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リアクション
――ヴィシャス邸・屋上――
「来た。ミュラーからの合図だ」
警備として潜り込み、時間が近くなって屋上の警備と行って出てきた高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は、階下の騒ぎを聞き、そう確信した。
「退避ルートは……屋上にさえ戻ってくればいいんだな?」
「ああ、屋上だけは死守してやるぜ。全く……狙撃ポイントが裏山しかない上に、そこから陽動も錯乱も手助け出来るような構造じゃないなんて……。チッ、前線じゃないかよ、ここは」
ハンス・ベルンハルト(はんす・べるんはると)は、自分の狙い通りに事を運べそうにない事実にボヤき、ジョン・マック(じょん・まっく)もまた、この広いヴィシャスの敷地を嘆いた。
「ここはどこかの広大な牧場か何かか……? クソったれだ……全く……。援護も何も、付き人並の距離じゃなきゃ……どうしようもできないじゃねぇか……」
「ボヤくなよ、2人とも、クールに行こうぜ」
そう言いながら悠司は、そそくさと着替え始めた。
それはどう見ても、怪盗っぽい格好――似非ミュラー。
「さて、あくどい商人の埃を叩いて、出してくるか」
「手緩いな……。金目当てなら竜の涙を盗めばいいのに……。が、リスクは冒せない、だろう? まあいい。俺は言われた通りの仕事をするだけだ……。コイツで収めればいいんだろ?」
ジョンはデジカメを手にして見せた。
「竜の涙は死にかけのガキのために、ミュラーにとっといてやるさ。ハンス、コンジュラーを優先で狙えよ。奴等はめんどくさい」
「冗談言うなよ、悠司。俺の銃は誰でも食っちまうだけだぜ」
「……まあ、いいさ。仕事の時間だぜ」
――ガチャ。
屋上へ通じるドアが開けられると、ヴィシャス抱えの警備員が現れた。
急ぎ過ぎたあまりの無警戒。
その警備員は警備にきたはずが、ハンスのライフルで帽子に穴を開けられ青ざめ、腰を抜かしながら這いずるように階下に転げ落ちていった。
「早く行け」
ハンスの言葉で、2人は一気にヴィシャス邸へと舞い戻った。
――ヴィシャス邸・屋上へ続く回廊――
「あ、あんた契約者だろ!? ミュラーだ、ミュラーがやってきた! 助けてくれ」
階段を転げてボロボロな警備員が、和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)のパートナー、ジャック・メイルホッパー(じやっく・めいるほっぱー)に助けた。
だがジャックは、その警備員に一瞥しただけで、動こうとはしなかった。
それどころか、降りてきた悠司達にすら手を出さず、貸しもしなかった。
「よせ」
ジョンがスナイパーライフルを構えたが、ジャックは薄ら笑いを浮かべるだけで、首を回廊の先へ振った。
「いいのか? 俺に構うと増援がくるぜ?」
ジャックに銃口を向けたまま、2人は先へ進み、最後には敵意がないと判断し、背中を向けた。
「あ、あんた、なんてことを!?」
「ふ、あれはミュラーじゃないぜ。似非だ。それに俺はな、この事の顛末を見たくてやってきたに過ぎない。確かにミュラーがやろうとしてることは、法でいえば間違いなく犯罪で、世間一般が言う『悪』なんだろうがな。俺にとってはヴィシャスの方がもっと『悪』だ。ミュラーが犯行予告まで出してやろうとしてる事は犯罪ではあるが止める権利はないと思っているんだ。だから……俺は見守るだけだ。契約者が全て味方だと思ったら大間違いだぜ? そう、ヴィシャスにも伝えな」
