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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

リアクション


【六 内外野スタンドあれこれ】

 紅組の先発マウンドには、既に述べたようにワイヴァーンズの巡が立ち、その女房役としては同じくワイヴァーンズのあゆみがマスクを被る。
 主審キャンディスによるプレイボールのコールは、午前10時きっかり。
 打席には白組の一番打者、トライアウト生のマリカが立っているのだが、内野席からであれば、彼女の幾分青ざめた表情が手に取るように、よく見えた。
「何だか随分と、緊張しているようですね」
 一塁ダッグアウト近くのボックス席で観戦しているワイヴァーンズ広報部長桐生 円(きりゅう・まどか)が、傍らに座すワイヴァーンズオーナージェロッド・スタインブレナーに、視線をマリカに預けたままで囁きかけた。
 対するスタインブレナー氏は、ブルドッグのように垂れた左右の頬に、穏やかな笑みを浮かべる。
「七瀬君の球に、びっくりしているようだな。まぁうちのセットアッパーの球を、トライアウト生がそうそう簡単に打てるもんじゃないってことだ」
 円は、オーナーの評に「もしかしたら……」という期待感を抱いた。
 というのも彼女は、ペタジーニが去った後のニュースター発掘を目論んでいるのだが、その新しい広告塔になり得る存在として、学生出身の選手を推したい、と考えていたのである。
 幸い、スタインブレナー氏はシーズン中もよく球場に足を運び、所属選手達をよく見てくれている。円としては自身の意図を説明し、オーナーの厳しい評価基準に照らし合わせた上で、ペタジーニの後任足り得る選手を次の看板スターとして成熟させていきたい。
 どうやらスタインブレナー氏も同様の考えを持ってはいるようだが、なかなかその腹の内は表に出さない人物であり、誰を次の看板選手として抜擢しようとしているのか、円にはさっぱり読めなかった。
 そこが円には、悔しいといえば悔しい。
「ま、そう慌てることはない。これは来季の我が球団経営にも関わる問題だ。じっくり考えれば良い」
 とはいうものの、スタインブレナー氏としては秋季キャンプまでには人選を終えたいともいっており、となれば、この練習試合形式のトライアウトで一定の結論を下す可能性は、非常に大きかった。
 既に円の考えは説明済みである以上、後はスタインブレナー氏がどう判断するかは、とにかく待つ以外に無かった。であれば、素直にこの練習試合の観戦を楽しむしかないだろう。
 その時、円はふと、同じくワイヴァーンズ広報の七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が、ライトスタンドに、とある一団を引き連れて観戦に訪れている筈だと、その方向にちらりと視線を向けた。
 実のところ、歩はツァンダ商工会と連携しての格安観戦ツアーを企画しており、ワイヴァーンズファン30名を連れて、ここヴァイシャリーまで観戦に訪れている筈であった。
(歩ちゃん、上手くやってるかな……?)
 別段不安を抱いている、という訳でもなかったのだが、歩のツアーコンダクターぶりが多少なりとも気になる円であった。

 さて、その歩であるが、円が心配するまでもなく、ツアーコンダクターとして十分な働きを見せていた。
 彼女が連れてきた30名は老若男女様々であったが、いずれも例外なく熱烈なワイヴァーンズファンであり、練習試合終了後に企画されている交流会を、誰もが非常に楽しみにしていた。
 ちなみのこの交流会には、現在のワイヴァーンズ所属選手だけではなく、2021シーズン中に所属していた選手も招かれている。つまり、ペタジーニも参加することが決まっているのだ。
 流石に長年プロとして活躍してきているだけあって、ファンを大事にする姿勢は、ワイヴァーンズのどの選手にも負けていないようである。
「それにしても、凄いなぁこの練習試合……ある意味、オールスターゲームみたいなものだよねぇ」
 確かに、四チーム混成の紅白戦など、そうそう見られるものではない。
 単なるトライアウトだけに終わらせず、ある種のお祭りに行事にまで発展させたサニーさんの力量は、直接会ったことのない歩でさえ、舌を巻く思いであった。
 それにしても、このスタンドの盛り上がりようはどうだ。
 歩が想定していた以上に、観客達は楽しそうに声援を送り続けている。それは何も、歩が連れてきたワイヴァーンズファンばかりではなく、スタンドの半分以上を埋め尽くしている百合園の女生徒や、それ以外の学校から態々足を運んできた観客達なども一緒になって、球場全体の雰囲気を楽しんでいるようであった。
 この分であれば、試合が終わるまでは少しばかり、自由な時間が取れそうである。
 歩は歓声をあげるワイヴァーンズファン達から僅かに離れて、休憩がてら、この後のスケジュールを確認しようとしていたのだが、その時、目の前の席に何となく浮いた感じの姿があることに気がついた。
「あの……もしかして、茅ヶ崎さん?」
「あ、ど、どうも」
 歩の記憶に、間違いは無かった。彼女こそ、この練習試合の主審を務めているキャンディスのパートナー茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)であった。
 清音は元来、百合園の敷地外へは一切足を出さないことで知られているが、ここ第三グラウンドは紛れも無く百合園の敷地内である為、清音が居たところで何の不思議も無い。
 が、歩が意外に思ったのは、キャンディスの姿があるにも関わらず、清音がこの場に居ることが、普通であれば考えられない話だったからであり、一体どういう風の吹き回しかと訝るのも、無理の無い話であった。
 ところが。
「あら、驚くことはございませんわ。私がお呼びしましたの」
 まだ昼間だというのに、妙に艶っぽい声が歩の鼓膜を刺激する。見ると、清音の隣の席に崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)の姿があった。
「実は円さんのお話を聞いているうちに、色々刺激を受けましてね。私にも何か出来るんじゃないかと思いまして、この程、球団の広報にてお仕事させて頂くことになりましたの。で、その一環として、嫌な顔が居る筈のところでも、そのようなものを忘れて、野球が如何に楽しめるものであるのかということを試したくて、態々清音さんにもお越し頂いた……という次第ですわ」
「ははぁ、成る程」
 分かったような分からないような、いささか複雑な理論である。少なくとも歩の頭の中では、すぐに消化出来そうな内容ではなかった。
 しかしそんなことよりも、歩は亜璃珠が手にしているパンフレットに注目した。
「あ、もしかしてそのパンフレット……」
「あら、お気づきになられました? ええ、そうです。私が中心になって作成しましたの」
 幾分自慢げに笑う亜璃珠。しかしその内容は、自慢するに足るだけの出来映えであったといって良い。
 勿論亜璃珠ひとりで全てを作成し得た訳ではなく、例えば崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)が精神崩壊の危機に遭いながらもサニーさんへの単独インタビューを敢行してみたり、崩城 理紗(くずしろ・りさ)がブリジット、ペタジーニ、ミューレリア、ウェイクフィールド、マッケンジーといった目玉選手達から来季に向けての意気込みやチームの印象などを聞きだしたりなどして、チーム関係者の生の声を上手く取り入れている。
 もちろん、今やワイヴァーンズの広報プロフェッショナルと化している円から、多大なアドバイスを受けての誌面作りも功を奏しており、このスタンドに訪れている観客のほぼ全員が、そのパンフレットを携えているといって良かった。
 勿論歩も、そしてワイヴァーンズファン30名も例外無く、亜璃珠編集の力作をスタンド入り口で手に取っていた。
「へぇ……これって、亜璃珠さんが作ったのですか」
 今更ながら、清音もやっと気付いたといった様子で、両手で広げているカラー版の冊子を、まじまじと覗き込むような格好で見入った。球団が予算を割いただけあって、その完成度は普通の出版社によるものと、大差が無かった。
「これは……うちも、負けてられないかも」
 歩はこの時、微かに危機感を覚えた。既にガルガンチュアは、球団経営の何たるかを知り尽くしているのではないかとすら思えたのである。

