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宿題を出す!

 
 
「夏休みの宿題を出す!」
 夜露死苦荘に巣くうモヒカン受験生たちを庭先に集めて、伏見 明子(ふしみ・めいこ)が上から目線で言った。
 もともとが、夜露死苦荘の庭に勝手に巣くう三下たちである、ちゃんと建物の中に下宿している者たちからはパシリ以下の存在であった。
 とはいえ、一応は彼らも受験生ということになっている。
「パラ実には、校舎も試験もなんにもない……とでも思ったか、夜露死苦荘の受験生共ぉぉぉ! 毎日墓場で運動会をしていられるとでも思っているのかぁぁぁぁ!!」
 伏見明子に言葉に、受験生たちが思いっきりうなずいた。すでに、半数近くのモヒカンたちは遊びにでかけているらしい。
「はうっ」
 ほんとに思っていたのかよと、伏見明子が軽くダメージを受ける。
 だめだこいつら、なんとかしないと……。
「そこまで気ィ抜いてたら、一生空大なんて入れないわよ! 他の学校の受験生は今ごろ必死になって勉強してるんだからね! 夜露死苦荘は浪人しか出さないなんて噂が立ったらどうするのさ」
 んなこと言われてもなあと、モヒカンたちがささやき合う。
「しっかたないわね、あんたたちでもできる簡単なとこからいくか。自由研究よ、自由研究。あんたたち、とりあえずこの場にいない連中を引っぱって来なさい。そのとき、どういう集め方したかを自分で書いてレポート用紙三枚に纏めておくこと。絵や図は認めません。あくまで文章で。八割埋めなきゃ失格とみなします。文章で物事を伝えるのは記述の基本中の基本だからね。サボらずちゃんとやる。いいわね。……言う必要はないと思うけど、そのままフケたりしたら後でどうなるか、分・か・っ・て・る・わ・よ・ね? さあ、さっさとおゆき!!」
 伏見明子に急きたてられて、モヒカンたちは蜘蛛の子を散らすように駆けだしていった。
 
 
そのころ、天御柱学院では……

 
 
