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オクトパス・アイランド

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リアクション


<part1 オクトパスの猛威>


 青い空、白い雲、青い海、そして輝く砂浜。
 ここは南国リゾートといっても差し支えない、のどかな場所。上空では、名前も知らない大きな鳥が翼をいっぱいに広げてのびのびと旋回している。
 が、その下では、リゾートとはとても思えない切羽詰まった状況が発生していた。
 身の丈十メートル、二階建ての家よりも巨大なタコが、小倉 珠代(おぐら・たまよ)を触手で鷲掴みにして暴れているのだ。大ピンチである。
「きゃあー! ワタシの身にこんなアクシデントが起こるなんて! さすが海賊の島だわ! この撮影チャンスは逃せないっ! きゃー!」
 ……本人が大喜びしているのを除けば、大ピンチである。珠代は触手に捕まりながらも、デジタルビデオカメラはしっかりと構えていた。見上げた根性だった。
 難破船から浜辺にたどり着いたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、落ちている貝殻を拾って即席の水着を作った。
 大きめの貝殻を使ったとはいえ、所詮、貝殻は貝殻。大事なところをかろうじて隠しているにすぎず、彼女の妖艶な体は惜しげもなく太陽に晒されてきらめいている。
 セレンフィリティは荷物の中で唯一残った水中銃を握り締め、パートナーに叫ぶ。
「行くわよ、セレアナ! 本人はノーテンキだけど、あれは何気に緊急事態よ!」
「了解。悪いタコは刺身かタコ焼きにしてあげないとね」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はランスを手に海に飛び込んだ。
 難破船の帆布を体に巻き付けて水着代わりにしている。セレンフィリティはセレアナにも貝殻ビキニを進呈しようとしたのだけれど、セレアナは丁重にお断りした。
 二人が近づいていくと、タコは太い触手を伸ばして二人を捕まえようとする。その長さは余裕で自動車を覆ってしまえるほど。間合いは驚くほど長い。
「接近戦は危険ね。距離を保って」
 セレンフィリティは相棒に注意しながら、シャープシューターで大ダコの目玉を狙った。
 触手が素早く前方をさえぎり、細長い弾丸が肉に突き刺さる。だが、浅い。タコの肉は驚くほど弾力性があり、見かけに似合わず瞬発力が高かった。
 セレアナは美しい唇にランスをくわえ、タコの後方に回り込んだ。右手で握ってランスを振り上げ、タコの頭を狙う。
 そのとき、後ろに目でもついているかのように、タコの触手が反応した。電光石火でセレアナに触手を伸ばし、腰をふん縛って空中に掲げる。
「きゃあああああ!」
「セレアナっ!? この化けダコがあああああ!」
 相棒の窮地に、セレンフィリティの判断力が鈍った。怒りに我を忘れてタコに突撃し、水中銃の銃身で頭を殴りつける。
 しかし、そんな攻撃では肉に跳ね返されるだけ。すぐに自分まで触手に絡め取られてしまう。抜け出そうと抵抗するが、締め付けられていて抜け出せない。
「はっ、放しなさいよ! ちょっ、なに!? どこ触ってんのよ!? ひゃんっ!?」
 別の触手がセレンフィリティの体の上を這い回り、吸盤で胸に吸いついてくる。吸盤には味覚器官があるから獲物の味を確かめているのだろうが、その動きはあまりにもいやらしい。
「くっ……。この変態め……」
 初め激しく抵抗していたセレアナは、執拗な攻撃に息も絶え絶えになり、口で罵るだけだ。
「なんだか大変なことになっておりますねぇ……」
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は特に大変でもなさそうな口調でのんびりとつぶやいた。
 なぜか持っていた金箔を重要ポイントにのみ貼り付け、即席の水着にしている。全裸じゃないから恥ずかしくない、と最初は思ったのだが、薄すぎてぴったり貼り付き、全裸より恥ずかしかった。