 ところで、球場に訪れている観客達が手にしているのは、亜璃珠のパンフレットだけではなかった。
「はいはい〜、皆さんこれどうぞ〜」
「球団公式団扇で暑さを掃いながら、でも決して冷めることなく、熱い応援を致しましょう〜」
 飛竜をモチーフにしたやや小悪魔チックなコスチューム姿が、今やワイヴァーンズファンの間ではすっかり定着している公認マスコットガール五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が、球団公式団扇を観戦客達に配り歩いていた。
「水分は、こまめに取って下さいね。帽子やタオルで日陰を作って、団扇で仰ぐなどして、出来るだけ涼しい工夫ををご自身で! でも、気分が悪くなったり体調がおかしいと思ったら、遠慮無く、わたくし達や係員までお声がけくださいね」
 セレスティアの呼びかけに、観客達は団扇を掲げて笑顔で応じる。
 実は彼女達も、歩の格安観戦ツアーに随行するスタッフとしてここヴァイシャリーまで足を運んでいたのであるが、スタンドに入れば、マスコットガールとしての活動も求められる。
 勿論、本人達は最初からそのつもりであったから、団扇配りや、応援歌を率先して歌うなど、ファン達と一緒になって大いに楽しんでいる。
 但し、理沙にしろセレスティアにしろ、マスコットガールとしては既にプロの領域に至りつつある。ただファンと一緒に楽しむだけではなく、しっかりと全体に目を配り、少しでも退屈そうな気配を察すれば、すぐにその席へと飛んで行って、場を盛り上げるのを忘れなかった。
 特に理沙は、リリィガールズ達との競演に力を入れていた。既に舞香達と接触を取った理沙は、ちび亜璃珠がカメラを向けると、これでもかといわんばかりに舞香達と密着して、派手なポーズを決めながらファインダーの中に収まるなど、精力的にコミュニケーションを取っていた。
「応援するチームは違えど、同じ野球だもんね。マスコットガールやチアガールは逆に、色々連携していかなきゃいけないと思うんだ」
「賛成! あたし達からすれば、あなた達はプロ球団で活躍する先輩だもん。こちらこそ、宜しくね!」
 舞香達とて、理沙やセレスティアと顔を繋いでおくことは、決してマイナスにはならない。
 お互いの良いところをプラスし合えば、もっと盛り上げていけるに違いない。そういえば日本のプロ野球でも球団マスコット同士が、試合の合間のファイルグラウンドでパントマイム漫才を演じたりするなどして、観衆を大いに沸かせている。
 理沙や舞香達も、同じようなスタンスで臨めば、きっと盛り上がるに違いない。
 そして、彼女達の様子を円や亜璃珠が、見逃す筈も無かった。
「選手達だけでなく、マスコットガールやチアガール達にもスポットを当てなくてはいけませんわね」
 内野席で観戦していた円のもとに、亜璃珠が席を移してきて開口一番、いい放った。無論、円に異論は無い。それどころか、前々からスタインブレナー氏からも同様の指示を受けていたのである。
 今回のリリィガールズ発足は、色んな意味で各球団広報に刺激を与えていたといって良い。