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あなたもわたしもスパイごっこ

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第19章 真夏の海の夢

 マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)は刑事である。いや、正確には代々スコットランドヤードにてキャリア刑事を輩出している家系に生まれ育ち、その結果として刑事を志望するイルミンスール魔法学校のいち学生である。
 だが彼の刑事に対する情熱は本物であり、立ち居振る舞いから普段の生活まで刑事風であることを意識しながら過ごしている。それが高じたのか【百合園女学院推理研究会】にまで所属しているのだ。
 そんな彼が読む朝刊に1枚の紙が挟みこまれていた。表面には最近9歳年下の彼女と無事結婚を果たした博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)の名前が書かれていた。
『おはようレストレイド君』
 その紙を手に取り、マイトは無言で文字を読み進めていく。
『実は先日、ザンスカールの商店街へ遊びに行った際、福引を行う機会が訪れた。そこで入手したのが「パラミタ内海、海の家1日貸しきり無料招待券」というものである。結婚した妻と行こうかと思ったのだが、生憎と先方は都合がつかないらしく、そこで知り合いを呼ぼうと思った次第である。
 そこで君の使命だが、明日の午前10時までに「海に忘れてはいけないもの」を入手し「荒れ果てし大いなる傷跡」にまで持ってくることにある。
 言うまでもないことだとは思うが、君もしくは君のメンバーがその辺のヒャッハーに捕らえられあるいは身包みはがされても、当局は一切関知しないからそのつもりで。
 なお、光が当たったこの手紙はすでに消去されていることだろう。成功を祈る』
「って、感光紙なんか使うなよ! 本題の部分が最初に消えたらどうするつもりだったんだ! っていうか、読んでる最中にすでにいくらか消えたから、前口上も少ししかわからなかったぞ!」
 そんなマイトの叫びが博季に届くわけがなく、指令の書かれた紙は光を浴びて、その身に刻まれた文字を白く染め上げていった……。

「要するに、海に遊びに行くからそれに必要なものを持ってこいと、そういうことだな……」
 マイトはイルミンスールの自分の寮に友人である八神 誠一(やがみ・せいいち)八塚 くらら(やつか・くらら)日比谷 皐月(ひびや・さつき)と、そのパートナーの如月 夜空(きさらぎ・よぞら)を呼んで会議を始めた。
「しかし音井、いや今はアシュリングさんかな、何でマイトさんの朝刊に手紙を挟んだんでしょうねぇ。この際呼びたい人全員に渡せばいいだろうに」
 そう言った誠一の意見は正しい。友人を呼びたいのであれば、なにもマイト1人だけに渡す必要は無かったはずである。その疑問に答えたのは手紙を渡されたマイト本人だった。
「俺が一番近かったからじゃないか? 同じイルミンだし」
 つまり最も近いマイトに渡せば、そこから友人たちへと話が流れていくであろうという考えだ。そしてそれは見事思い通りになったわけである。
「それでマイト、これからどうするんだ? みんなで一緒に何か探しに行くのか?」
 行動方針について尋ねたのは皐月である。
「いや、彼の指令に『みんなで協力して』とかそういうのは書かれていなかった。つまり各自それぞれが思った物を持っていけばいいということだな」
「でも絶対に別行動を取るべき、でもないんですよね?」
 そう確認するのはくららだった。
「まあ、そうだな。一緒に探しに行きたいならそうすればいいだろうし、1人でやりたいならそうすればいい。その辺りはご自由に、としようか」
「そういえば……」
 そこでまた皐月が口を挟む。
「集合場所として、えっと、確か……『荒れ果てし大いなる傷跡』だっけ? そんな名前の地名ってあったか?」
「確かに皐月さんの言う通りですわね。ただ指令の書き方から考えると、多分何かしらのヒント、という感じがしますけど……」
 何となくどこかで聞いたことがある、といった風に皐月とくららは首をかしげる。
 それに答えたのは誠一だった。
「『傷跡』といえば、1つしか無いでしょ」
「えっ?」
 全員の視線が誠一に向いた。
「シャンバラで『傷跡』の名前がつく場所といえば、『アトラスの傷跡』以外に考えられませんよ」
「そうかアトラスの傷跡だ! 何でそれを忘れてたんだオレは!」
「パラ実生の私も忘れていましたわ」
「よし、これで方針は決まったな」
 集合場所の謎が解けたところで、手紙を受け取ったマイトが全体をまとめる。
「ではとりあえず、各自それぞれが思う『海に忘れてはいけないもの』を探し出し、明日午前10時にアトラスの傷跡に集合。まあ色々間違っていたら博季の奴にヘルプコールを入れるということで。では、解散!」
 その号令により、ひとまずその場は解散となった。