 そんな彼女に向かって、巨大ダコが波を押し寄せて泳いでくる。
「あれ? どうしてこっちにいらっしゃるんですか? えっ、私もですか? 困りますよ、そんな」
 などと言っているうちに触手に捕まった。触手はつかさのからだをぐるりと巻き、舌のような先端で腰の辺りをくすぐってくる。
「う、後ろはだめですよっ、何もないんですからっ……」
 つかさは抜け出そうとするが、武器もなにも持っていないから反撃できない。どうして自分は船が難破したときに金箔なんかを持ち出したのか不思議だった。諦めて触手に身を任せる。
「ぷはっ!」
 砂の中に頭を突っ込んでいた南雲 アキ(なぐも・あき)は、頭を引っこ抜いてぶるっと振った。顔中に砂がついて、口や鼻にも入っている。
「うーん、さっきまでお船でお昼寝していたはずなのに、どうして砂浜にいるんでしょう〜?」
 アキは首を傾げた。
 船が嵐にあって雷鳴が轟き、みんなが大パニックになり、船が大破して海に投げ出されているあいだもずっと眠りこけていたので、なにがあったのか知らないのである。昼寝していたときの毛布は手に握り締めている。
 辺りを見回すと、巨大タコが少女たちと戯れているのが目に入った。
「あらら? タコさんと遊んでる方がいっぱい。私も混ぜてください〜」
 無邪気な笑顔で海に入り、波をざぶざぶと掻き分けてタコに近づいていく。
「タコさーん、こんにちは〜。楽しそうですね〜」
 エサが自分からやって来た。しかもなんの警戒心もない。これまでのタコ生で経験したことのない状況にタコは少々戸惑いながらも、アキを捕まえた。
 触手がアキの胸をきつく締め付け、その先端が太腿を這い回る。
「ひゃあん! もうっ、そんなとこを握っちゃ痛いですよ。あんっ。そこはいじっちゃダメですよ〜」
 アキは文句を言いながらも、これはアトラクションかなにかだと思っているのでニコニコしている。
「これで美女が五人もタコの魔手に! 盛り上がってきましたよ! タイトルは『南海の大決戦』ですね!」
 風森 望(かぜもり・のぞみ)は大興奮してデジタルビデオカメラを構えていた。
 難破船の帆布を胸と腰に巻き、横できつめに結んでいる。彼女自身かなり扇情的な姿になっているのだが、両刀遣いの望は他の美女たちをフィルムに収めるのに熱中していた。
 タコの触手が望の体へと伸びてくる。自分まで捕まっては意味がないため、望はバーストダッシュでタコから距離を置いた。追いかけるタコ。
「こっちに来ないでくださいっ。カメラが近すぎますよ!」
 望は火術をタコの頭にぶつけ、タコが怯んだ隙にさらに逃走した。続いてアシッドミストを用い、酸の霧を呼び出してタコに放つ。
 酸の濃度は、ちょうど着ているものが溶けるぐらいに調整してある。これは捕まっている美女たちに被害が及ばないようにするためであって、決してやましい目的などではないのだ。
「ちょっとー! なにしてるのよ!」
 完全に全裸になってしまったセレンフィリティが怒鳴る。
「もしかしてこれは、なにかの撮影なんですか〜?」
 触手に縛られて持ち上げられているアキが、望を見下ろして尋ねた。
「ええ、そうです。もっとこう、色っぽい悲鳴とかお願いします」
「分かりました〜。きゃっ、ふやっ、やめてっ! くすぐったいですよ〜。……これでいいですか?」
「ありがとうございます!」
 最後の台詞は編集で切り取ろうと望は思いながら、次に頼む演技を考える。

 一方、竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)は少し離れたところでファルコンボードを使ってサーフィンをしていた。
 タコの方には結構な人数が取り組んでいるようだし、彼にはそれよりもやらなければならないことがあった。
「ハコもボードの扱い方がうまくなったよね〜。初めの頃は落っこちてばかりだったのに」
 ハイコドの腕の中でソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が感心する。ボードは一枚しかないため、ハイコドがソランをお姫様抱っこしてサーフィンしているのだ。