ジャックは警備員の尻を蹴り飛ばして、先に進めさせた。
――正面玄関前――
「ミュラーが屋上から侵入しました!」
イリス・クェイン(いりす・くぇいん)は階段を駆け下りながら、正面玄関に待機していたヴィシャス側の大部隊、クレーメック達にそう叫んだ。
確かに騒ぎも階上から聞こえるし、疑う余地は何もない。
クレーメック達や警備員が急ぎ移動したのを見て、イリスはくすりと笑い、正面玄関を解放し、爆弾と煙幕を庭園に向かって投げ張った。
穏やかな夜は、風も少なく、煙幕が晴れることはない。
誰かが風を生み出す――もしくは、その中を突っ切って侵入してこなければ。
煙が玄関から邸内に流れるとき、それは侵入者の証だ。
「あなたは上へ行かないの?」
イリスが一仕事終えて振り返った時、階段にはハイリンヒが残っていた。
その目は明らかに、敵対する者へ向けるものだった。
「ユルゲン・ミュラーに手を貸す内通者ッ! オレが逮捕するぜッ!」
ハイリンヒはスキルで自らを強化し、トライデントで斬りかかった。
「用心していて正解、だったなぁッ!」
頭上で槍を軽やかに回しての横薙ぎ一閃でイリスを後退させたところで、突きを繰り出した。
しかし、イリスも寸での所で回避し、距離を取った。
「ふふ、ここさえ突破出来ればもう十分ですわ。そういうわけで、あなたに構う必要はないの。さようなら」
イリスの二度目の爆弾と煙幕の撹乱で、ただでさえ暗闇の中、更に視界が悪くなった。
そして、そんな中を、複数の影が階上へ向かっていったのだ。
――ヴィシャス邸・2階廊下――
「きたぞ! ミュラーだ!」
警備員の1人が奥に見えた人影に向かって叫ぶと、真っ先にアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)がその影に向かって駆けた。
「ミュラー殿! その命自分が頂戴します!」
もちろん、その影はミュラーではなく悠司達だ。
ジョンはアルトリアに銃口を向けるが、その後ろから更に迫ってくるルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)の表情と行動の不釣り合いさに、引き金を引かず、そのままアルトリアと悠司が鍔迫り合いになるのを許した。
「ここは自分達に任せて先に行きなさい。エリザ殿の命を救うためです」
そう耳元でボソリとしゃべられた言葉は、衝撃的だった。
だが、
「ッ!? なるほど、だが、俺はミュラーじゃないぜ?」
「なんとッ!? ならばせめて、後からくる本物のためにも道作りに協力を。戦ってる振りでよいのです」
アルトリアは一度後方へ引き、距離を取った。
「どいてぇ〜、アルトリアちゃ〜〜〜ん」
と、ルーシェリアが火術を放つが、こんな炎に当たるはずもない。
全く掠るルートさえ辿らず、天井へと伸びていった。
「や、やるなぁ〜、ミュラ〜〜〜ァ、私の攻撃を避けるなんてぇ」
(棒読みです……ルーシェリア……)
「もっかいいくよぉ〜〜〜」
わざわざ攻撃宣言に加えて、ぼんやりとした灯の中見えるルーシェリアはウィンクまでサービスしていた。
再び当たり事のない火術が、廊下の壁を黒ずませた。
「ハアアアアッ!」
気合一閃のアルトリアの剣だが、それは少し手を加えれば逸れるようなものばかり。
このまま突っ切りたいところだが、ここは今や、契約者の巣なのだ。
「助太刀するよ! 盗みを見逃すわけにはいかないもん!」
寿 司(ことぶき・つかさ)はそう宣言し、アルトリアにも劣らす速度で猪突猛進――似非ミュラーに迫った。
そればかりに気をとられてはいけない。
――シュッ!