「でも、こういう時って一体何を用意すればいいものなのでしょうかね?」
「意外と難しいんだよな……」
 部屋を出た所で待ち構えていたのか、寮を出て買い物にでも行こうと思っていたマイトをくららは捕まえ、そのまま道すがら相談していた。
「海、といえば、やっぱり海水浴だな」
「海水浴で必要なもの、となれば、ここはやはり」
 水着だ。2人は同時にそう思った。
「シュノーケルとか足ひれは、別に海に行くのに必須というわけではありませんし」
「スイカなんて、それこそ必須じゃないだろうし」
「まあ普段着のまま遊びに行くのもいいでしょうけれど、それでもやっぱり水着は必需品ですわ」
「あっさり決まったな。なら俺たちは水着を買いに行こうか」
 言ってマイトはその足を速める。
「って、今からですの?」
「まあ急ぐ必要は無いが、早めに買っておくのも悪くはないだろう。それに、水着を選ぶならザンスカールよりも空京の方がいいだろう」
「……確かに空京の方が品揃え豊富そうですわね」
 マイトに歩調を合わせ、くららが横に並んだ。
 その道中、マイトが突然こんなことを言い出した。
「……そうだ。せっかくだから、この際スパイっぽく雰囲気を出しながら行くか?」
「スパイっぽく、ですの?」
「そう。例えばコードネームで呼び合うとかだな」
「へぇ……。それは面白そうですわね」
 少し考えた後に、くららはそう結論を出した。くららはそもそも、特撮とロボットにはまった経験を持つ元お嬢様――お嬢様かどうかは、実は不確定情報だが――である。彼女にしてみれば、こういったテレビドラマの「ノリ」には、何かしら思うところがあるのだろう。
 それはマイトの方も同じだった。マイトは普段から「刑事」の「ノリ」でいるのだが、今回は刑事の出番が無い「スパイ」である。このまま普段通りに進んでしまえば、単なる張り込みや捜査になってしまい、面白くも何とも無い。そこで無理矢理にでもスパイを演じることによって、たまには「刑事」から離れようという意図があったのだ。
「じゃあ俺は……、『警部』かな。くららは『撫子』。これでどうだ?」
「それで構いませんわ。ただ……」
「ただ?」
 コードネームが気に入らなかったのか、くららは思案顔を作る。
「いえ、その名前だと女子サッカーに加入しなければならないような気がしまして……」
「それ10年前の話ですけど!? しかもそれは『ひらがな』ですけど!?」

 もしかしたら忘れられているかもしれないが、現在彼らが生きているのは「西暦2021年」の世界である。念のため。

「ま、まあそれはともかくとして、とにかく行くとするか。なぁ、撫子?」
「そ、そうですわね、とにかく行きましょうかマイ……、いえ、警部」
 思わず本名を呼びそうになり、くららは口を押さえながら「警部」に続いた。

 マイトたちと別れ、誠一は1人思案にふけっていた。
(海、そして音井、じゃなくてアシュリングさんとくれば……)
 長考した後、この両者を結びつけるものとして誠一は、なぜか「ペンギンの着ぐるみ」と「パラミタペンギン」のセット以外はあり得ないと結論付けた。
「あの人はリア充。つまり着ぐるみは恋人、もとい妻と一緒に着るためのペアルック。ならば2着用意しないとねぇ。夏の海で着ぐるみは熱いでしょうけど、まあ元々お熱い2人ですし平気でしょうねぇ」
 だが、と誠一はふと思った。リア充といえば、博季がリア充になったのは、噂ではこれが2度目か3度目というらしい。少なくとも、とある獣人の少女と恋仲になったことがあるらしいのだが、今となっては別段どうでもいい話である。
「まあ、だからといってやることは変わらないんだけどねぇ」
 ザンスカール、及びイルミンスール魔法学校には【雪だるま王国】なる組織がある。寒冷地を連想させる名前なのだから、当然ペンギン絡みの何かもあるだろう。そしてその流れは今から誠一が行くであろう貸衣装屋にも反映されているに違いなかった。パラミタペンギンについては、なぜか彼の家にいる1羽だけのそれを連れて行けば問題は無いだろう……。