 ソランの服装は、貝殻と蔓で作った貝殻ビキニ。Eカップはある彼女の胸は大胆に溢れ出し、素裸とたいして変わらない。刺激が強すぎて、ハイコドはボードを操るのに集中できなかった。
 前に他の無人島でソランに告白され、付き合い始めて既に五ヶ月。
 婚約を申し込みたいと思っているのだが、なかなかタイミングを掴めない。ハイコドが今言おうか、いつ言おうかと考えていると、ソランがいぶかしげに狼の耳をぴくつかせた。
「ハコ? なにボーッてしてるの?」
「い、いやっ、なんでもない!」
 ハイコドが我に返った、そのときである。
 二人の頭上を大きな影が覆った。真っ赤な触手が上から伸びてきて、ソランをすくい上げる。
「うひゃあっ!? なんだお前っ!?」
 ソランは雅刀を抜こうとするが、両腕をしっかり縛られていて手を使えない。
 タコはハイコドには目もくれず、ソランを連れて他の美女のところへ泳ぎ去る。男の肉は硬くて食べにくそうなのだ。
 ハイコドは激怒した。せっかくの二人きりだったのに、チャンスだったのに、とんだ邪魔を、と。
「僕の未来の嫁に何してやがんだ!こんのタコ野郎ー!」
 ハイコドはファルコンボードでタコに突撃する。
 大きな波に乗って上空へ跳躍し、空高くから垂直落下のボードアタック。ファルコンボードの尖った先端がぶつかり、タコの頭がへこんだ。
 が、その弾力性でもってボードを弾き飛ばす。ハイコドはボードから振り落とされ、海に投げ出された。
 ボードアタックの衝撃で、ソランを縛っている触手の力が緩んだ。
 ソランは全力で這い出し、泳いで逃げる。浮かんでいたボードに乗って進み、ハイコドを拾い上げた。今度はさっきとは立場が逆のお姫様抱っこである。ソランは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「嫁とか叫ぶな恥ずかしい! 嫁になるのはハコの方だー! 異論は認めない! 大好きだー!」
「あーもういいですよ、僕が嫁で……」
 ハイコドはソランの尻尾が自分の腰に巻きつくのを感じながらつぶやく。
 二人は自分たちの世界に入ってしまっていて、珠代や望のビデオカメラのレンズが貪欲に二人を映しているのには気付かなかった。
 『攻守逆転! お姫様抱っこ!』のシーンがシャンバラのあちこちで公開され、ハイコドとソランが卒倒しかけるのは、まだ先の話である。

 既に五人の美女が大ダコに捕まっていた。あちこちを撫で回され、吸いつかれ、その姿たるや公然わいせつとも言うべき状態である。
 ひょっとしてこの巨大ダコも高度な頭脳を持った知的生命体なのかもしれないと攻撃を控えていた伏見 明子(ふしみ・めいこ)だったが、タコの所業を見て考えを改める。
「……うむ、こいつがセクハラ魔神な事は良く分かった。排除と言わないまでもシバーく!」
 海に飛び込み、水中に潜ってタコのいる場所を目指す。カナヅチだけれど、身に着けていたウォータブリージングリングのお陰で呼吸はできるから問題はない。
 霧島 玖朔(きりしま・くざく)もタコの方へ向かっている最中だった。
 隠れ身を用い、タコに気付かれないようにして接近する。大きな触手が目と鼻の先に迫ってきた。吸盤の中には尖った歯が並んでガチガチと噛み合っている。
「うらあっ!」
 玖朔は触手の柔らかいところを狙ってさざれ石の短刀で斬りつけた。肉の表面に切れ込みが入る。
 タコは八本の触手を揺らめかせるのをやめ、攻撃のあった触手の近くを凝視した。そして、やにわに触手を玖朔に叩きつける。
「くそっ、気付かれたか!」
 玖朔は水に潜った。再び隠れ身を使う。
 明子が両腕を高々と頭上に掲げた。
「武器が無いから何もできないとか思うなよ! 魔力の方は大分自前だっ!」
 彼女の手から光の閃刃が放たれる。刃は空中で垂直から水平に回転し、拡大して、玖朔の入れた触手の切れ込みに突き刺さった。
 ザプリ、となまなましい音がして、触手が切り離される。露わになる断面。醜悪な臭いの体液が飛び散る。触手に捕まっていたつかさが海面に落下した。
