リアクション
● 「やっぱりアムトーシスに来たんだったら、美術品の鑑賞よねぇ。テッツァ、貴方もそう思うでしょ?」 「そうですね、パピリィ。せっかくの芸術の街……美術鑑賞を楽しみましょう」 そこは、アムトーシスでも有名な美術館の一つだった。 アムトーシスは芸術の街。美術館と言えども数はそれなりにある。その中でも比較的大きく、大衆がよく集まる市民美術館へとやってきたのは、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)たちだった。 とび跳ねるようにしてはしゃぐパピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)を優しげな瞳で見守るアルテッツァ。幸いにも今日は客入りがほとんどないようで、パピリオが騒いでも問題はなさそうだった。 そんな大きな美術館の中で、とある絵画を見上げてアルテッツァは思う。 (さて……魔族の美的センスとはどのようなものでしょうかね) それは一言で言えば興味だった。 特に、『魂』――人にはないその概念と、彼らはどのようにして生きているのか。それを知ることは、魔族を知ることに繋がる。パピリオも『悪魔』という魔族の一人だが……彼女だけでは分からぬことはたくさんある。それを知る意味でも、美術館というのは良い選択肢だったろう。 (まあ、単にアムトーシスの芸術作品を見てみたいというのもあるんですけどね) 自分の思考に苦笑するアルテッツァ。 そんなとき、同じように絵画を見上げていたヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)が呟くように言った。 「悪魔の美術館ねぇ。作品に自分の魂を削って入れるのが『ヒト』なら、魂直接使っちゃうのが『悪魔』ってところかしらん? 何だか面倒くさがりな感じがするんだけど、気のせいかしら?」 「さあ、どうでしょうね。価値観の問題だとは思いますよ。……ただ、一般市民にとって魂とは決して安易に扱うようなものではないということでしょうね。だからこそ、街に散見する美術品に魂が用いられることはほとんどない。……そうでしょう?」 アルテッツァの言うことを理解できないヴェルではない。彼は肩をすくめた。そして、もとより決まっていたことかのように言う。 「まあ、このまま美術館鑑賞も面白そうだけど……あたしはそろそろ失礼させてもらうわね」 オネエ口調ではあるが、決して『オカマ』ではないと主張する楽譜の魔道書の言いだしたことに、アルテッツァが首をかしげる。 「どこに行かれるんですか? ヴェル」 「あたしは図書館を探そうと思ってるわ。美術に力を入れている所だったら、文芸作品や系統図、楽譜だって収集されているんじゃないかと思うの。どうしてこの街が美術品の街となったのか、その由来を調べてみようかと思うわ」 「んもう、ヴェルレクってば説教くさ〜い。純粋に美術鑑賞しましょーよー!」 そう言うパピリオだが、ヴェルともう一人のパートナー――親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)も、どうやら美術館から出てゆくようだ。 「ぎゃ〜、ワシもびじつに興味はないんだぎゃ。それよりパピ、オメー悪魔なのに調査隊にいていいんだぎゃ?」 夜鷹の疑問はもっともだ。 だが、パピリオはいかにも楽しくなさそうに答えた。 「あーもう、ヨタってばウルサイー。ぱぴちゃんは悪魔同士の派閥争いって、めんどくさいから嫌いなの。それよりも、綺麗なモノを見てゆっくりのんびりした〜いの」 「ぎゃぎゃ、オメーの方がウルサイぎゃ! それにしてもめんどくさいから嫌だなんて、どれだけ勝手なんだぎゃ〜」 とはいえそれは、実に彼女らしい意見であった。また、『悪魔』らしい気紛れさと言えば、らしいと言える。 いずれにしても、ヴェルと夜鷹は美術館から一足先に退出するようだ。 「ワシは外でお昼寝でもしとくんだぎゃ。終わったら呼んでくれぎゃ」 「それじゃあ、あたしも行くわね。……せっかくだから、舞台芸術でもあったら、それも鑑賞してみたいもんだわ」 「……ぬーん、ヴェルレクの話も悪くないわね。オペラや演劇があったら、ぱぴちゃんも見てみたいな」 ひらひらと手を振って去っていったヴェルと、あくびをかみしめる夜鷹。 二人を見送って、アルテッツァとパピリオは改めて二人で美術館を鑑賞して回った。 美術館にある作品の多くは、ヒトの作ったものとさほど変わりない単なる芸術作品ばかりだった。だがそのうち、奥に辿りついた二人は『魂』を加工して編み込まれた一枚のドレスを目にすることになる。 アルテッツァはそのドレスに、美しさだけではない何かを見た気がした。それは……まるでその者の遺産を前にしたかのような感覚にも似ている。あるいは形見だろうか? 不思議なもので、数百、数千年前の魂の輝きは、こうしていまも威厳を放っているのだった。 「ねえ、テッツァ」 「はい?」 「テッツァの魂はぱぴちゃんが貰うからね。貴方みたいな魂は、ぱぴちゃんが加工したいわ」 「またボクの魂の話ですか、パピリィ」 呆れたため息をこぼすアルテッツァ。 どうやらパピリオは魂の加工品を見たことで彼の魂のことを思い出したのだろう。クスっと――それこそ、『悪魔』的な淫靡の混ざった彼女の笑み。 アルテッツァは、諦めて答えた。 「ボクは、生きて何かを伝えてこそ、人間の本懐だと思ってますので、死んでからの事には興味ないんですよ。加工するのであれば、意識がない状態にして頂けると有り難いですね」 そう、せめて死ぬまでは。 自分の生きたいように生きていきたいものだ。 そう思ってアルテッツァは、自分の魂を欲する悪魔とともに、まだ見ていない美術品を鑑賞して回った。 ● |
||