「それで結局何にするつもり? やっぱここは水着とか?」
 マイトたちと別れた皐月と夜空の2人は、道中を歩きながら指令について考えていた。
「……まあ普通に考えれば、やっぱそうなるよな」
 そう、あくまでも普通に考えるならば、先だってのマイトとくららのように「水着」を連想するだろう。だが皐月はそこに疑問を感じていた。
 この指令には何か裏があるに違いない。そうでなければ、「水着」などという簡単にわかる答えを期待するような質問文にするはずがないのだ。
「で、その裏ってのは何かわかったわけ?」
「それがわからないから今悩んでんじゃねーか。『海に忘れてはいけないもの』……『海に忘れては、いけないもの』……『海に、忘れてはいけないもの』……――!!」
 そこまで口にして、皐月はようやく答えに辿り着いた。
「そうか、わかったぞ! これは『海に忘れてはいけないもの』と言えば『海――で遊ぶの――に忘れてはいけないもの』という簡単な思考に飛びつかせるための心理的なトラップだ!」
「どういうことだキ、いや皐月!?」
 そこで皐月は夜空に向かって言い放った。
「つまり、博季の本当の指令は『海――を作るの――に忘れてはいけないもの』だったんだよ!!」
「な、なんだってー!?」
 お約束に忠実なのか、夜空は観客が望むであろうリアクションをとってやる。
「やられた……。まさかこんなトラップがあったとはな……! だがこれで謎は解けた! 後は実行あるのみ!」
「マジで? もう実行するだけなんて超ヤベェじゃん!」
「というわけで、海を作るための材料集めと行くか!」
「マジで? 海作ろうとするなんてパネェ! マジパネェじゃん!!」
 そして皐月と夜空は行動を開始した……。

「さてデパートに着いたわけだが、ホシ(犯人のこと。今回は水着を差す)はどの階にいるかな……?」
 空京のデパートにやってきた「警部」と「撫子」のコンビは早速フロア案内に目を通す。該当する階――服飾品売り場を発見した2人は、静かにエレベーターに乗り込んだ。
「それでマイ……いえ警部。ここからはどう行動するおつもりですの?」
「そこなんだがな撫子。今回のホシは2人組というのがポイントだ」
「つまり?」
「ボスは結婚した。つまり男と女の組み合わせというやつだ。ということは、自然と『両方とも』必要になるだろう」
 結婚した以上、何かをプレゼントするならば男女ペアでなければならないのが自然である。もちろんどちらか片方を対象に何かを渡すことはあっても、「男女両方が存在する」ものに関しては、やはりセットで買った方がいい。
「というわけで、俺は男性用。君は女性用を探してくれ。この方がいいだろう?」
「さすがに異性の水着売り場に行くのは、抵抗がありますものね」
「そういうことだ。では一旦別れて、30分後にここに集合するぞ」
「はいマ、いえ警部」
 ついつい本名の方で呼んでしまいそうになるくららは、これ以上呼び方を間違える前に水着売り場へと向かっていった。

 それから30分後、指定の場所に集合した2人はそれぞれの首尾を確認した。
「で、うまく確保できたわけだな」
「ええ、しっかりと吟味させていただきましたわ」
「そういえば何着買ったんだ?」
「1着ですわ。そんなにたくさんあっても困るでしょうし……」
 2人が買った水着がどのようなものなのか、その説明は後に譲るとして、とにかく「警部」と「撫子」は、「ボス」こと「博季に似合いそうな水着」を購入することに成功した。ちなみに「可愛いのが見つかった」という理由でくららがこっそり自分用の水着も買ったのは内緒である。
 これで後は、翌日になって指定の場所に行けばいいだけであるのだが、逆に言えばその時間になるまでは暇になってしまうということであった。
「それにしても、水着を買ったら暇になってしまいましたわね」
「そうだな。まさかこんなに簡単に解決してしまうとは思わなかった」
 時間的に余裕がありすぎる。このまま家に帰って明日を待ってもいいのだが、せっかくデパートに来たのだ、帰るのはもったいないというものである。
「あ、そうだ」
 そこで「警部」は片方の拳でもう片方の掌を叩いた。妙案を思いついたといったその顔は、次の瞬間、くららを喜ばせた。
「せっかくデパートに来たんだし、軽く食事にでも行くか」
「お食事、ですの?」
「ああ、こないだ念願のジャスティシアになれたんだろう? その祝辞を兼ねて、今日は、俺の奢りだ」
「マ……、警部……!」
「ん、どうした撫子?」
「ゴチになりやすわ!」
「おう、なってくれ!」
 そうして2人は、時間潰しと祝い事を兼ねた食事会へと乗り出した……。