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第2章 そんなこんなでも肝試し 7

 決められた森のコースを歩いていくと、道中でたくさんのお化けに出くわす。
「うわー、結構本格的だね」
 榊 朝斗(さかき・あさと)は、そんな肝試しを驚きつつも楽しんでいた。
「そうですね」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が、朝斗の感想に同意する。同時に、彼女は思い出していた。
 いまは自分の契約者となったの幼いころ、近所の肝試し大会に一緒に参加した時のことを。あの頃の朝斗は怖がりで、道中に次々と現れるお化けにそれにひどく怖がっていた。自分に抱きついていたあのときのことを思い出すと、ルシェンは自然と顔がほころんだ。
(あのときは、ほんとに可愛かったわね〜)
 ほころんだ顔は、思わずにやけ顔になる。
「にゃ?」
 ルシェンの頭の上のちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が、首をかしげていた。魂の宿ったこの小さな人形は、幼いころの朝斗にとてもよく似ていた。
「なんでもないですよ。なんでも」
 クスッと笑いながら、そう言ってルシェンは誤魔化す。
 そんなときだった。
 途中、ルシェンは朝斗がついてくるのが遅いことが気になって振り返る。朝斗は、なにやらあるお化けが持っていたカメラを確認しているようだった。
「どうしたんですか? 朝斗」
「あ……え、えーと、その……」
 朝斗は顔を紅潮させており、気まずそうに目を逸らした。お化けの男子生徒は、あたふたと慌てている。その時点で、ルシェンは何か不穏なことがあったのだと推測した。
 彼女は朝斗からカメラを取り上げようとする。お化け男子生徒がそれを慌てて邪魔しようとした。だが、思わず石につまづいてしまい、男子生徒は転んでしまう。
 むぎゅっ。
「!!??」
 気づけば男子生徒は、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)の胸に顔を埋めていた。
「あ、意外とやわら……ガッ?!」
 側頭部に叩きこまれるブラスターナックル。男子生徒は舌を噛んで地に伏した。
「……何でしょうか、この感じは? 物凄く不快です」
 その時にはすでに、ルシェンはカメラの中身を確認し終えていた。
 アングルはもちろん下からだ。ルシェンとアイビスの艶やかな太股を映した映像は、当然のように秘園を隠すアレも映していた。
 ルシェンからカメラ映像を見せられて、アイビスの目も眼光を光らせる。
 機晶姫とはいえ、彼女にも乙女の怒りの感情はあるようだ。
「あの……ルシェン……アイビス……?」
「朝斗、少し待っててください。今このゴミ共を片付けますので」
「全兵装の解除、ルシェン、いつでも抹殺可能です」
 ガチャンッ、と、アイビスの腕が敵を叩きのめす武器へと変形した。
 いつの間にか朝斗の頭に乗っていたあさにゃんが、ぷるぷると震えている。
 お化け役の男子生徒は、尻もちをついて後ずさっていた。
「アイビス、このゴミ共を片すわよ」
「了解です、ルシェン。この社会の汚物の処理を遂行します」
 二人は男子生徒に迫った。怒りを露にした彼女たちの姿は、男子生徒の目にはさながら魔物のようにも映っていただろう。
 次の瞬間、容赦のない駆逐が始まった。
 男子生徒の絶叫が響き渡る。
「た、たす……たすけ……ぎゃあああああぁぁ!」
 熊の穴ぐらに引きずり込まれる遭難人のように、男子生徒は朝斗へと助けを求めて手を伸ばしていた。
 だが、彼は悪いがそれに応えることはできなかった。残念ながら、実際のところ悪いのは彼らだ。それに手を貸してしまったら、後々、何を言われるか分かったものではない。もちろん、ルシェンとアイビスから、というのも含めて。
「ちびあさ……」
「にゃ?」
「二人を……怒らせない方がいいな」
「にゃ〜……」
 朝斗は、この事を今後の教訓として胸に刻んでおく。それに対し、頭の上のあさにゃんはしみじみと頷いていた。



