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パラミタ百物語

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パラミタ百物語

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第玖話 夜食の怪
 
 
 
「さあ、零時もだいぶ回りました。じきに丑三つ時です。このあたりでお夜食の時間といたしましょう。お夜食は、水橋エリスさんから御提供いただいております」
 巫女さんがそう言って、各人にお弁当用のプラパックに入った唐揚げとおむすびを配った。
 さすがにお腹が空いたので、みんなであっという間にたいらげてしまう。
「食後のお茶をどうぞ」
 巫女さんが言うと、カタカタという音をたてて、たくさんのカラクリお茶運び人形が廊下から現れた。まるで生きているかのように、少しだけ開いた障子の隙間から、クイと直角に曲がって広間へと入ってくる。さすがに不気味だ。
 一列に進んできたカラクリ人形は、目的の人を目指してお茶を運んでいった。
「ぶっ、い、いや、の、喉は渇いていないから……」
 さっき話を語り終えたばかりの久途侘助が、ちょっと喉をからしていった。その後、カラクリ人形が追いかける。
「ひっ」
 あわてて、部屋の隅に逃げた久途侘助だったが、まるでそれが分かっているかのように、カラクリ人形がどこまでもどこまでも追いかけてくるのだった。広間のあちこちでまったく同じ光景が繰り広げられており、短い悲鳴が間断なくあがっていた。
『わー、こっちくんな、わしは無関係だ』
 隅っこにいた木曾義仲が叫んだが、久途侘助にはまったく見えていないのでピッタリとくっつくような位置へと逃げてくる。
「さ、寒い……」
 そこへ、カラクリ人形が、ついに追い詰めたとばかりに迫ってきた。
「ひ〜」
 久途侘助と木曾義仲がこの世ならぬユニゾンで叫んだ。
「よいしょっと。ただのお茶じゃないですか」
 香住火藍が湯飲みを取りあげると、カラクリ人形がケタケタケタと笑い声をあげてから去って行った。
「今のうちにおトイレ行って、ちゃんと顔を洗ってこよう」
 まだ顎のところに血糊を残した柳玄氷藍が、広間を出て厠へとむかった。が、敷居につまずいて転んでしまう。
「いでででで、まだぢだがんだ……」
 再び流血しながら、柳玄氷藍は厠へと駆けていった。
「さて、お腹もくちたことですし、私の話をお聞きください」
 再開された百物語の後半トップバッターは水橋エリスだった。
「先ほどのお弁当は楽しんでいただけましたでしょうか」
 その言葉に、大半の者がまあまあだとうなずく。
 おにぎりは単なる塩にぎりだったが、唐揚げの方は香辛料がちょっと利きすぎた固めの肉だった。さすがに夏の暑さでちょっと傷んだのかもしれず、肉の臭みが抜けきれてはいない。まあ、こんな催し物の仕出し弁当なんて、そんなものと相場は決まってはいるが。
「そうですか。きっと、『彼』も、喜んでくれていることでしょう。いえ、このお弁当を担った彼ですが……。
 さて、皆さんは、人の肉の味というものを御存じでしょうか。人間は雑食のせいか肉に臭みが強く、普通に焼いて食べるのはちょっと難しい食材になっています。ですが、生姜やニンニクで臭みを消してやれば独特の野性味は残りますが美味しくいただけるんですよ……こんなふうに……」
 そう言うと、水橋エリスが、残っていた唐揚げの肉の一欠片をつまみあげた。
「さて皆さん、もう一度だけ聞かせてください……。『彼』は……美味しかったですか?」
 その言葉に、会場から一斉に悲鳴があがった。
『よ、よかったあ、奈落人で。食べなくてよかったあ』
 隅っこでガタブルしながら、木曾義仲が心底嬉しそうな声をあげた。
「そうですか……お口に合いませんでしたか、熊のお肉の竜田揚げは……。すみません白状します。これは朝一番に元譲さんに取ってきてもらった熊のお肉で作った物です。人肉ではありません。私もカニバリズムの趣味なんてありませんから、人肉の味なんて知りませんしね」
 人の悪い薄笑いを浮かべながら、水橋エリスが告げた。会場からほっと安堵の溜め息とともに、ちょっと怒った罵声が飛ぶ。
「まあまあ、そんなに怒らないでくれ。これも単なる余興の一つであろう。大丈夫、正真正銘、この肉は私がジャタの森で仕留めた熊の肉なのだよ。人の肉ではない」
 みんなの不満を抑えるように夏候惇・元譲(かこうとん・げんじょう)が言った。
「うん、そうだよね。ちゃんとしたクマさんだったよね。止めを刺すときは、『見逃してください、僕はこの姿で散歩していただけなんです』って涙を流してたけど、ただの熊だよね。そのまま、ずばーって捌いちゃったけど」
 さりげなく、ニーナ・フェアリーテイルズ(にーな・ふぇありーているず)がつけたした。
「えっ!?」
 気づいた者の顔色がサーッと青ざめる。再び阿鼻叫喚が起きる中、水橋エリスが蝋燭を吹き消した……。
 
