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ザナドゥの方から来ました

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ザナドゥの方から来ました

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                              ☆


 金の通路の奥。
 金網で囲まれたリングの上で、この地下通路の主、バルログ リッパーは挑戦者を待ち構えていた。
「ふふふ……今宵はどんな相手がこのリングで血を流すのか……楽しみだ……今宵は――最高のステージになるだろう」
 すらりとした長身に、金の長髪をなびかせたリッパーは、右手から生えた長く鋭利な爪をかざした。
 素顔を隠す仮面は顔面をすっぽりと覆い隠し、その表情をうかがい知ることはできない。
 格闘家である彼の上半身は悪魔的なモチーフの刺青で覆われ、下半身はリングコスチュームである。
 彼がこの通路の奥に作り上げたステージは高い金網で囲まれ、ランダムなタイミングで電撃が流されるらしい。
 その周りはリッパーの配下である有翼魔族が埋め尽くしている。この通路において、配下の魔族たちの役割は主に観客だ。バルログ リッパーは可能な限り強者との戦いを自らの手で行なうことを望んでおり、通路内にいる魔族はトラップの警護についているにすぎない。

 それゆえ、通路を攻略する意思のある者は、実はリッパーの元へと通される仕組みになっていたのである。

「――と、最高のステージを期待している私の前に、お前たちは何をしに来たのだ?」
 リングの中から、リッパーは葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)に語りかけた。

「ええ――もちろん、勝負です。リッパー様♪」
 可憐は、上質なメイド服に身を包み、その手に持ったカード――いわゆるトランプを高らかに差し出した。
「リッパー様は美と闘いの悪魔と聞きましたもので……カードで勝負を決するのも美しいとは思いませんか?」
 と、極上の笑顔を向ける可憐。
「ふん……この私と格闘戦以外で勝負をしようというのか? 随分と虫がいい話ではないか?」
 リッパーの問いかけに、あくまでも可憐は笑顔を崩さない。
「ええ、そうかもしれません。ですが、リッパー様なら相手の提案を無下に断るなど、美しくないことは――しませんよね?」
 ちらりと、上目遣いでリッパーを見る可憐。
「ふむ、安い挑発だな……。それで、私が勝ったら?」
 その問いに、可憐は満面の笑みで答えた。
「もちろん、私が負けたらおとなしく退散いたします……ですが、もし私が勝ったなら……」
 いたずらっぽい可憐の視線。その視線を逸らすこともせずに、リッパーはあえて聞き返した。
「お前が勝ったなら?」

 可憐は右手の人差し指を伸ばして、す、と出口の方を指差した。
「私達と一緒に、あの扉の奥へと向かってもらいます♪」
 その可憐の申し出に、仮面の奥でリッパーはニヤリと笑った。

「――面白い……その勝負、乗ってやろう」


                    ☆


「何だい……これは」
 御弾 知恵子は呟いた。
 金網の向こう側のリングの上で、バルログ リッパーと葉月 可憐がテーブルを囲み、トランプで真剣勝負をしているのだから、面食らうのも当然だ。
「あ、今可憐とリッパーさんが対戦中だから、ちょっと待っててねー。ま、可憐が勝つに決まってるけどさー」
 と、アリス・テスタインはわざわざ用意しておいたお茶セットで、金網の外でミニマムなお茶会を開いていた。
 もちろん、お茶会の相手は通路のトラップを警護する有翼魔族である。
 リッパーが可憐との1対1のカード勝負を受け入れたことで、意外にも魔族たちはその勝負を呑気に観戦し始めていた。
 そこに、知恵子に追いついた四番型魔装 帝がやって来る。その状況を観察して、帝は告げた。
「あー、なるほどな。……悪魔連中って結構、約束ごとや取り決めを大事にすんだよなー」
 知恵子もその言葉に頷いた。
「ふん……うまく吹っかければ腕力以外の勝負に持ち込むことも可能ってこと、かい。……酔狂なモンだねぇ」

「あれ……あの娘……どこに行った? まあいいか……とりあえず目的の場所には辿り着いたようだしな」
 そこにエヴァルト・マルトリッツが現れる。
 知恵子と同様にこの状況に一瞬の戸惑いを見せるものの、説明を受けたエヴァルトは大人しくアリスが用意した椅子に腰掛けた。
「なるほど……最初から敵対姿勢を取って侵入した我々よりも、君たちが先に到達できたのは、戦闘の意思がなかったからか。
 ならば、先に対戦できるとういうアドバンテージを得られたのも当然の権利だな。
 遅れてきた俺は、大人しく順番を待つとしよう」

 アリスは、そのエヴァルトにお茶を注ぎながら、端正な顔に笑みを浮かべた。

「どうかなー? このまま可憐がカードで勝てば、あなた達の出番はないかもしれないよー?
 イカサマなんて使わなくても、可憐は充分強いからさー」


 まっすぐ金網の向こうのリングを見つめながら、エヴァルトは重い声で答えた。
「――どうかな」
 その言葉に、知恵子も大きく頷く。
「――あたいも同感だね。別に何が何でも戦り合いたいってワケじゃねぇけど……このままじゃ終わらないって……あたいの勘がそう言ってる」


                    ☆


「はい、コールです♪」
 そんな観衆の視線を知ってか知らずか、笑顔を崩さないまま可憐は自分のカードをオープンした。
 その手はツーペア。決して強い手ではない。だが。
「……ハイカードだ」
 リッパーの手はノーペア。いわゆる『ブタ』だ。

 可憐がカード勝負として申し出たのはポーカー。純粋な運勝負というよりは戦術や心理戦がメインの勝負になる。
 基本的には強い手を作った者が勝つということになるのだが、ここで一つ勘違いしてはいけない点がある。