 鬱蒼とした森の茂みの奥で、虎の唸り声のようなものを聞く。それから間もなく、不気味な風のようなものが吹いてきたと思ったら、突然、闇のなかに青白い影が浮かび上がった。
 肝試しにお化け役として参加しているラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)である。
 参加者は彼を見た途端に悲鳴をあげ、コースを逃げるように去っていった。その直前に、シャッター音が鳴る。
 満足そうに参加者を見届けたラムズの横で、ラヴィニア・ウェイトリー(らびにあ・うぇいとりー)がカメラを確認していた。
「うーん……ちゃんと映ったかな?」
 ラヴィニアは、デジタル画面をのぞきこむように見た。
 カモフラージュ等で誤魔化したおかげで、写真には恐怖におののく参加者と一緒に、それっぽい幽霊が映っている。
 これを上手く使えば、神主紹介の仲介料でも取れるだろう。小銭稼ぎにはなるかな、と、ラヴィニアは意地の悪い浮かべた。
「へぇ、そうなんですか」
 隣では、いつの間にかラムズが誰かと話している。
 ラヴィニアは彼のほうを振り返ったが、その視界にはラムズしか映らなかった。
「ラムズ、誰と話してんの?」
「え? 見えませんか?」
 ラムズはきょとんとして、ラヴィニアを見返した。
「見えるか……って、誰もいないじゃん」
「おや? 変ですね。一緒に驚かそうと誘われたのですが……」
 どうやら、いまはラムズにも見えなくなっているらしい。あるいはどこかに去っていったか。
 彼はきょろきょろと辺りを見回した。
 怪訝そうに、しかし一つの心当たりを感じて、ラヴィニアは聞いた。
「……ラムズ、それってどんな人だった?」
「まだ小さな子供でしたね。ああ、そういえば浴衣姿なのに素足でしたね。鼻緒でも切ったんでしょうか?」
 当然、そんな奴は今回の肝試しに参加していない。
 そういえば、この森のなかでは様々な幽霊の噂も存在する。そのために今回の肝試しの舞台に選ばれたのだ。
 そして和装の少年の幽霊も、噂の一つだった。
(やっべ、マジだコイツ)
 彼女は心のなかで毒づいた。
「……いい病院、紹介するよ」
「え、それってどういう意味です?」
 ラムズはまったく理解できないようで、首をかしげていた。だが、ラヴィニアはあえてそれ以上、彼に返答することはなかった。
 彼女の撮った写真に映る幽霊もまた、少年に見えなくもない霊だった。



 黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は無事に肝試しが終わればいいが、と考えていた。
 自分たちではない。主に、脅かす側が、だ。
「ひ……やあああああぁぁぁ!」
「げぶううぅぅっ!?」
 行く先々で出てくるお化けにパニックになって、ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)がサイコキネシスを発動する。
 お化けは飛んできた大岩や大木に叩きのめされていた。ただの男性生徒が扮している偽物であることは言うまでもない。そう考えると、不憫なことこの上なかった。
「おい、ユリナ、落ち着けって」
「う、うう……だ、だって、だって……」
 ユリナも理屈ではお化けが偽物だと分かっている。だが、理性と本能は別物だ。気づいたら恐怖心が彼女を突き動かしているのだった。
「ううぅ……苦手を克服するのは大事ですけど……こ、こんな本格的なんて聞いてないですぅ」
 ユリナと同じように、お化けが嫌いな御劒 史織(みつるぎ・しおり)がぷるぷる震えながら言った。
 いっそのこと魔道書に戻って、竜斗に運んでもらおうか。そんなことを考える。だが、彼女は頭を振った。苦手を克服するために参加したというのに、それでは意味がない。
(が、がんばるですぅ)
 心のなかで自分を激励して、彼女はぐっと両手を握った。
 だが。
「…………くすくす」
 背後から近づく不穏な影。
「わっ!」
「きゃううううぅぅんっ!」
 耳元で大声を出されて、史織は飛びあがった。ペタンと膝をついた彼女は振り返る。
 そこでは、セレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)がくすくすと彼女を笑っていた。
「うう……セ、セレン様……」
 史織はそうつぶやいて、竜斗のもとに逃げ去った。
「いやー、シオは脅かしがいがあるなぁ」
 竜斗の後ろに隠れた史織を見ながら、セレンはケラケラと笑う。
「……お前が脅かしてどうするよ」
 竜斗はそれを呆れた目で見やった。
 セレンは剣の花嫁だというのに、まったくおしとやかの欠片もない。それが彼女の良いところでもあるが、こうしてたまに調子に乗るときがある。じゃれていると言えば聞こえはいいが、ただの退屈しのぎだと、竜斗は分かっていた。
「って、おい史織?」
 いつの間にか魔道書姿に戻ってしまっていた史織が、竜斗の手のなかにあった。
 彼はセレンにジト、とした、非難めいた視線を送る。彼女は誤魔化すように歯を見せて笑うだけだった。
 竜斗は諦めたようにため息をついた。
 心なしか、魔道書はツンとふてくされたような空気を発しているようだった。
「んじゃ、先に行くか…………って、ユリナ?」
 竜斗は、ユリナがある一角で何かと対峙しているのを見た。
 彼女のもとに向かう。そこにいたのは、明らかにお化けと思しき、一つ目の小僧。
 ユリナが小僧を見て硬直していた。肩が震えている。
(あ、やばい)
 そう感じて、逃げ出そうとしたのもつかの間。
「い…………いやああああああぁぁぁ!!」
 ユリナのサイコキネシスが、周囲の土や石を巻きこんで、竜巻のような旋風を巻き起こした。
「どあああああぁぁぁ!」
 竜斗はサイコキネシスに引きずり込まれ、お化けともどもそこら中に体のあちこちをぶつけた。
 唯一、危険を察知して逃れていたセレンが、面白そうにそれを見つめている。
「セ、セレ……たすけ……痛っ! 痛い痛い痛い!」
 エレナのパニックが収まるまで、竜斗はしばらく、念力で身体中を叩きつけられていた。