「どお? ちゃんとレポートはかどってる?」
 海京のイコンベイで、ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)が、親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)に訊ねた。
「自由研究だったかぎゃ?」
「そうに決まってるでしょ。まさか、アンタ、やってないなんて言うんじゃないでしょうねえ」
 ニッコリと笑ったふりをしながら、ヴェルディー作曲レクイエムか親不孝通夜鷹に近づいていった。
「できてるぎゃ。ほらほら」
「どれどれ……」
 ヴェルディー作曲レクイエムが、親不孝通夜鷹から渡されたレポートの草稿に視線を落とした。だが、まさにミミズののたくったような字だったため、判読にちょっと時間がかかる。
「ええと……、
 『パイロットでもできる新型イコンの日常整備』。
 1.機晶石を調べる。
 2.ケーブルを調べる。
 3.乗って膝のくっしんをする。
 ……おわりー。
 ……。
 あん、なめとんのかー、アンタ!!」
 長身のヴェルディー作曲レクイエムが、親不孝通夜鷹の首根っこをつかんで引っぱりあげた。
「うぎゃ〜、カンベンしてほしーぎゃー。いつも特技の捜索で、壊れた所探して直しているぎゃら、くわしー整備方法って言われるとわかんないぎゃ〜!!」
ここまでのようね。で、書くの書かないの!」
「書くぎゃ……」
 宙ぶらりんにされた猫のように、ブラブラしながら親不孝通夜鷹が答えた。
「じゃ、ちゃんとした所で書いてもらいましょう。アンタたちも、こうはならないようにしっかり課題完成させなさいよ!」
 ちょうどベイにいたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)たちに声をかけると、ヴェルディー作曲レクイエムが親不孝通夜鷹を引きずりながら出ていった。
「なんだったんだ、今のは……」
 ちょっとあっけにとられながら、シリウス・バイナリスタがつぶやいた。
 ぼさぼさに乱れた髪を形だけかきあげると、目の前にある潜水形態のオルタナティヴ13/Gを見つめた。
 せっかく手に入れたイコンではあるが、使いこなせないのでは意味がない。そのためにも、性能評価のレポートの提出は急務であった。
「ええとお。潜水形態は、水中用に改修した現行機に比べ圧倒的と……」
 このへんは水の抵抗の問題が大きいだろう。だいたいにして、そのための変形でもある。
「武装では、弾速に優れるソニックブラスターとの相性がよい……」
 ゆっくりとイコンの周囲を歩きながら、シリウス・バイナリスタがちまちまとメモをとっていった。
 水中では、水の抵抗があるため、実体弾は弾道が安定しない。また、減速が激しく、威力も低下するだろう。かといって、レーザーなどでは屈折・拡散が酷く、何よりも水に触れたとたんに水を加熱して水蒸気爆発する可能性がある。そのため、もっとも相性がいいのが音ということになるのだ。水中は大気中よりも音の伝わるスピードが速く、指向性の高い超音波を収束させることによる分子振動の発熱はうまく使えば絶大である。
「変形機構は、イコン形態に水中適性がないため使いづらい……っと。形態を潜水形態のみに限定した簡易量産機という方向性のありかた……」
 メインパイロットであるサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が人形形態にこだわっているために、潜水形態は今ひとつ使いづらいようだった。とはいえ、潜水形態に限定してしまったらほとんどサブマリンになってしまうわけではあるが……。
「そういえば、サビクはどうしてるんだ。戦闘データをとるために、ちょっと動かしてもらおうと思っていたのに……って、サビク!!」
「んっ? どうしたんだもん?」
 イコンベイにパラソルつきのテーブルセットを引っ張り出してきて、優雅にお茶を飲んでいたサビク・オルタナティヴが白磁のティーカップの傾きを元に戻しながら答えた。
「サビクーッ! 一人勝手にくつろいでるんじゃねぇーっ!! さっさと、イコンのレポート手伝いやがれ!」
「なんでボクがシリウスの宿題を手伝わなきゃいけないのさ? 課題ったって、それシリウスのだろ? キミを助けるって契約に課題だなんて入ってないじゃん」
 カップをテーブルの上におくと、サビク・オルタナティヴがしれっと答えた。
「お前、メインパイロットなんだからちっとは協力しろよ! いつもいつも戦い以外は食っちゃ寝ばっかで豚かお前は!?」
「なんだとー。だいたい、ガネットはキミが拝み倒して配備してもらったんだろ!? 自分が言い出した結果には責任持てよ、我が儘オンナ!」
 まさに売り言葉に買い言葉である。
「お昼持ってきましたわー。さあ、皆さんで食べ……何してるんですかぁ!?」
 冷たいお茶とサンドイッチを入れたバスケットを持ってきたリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が、取っ組み合いをしているシリウス・バイナリスタとサビク・オルタナティヴの姿を見て、あわてて止めに入った。
「おいこら止めるな相棒! 今日という今日は現代社会のルールってもんをだなぁーっ!」
「どんなルールだよー」
「あー、もう、落ち着いてくださーい!」
「ひゃっ!?」
 アイスティーの冷たいボトルを顔につけられて、シリウス・バイナリスタとサビク・オルタナティヴが飛びあがって離れた。
「ちょっとそこにお座りなさい」
 その場に二人を正座させて、なぜか頭の上にペットボトルを載せる。
「いいですか、課題ができないと、困るのはあなた方なんですよ」
 二人を前にして、リーブラ・オルタナティヴは懇々とお説教を始めるのだった。
 
    ★    ★    ★
 
「それで、ちゃんとレポートはできたのですか?」
 ペッタンペッタンと、生徒たちのレポートにハンコを捺していきながら、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)が、ヴェルディー作曲レクイエムが連れてきた親不孝通夜鷹に訊ねた。
「ば、ば、ばっちりだぎゃ……」
 親不孝通夜鷹が、超特大バッテンハンコをレポートに容赦なく捺したばかりのアルテッツァ・ゾディアックに恐る恐る答えた。
「どれどれ、担当は違いますが、一応目を通してあげましょう……」
「あうあうだぎゃ……」
 本能的にレポートを取り返そうとする親不孝通夜鷹のおでこに手をあてて、ヴェルディー作曲レクイエムが彼を阻止した。
 レポートを読んでいったアルテッツァ・ゾディアックの顔がみるみるうちに曇っていく。
なんということですか。ヨタカ、その纏め方では、整備課の班長さんは納得しませんよ。一つ一つの項目について、具体的な例を挙げてください」
「ううっぎゃ。ええと、機晶石を調べるには、ハンマーで軽く叩いて音を聞く。傷のないヤツならいい音がするぎゃ……。これなら、具体的ぎゃ?」
 上目遣いに訊ねられて、アルテッツァ・ゾディアックとヴェルディー作曲レクイエムが軽く顔を見合わせた。間違いとは言いがたいが、原始的すぎるというか、それは匠の調べ方だ。
「ヴェル、お茶にしましょう。先は長そうですから……」
 溜め息混じりに、アルテッツァ・ゾディアックがヴェルディー作曲レクイエムに頼んだ。これから、懇々とお説教タイムが始まるのだ。
「ボクはクラブサンドとコーヒーでお願いします。ヨタカは、課題を隠していた罰としてあんパンと牛乳でいいでしょう。大食らいの彼に相応しい罰です」
「うぎゃー」
 効果覿面に、親不孝通夜鷹が悲鳴をあげた。