「あっはっは! セクハラ男の末路はいつだってこんなものよ! 切り身になって反省するがいいわ!」
 明子はさらに追撃を加えようとした。
 タコは明子に顔を向け、頭が引き絞られたかと思うと、漏斗から真っ黒な墨が吹き出す。塩分の多い液体に覆われて明子の目に激痛が生じる。前が見えなくなり、たまらず海に飛び込む。
 玖朔は海面を漂うつかさを抱え、泳いで砂浜まで運んだ。
「おい、怪我はなかったか?」
「あなたは……、玖朔様? 助けていただいたのですね。ありがとうございます」
 つかさは丁寧に礼を言った。自力で起きなければと思うのだが、タコにいじられすぎたせいで体に力が入らない。膝が折れて砂地に倒れ込む。
「おっと、そう無理すんなって。俺が向こうの人気のないところに連れてってやるからよ。しっかり休みな」
「人気のないところ、ですか。まあ、助けていただいたのですし、胸……ぐらいは構いませんが」
「よし、じゃあ行こうぜ」
 玖朔はつかさを抱き上げて歩き出した。

 和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)は魔鎧のジャック・メイルホッパー(じやっく・めいるほっぱー)を装備してタコと戦っていた。
 一応は珠代の救出が名目だが、真の目的はタコを食することである。おでんにするか、刺身にするか、タコ焼きにするか、タコ飯にするか、想像の翼は伸びやかに大空に羽ばたき、口の中には生唾が沸いている。
「見たところ、あの触手の弾力性は恐ろしいレベルだな。よっぽど強力な斬撃じゃないと切り離せてないぜ」
 ジャックがタコを観察して言った。絵梨奈はこくりとうなずき、それから首を傾げる。
「どうしたらいいかって? うーん、そうだな。いくら巨大生物でも、脳や筋肉が電気信号で動いてるのは間違いないんだし、電撃に弱いとは思うが、しかし……。 って、ちょっと待て!」
 ジャックの制止も間に合わず、絵梨奈がタコに雷術を使った。
 稲妻が呼び出され、タコに落下する。捕まっている者たちから悲鳴が上がり、触手が暴れる。それだけでなくこっちにまで電流が走り、絵梨奈の体が小刻みに痙攣した。
 絵梨奈は頬を膨らませる。ジャックは激痛にうめいた。
「なに怒ってんだよ。お前が最後まで聞かないからだろうが。水ん中じゃ雷撃は諸刃の剣なんだよ」
「?」
 絵梨奈が首を横に傾いだ。ジャックは作戦を考え、思いつく。
「……お前、液体人間の倒し方知ってるか。切っても切っても切れない敵の倒し方」
 絵梨奈は首を振った。ジャックは内心で笑う。
「液体窒素で凍らせて、切れるようにしてから叩き壊すんだ。あいつにもそれなら効くかもな」
 絵梨奈は大きく何度もうなずいた。

 タコから距離を置いたところでは、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)が腰まで水中に沈めて戦況を観察していた。
「あれだけ大きなタコだと、1週間分の食料には困らないかな。調理器具持ってきてるし、なんでも作れるぞ」
「うむ。私は料理は苦手だから、そっちはお前に頼もう。タコの刺身が食いたい。誰か酒でも持ってきておれば最高なのじゃがのう……」
 そうつぶやく織田 信長(おだ・のぶなが)は、腰に破れた帆布を巻き、胸を貝殻でガードしている。そして手には、海京の冷凍マグロを握っていた。
 忍は不安そうにマグロを見やる。
「だけど、そんな装備で大丈夫か? 物凄く心配なんだけど」
「なーに、大丈夫じゃ! マグロはどんな料理にも合うからのう。殴ってよし、食べてよしの万能選手じゃ!」
「少なくとも今は料理をしてるわけじゃないんだがな。マグロを武器にするとか前代未聞だぜ?」
「はっはっはっ、気にするな! 弘法は筆を選ばずじゃよ!」
 信長は高笑いし、タコに向かって突っ走った。
 冷凍マグロを肩の上に振りかざし、タコに叩きつける。冷凍マグロはぶよんと弾き飛ばされ、その重さで信長の腕が後ろに引きずられた。信長は足を踏ん張って、倒れるのを防ぐ。
「やっぱりかなりの弾力だな。こいつも効くかどうか……!」
