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契約者の幻影 ~暗躍する者達~

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第2章「複製体」

「ここを右じゃ。もう少しで地下二階への入り口が見えるぞぃ」
 廃神殿の地下一階を歩く集団。その先頭にいるザクソン教授が後ろにいる一行へと促した。そこには今回の調査、及び護衛の依頼を受けて集まった者達がいる。
 その中の一人、神崎 瑠奈(かんざき・るな)は手にした銃型HCの情報を確認しながらザクソンのすぐ後ろを歩いている。
「今通り過ぎたのが、この前人質さん達が捕まっていた部屋ですね〜」
「そうだな。さっきまでの道は覚えがある。となると入り口は、俺達が行かなかった辺りか……」
 瑠奈の隣には篁 透矢(たかむら・とうや)が。二人はおよそ二ヶ月前、母の日直前に起きた賊のトラック襲撃事件の際に人質救出の為、ここまで潜入を行った事があった。
 当時は別の役目を請け負っていたものの、同じように神殿へと足を踏み入れた源 鉄心(みなもと・てっしん)榊 朝斗(さかき・あさと)柊 真司(ひいらぎ・しんじ)といった者達も後ろで似たような事を話している。
「以前潜入した時も外観より広い造りに感じたけど、まさか更に先があるなんてね」
「そうですね……と言っても、僕達は入り口の辺りまでしか入ってませんけど」
「あぁ。すぐに戦闘になったからな」
 逆に初めて廃神殿を訪れた中には、興味深そうに周囲を見回している者達もいた。鬼崎 朔(きざき・さく)に憑依しているテレサ・ヴァイオレット(てれさ・う゛ぁいおれっと)はその代表格だ。
「あぁ……念願だった朔ちゃんに憑依して、しかも最初のお出掛けが神殿だなんて。これも全ては神様の思し召し……」
 朔の身体を使っているテレサはどこかウットリとした表情をしている。彼女は朔に対してヤンデレとも言える愛情を注いでいた。その愛情故にこれまでは朔自身に憑依してしまう事に躊躇いがあったのだが、今回はとある事情があってその身体を使う事となったのである。
「しょうがないもん。あのままだと朔ちゃん、出血で大変な事になってたから治療しただけだもん……でも、これで本当に『一心同体』だね、朔ちゃん」
 憑依した事で金髪赤眼になり、ボロの修道服を着ている為にパッと見では本来の朔を想像する事は出来ないが、それでも優しく――今は自身でもある――朔の身体を抱きしめるテレサ。その表情は本当に嬉しそうだ。
 
 ――もっとも、朔が出血&失神したのは缶を踏んですっ転んだ挙句、後頭部に落ちてきた壷が直撃したという実に間抜けな理由なのだが。
 
 そういった事実は無かったかのように、こうなった事態を神に感謝する。そんな彼女の所に柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)が近づいてきた。彼も先ほどのテレサ同様に周囲の建築その物に興味が行っていて、テレサに気付いている様子は無い。
「……地球とパラミタの違いがあるとはいえ、やはりこういった所は落ち着くな……廃神殿、か。そんな事は無い。神様はまだいるはずだ」
 神という言葉に反応したのか。氷藍より先にテレサが相手に気付く。
「あら、あなたも神様のお告げを受けて来たの?」
 彼女から呼びかけられ、ようやく氷藍の目がテレサを捉える。修道服姿の彼女に、氷藍は――西洋東洋の違いはあるとはいえ――同志としての匂いを感じていた。
「……お告げか。そうとも言えるな。俺はこの地に眠るであろう神様に会いに来た」
 その言葉に同じく同志としての感触を覚えるテレサ。いつしか二人はどちらとも無く手を差し出し、固く握手をしていた。
『全ては、神様の為に』
 
