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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

リアクション


【三 華の応援団】

 再び、第三グラウンド脇の管理事務所内。
 トライアウトの開始時間が迫っている為、運営スタッフの大半は出払ってしまっているのだが、まだ幾つかの影がまばらに見られる。
 そんな中、会議スペースでは、シックな色合いの外出着のようなワンピースに身を包んだラズィーヤと、彼女と対面する形で桜月 舞香(さくらづき・まいか)が、互いに会議卓を挟んで真向かいになる位置に座っている。
 純白を基調としたチアリーディング衣装を纏っている舞香は、幾分緊張した面持ちで、紅茶をすすりながら手にした資料を眺めているラズィーヤの端整な面を、真正面から食い入るように見詰めている。
 対するラズィーヤは、しばらくの間、じっと手の中の文面に見入っていたのだが、ややあってひと息つき、視線を舞香の硬い表情に向け直した。
 いよいよか――思わず身構える舞香に対し、ラズィーヤは資料とティーカップをそれぞれ左右に置き、両手を会議卓上で組んで、僅かに身を乗り出す構えを見せた。
「悪くありませんわね。バトン・チアリーディング部部長としての実績も申し分ありませんし、ひとつ、お任せしてみようと思います」
「ほ、本当ですか!」
「但し」
 手放しで喜ぶ舞香だが、しかしラズィーヤは釘を刺すことも忘れない。
「公認チアリーディング部とは即ち、広報の花形でもあります。負うべき任は、決して軽くはありません。気を引き締めて当たってください。何よりも、我がヴァイシャリー・ガルガンチュアはプロ球団なのです。お遊びではなく、これは仕事なのだということを強く自覚するように」
「え、えぇ、それは勿論!」
 それから舞香は立ち上がって礼を述べ、慌てて管理事務所の外へと飛び出して行った。恐らく、仲間達に朗報を伝えに行ったのだろう。
 その様を、イルマと千歳がラズィーヤの左右に控える位置で眺めていたのだが、ラズィーヤはそこで手を止めず、更に別の作業に入ろうとしていた。
「トライアウトの運営ボランティアに参加している方々の名簿を、出してくださいな」
 ラズィーヤに求められるがまま、イルマが紐で綴じた文書を会議卓上にそっと差し出す。ラズィーヤが何を考えているのか、何となく察しはついた。
「球団職員にスカウトなさるおつもりで?」
 イルマの問いかけに対し、しかしラズィーヤは悪戯っぽい笑みを、その形の良い唇の上に浮かべた。
「そのようなまどろっこしいことは致しませんわ……球団の為に働いたことは事実ですので、先に職員登録をしてしまいます」
「えっ……本人達の了承も取らずに?」
 驚いたのは、千歳である。余りに強引に過ぎやしないか。
 しかしラズィーヤは、笑みを絶やさずに小さくかぶりを振った。
「気に入らなければ、後日、本人達に登録解除させれば良いだけの話です。今はとにかく、球団職員の数を増やして、組織としての体を整えることが先決ですもの」
 ちなみにこの案は、オーナー兼ゼネラルマネージャーであるサニー・ヅラーと話し合った末での結論である、とのことであった。
 よもやラズィーヤの口から、サニーさんの名が出るとは思っていなかった為、イルマは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「あ、あの魔王ヅラー……あ、いえ、失礼しました、ヅラー・オーナー了承ということは、ラズィーヤ様ご自身で、ヅラー・オーナーとお話されたということですか?」
「えぇ、それは勿論……あの方、ああいう性格ですけど、普通にビジネスの話も出来ますのよ」
 愕然たる思いで、イルマは千歳に視線を向けた。対する千歳は、
(いや……こっち見られても)
 と、幾分困った表情で小首を傾げるのみである。