 忍は光条兵器を握ってタコに迫った。
 二メートルを超す白銀の大剣が陽光にきらめき、風を切って触手に襲いかかる。確かな手応えがあった。刃が肉に食い込む。しかし、切り離せない。
「くそっ、外はブニブニ、中はガッチリかよ!」
 忍は大剣を引き抜こうとするができない。他の触手が忍に伸びてくる。
「せい!」
 信長が大剣の刺さっている触手にマグロで殴りつけた。衝撃で大剣が外れる。二人は即座にタコから跳んで離れた。
 ジャックが二人に叫ぶ。
「おい、おまえら! 俺たちを手伝え! 絵梨奈が触手を凍らせるから、そのあいだに斬ってくれ!」
「分かった!」
「任せておくがよい!」
 忍と信長はうなずいた。
 絵梨奈が氷術を放つ。タコの触手の一部が凍りつき、表面が鈍い赤褐色に変化した。
 信長が冷凍マグロを叩きつけると、触手にひびが入る。
 忍はそこへ光条兵器を振るった。
 砕ける触手。忍は光条兵器を触手の向こうまで振り抜く。捕まっていたセレアナが海中に落下し、すぐに浮き上がって荒く息をついた。

「わわっ!?」
 触手がすぐ近くまで伸びてきて、タコと戦っていたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)はスウェーで攻撃を受け流した。急いでタコから距離を置く。
 彼女は他の者たちと違って、即席の水着ではなく、琴音の巫女服を着ていた。露出は少ないものの、木綿の布地が肌に貼り付いていて、ちょっと恥ずかしい。
 辺りの海面には、難破船の残骸や荷物が流れ着いて漂っている。折れたマストに、甲板のかけら、リンゴ樽、レモネードの瓶、などなど。
 武器を持ち出せなかったレキは、手近の船の破片を掴み、エイミングで狙いを定めてタコの触手へと投げる。
「えーい! 必殺、サイドワインダーってね」
 船の破片はレキの狙い通り、珠代を掴んでいる触手にぶち当たった。衝撃で触手が緩み、珠代が海に落ちる。
 レキは光学迷彩で姿を消し、甲板のかけらを筏代わりにして珠代に近づいた。
「珠代さん、乗って! 逃げるよ!」
「ちょっと待って! こんな撮影チャンス逃せないわ! もう少し撮ってから!」
 今の今まで捕らえられていたというのに、珠代は逃げようともせず、立ち泳ぎをしながらタコをローアングルで撮影し続ける。
 レキは珠代の腕を掴んで引っ張った。
「そんなことしてる場合じゃないよ! ほら早く! って、うわっ!?」
 集中力が途切れた隙に、触手がレキを筏(仮)の上からかっさらう。
 レキはたちまち触手にふん縛られてしまった。他の触手が海面を撫でるように滑り、珠代を拾い上げる。
「だから放っておけと言ったのに」
 安全圏の浜辺で触手プレイを見物していたミア・マハ(みあ・まは)は舌打ちをした。
 さすがにパートナーの危機を放置するわけにもいかず、海に分け入る。両腕で賢人の杖を握り、タコに向かって掲げて、凍てつく炎の呪文を詠唱する。
 杖から氷術が放たれ、タコの触手を部分的に凍りつかせた。レキを縛っている触手の力が弱まる。
 レキは両腕を力いっぱい踏ん張って触手の中から抜け出した。海に落下し、水中に潜ってタコから離れる。
「ありがと! ミア!」
「武器もないのに接近は危険じゃ。遠くからじっくりと攻撃せい」
 ミアは再び傍観の構えに入った。

 ミンティ・ウインドリィ(みんてぃ・ういんどりぃ)は砂浜沿いの草藪から葉っぱとツルを採取し、綴り合わせて水着を作った。
 これで身だしなみは完了。ようやく救助に向かえる。船が難破したときに持ち出した空飛ぶ箒にまたがり、鷹野 栗(たかの・まろん)に促す。
「栗、後ろに乗りなよ。どうも、機動力がないとタコの相手は厳しそうだよ」
「そうだね。自分まで捕まっちゃったら元も子もないものね」
 栗は難破船の帆布を肩から腰にかけて巻き付け、固く結んだ。ミンティの後ろに乗り、彼女にしがみつく。
「じゃー、行くよっ」
 ミンティが砂を蹴り、空飛ぶ箒を発進させた。体が濡れていることもあり、通り過ぎる風が涼しくて心地良い。
「奴の近くに長居は禁物じゃ。ヒットアンドアウェイを心がけるぞ」
