薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

冒険者の酒場ライフ

リアクション公開中!

冒険者の酒場ライフ

リアクション

「い、いらっしゃいませー(ちっ……何でオレがこんなこと)」
 不器用さが残る中、店員として働く四谷 大助(しや・だいすけ)はやや不満を感じながら慣れない接客業務をこなしていた。
「大さん笑顔が硬いッスよ!ほらこんな風にスマイルすまいるー♪ にぃー」
ルシオン・エトランシュ(るしおん・えとらんしゅ)がそんな大助の心を見透かしたかの様に、スマイルを見せる。
「あはは、ルシオンって本当におもしろいなぁ。その愉快な頭の中、一体何が詰まってるんだろう?……割るぞ。いっその事」
と、笑顔のまま大助がルシオンの頭を脇に抱えて、万力の様な力で締め上げていく。
「あ痛っ! いたたっ!? 大さんギブッス! 頭が割れるッスぅ!?」
 ミノタウロス一族7人姉妹の長女であるルシオンは、そんな大家族への仕送りのために、持ち前の明るさと数多のバイトをしてきた経験をもって大助とは違って上手に仕事をこなしていた。
 ただ、ルシオンが何かとドジを踏むため、そのバイトでは必ず誰か目付役が付く。他でもない大助である。
 そもそも今回の酒場のバイトも、ルシオンが「酒場と言えば店員へのチップ! 大型酒場ともなればお給金もいっぱいに決まってるッス!」と言って、募集のチラシを持ってきたところに端を発する。
 溜息をついた大助が、未だ頭を抑えるルシオンを見て、
「それで。当初の目的だった看板娘には成れそうなの?」
「ふふふ、大さんはあたしの接客術の凄さをまだわかってないようッスね? さっきも凄く盛り上げてガンガン注文を取ったッスよ?」
「ああ……あれか」
と、大助が頭を抱える。
―――今より少し前
 見るからに悪そうな客達がテーブルでひたすら「ぶっ殺す!」「許せねエェ!」等と言いながら酒をあおっていた。
 そこにルシオンが料理を運んだ際、
「お兄さんたち! 暗いッスよ!」
と、爆弾発言。
 すかさずルシオンにギロリとした視線が行く。
「嫌な事は飲んで忘れるに限るッスよ! たくさん注文してくれた人には、あたしからもいっぱいサービスしちゃうッス!」
 それを別のテーブルから見ていた大助が「あのバカ……」と呟く。
「何だと? サービスって何だコラァァァ!!」
「ふふふ、それはたくさん注文した人にしか教えないッス」
「上等だ。オイ! 酒をもっと持って来い!」
「了解ッスーー!!」
―――およそ30分後
 へべれけになった客達を前に、ルシオンが笑みを浮かべている。
 男たちのテーブルには空のグラスが所狭しと置かれてある。
「はぁはぁ……飲んだぞ! 飲みまくったぞ! オラ!」
「サービスしやがれって……ぅぷ」
「ね? さっきまでの嫌な事を忘れられたッスよね?」
「あ?」
「それがあたしのサービスってやつッス!」
「ふ……ふざけんな!」
 男がルシオンに手を伸ばそうとしたその手を、大助がガシリと掴む。
「何だテメェ?」
「いえいえ、当店の店員へのお触りは禁じられておりますので……」
「何だと……クッ!?」
 腕にやや力を込めた大助が声を潜めて続ける。
「……大人しく座ってろ。店から叩き出されたくないならな」
 大助は幼く頼りない顔立ちで舐められがちであるも、グラップラーであるゆえ、腕っぷしには自信があった。
「(とは言うものの……)」
と、大助は怒りの収まらない男達を見て、つぶさに状況を分析する。
「(1,2,3人か……相手にするのは骨が折れるなぁ)」
 その時、酒場のステージに一人、ロングの金髪を揺らして上がる少女がいる。
 グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)である。
「そこのお客様。ルシオンが申し上げたサービスと言うのを始めさせて頂きますわ」
「あ?」
 ステージ上のグリムゲーテが男達を指さし、マイクを握る。
「酒場とは数多の縁の集う場所。旅の思い出や冒険の武勇を語り合う癒しの場……一時の出会いを、わたくしの歌と共にお楽しみいただけますよう……」
 グリムゲーテの背後には、どこからともなく現れたギター、ベース、ドラム、シンセサイザーという楽器の弾き手達がいる。
「グリム?」
と、大助が呟くのを聞いた客の一人が席から立ち上がる。
「ま、間違いねぇ! あれはアイドルグループS@MPのヴォーカルだ!!」
 
 やがて演奏が始まり、グリムゲーテの透き通る様な歌声で奏でられるバラードが酒場に響く。
 ステージから降りてきたグリムゲーテは、歌いながら大助とルシオンの傍を通り、男達の前で歌う。聴く者の心を揺さぶるような、グリムゲーテの熱唱。
「ふん……」
と、大助の手を振りほどく男。
「悪くねぇサービスだ」
 腰を下ろし、再びグラスに口をつける。
「さっすが、あたしのサービスッスね!」
 小声でそう言ったルシオンがグリムの歌声に合わせて小さく体を揺らしてリズムを取るのを、大助がジト目で見つめていた。


「……あれはグリムのファインプレー以外の何者でもないだろう?」
「ふふふ、まだあたしの策が見抜けぬとは……ああ。大さん! い、痛いッス!! ギブッギブッ!!!」
 ギリギリギリと大助の腕がルシオンの頭を締め上げる。
 その傍をグリムゲーテが呆れた顔で通りかかる。数曲歌って場を沈めた彼女は、本来の店員の業務に戻っていた。
「大助、ルシオン、遊んでいないでちゃんと仕事しなさい」
「別に遊んでるわけじゃ……」
「グリム……いつもと店員じゃ何か違うッスね」
「ふふん。黒印家の者として、給仕の真似事くらい出来て当然だわ!」
 ちなみに、先ほどのステージや接客において、グリムゲーテは古い名家のお嬢様としての教養を生かして、素を隠して上品かつ丁寧な身のこなしで振舞っていたが、これが素である。元々、グリムゲーテはその見かけや仕草で育ちの良さが伺えるが、持ち前の行動力でよく屋敷を抜け出し遊んでいたせいか俗な性格をしているのだ。
「さてはグリムも看板娘の座を狙ってるッスね?」
「看板娘? いいえ、別に興味ないわよ……でも」
と、チラリとホールを見る。
「先ほど少し話したけど、あの子はそれを狙っているみたいよ?」
 ルシオンがグリムゲーテの示した先を見ると、店員の絵梨奈が注文を聞いている。
 注文を聞き終えた絵梨奈がふと顔を上げ、ルシオンを見る。
 バチバチッと両者の間に火花が散るのが、大助には見えた様な気がした。
「ふふふ、大さん」
 低く唸るルシオンに目をやる大助。
「どうしたんだ?」
「今、あたしは、友と書いてライバルと呼べそうな人物に出会ってしまったみたいッス」
「……」
 ルシオンの瞳に燃える炎を見て「オレを巻き込むなよ?」と言いたい顔の大助。
 しかし、その不安はとある店員の登場によってやや軽減された。