 その頃、先頭集団に混ざっている六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)はザクソンに対し、これまでに行ってきた調査活動などについての話を熱心に尋ねていた。
「では、人払いの結界を発見した事で、こうして調査は新たな段階へと進んだのですね」
「うむ。魔法にせよマジックアイテムにせよ、万能という事はありえんからの。結界も同様。ただ居座っていただけの盗賊ならまだしも、本格的な調査から身を隠すのは並大抵の事では無いのじゃよ」
「なるほど……ですが護衛と調査の手伝いにこれだけの人数を要するという事は、その『本格的な調査』から見ても実に巧妙な結界だと判断されたのですか?」
「中々良い所を突くの。その通り、あの術式は珍しい物では無いとはいえ、高度な結界が張られておる。じゃからあの先の調査には何かが起こると見て、皆に依頼をしたのじゃよ」
 ザクソンのコメントを手持ちのデジタルビデオカメラで記録する優希。彼女は『六本木通信社』という報道組織を設立したばかりで、代表でありながらもこうして自らが報道員として活動を行っていた。なので今回は依頼半分、通信社としての活動半分といった所だ。
「確かに、廃神殿にある人払いの結界とあっては不穏な空気を感じざるを得ませんね」
「何が待ち受けてるか知らねぇけど、せっかく教授の調査活動に参加出来たのに、それを邪魔されたくはないね」
 護衛よりも調査の手伝いをメインとしてやって来た東雲 いちる(しののめ・いちる)フゥ・バイェン(ふぅ・ばいぇん)がザクソンの判断に頷く。護衛メインとしてやって来た風森 巽(かぜもり・たつみ)はそんなパートナーの姿に若干の驚きを覚えていた。
「何かフゥさん、随分張り切ってるみたいだね」
「だってお前、ザクソン教授だぞ、ザクソン教授! その筋じゃ凄く有名なんだぞ!」
「その筋って……そこまで心酔しきってるフゥさんに驚きだよ」
「馬っ鹿、教授の事を知らないからそんな事が言えるんだよ。いいか、教授は十年くらい前に――」
「これ、昔話なぞせんで良いじゃろう。それより、結界に着いたぞぃ」
 熱く語りだしそうになったフゥをザクソンがやんわりと止める。今いる場所は一見ただの通路に見えるが、ザクソンが荷物から取り出した棒状の物を壁につけると、そこが水面に物を落としたかのように波打った。
「これは……予想よりも隠蔽性の高い結界だな。内部に何があるか……恐らくは、余り褒められた物では無いだろうが」
 波紋を見ながら冴弥 永夜(さえわたり・とおや)がつぶやく。事前にこの結界が古い物では無いと聞かされている為、先にある景色が良い物であるとは到底思えなかった。だからだろう、少しでも情報を得ようと水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が前に出る。
「最近張られた結界なら、そこに思念か何かが残ってないかしら。ちょっと試させて頂戴」
 彼女が結界に手を振れ、サイコメトリを使う。だが、そこから読み取れる情報は残念ながら何も無かった。
「――駄目ね。結界を張ったくらいじゃ思念として残るほどの思いは出てこないみたい」
「まぁそれは仕方無いのぅ。予定通り、結界を解除して先を調査するとしよう」
 首を振る緋雨と入れ替わりにザクソンが再び前に出る。そしてまた別のアイテムを荷物から取り出すと、調査メンバーの中の二人に手渡して自身は結界に先ほどの棒を突きたてた。程なくして結界が薄ぼんやりと光り、次第に暗くなって消滅して行く。
「さて、すまんがここからはお主達の出番じゃ。わしらはここで調査の準備を行っておるから、先に危険が無いかどうかの確認をしてもらえるかの」
 元々そういった依頼の為、頷きで返す皆。そんな中、鉄心はパートナーのイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)と共にザクソン側に立った。
「聞いた話だと、この前教授が遺跡の調査に行った際に襲撃者がいたんだろう? 念の為、俺達は護衛として残らせて貰うよ」
「皆さんの無事をお祈りしますわ」
 二人とザクソン達調査メンバーに見送られながら、一行は地下二階へと降りて行く。本格的な調査は、ここからが始まりだった。
 
 
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……一番有り得るのはあの結界を作った人物なんだろうけど」
「それはどうだろうね。この手の建築物は出入り口が複数ある事も十分考えられる。むしろ立て篭もる目的でも無い限りはそれが自然だろう」
「メシエの言う通りだな。この空気……放棄、あるいは封鎖されていたとは思えん。少なくとも最近までは何らかの大掛かりな活動があったと見るべきだな」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)、そしてダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が三方を警戒しながら観察する。見た感じ、この地下二階には四つの扉があるようだった。その中の一つの扉が開き、中から男が出て来る。その姿を見た時、この場にいる者達の約半数は驚きの表情を浮かべていた。何故なら――
「お、俺!?」
 皆の視線を感じながら、篁 大樹(たかむら・だいき)が一番の驚きを見せる。そう、正面から歩いてくる男はどう見ても大樹そのものだった。違いといえば、向こうは大剣を握りながら既に戦闘態勢に入っている事だろうか。
「! 来るぞ、皆気をつけろ!」
 無限 大吾(むげん・だいご)が咄嗟に前に出て、盾で攻撃を受け止める。
「誰が生み出したのかは知らないが、大樹君の偽者ならこうやって攻撃を防いでやれば――」
「甘いぜ、こいつを喰らえ!」
 大樹の戦いのクセは良く知っている大吾だったが、ここで意外な事が起きた。偽者の大樹が火術を使ってきたのだ。
「なっ!?」
 素早く盾を構え直す事で火術を防ぐものの、反撃の機会を逸してしまう。更に追撃を行おうとする大樹が大吾達の頭上に雷を発生させた。
「一気に行くぜ! 天の――」
「――そうはさせない」
 次の瞬間、大樹の身体を大剣が通り抜けた。樹月 刀真(きづき・とうま)の容赦の無い一撃によって相手は地面に崩れ落ち、徐々にその存在が薄れて消えて行く。
「消滅……? ただの偽者じゃ無いのか?」
 訝しむ刀真。その疑問に答えるように、火村 加夜(ひむら・かや)と透矢が気付いた事を口にした。
「この消え方、遺跡で戦った魔法生物みたいですね。もしかして、今の大樹くんもマジックアイテムか何かで作られたんでしょうか」
「かもしれないな。ただ……あの火術と、未発動に終わった天のいかづち。放つ時の動きの癖は雪乃と天音の物だった。ただの複製じゃ無いって事なのか……?」
 ウィザードの篁 雪乃(たかむら・ゆきの)とメイガスの篁 天音(たかむら・あまね)。二人の妹は向けられた視線にただ首を傾げるだけだ。
「他人の能力を持った偽者……『複製体』とでも呼ぶべきなのかな? ともかく、ここで世間に知られたくない活動が行われている事はもはや明白。どんな相手かは知らないけど、放っておく事は出来ないね」
「そうね。むこうもルカ達を歓迎してないみたいだし、ちゃちゃっと片付けちゃいましょ」
 エースとルカルカ・ルー(るかるか・るー)が皆へと振り返る。そして一行は四つの扉へと分かれ、それぞれ内部の調査を行う事にした。
 その先に待ち受ける『物』、そして『者』は一体――