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夏の海にご注意を

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第五章 だって仕方ない、夏ですから!


シャワー室でじゃれあっていた泉美緒(いずみ・みお)熾月瑛菜(しづき・えいな)が外に出ると、冬山小夜子(ふゆやま・さよこ)が日焼け止めを、如月正悟(きさらぎ・しょうご)がオイルを手に待ち受けていた。
「美緒さん、ちゃんと日焼け止め塗りました? 肌を焼くつもりならともかく、塗ってないなら私が塗ってあげますよー。塗ってないと後が大変ですからね」
「いやいや、せっかく海に来たんだ。ここは健康的に焼くべきだって」
「何をおっしゃってるんですか。美緒さんは色白なんですよ? 焼いたりしたら赤くなって、お風呂に入るときにしみてしまうじゃないですか!」
「そっ、そうか……お風呂までのことを考えていなかったとは……負けた!」
「勝ち負けじゃないですっ! というか、論点がそもそもそこじゃないでしょう!」
「二人とも、落ち着いてください。わたくしのことで、喧嘩は……」
「いいえ! これは重要なことですよ、美緒さん。私も色白だからわかるんです。日焼け後の痛い思いを、私は美緒さんにしてほしくないんです……」
「うーん……そっかぁ。あたしは色白ってわけでもないし、そういうの気にしないからなぁ」
瑛菜が自身の腕を撫でるのを見ながら、正悟は
「えっと……、じゃあオイル使う?」
「塗った方がいいのか?」
「まだ美緒さんのお肌についての話が終わってませんーっ!」
瑛菜と正悟の二人が小夜子から美緒の肌についての講義を聞いている隙をつき、美緒とその場に通りかかったリブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)をナンパしようとアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)が動き出した。
「なあなあ、俺と一緒にゲームでもどう?」
「ゲーム……ですか?」
「貴様……、私たちをナンパしようだとは……。粛清が必要だな」
わけがわからっていない美緒と違い、敵意むき出しのリブロにアルフは身の危険を感じ、一歩退いた。
「アルフ、またナンパしてるのかい? お弁当の用意してたら突然消えるから、探してみれば……。予想を裏切らないね」
エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)が呆れた様子で告げると、
「おおっ、ちょうどいいところに来たな! こっちも二人になったことだし、これでちょうど釣り合いが」
「三人だが」
「えっ」
リブロの護衛をしていたレノア・レヴィスペンサー(れのあ・れう゛ぃすぺんさー)がバスターソードを構え、アルフの首元へ突きつけた。
「三人……なのだが?」
「そっ、そうみたいだな! ごめん、数え間違っちゃって! い、一緒に泳いだりとか……しない?」
「アルフ……この期に及んでナンパ続行する気? やめたほうがいいよ」
「うるさい、これが俺の生き甲斐なんだ!」
「ほう……。ならばこれで海の藻屑となっても、本望というわけだな?」
レノアがバスターソードを持つ手に力をこめた。
「うっ……」
さすがに命の危険を感じたアルフがうめくと、成り行きを見守っていたエールヴァントが動いた。
「すみません、アルフが少し調子に乗ってしまったみたいで。お詫びに僕が作ってきたサンドイッチをご馳走します。あっちに用意してありますから」
レノアは殺気をこめた目でエールヴァントを一瞥した。
「暑いですし、カキ氷もおごりますよ」
「カキ氷? ……そっちの男に免じて、許してあげよう。レノア」
「リブロがそう言うなら……」
「た、助かった……!」
無事生還したアルフを尻目に、
「せっかくだから、瑛菜たちも一緒に行かないか?」
「レノアじゃない! 何々? ……カキ氷おごり? 行く行く!」
「それではみなさんで行きましょう」
美緒の言葉に、人数を数えていたエールヴァントは温和な笑みを浮かべた。
「良かったね、アルフ。女の子が五人も一緒に食事してくれるって」
「あ、ああ……」
アルフは嬉しさ半分、おびえ半分で頷いたのだった。