 二人の下を羽入 綾香(はにゅう・あやか)が低空飛行しながら言った。
 彼女も栗と同様、帆布を体に巻いて水着代わりにしている。種族はヴァルキリー。珍しく飛行移動のできるチームだった。
「ふんふん、なるほどねえ……」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)は十メートルほど離れて敵を観察していた。
 レビテートで水面から若干浮いた状態になっているため、泳ぎに気を取られることなく冷静に相手を分析できる。
 これまでに切り落とされた触手は二本。
 攻撃した者の能力が強かったのかもしれないが、そこには共通点があった。いずれも、触手の根元を攻撃していたのだ。根元は他の部分よりもろくなっているらしい。
「おい、みんな! 触手の根元を狙え! 根元が弱点だ!」
 武尊は叫んで、タコの方へと向かった。それを聞いた栗はパートナーたちに尋ねる。
「……どう思う?」
「むう、真かどうかは分からぬが、試す価値はあるじゃろうな」
「その辺は栗に任せるよ! あたしにはよく分かんないし!」
「じゃあ、乗ってみようか」
 栗は結論し、武尊に大声で呼びかける。
「私たちも一斉攻撃します。合図をお願いできますか」
「りょーかい!」
 武尊はタコまであと五メートルというところまで到達した。
 四本の触手が武尊に襲いかかる。武尊はミラージュで自分の幻影を周囲に出した。触手が幻影に突き刺さり、貫通する。触手は海面に突っ込み、しぶきが幾つも上がった。
 武尊は軽く笑う。
「ふふっ、どれが本物のオレかなー!? 当ててみろ!」
 タコは怒りの咆哮を上げ、触手を無茶苦茶に振り回す。武尊は行動予測で動きを読んで回避する。
 ミンティの操る空飛ぶ箒が、タコの頭上にたどり着く。
 タコはミンティの姿をとらえ、口から墨を吹き出した。
「おっとっと! 危なー!」
 ミンティは箒を急旋回させてタコの後方に回り込む。栗は振り落とされないようミンティの背中にしっかりと抱きついた。
 ミンティ、栗、綾香、武尊に取り囲まれ、タコは目玉をぎょろつかせる。綾香はタコの間合いの外ぎりぎりで達人の剣を握り締め、武尊に声をかける。
「私たちの準備はできたぞ!」
「よっしゃ! みんな行くぞ!」
 武尊はタコに突進した。触手の根元に真空波を連続で叩き込む。攻撃された触手がしなり、バネ仕掛けのオモチャのように上に跳ねた。
 綾香はバーストダッシュでタコの足下に接近し、達人の剣を振りかざして触手に急迫する。
「ミンティ、もっと近づいて」
「イエッサ!」
 栗に頼まれ、ミンティは箒でタコの真上に移動した。
 栗は箒の上にバランスを取って立ち、バーストダッシュで勢いをつけて飛び降りる。運動エネルギーに位置エネルギーを重ね、幻槍モノケロスを触手の根元に突き立て、左に薙ぐ。
 同時に綾香が達人の剣でソニックブレードをお見舞いする。
 触手が切り離され、大きく宙に舞った。切断面から大量の体液が噴き出し、栗とミンティと武尊に浴びせかけられる。
 触手に捕まっていたセレンフィリティが海に落下した。
 残る触手は五本、拘束されているのは珠代ただ一人である。

 激戦が展開されている一方、守護天使のラピス・ラズリ(らぴす・らずり)はスコップで海岸の砂を掘っていた。
 ただし、遊んでいるわけではない。砂をひとすくい取って指で擦り、惚れ惚れとつぶやく。
「これはいい砂だ……」
「タコツボ、作れそう?」
 立川 るる(たちかわ・るる)が尋ねた。ラピスはうなずく。
「うん、これなら大きなツボを作っても壊れにくいのができると思うよ」
「良かった。タコさん、気に入ってくれるといいけど」
 これはるるの提案した作戦だった。
 タコが怒っているのにはきっと正当な理由がある。住む場所がなくてイライラしているのではないか。そう考え、タコの家を造ってなだめることにしたのである。
 とはいえ、タコツボ造りに精を出しているのはラピス。言い出したるるは特になにもせず、船から連れ出したアルパカのもふもふした毛に体を沈め、顔だけを覗かせて傍観していた。
「るる……、さっきから気になってたよ。それって暑くないの?」