似非ミュラーは寸での所で、死角からの攻撃をかわし、護衛のジョンが射撃で距離をとらせた。
キルティ・アサッド(きるてぃ・あさっど)の闇に紛れての奇襲であった。
(あわわ、これはまずいかもぉ〜)
予想以上に護衛の到着が早かったことと、何よりも一気に3人も増えたことにあった。
もう1人、レイバセラノフ著 月砕きの書(れいばせらのふちょ・つきくだきのしょ)は、ルーシェリアの目を見て頷いて見せた。
それは多分――一緒に攻撃を合わせますよ、という意味で間違いない。
「共に火術を合わせましょう! これは犯罪であって、決して美談ではありませんから! 行きます!」
(やっぱり〜〜〜)
2つの火術から放たれた炎がミュラーに襲いかかる。
1つは論外、だがもう1つは確実にミュラーを狙ったものであり、直撃しないように、アルトリアは大袈裟に剣を振り回して、その剣圧と動きの方向で回避すべきルートを知らせ、進ませた。
「追いこんだね! ミュラー!! あたしはこんな手段、許さないわよ!」
しかし、司がそこに回り込んでいた。
司はミュラーと一度刃を交えると、武器をあっさり手放し、足にむかってタックルのように突っ込み、片足を捕まえた。
「じ……自分の得物です!」
もはや何が何だかわからない状況――アルトリアも武器を捨て、ミュラーを捕まえる振りをしながらも司にタックルし、しがみついた。
「何やってるんだよ! 連携をとって!」
キルティがショットガンを構えた。
この距離の近さで外れる散弾など、ありはしない。
そう確信して引き金を引いたのだが、後方からの火術に放たれた全ての弾は、溶かしつくされた。
「あ、あなた!? 魔法がノーコン過ぎです!」
こんな魔法使いは見たことがないと言った表情で、月砕きの書は言った。
「く、は、離れてよ! ミュラーを取り逃がしちゃう」
「あ、す、すまん、手が絡まって〜」
「寿! 何をしているッ!? ッ、私1人の前線では持たない!」
「援護します!」
が、相手が緩んだ隙は見逃さない。
後方からの射撃で2人を後退させていく。
「よっ、はっ! ミュラー! 逃がさないわ!!」
ようやく人間束縛から逃れた司が、ミュラーを押し倒そうと試みた。
しかし、次の瞬間――閃光――爆音――爆風――。
焔のフラワシに咆哮が交じっての爆炎爆発が、両陣営の中央で起こったのだ。
「ちょっと、危ないじゃないの!!」
と叫ぶ司はごもっとも。
「全く……オレのフラワシに引火してしまったではないか……」
「殺傷能力はそんなにないから大丈夫!」
竜の涙護衛で、遊撃に出ていたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)と空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)の攻撃だった。
「まあ、いいです。オレからしてみれば、悪徳商人と噂されるような依頼者も、義賊だろうが、騒ぎの元凶になった時点で同罪です」
「厳しいのね」
「更に言えば、金に物を言わせて事を為そうという点でも同レベル。どちらの仲間になるのもされるのもまっぴらごめんです。ここにきて、こっそりサイコメトリさせてもらいましたが、誰か名も知らぬ人の涙と救いしか見えませんでした。こんな所、燃えてしまえばいいんです」
そう言って、狐樹廊は再び焔のフラワシを漂わせた。
「まあ、依頼者が絶対じゃないわよね。だけど、怪盗に渡すわけにはいかない。ちょっと強引だけど、ここで足止めさせてもらうわよ」
そのフラワシに再びリカインの咆哮で爆発爆風。
立っているのもやっとの逆風の中、1つの影が疾風の如く、駆け抜けた。
「――ッ! 今のは!?」
狐樹廊が驚くのも無理はない。
ここに集まった契約者のほとんどが、満足に動けない中、攻撃をかい潜り抜けて行ったのだから。
「止まりなさい!」
三度目の咆哮。
しかし、それを追い風にするように、影は加速し、ついには廊下の先の暗闇の中に消えていった。
「クッ! 追うわよ!」
そうして、ここで戦闘を繰り広げた全ての契約者が、その影を追いだした。
「フンッ!」
皆が追いつけない中、廊下の先にいたモードレットの槍が向かってくる影に向かって突かれた。
元々一撃で仕留める気はないが、軽やかにかわされれば、癪に障るというものだ。
「人の道からはずれた行動をするなら、業を背負って生きる事を噛みしめろ。それがたとえ義の名の元だろうがな」
その身を蝕む妄執で相手に幻覚を見せる。
が、
「何と言う精神力ッ! 面白いッ!」
何事もなかったかのようにモードレットを睨みつけ、斬りかかってきた相手に血が滾った。
「クッ!」
しかし、刃を一度交えると、影はあっさりと暗闇に溶け、気付いた時には抜き去られていた。
「あれが……ユルゲン・ミュラーか……ッ」
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