だったのである。恐らく彼女こそ、津田俊光のパートナーである機晶姫マデリーン・クルスなのであろう。
 最初から、アイスキャンディの正体がマデリーンではないかと踏んでいたあゆみだったが、いざこうして本人を目の前にしてみると、思うように言葉が出なかった。
 あゆみの隣でリカインが、心底残念そうに溜息を漏らしている。
「困ったわね……蒼空歌劇団にお誘いしちゃおうっていうプランが、これでオシャカだわ」
 流石に、六人も殺害している凶悪犯と友達になろうという気にはなれない。その一方でアスカが、犯人が津田ではなくマデリーンだったことに、少なからず戸惑いを覚えていた。
「でも……それじゃどうして、津田さんは態々、脳移植なんてしたんだろうねぇ。それも、未だに本人の頭脳は見つかっていないし」
 と、その時。
 不意にマデリーンが瞼を開き、六人をじろりと見渡した。勇気ある六人の女子達は、慌てて跳び退り、臨戦態勢を取って警戒するも、当のマデリーンは動く気配を見せない。
 ただ、その口元だけが不敵な笑みの形に歪められた。
「やぁ……おめでとう諸君。遂に私を、捕まえたね」
「うっ! お、男の声!?」
 あゆみが素っ頓狂な声を上げて叫んだ。もうこの時点で、六人は全てを理解した。
 津田俊光の脳と脊髄は、このマデリーンの中に移植されていたのだ。