「なっ、なんだ、その格好は!」
「何って……チェックのタンキニだよー♪ ダーリン、似合う〜?」
先に海辺で待っていた蔵部食人(くらべ・はみと)は、弟分である魔装侵攻シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)の姿を見るなり眉間にしわを寄せた。
「いや、似合う似合わない以前に……だな。俺はヴェイダーには男らしくなって欲しいんだ。……とりあえず、上の方だけでも脱げ」
「キャー! ダーリンのえっちー!」
「バッ、お前は上、隠す必要ないだろうが!」
「いやいやー! 誰か助けてー!」
食人が水着の上を脱がせようとするのにヴェイダーが抵抗してる様を、シェルドリルド・シザーズ(しぇるどりるど・しざーず)はニマニマしながら盗撮していた。
「いやぁ、いいねえ。嫌がるヴェイダー君に無理強いする食人君。おっと、鼻血が……」
シェルドリルドが鼻血を吹いている間に、騒ぎを聞きつけ食人の知り合いである柳玄氷藍(りゅうげん・ひょうらん)曹丕子桓(そうひ・しかん)クレナ・ティオラ(くれな・てぃおら)がやって来る。
「食人の奴、一体何があったんだ? そこまで裸体に飢えているというのか……色々あるんだろう、な」
「いや……、アレは流石に不味いような……ん、止めよう。一友人として、あんな凶行は止めさせねばならんだろう。……よし、クレナ、ちょっとジュースを買ってきてくれ」
「いいですけど……」
「ひーはこの水着とかこのパーカーを着ていく事。……これでむっつり食人はイチコロ……間違い無い」
「何でまた水着なんて……。まあいいか、ちょっと泳いでくるのも悪くないしな」
二人が各々散っていくのを見送り、氷藍はシャベルを片手に持ち、穴を掘り始めた。
「これで生き埋めの刑の準備は完璧だな」
氷藍が掘り終わった穴を前に汗を拭って顔を上げると、ちょうど彼が頭の中で思い描いていたことが現実に起ころうとしていた。
「さてと、早速一泳ぎしてくるか」
氷藍に手渡された海パンの上に、チャック式のパーカーを羽織って出てきた曹丕は、海辺にいた食人のすぐ側でパーカーを脱ぎ去った。
「っぶーーーー!」
眼前で真夏の果実を見てしまった食人は、たまったものではない。
あまりの刺激に、鼻からの出血多量でクラクラする食人の背後で、ボトリと何かが落ちた。
「あっ……」
振り向いた食人は、プルプル震えて自分を睨んでいるクレナを見て一気に血の気が引いた。
「違っ、これは」
「食人……見損ないました! ヴェイダーやひーちゃんにこんな……魔鎧フェチなんですね! そうなんですね! まさかこんな所でこれを使う事になるとは……えいっ!」
クレナが光条兵器?顎ノ君?で思い切り殴り掛かるのを、誰が止められただろうか。
「ご、誤解だー! ぎゃあああああ!」
断末魔が響いた後、動かなくなった食人を回収した氷藍は用意していた穴に食人を埋め、横に?魔鎧の水着を脱がせます。契約者の方は魔鎧を近寄らせないで下さい?と書いた看板を立てた。
その一部始終までも、シェルドリルドの手によって撮影されていたという……。



食事をし終わった美緒たちと合流し、ビーチバレーをしていた健闘勇刃(けんとう・ゆうじん)天鐘咲夜(あまがね・さきや)アニメ大百科『カルミ』(あにめだいひゃっか・かるみ)紅守友見(くれす・ともみ)は、突如聞こえた断末魔に思わずボールを打つ手を止めた。
ちょうどコーナーギリギリのボールにバーストダッシュを使った勇刃が追いつき、歴戦の必殺術で決めようとした折である。
「せっかくヒーローらしくアタックを決めようとしてたのに! 一体誰だ!」
「健闘くん……もしかして幽霊じゃないでしょうか」
「幽霊? 面白そうです! ダーリン、行ってみるのです!」
「カルミちゃん、危険です。相手が何かわからない以上、ここは様子を見たほうが……」
「そうですね。幽霊様なんて……き、危険ですわ」
「何、美緒ってば! もしかしてビビッてるの?」
「瑛菜様……そ、そんなことは」
「よし! 俺、見てきます! 大丈夫、いざとなったらバーストダッシュで戻ってくるから」
見せ場を奪われた腹いせもかねて勇刃が手を挙げ、断末魔の聞こえた方へ向かうと……。
「なっ……これは!」
海辺の一部分の水が赤く染まっていたのである。
「おいおい、こいつはどうなってんだ?」
ひたすら遠泳をしていたラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は、目を細めた。
「泳いでたらつんざくような断末魔が聞こえたんで、急いで戻ってきてみれば……事件か?」
「さあ……。俺もたった今ここに来たばかりで……」
「おーい、キミたち〜!」
首をかしげる二人のもとへ、監視員をしていた橘カオル(たちばな・かおる)が駆けつけた。
「うわっ、本当に赤いな! キミたちはこの海の水が赤くなっている件について、何か知ってるか?」
「いや、俺たちが駆けつけたときにはもうこうなってたぜ……ただ」
「ただ?」
「俺が断末魔を聞いた直後に海面に顔を出したとき……、ここらに複数の人間がいた気がする」
「なるほど……。この海は広いとはいえ、パトロールの網をかいくぐってこんな奇妙な事件が起きるなんて。放送で来ているみんなにも注意を呼びかけたほうがいいな」
二人と別れてからカオルはマイクで海全体に放送を流した。
「海の水が赤く染まるという事件が起きた。警備をしているみんなも、遊びに来たみんなも、くれぐれも注意してくれ!」