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<part4 ケーキのおかず>


 砂浜から少し陸地に入ったところで、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)は小さな両手に白黒にゃんこのケーキを抱えて自慢げな顔をした。
「ふっ、これを死守するのに随分苦労したのじゃ……。あらゆる魔法と手段を駆使して守り通したケーキ! 服は流れたが、そっちはどうとでもなったしのう」
 彼女は浜辺で採った貝殻をツル植物で胸に固定し、大きな葉っぱを綴り合わせて腰蓑にしていた。
 破れた帆布を腰に巻いたレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)が、セシリアの姿を見てうなずく。
「ああ、似合ってるぜ、その貝殻! 薄っぺらなところがまたセシーの薄っぺらな胸にぴったり――」
「ファイアストーム!」
 セシリアはレイディスに炎を放った。
 レイディスはとっさに避ける。側頭部の髪の毛がちりちりと焦げた。
「……すいませんでした。さっそくケーキ食べようぜ」
 彼は彼で、原形を保ったままのアニマルチョコケーキを難破船から持ち出していた。
 あの嵐の中で崩れも溶けもしなかったのは、異常気象もここまで来たかと心配になるレベルの奇跡である。
「いきなりケーキを食べるのはもったいないじゃろう。ケーキだけでは物足りぬのう。なにかおかずになるものを捜さねばのう」
「おかず!? じゃあケーキは主食!?」
「当たり前ではないか。森か山なら果物でも見つかるじゃろう。行くぞ」
 セシリアにうながされ、レイディスは彼女と並んで森の方へと歩き始めた。

「レイディス殿とセシリア殿がサバイバルデートか! このミス・ブシドー、二人の旅路をしかと見届けつつ、邪魔者を排除してみせるで御座る!」
 レイディスたちから二十メートルほど離れた場所で、音羽 逢(おとわ・あい)が凛々しく腕組みして言った。
 普段着用しているマスクまで海に流されてしまったので、近くで採取した三つ叉の葉っぱをマスク代わりにし、目から鼻を覆っている。葉っぱはカシワに似た香りがして、なかなかに快適な着け心地だった。
 ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)がうなずく。
「ええ、ナナの次は、息子同然のレイちゃんとセシリア様にも幸せになって欲しいですからね。参りましょう」
 彼女は難破船の帆布を肩から足までしっかりと巻き付け、ドレスのようにして着ている。夫にいる身となったからには、他人の前で肌を晒すのは避けたかった。
「よし、あとをつけるぜ。乗りな、ナナ・マキャフリー」
 小型飛空艇オイレにまたがったフロッ ギーさん(ふろっ・ぎーさん)が親指でくいっと自分の後ろを指した。
 ナナは後部座席に横向きに腰を下ろす。フロッ ギーさんは飛空艇を静かに発進させた。逢もナナに借りた光る箒で上空に浮かび上がる。

 レイディスとセシリアは生い茂った木々を掻き分けてジャングルを進んだ。
 辺りには草いきれが立ち込め、頭上からは極彩色の鳥の鳴き声や、猿の吠え声が聞こえる。
「わー、なんだか可愛いパンダがいるのじゃー」
 動物好きのセシリアが前方に黄色と紫のパンダを発見し、嬉しそうに走っていく。
「はっ! 殺気!?」
 上空で殺気看破を使っていたナナの肩が跳ねた。
「ミス・ブシドー様、あのパンダからセシリア様に強い殺気を感じます! ご注意を!」
「了解で御座る!」
 逢は光る箒でジャングルに降下し、バーストダッシュでレイディスたちのところへと急ぐ。
「よしよしー、少しならケーキをやってもいいのじゃー」
 セシリアが猫撫で声でいいながら歩み寄ると、パンダの目がぎらりと光った。ふわふわした前肢から鋭い爪が伸び、セシリアを薙ぎ払う。
「きゃー!?」
 セシリアの小柄な体が宙に舞った。
「くっ! 間に合わんで御座ったか!」
 逢は爆炎波でパンダを吹っ飛ばした。地面に落ちて転がるセシリア。肩から血を出している。
 フロッ ギーさんが飛空艇を降下させ、ナナがセシリアに駆け寄った。素早くナーシングで治療する。
 レイディスが軽く頭を下げる。
「ありがとよ。ていうか、ずっとついてきてたのか」
「子を見守り、時に助けるのは母として当然の役目なのです。さあ、ナナ達の事は気にせずにレイちゃん、セシリア様、続きをどうぞ」
 ナナとフロッ ギーさんは飛空艇で、逢は光る箒で、再び上空に浮かび上がる。
「気にするなと言われても……」
「のう……」
 レイディスとセシリアは顔を見合わせる。今回は助かったけれど、デートを尾けるのはどうかと思う二人だった。

 二人は木々の密度が少し減った場所に出た。
 そこには色とりどりの実がなった果樹が生えており、地面には熟れすぎた実が落ちて割れている。イノシシやスカンクなどの動物が実を食べに集まっていて賑やかだ。
「レイ! 見ろ! 自然のレストランじゃぞ!」
 セシリアがぴょんぴょん跳ねて小躍りした。この辺りはまだまだ年相応である。背伸びをして実を採ろうとするが、まったく届かない。
「むーっ、レイ、肩車をせい!」
「はいはい」
 レイディスはセシリアの前にしゃがみ込んだ。セシリアの小さな脚がレイディスの肩にかかる。レイディスはセシリアの脛を掴んで立ち上がった。
「レイ、パンツ見たら殺すからの」
「この体勢じゃ見たくても見えねえよ!」
「見たいのか」
「いや、その」
 口ごもるレイディス。笑ってごまかす。とはいえ、セシリアの脚に挟まれているのはパンツを見るより刺激的な状況。レイディスの手が汗ばむ。
 二人はそのまま果物を採取した。セシリアは採った果物を腕いっぱいに集めて満足する。
「よし、これでケーキのおかずは手に入ったのう。食事にするのじゃ」
「だな。なんか動物たちがめっちゃ睨んでるけど」
 二人は木の幹に寄り掛かって食事を始めた。セシリアが果物を一口かじり、目を丸くする。
「レイ、これは美味しいぞ。食べてみい」
「んー?」
 レイディスはセシリアの差し出してくる果物をかじった。口に広がるジューシーな味。思わず小さく唸る。
「すげえな、おい」
「じゃろう?」
 微笑み合う二人。
 近くの草藪に身を隠していたフロッ ギーさんがつぶやく。
「いい雰囲気だな。BGM担当のオレの出番ってことか」
 彼の腕には、逢に現地の植物で作らせた即席のギターが抱えられていた。彼はギターを掻き鳴らして歌う。
「ラブ〜♪ イズ〜♪ ネバーエンディング〜♪」
「もうほっといてくれ!」「もうほっとけじゃ!」
 レイディスとセシリアの声がハモった。