 
第壱拾話 厠の怪
 
 
 
「なんだか、騒がしいですわね。……ノルンさん、早くしていただけませんか?」
 厠の木戸の前で太腿をぴちっと合わせてもじもじしながら、神代夕菜が、中にいるノルニル『運命の書』にむかって急かした。
「ま、待ってください」
 なんだか泣きそうな声で、中からノルニル『運命の書』の声が返ってくる。
 古びた厠は、なんとも珍しいぽっとん式トイレだったのだ。もちろん、ノルニル『運命の書』は初めて見る便器である。
 しかも、明かりがないので、廊下にあった蝋燭を一つ持ち込んだきりの、もの凄く暗い状態である。
「もしかして、怖いんですか?」
 ついに床にぺたりと座り込んでのたうちながら神代夕菜が聞いた。中も怖いだろうが、外だって充分に怖い。
 誰が飾ったのか、真っ赤な彼岸花が一列に廊下にならべられていて、きっちりと閉められた雨戸には一面に怪しい御神札が貼りつけてあった。その模様が、なんだか瞳のようにも見え、たまにまばたきしているようにも感じる。
「こ、怖くなんかないのです。私は夕菜さんよりも大人なのです」
「だ、だったら早くしてください」
 お漏らしの称号だけは死んでも嫌と、神代夕菜が心の中で絶叫した。
 ポチャン。
「ひー」
 水の音が便器の中からして、ノルニル『運命の書』が悲鳴をあげた。なんだか、煙までが立ちのぼってきているような気がする。まして、なんだか隅の方に変なメガネがおかれているのだ。なぜこんな所にメガネ? 意味は分からないが、充分怖かった
「しくしくしく……」
 どこからか、女の子の忍びなく声までもが聞こえてきた。
「だめー、もう嫌ー。交代です、交代!」
 耐えられなくなったノルニル『運命の書』が、木戸を開けて戻ってきた。
「一緒に入ろ、一緒に」
 もう恥ずかしくてもなんでもいいと、ノルニル『運命の書』がなぜかしくしく泣いている神代夕菜に言った。
 
 同じころ、先にトイレに来ていたジーノ・アルベルトは、手を洗うために洗面台の方にいた。
 ふと、鏡を見ると、そこにはなぜか血だらけの自分の顔が……。
「うきゃあ!」
 驚いたジーノ・アルベルトが、死にものぐるいで洗面所を逃げだしていった。途中で、床にへたり込んでいた神代夕菜とノルニル『運命の書』を撥ね飛ばしてしまう。
「あっ……」
 廊下に倒れた神代夕菜とノルニル『運命の書』が、ちょっと悲しい声を漏らした。
「何、鏡の物の怪? 任せなさい。私が祓ってあげるわ」
 たまさかジーノ・アルベルトの騒ぎを聞きつけたルカルカ・ルーとルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)が、やる気満々で厠へとやってきた。
「暗いわね……。えいっ!」
 祓い串の一振りとともに、周囲に光術で明かり代わりの目映い光球を放つ。
「ああ、一つください」
 ノルニル『運命の書』が、木戸を開けて光球の一つを厠の中に呼び入れた。すぐさま、這って進む神代夕菜とともに厠の中に飛び込む。
「ええと、こういう音は聞いちゃだめ」
 ルカルカ・ルーが、ジーノ・アルベルトの両耳を手で押さえた。
「それで、物の怪はどこ?」
「あっちです」
 なんとなく聞かれていることを察すると、ジーノ・アルベルトが洗面台の方を指さした。ジャバジャバと水を出しっ放しの洗面台から、さっきまで神代夕菜たちのいたところまで水が溢れ出して廊下を濡らしている。
 突然、水が止まった。
「誰?」
 人影を見つけて、いつでもバニッシュを使えるように構えたルカ・アコーディングが問い質した。
「えっ? どうかしたのか?」
 巫女さんにもらってきたぞうきんで鏡を拭いていた柳玄氷藍が、驚いたように聞き返した。