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リアクション
良くも悪くも未散の落語とハプニングによって盛り上がったステージ。
そこに再び司会の衿栖がステージに上がる。
「未散ちゃんありがとうございましたー!」
その声に、観客の熱心な従来の未散ファン、そして先ほど彼女の魅力に取り付かれた新しいファン。新旧入り乱れての「ありがとう!」コールが起こる。中には涙を流すファンもいる。
「……さ、さぁ、未散ちゃんが盛り上げたこのテンションをさらに上げて行っちゃいましょう!」
と、衿栖が気を取り直し微笑む。
「皆さんの思うアイドルとは何ですか?そう、歌って踊れるアイドルですよね! 皆さんの思い描くアイドルがここにいる! 846プロの看板アイドル・神崎輝の登場です!」
衿栖の紹介が終わると同時に、一旦、ステージのライトが全て消える。
その闇の中を、ズズズッとステージの最前列に陣取っていた威圧感漂う人物達が立ち上がる。当然、セルシウスの両脇を固めるジョニーとシンも立ち上がる。
「セルシウス、乗り遅れるな」
と、小声でシンが叱咤する。
「何?」
「ここからは全神経と全体力を注ぎ込む総力戦でゴザル!」
「総力戦だと!?」
驚愕の表情を見せるセルシウス。
「敵は一流どころばかりでゴザル」
と、ジョニーが周囲の客達を指さす。
「あそこに立つ髪をくくった男は、毎晩悪夢と戦うガトー大佐。向こうの渋い御仁は最近勤め先が倒産したラル大尉、でゴザル……皆、フル装備で手強い……」
セルシウスが見ると、確かに彼らはカラフルなハッピや鉢巻、サイリュームといった重装備である。
「何をする気なのだ?」
「決まってるさ! ここで必死に応援して、顔を覚えて貰うんだ!」
シンが眼鏡をクイと指で押し上げる。
「……覚えて貰って……その後は?」
「それで終わりさ!」
「終わり? それでは貴公達はあまりに報われないのでは?」
「同志セルシウス殿……。世の中にはレスポンスがあっても腹立たしい事はある。それと同時に、例えレスポンスが無くても、幸福感を得る事だってあるハズでゴザ……」
ジョニーの悲壮な決意のこもった声が終わらぬウチに、ステージにバッとライトが灯る。
ステージの中央にはギターを持った一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)。ギターは彼女が左利きのためレフティ仕様である。
その両脇には、ベースを持ったシエル・セアーズ(しえる・せあーず)とキーボード担当の神崎 輝(かんざき・ひかる)が立つ。
衣装は細部にこそ違いがあるものの、三人とも水色基調のセーラー服とミニスカートの姿でキメている。
「「「うおおおおぉぉぉーーーッ!!!」」」
セルシウスは絶叫するジョニーやシンらの最前列の猛者達に乗り遅れていた。
「……そうか、ここは興奮すべき箇所だったか……」
中央に立つ瑞樹がゆっくりとお辞儀をするが、その表情は緊張で固い。それもそのはず、何を隠そう瑞樹はデビュー戦なのであった。
瑞樹は最初は、この酒場で警備のバイトでもやろうと思っていた……が、それが輝からの誘いによってステージでのアイドルデビューへとなってしまった。
「(いよいよ私もアイドルデビュー……やっぱり緊張しますよー)」
しかも、輝からのオーダーは『ド真ん中でギター担当』
「って……マスター、結構無茶言いますね……」
そうは言うものの、根が素直な瑞樹である、「任された以上しっかり練習しないと!」と、毎晩ギターに悪戦苦闘して練習をこなしてきた。
「……あうぅ、コード覚えにくい」
輝から渡された譜面と瑞樹との練習、いや、戦いはもはやポップではなくヘヴィであり、血……はないものの、汗や涙や驕りや葛藤や友情や愛……と、空京放送局で一時間のドキュメンタリー番組が作れそうな内容であったらしいが、ここでは割愛する。
マイクスタンド前の瑞樹がゆっくりと顔を上げて、観客を見回す。
そして、己を落ち着かせる様に、ふぅーーーっと、長く息を吸い込んだ後、
「みなさん!! こんばんわー!!」
「「「こんばんわーーー!!!」」」
「私、一瀬瑞樹は今日がデビューになります! どうかよろしくお願いします!!」
「「「うおおおおぉぉぉーーッ!!」」」
暗闇に無数のサイリュームの灯りが揺れる。