 一方、管理事務所を飛び出してきた舞香は、事務所外のテラスで待ち受けていた桜月 綾乃(さくらづき・あやの)奏 美凜(そう・めいりん)に、ヴァイシャリー・ガルガンチュア公認チアガールチーム『リリィガールズ』の設立認可を得た旨を、心底嬉しそうな笑顔で報告していた。
「そ、それでコスチュームのデザインなんかは?」
 逸る気持ちを抑えられないといった様子で、綾乃が身を乗り出して訊くと、舞香は相変わらず嬉々とした表情で小さな握り拳を作り、答えた。
「それも、こっちに任せてくれるって! でも、プロとして活動する訳だから、ちゃんとしたデザインを考えるようにって釘刺されちゃったけどね」
 責任は重大ではあったが、それでも綾乃は一瞬、おぉっと口の中で唸ってしまった。
 学校の部活、などではない。ひとりのプロとしての活動が、公式に認められた訳である。興奮するなという方が無理な話であろう。
 美凜などはもうすっかり、発足が完了した気分になっている。
「アァヤァー! 燃えるアルね! 皆でがんがん練習して、スタンドを盛り上げるネ!」
「そうね! 早速メンバー募集の広告打たないと!」
 これからどんどん忙しくなる――嬉しい予感が、三人の表情を更に明るくさせていた。
 と、そこへ。
「あぁ〜、居た居た」
 随分と明るい調子の声音が、三人の鼓膜を刺激した。声のする方向に振り向くと、幾分小さな体躯が、そこに佇んでいる。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
 彼女はつい先程ラズィーヤとの挨拶を済ませてきたのだが、その席で、ガルガンチュア公認チアガールチーム発足の話を聞きつけた為、こちらにも挨拶しておこうと、態々舞香の姿を探してきたのである。
 一方の舞香達はといえば、美羽が姿を現したその瞬間に、思わず身構えてしまっていた。というのも、美羽が蒼空学園チアリーディング部のコスチュームで小柄な体躯を包んでいたからである。
 すわ、ライバル登場か――変に身構えてしまったのも、そういう警戒心が一瞬、湧き起こってしまったからであったが、美羽の様子を見るにつけ、どうも事情が異なるということが、すぐに分かってきた。
「これからライトスタンド、レフトスタンドに分かれて、お互い自分とこのチームを応援することになるよね。だからひとこと、挨拶しておこう思って!」
「あ、あぁ、成る程、そういうことね」
 身構えていた分、若干拍子抜けした気分ではあったのだが、舞香としてはチームは異なるものの、同じ仕事を担う者同士として顔繋ぎしておくのは無駄ではないと考えた。勿論、綾乃と美凜も、美羽とにこやかに挨拶を交わす。
「へぇ〜、リリィガールズね……良いなぁ。うちも、専属のチアリーディングを認可してもらおうかな」
 思わず美羽がこぼしたのも無理からぬ話で、ワルキューレには公認の応援組織が存在しない。
 これまでは美羽が蒼空学園の生徒という立場でワルキューレを応援していたのだが、その母体はあくまでも蒼空学園の部活であり、球団公認の応援組織ではないのである。
 既存球団である蒼空ワルキューレが、早くも新規参入球団であるヴァイシャリー・ガルガンチュアに、こういう面で遅れを取り始めている――別にワルキューレの職員という訳でもなかったのだが、何故か美羽は妙な焦りを覚えるようになっていた。

 だが、ここであれこれ考えていても始まらない。美羽は気を取り直し、別の用件を口にした。
「あ、ところでこちらのオーナーさんは、どこに居るか知ってる?」
「オーナーさん? アァヤァ〜、ごめんネ。ワタシ達、ラズィーヤさんは知ってるケド、オーナーさんはあんまり知らないネ」
 美凜が申し訳無さそうに応じた。同じく舞香と綾乃も、よく知らないらしい。
 知らないものは仕方が無い。美羽が、もう一度管理事務所に足を運び、そこでラズィーヤから聞き出そうと考えた矢先であった。
「いらぁしゃぁい」
 不意に彼女達の背後から、何となく粘っこい声質の中年男性の声が、爽やかな朝の空気をこれでもかといわんばかりに汚らわしく犯してしまったような、そんな不快さを思わせる響きで発せられた。
 振り向くと、蝶ネクタイにタキシード、特徴のある七三分けの前髪に太い眉毛。
 ヴァイシャリー・ガルガンチュアのオーナー兼ゼネラルマネージャーを務めるサニー・ヅラーそのひとであった。
「あっ……えーっと」
 どう反応して良いのか分からず、言葉を選びながら対応しようと努力した美羽だったが、そんな努力を木っ端微塵に打ち砕くが如く、サニーさんは超マイペースな独演会を始めてしまった。
「全国184億の人妻の皆様、おはようございます。窓辺のマーガレット、サニー・ヅラーでございます」
 えっ、嘘、このひとがオーナーの――内心で美羽や舞香達が絶句している。勿論、サニーさんは彼女達の反応など知ったこっちゃない。
「さぁこちら久々の、外反母趾ガールズ再結成! という感じでございます」
「ちょ、ちょっと! 誰が外反母趾だって!?」
 あらぬ疑いをかけられて(というよりも、サニーさんの中では半ば事実であると、勝手に決め付けられているようなきらいが無きにしもあらず)、美羽が獰猛に吼えた。
 しかしサニーさん、やっぱ聞いちゃいねぇ。
 既にマンボが大音量で鳴り始めており、勿論あの珍妙なダンスも展開されてしまっている。
 この時、ラズィーヤが管理事務所から何事かと顔を出してきたのだが、踊り狂うサニーさんの姿を認めると、こめかみに青筋を浮かべて、そのまま何もいわずに引っ込んでしまった。