 ラピスは心配そうに聞いた。
 季節は真夏、海水に浸かっていても温かいくらいの強い陽射である。土掘りをしていたラピスは全身に汗を掻いている。
「ちょっと暑いね。でも、もふもふを満喫できるなら構わないわ。あぁ、もふもふっ……」
 るるは夢うつつでつぶやいた。
「るるが幸せなら別にいいけど……」
 ラピスは山の方から掘ってきた粘土と海岸の砂を混ぜ、陶器作りに適した土を調合した。念入りにこねて、全体が均質になるようにする。
「ふむ、見事な手際だな。褒めてつかわすぞ」
 織田 信長(おだ・のぶなが)が感心した。
 帆布でこしらえたフンドシ一丁の姿で、偉そうに腕組みしてラピスを見下ろしている。彼はタコを捕まえて仲間に引き入れたいと思い、ラピスに協力していた。
 ラピスは土で八本の細長い円筒を作り、その上に大きな円筒を一つ作っていく。
 八股のタコツボだ。なにせタコの体長が十メートルはあるので、上の方を作るときには飛ばなければ届かなかった。
「よーし、形はできたよ。織田信長さん、火をもらえますか?」
「任せておけ。おい、第六天魔王!」
 信長が言うと、第六天魔王が呼び出された。燃えたぎる炎をタコツボに吹きつける。
 あっという間にタコツボの水分が蒸発し、焼き上げられていった。

「ポチ、噛み付くのはいいが食うんじゃないぞ。タコやイカはお前たちには毒だからな」
 白砂 司(しらすな・つかさ)は乗っている大型騎狼のポチに忠告した。
 ポチは一声吠えて了承の意を示し、タコの背後に回り込む。司は適者生存を使ってタコの攻撃力を弱めた。
「タコ刺し、タコわさ、タコの活き作り〜♪ いっただきまーす!」
 三毛猫獣人のサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は犬かきならぬ猫かきでタコに近づいていく。水上に差し上げられた尻尾が楽しそうにぴょこぴょこ揺れている。
 司がサクラコを一瞥して鼻を鳴らす。
「……うん、まあ、サクラコはどうでもいいか。体調悪くなっても自分でなんとかしろよ?」
「平気ですよ。猫は猫でも獣人ですから!」
 サクラコは後ろからタコの触手の根元に飛びかかった。バイタルオーラを爪に込め、素早く切り裂く。触手の表面に切れ込みが入った。しかし、切断までは至らない。
「えーい、めんどくさいです!」
 サクラコは触手に飛びつき、直接肉にかぶりついた。しょっぱくてジューシーな味が口の中に広がる。
 タコは触手を暴れさせるが、サクラコはがっちりとしがみついて放さない。
「これは三つ星レストランの味! 私としては刺身よりタコ焼きのほうが好きなんですけどね。司君、タコツボはまだでしょうか?」
「救助船も来てないというのに、捕獲作戦なんて気が早すぎると思うが……」
 司は海岸の方に目をやった。ラピスとるると信長が奇妙な形のタコツボを引きずってくるのが見える。
 そのとき、ポチの胴の下から触手が跳ね上がった。ポチごと宙に弾かれ、司はとっさにポチの毛にしがみつく。
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)がその脇を空飛ぶ魔法で優雅に通り抜けた。破れた帆布をビキニのように体に巻き付けている。
「司さん、気を抜かないでください。私たちはタコとお遊戯をしているわけではないんですよ?」
「ああ、分かってるさ!」
 司は空中で体勢を整え、ポチに乗ったまま着水した。
「私たちは飽くまで珠代さんの撮影に付き合っているんですからね」
「それは絶対に違うがな!」
「珠代さんは、きっとこういうスペクタクルを撮影なさりたくて、あえてタコさんに捕まったのですよ。見てください、あの珠代さんの余裕の表情を。……どうして見ないのですか」
「む、むう……」
 司は珠代を直視することができなかった。触手に巻きつかれているとはいえ、その下はほぼ全裸。あまりに刺激的すぎて、こっちは今にも鼻血が出そうなのだ。
「変な方ですね。……っと」
 優梨子は伸びてきた触手から宙で三回転して飛び退いた。本当は必要のない動きだが、画面に映えるアクションを意識してのことである。