「まずはメンバーをご紹介致します! ベース、シエル・セアーズ!!」
「ボボンッ!! ベベベベーンッ!!」
紹介を受けたシエルがベースを掻き鳴らし、観客に向かってウインクし、
「みんなーッ!! こんばんわー!!」
「シ……シエルちゃあぁぁんッ!!」
と、セルシウスの隣でシンが絶叫する。
「続いて、キーボードは神崎輝!!」
「タンッ! タタタンッ!!」
輝もシエル同様に軽くキーボードを弾いて、
「みんなー!! また会えたねー?」
「ひ、ひかるチャァァァンッ!!!」
今度叫んだのはジョニーである。
「今日は、私にとってアイドルとして初めてのステージ……なので精一杯頑張ります!! だから皆さんも、思いっきり楽しんでいってね?」
「瑞樹ちゃあぁぁーん! み、みずーっ、みぃぃーッ!! ィアーッ!!」
「セルシウス殿。どこでそんな高等芸を……」
「いや……魂の叫びだ」
ジョニーも感心するセルシウスの絶叫と共に、瑞樹のデビュー戦が始まった。
歌には個別パートがあるものの、三人共、見事なコンビネーションでライブを盛り上げていく。
時折、不慣れなせいか、ブレスを間違える瑞樹のパートも、輝とシエルが即座にカヴァーしていく。
シエルのベースと輝のキーボードにリズムを任せているせいか、瑞樹のギターが次第に熱を帯びてくる。
キーボードを弾く輝がそんな瑞樹を見ていると、シエルが輝を横目で見て悪戯っぽい笑顔を見せる。
「(輝……瑞樹ちゃんが走りだしたね?)」
輝もシエルの瞳が何を言いたいのか、即座に理解した。
「(うん! シエル! ボク達もうかうかしていると、瑞樹においしいところ全部持って行かれちゃうかも?)」
「(大丈夫よ! 瑞樹にギターを教えたの他でもない私なんだから)」
と、シエルが瑞樹と競う様にステージの前へ一歩出る。
二人の頬がくっつきそうなくらい近づいた瑞樹とシエルが一つのマイクへと心を込めた歌声を奏でだす。
三人娘のバックでは、衿栖の4体の人形達がバックダンサーとして現れ、客達のボルテージも最高潮へ淀みなくすすんで行く。
そんなライブの様子を舞台袖から見守るのは、輝達の衣装を作り、且つ846プロマネージャーでもある神崎 瑠奈(かんざき・るな)である。
演奏に合わしてセミロングの茶髪を揺らし、足でゆっくりとリズムを取る瑠奈。
「瑠奈は歌わないのか?」
そう聞いたのは、これまで舞台袖で、照明器具や音響のミキサー、スイッチャー等を一手に仕切ってきたレオン・カシミール(れおん・かしみーる)である。
「うん、そりゃあボクも歌とか興味あるけど、あまりよくわからないし……やっぱ衣装作りの方が得意かにゃ〜」
「裏方希望か、私と同じだな」
レオンが端正な顔立ちを少し緩めて小さく笑う。
「レオンさんもにゃ?」
「ああ、衿栖が珍しく協力して欲しいことがあると頼んできたと思ったら、こういうことだったわけだ……まぁ、私しか適役がいなかったのだろうがな」
瑠奈と話しながらも、事前に打ち合わせした曲順やタイムテーブルを印刷した紙を横目に、レオンが照明や音響を的確に操作していく。まさにテクノクラートならではの業である。
今回の846プロの公演は、ややゲリラ的な狙いもあった。
どれだけ自分達に知名度と集客力があるか、その試験的な意味も込めて、こういう国境に立つ蒼木屋を選んだのである。
846プロの情報宣伝担当として、まずレオンが行ったのは事前準備であった。
テクノクラートのスキル、ユビキタスを使用し、846プロが行うライブの情報をネットや広告で告知し、蒼木屋の場所やライブの開始時間など詳細な情報を載せた。
そして、「当日のステージ演出や照明機材の設置などは、店の関係者と打ち合わせしておく必要があるだろう」と、根回しを使用し、酒場のイベントにしては割りとイイ環境をセッティングしたのであった。
「……最も、この店にたどり着くまでに、軟弱なファンや追っかけ達が数名荒野で遭難したらしいがな」
「ファンの道は大変にゃ〜……」
舞台袖で瑠奈とレオンが会話をしている中、輝達の最もアイドルポップス色の強い曲が演奏されていた。
しかし、その時の観客席ではセルシウスの戦いが始まっていた事など、誰も知らなかった。
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