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盗まれた機晶爆弾

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盗まれた機晶爆弾

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   1

 機晶爆弾が盗まれたというニュースにはかん口令が敷かれたが、人の口に戸は立てられないのが現実というもの。とはいえ、必要以上の人間に広まらないように、というのがアクリト・シーカー(あくりと・しーかー)の考えでもあった。
 空京大学機晶石研究室に集まったのは、その上で事件に関わろうという者たちだ。どれもこれも百戦錬磨のつわものばかりで、自業自得とはいえ、彼らの真ん中に座らされた西門 基樹(さいもん・もとき)が気の毒に思えてくるのは、尋問している姫神 司(ひめがみ・つかさ)のせいだろうか。
 司は腕組みをし、ピッキングで破られた棚をじっと見つめていた。
「契約者も通う学校で、ピッキングで開けられるような棚にそんな物を入れておいたのはそなたの不始末だな」
「はい……スミマセン」
 これでもう何十回目だろうと基樹は思った。謝りすぎて、何か喋るたびに「スミマセン」と言うのが癖になりそうだ。
「爆破テロと言えば、鏖殺寺院を思い浮かべるが……何やら少し違う気がするな。ただの女の勘だが」
 司は最近、アクリトに一目惚れした。今日も今日とて彼の元へ手作りのりんごパイを届けに来てこの事件を知った。しかしアクリトはこの件の指示で、それどころではなかった。
 アクリトの役に立つため、何よりりんごパイの感想を聞くため、一刻も早く事件を解決せねばならないと決心した司は、自身も捜査に加わることにしたのだった。
「ふむ……鍵を無理矢理こじ開けた形跡は無い。【ピッキング】だとしても、相当腕がいいな。そういえば脅迫状は、犯人が直接事務所のポストに入れたんだったな?」
「うん、ダーくんがそう言ってたよ」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が答えた。
「ダーくん、って?」
と、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)
「ダーくんはダーくん」
王 大鋸(わん・だーじゅ)のことだよ」
 棚を【サイコメトリ】していたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が顔を上げた。「美羽は友達なんだ」
 同じく【サイコメトリ】していた空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)も手を離したのを見て、リカインは尋ねた。
「何か分かった?」
「……西門殿、あなた時々鍵をかけ忘れていますね?」
 ギクギクッ。
「で、でも今回はちゃんとかけた! かけましたよ!」
「コハクは? 何か見えた?」
「……この棚を運んだのは、用務員のおじさんだ。西門さん、その人たち手伝った?」
「あ、これ、今年入った棚なんでその時に」
「そういうんじゃなくて!」
「そして西門殿の前に棚を開けたのは、黒いコートの男ですな」
「だね」
 狐樹廊とコハクは顔を見合わせて頷いた。
「さっき見た脅迫状からも、黒いコートの男が読み取れた。時間をかければ、どこで封筒を手に入れて、どの新聞や雑誌を使って作ったかまで分かると思うけど、今すぐは、これ以上は無理だよ」
「黒いコートの男……よし! コハク、行こう!」
「え? どこに?」
「ダーくんに知らせて、一緒に犯人を捕まえる!」
「ち、ちょっとちょっと!」
 弾丸のように飛び出していく美羽を追って、コハクも研究室を出て行った。
「春に入ったということは、このロッカーに爆弾を入れていた期間は、そう長くないと考えてもいいでしょうか?」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)が尋ねた。シャンバラ教導団の軍服に、基樹はしばし見惚れる。
「あ、ハイ。春休み終わって、あちこちにいる親戚や友達に頼んで、ゴールデンウィーク明けに集まったんで、一ヶ月ぐらいです」
「毎日、点検を?」
「いやそれが……学校の方が忙しくて、これはまあ、自由研究みたいなものなんで。時々見てましたけど」
「最後に見たのは?」
「ええと、三日前かな」
「その間、黒いコートの男を見ましたか?」
 基樹はちょっと考え、「……あちこちで」と答えた。
 室内なので脱いでいるが、白竜もまたブラックコートを愛用している。美羽が、「お前が犯人だ!」と言い出さなかったのは、幸いだった。白竜は苦笑した。
「では、君の友達に、過激な発言をする者がいますか?」
 基樹はびっくりした。
「俺の友達が犯人だって言うんですか? まさかあ」