 珠代が歓声を上げた。
「いいわよ、ユリちゃん! 格好いい絵が撮れてるわ!」
「任せてください。はっ!」
 優梨子は手に装備した絆の糸でタコの胴を薙いだ。
 右から左に引っ掻いたような傷跡がつき、タコが騒々しい咆哮を上げる。劣勢になってきたと感じたのか、珠代を掴んだまま胴から先に水中へ潜っていく。
「うわわっ、急になんですか!?」
 サクラコは触手から手を放した。
 これではせっかく珠代が撮影したデータが駄目になってしまう。優梨子は焦り、絆の糸に真空波をまとわせた。
 サクラコの噛みついていた箇所を狙い、絆の糸を全力で振るう。甲高い風切り音が鳴った。糸が触手に食い込む。触手が切り離され、珠代が投げ出された。
 優梨子はすかさず飛んで珠代をキャッチする。
「大丈夫ですか?」
「うん、ありがとー! で、お願いあるんだけどいい?」
「ええ。珠代さんのお願いならなんでも聞きますよ」
「まだまだタコさんを撮りたいから、ちょっと体押さえて!」
「分かりました」
 優梨子にしっかりと抱えられ、珠代は撮影を続けた。

 一度海に潜ろうとしたタコは、優梨子の攻撃で怒り狂い、周囲の者たちへめくらめっぽうに攻撃を繰り出した。
 ラピスとるると信長がタコツボを引きずって海岸に到着する。
「やっと来たな! 待ちくたびれたぜ!」
 南 鮪(みなみ・まぐろ)は火炎放射器を抱えて三人を歓迎した。信長は鷹揚にうなずいて返す。
「こっちはわしらに任せておけ。おぬしは準備を頼む」
「ああ。いい場所選んでくれよ」
 三人はタコツボを水中に押し出して浮かべ、タコの方へと運んだ。内部に水を入れて水中へと沈めていく。
 それを確認した鮪は火炎放射器の燃料タンクのキャップを開ける。
「おらー! タコと戦ってる奴ら! 今からここは火の海になるぜ! フライにされたくなかったら逃げな!」
 鮪がタンクの燃料を水面に注ぎ出すと、海に入っていた者たちは急いで海岸に戻ってきた。
 邪魔だから脅しはしたものの、燃料の量はさして多くないため、タコを傷つけるほどではない。鮪の目的はタコを捕獲し、戦力として空京大分校に連れて帰ることだ。
「行くぜ! 炎とダンスしな! ヒャッハァー!」
 鮪は火炎放射器のスイッチを入れ、水面に広がった燃料に火をつけた。炎はたちまちタコのところまで走っていく。
 タコは泡を食って水中に逃げ込んだ。
「うしっ! あとは信長たちの仕事だな!」
 鮪はガッツポーズを取った。
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が舌打ちする。彼は大きな帆布を腰に巻いて股間を隠していた。
「こっちはまだ戦い足りねえってのによー。しゃーねえ、水中戦と行くか」
 勢いよく水に飛び込み、たくましい四肢を生かして素早く潜っていく。ウォータブリージングリングを装備しているので呼吸の心配はないが、ゴーグルなしで目を開けるのは痛かった。
 海中には船の残骸や乗客の荷物がたくさん漂っている。
 タコの肉片も沈んでおり、色鮮やかな魚の群れが狂ったように泳ぎ回って肉片に飛びついていた。魚たちがラルクにもぶつかってくる。
 まったく、俺はエサじゃねーよ、とラルクは内心でつぶやき、魚を叩き飛ばした。
 本命のタコに近づき、どでかい頭に拳を叩き込む。水の抵抗が大きくて威力が出なかった。
 足ならパンチの三倍はあるからと蹴りつけるが、やはりスピードが足らない。物理攻撃は不利そうだ。
 ラルクは真空波をタコに放った。水を切り裂いて透明の刃が走り、タコの胴に突き刺さる。タコは体を一気に回転させ、ラルクを弾き飛ばした。
 そのとき、ラルクは眼下に妙なツボがあるのに気付いた。
 信長、るる、ラピスがツボを押さえ、ラルクを手招きしている。どうやら、あれで捕獲するつもりらしい。それも面白いかもしれないとラルクは思った。
 真空波を矢継ぎ早に繰り出し、タコをツボの方へと追い込む。
 タコは足から先にツボに飛び込んだ。信長たちがすぐさま蓋を閉じる。
 捕獲成功だ。信長たちとラルクは親指を立てあった。