 それは『必ずしも強い手を作ることだけが勝つ方法ではない』ということである。

 もちろん、相手よりも強い手を作らなければいけないことは当然なのだが、相手が勝負に乗ってこなければ意味がない、ということ。
 そこには相手を上手く勝負に乗せるための駆け引きが必要になる。
 可憐とリッパーの勝負はその典型であった。

「……はい、フォールドです♪」
 可憐は自分の手を伏せた。
 その手の内では、先ほどよりも強い手ができていたのだが。
「……」
 リッパーは、やや不満そうに場に出されたコインを回収する。
 例えば、この時の可憐の手にはスリーカードがあったわけだが、リッパーの手がそれ以上だった場合、いくらいい手が来ていても無意味となる。
 互いの表情やしぐさ、相手の思考パターンを読み取るのがポーカーの基本だ。単純に大きな手を作るだけでは勝てない。
 相手に大きな手が来たと読んだ時には、自分の手を崩して勝負を降りるのもアリだ。
 その場合、場に出した賭けコインは取られてしまうが、自信のある相手に掛け金を吊り上げられて結局負けるよりはいい。

 その意味では、リッパーのカードの『引き』自体は悪くなかったが、可憐の行なう『駆け引き』においては全く勝負になっていなかった。
 わずかな時間でかけられたコインは可憐の方へと集まり始め――いよいよリッパーは最後の勝負に出ざるを得ない状況になっていた。

「よし――コールだ」
 それでも声色ひとつ変えないリッパーは堂々と、可憐に勝負を宣告する。よほどいい手が来たのだろうか。
「これが、最後の勝負ですね♪」
 それを迎え撃つ可憐も負けてはいない。
 二人同時にカードをオープンした。

「――フォー・オブ・ア・カインド」
 リッパーの手の内にはAが4枚、いわゆるフォーカードだ。だが。
「――残念でしたっ♪ ストレートフラッシュですっ♪」
 それに対する可憐の手はもう一つ上の手であった。これにより、可憐の勝利が確定する。

「……これで、私の勝ちですね、リッパー様っ♪」
 カードを回収して立ち上がった可憐は、優しい眼差しを向ける。
「リッパー様、約束ですよ……私と共にブラックタワーに向かうこと。
 別にDトゥルー様をやっつけようというのではなく……ただ、あの方ともゲームをしてみたいのです。
 無理にザナドゥ時空を広げるのではなく、ゆっくりとこの地に適応して……いつか共存を目指す、というのも美しいと思いませんか?」
 だが、可憐の前に立ち上がったリッパーは、首を横に振った。
「ふむ……可憐だったな。見事だった。このカード勝負はお前の勝ちだ。
 約束は果たす。もしブラックタワーが開放されたなら、お前と共にDトゥルー様の下へと向かおう。
 さあ……次の挑戦者は誰だ!!」
 リッパーのセリフに、可憐は言葉を返す。
「……つまり、この勝負には『鍵水晶』を賭けたわけではない、と?」

「当然だ。もし鍵水晶をも含む勝負にしたかったのであれば、お前はそのように宣告するべきだった。
 私がブラックタワーに向かうには、『鍵水晶』がなくてはならないのだからな。
 悪魔は契約を重んじる――取り決められていない内容に従う義理はない。
 ……とはいえ、その場合はこちらも掛け金を吊り上げただろうがな。――例えばパートナーの魂などで。
 そもそも、お前が勝てば私は主を裏切り、負ければお前はただ退散、という時点でフェアな勝負とは言えんよ」
 くるりと可憐に背を向けたリッパー。そのまま、可憐に語りかけた。
「とはいえ、カード勝負自体は私も全力で戦った。――お前が強かった事は事実だ。
 先ほども言ったが、約束は守る。もしブラックタワーの扉が開かれたときは、お前と共にそこへ向かうことを、改めて約束しよう」
 格闘戦を避け、カード勝負に持ち込んだ可憐の手腕は見事なものだったが、それにより無血勝利とまではいかなかった。
 金網の扉を開け、リッパーの配下である魔族が可憐に外に出ることを促す。これから、ここはリッパーと他の対戦者との戦場になるだろう。

 魔族の誘導に従い、外に出る可憐。その背中に、リッパーの声が掛かった。
「……可憐よ。
 正直、お前の真意は私には理解しかねる……無血勝利をしたかったのか、戦闘を避けて労せずに勝利を収めたかったのか、私という戦力を味方に引き入れてDトゥルー様に挑みたかったのか……。
 まさか……侵略者相手に本気で共存の道を説きに来たわけでもあるまい」
 リッパーの声には、明確な戸惑いの色が浮かんでいた。金網の外から、可憐は振り返る。
「リッパー様……?」

「――その答えがもしあるのなら……それは、タワーの中で聞くとしようか」
 可憐には、リッパーの無表情な仮面が、少し微笑んだように見えた。


「さあ、次の挑戦者はお前らか!!」
 リッパーが叫ぶと、可憐に敬意を払って待機していたエヴァルトと知恵子が前に出た。
「その通りだ……多勢に無勢でも文句は言わせんぞ。
 これより激化するであろう魔神との闘いのため、技の実験台になってもらおうか!!」
 意気込むエヴァルトの横に並ぶ知恵子も、両手に持った魔銃を構えて、叫んだ。
「おうよ、あたいより強い奴と戦えるなら、あたいも文句はねぇ!!
 『HAJIKI道』の奥義、見せてやるよ!!」

 その二人に対し、リングの上からリッパーは高らかな笑い声を上げた。続々と後から駆けつけてくるコントラクター達。
 激戦が、始まろうとしていた。