「可能性の問題です」
「内部犯説には、わたくしも賛成です」
と司はそこで口を挟んだ。
「今時切り貼りしての脅迫状。これは、手近なパソコンやプリンターでは足がつくと考えてのことでしょう。次に五つもの爆弾。ましてナパーム弾など、一度で持ち運ぶのは目立って仕方がありません。こつこつ盗んだと考えるのがいいでしょう」
「でも、この前見たときは、ちゃんとあったと思うけど」
「そもそも、ここに爆弾があるのを知っていたのはどんな連中なんだ?」
 棚を調べていた和泉 猛(いずみ・たける)が尋ねた。彼は【サイコメトリ】などではなく、技術的な見地からこの盗難を見ていた。
「鍵はお前さんと、研究室の仲間、教授だけ。だが、ここにあると知っていたのは? 誰かに話したか?」
「ええと、話したかな、どうだったかな」
「話さないわけがないんだ。俺だって、同じ立場なら研究するし、研究していれば誰かに話したくなる。無論、誰彼構わずということはないだろう。だが、誰かには言っているはずだ」
 俺もやるよと言われ、基樹は少しホッとした。これだけは話してはならないと思っていたことが、一つだけある。
 基樹は下戸だが、酒自体は嫌いではない。時々、コンビニでカクテルを買って家でちびちびやる。そして、チャットをする。それは大抵、同じミリタリーオタクの集いで――、
「――まさかそこで喋ったのか?」
 猛は唖然とした。
「まさか!」
 基樹は思い切りかぶりを振った。
「俺だってそこまでバカじゃないですって。でも、機晶爆弾の研究をしたいとかしてるとか――それぐらいは言ったかもしれない」
 猛はちらりとパートナーのルネ・トワイライト(るね・とわいらいと)を見た。
『分かってます』
『それと、こいつの親戚とやらもな』
 ルネはすっと立ち上がり、すうっと部屋を出て行った。まるで最初から、そこにいなかったかのようだ。見事な消え方だな、と自身も黙ったままの世 羅儀(せい・らぎ)は思った。あまりに自然で、そこにあった基樹のノートパソコンを持っていったことに、誰も気づいていない。
 おそらくパソコンの履歴を調べるのだろう。ではこちらは、時間稼ぎをしてやろうと羅儀が思ったとき、
「……盗んだのと実行犯は別じゃないかな?」
和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)が言った。彼女は百合園女学院の生徒であり――、
「この学校の生徒だよ、きっと……」
「簡単に言ってくれるな。何人いるか分かっているか? だから俺たちはその範囲を狭めようと――」
 ――和泉 猛の妹でもある。
「やっぱり、俺の友達疑ってるんですかぁ!?」
 基樹が泣きそうな声を上げる。
「鈍い男だな。疑われているのはそなたの友達ではない。そなた自身だ」
「――えっ!?」
 司にあっさり言われ、基樹は唖然とした。ああ、言っちゃったか、と猛は嘆息する。猛自身は基樹を疑っているわけではないが、可能性は排除していない。この場にいる全員――少なくとも、絵梨奈のパートナー、ジャック・メイルホッパー(じやっく・めいるほっぱー)以外――がそれを考えているはずだった。
「確かにナパーム弾は大きいからなあ……でも本当にナパーム弾なのか?」
「正確にはMark77爆弾に似た感じの、これぐらいのやつ」
 基樹は両手を自分の肩幅まで広げた。
「棚の一番下を一つで陣取ってた。多分、ナパームの一種だろうってところまでは調べがついていたんだけど……」
「Mark77か。あれも軽量化されたバリエーションがあるが、百キロ以上はあるんじゃないか?」
「五十キロぐらいだった。重かった」
「ナパーム弾ならガソリンが燃料だけど、Mark77なら灯油だよな。入れてあったのか?」
「抜いてあった。不発弾として処理して、こっちに送ってもらったから。もう重くて、配達の人に怒られちゃって……」
 二人がMark77爆弾の話に夢中になっている横で、司は呟いた。
「そんな大荷物を抱えて、門から出られるものか……?」
「それなら提案だ。オレはこれから、監視モニターの録画をチェックしようと思っている。あんたもどうだい?」
「よかろう。もし誰も見当たらなかったら――」
 司は基樹の背中を睨んだ。
「この男が犯人であると、わたくしは断定する」
「ご自由に」
 羅儀は肩を竦めた。基樹が犯人であれば文句のつけようがないし、もし違ったとしてもいい薬になるだろう。戦場で育った羅儀にとり、爆発物の犠牲者は然程珍しいものではない。
 だからこそ、基樹の行為がどれほど危険であるか、おそらく他の誰よりも分かっていた。
 ――いや、もう一人。
 司と共に出て行きかけた羅儀は、ふとパートナーを振り返った。
 ――多分、こいつも。
「いい加減にしろ! そんなことを話している場合か!」
 普段は物静かな白竜が声を荒げ、基樹とジャックは慌てて口を噤んだ。自分が叱らずにすんで助かったな、と猛は思い、そういえばこの場にいたはずの人間の姿が見えないことに気がついた。