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リアクション
●喋る鍋にご注意を
弥十郎と真名美が席を外した。そんなごく短い時間に事件は起こった。
「これに食材を入れればいいのかー!」
若松未散(わかまつ・みちる)が鍋を見て感想を漏らした。
はしごをかけて中を覗かないといけないくらいに大きな鍋。どちらかといったら瓶や壷といった表現の方が合っているかもしれない。
「闇鍋って食材は何入れてもいいんですよね。それなら私だって作れますよ〜♪」
嬉しそうに言うのは、一瀬瑞樹(いちのせ・みずき)だ。しかしその手に持たれているのは、どから始まるキノコのようだ。
それを近くのまな板の置かれている台に置く。
「あ、アイリスさんも、一緒にやろう!」
暇そうに、というよりもどこかぼんやりとした様子で料理をしている人たちをみていた、アイリス・レイ(あいりす・れい)を未散は呼んだ。
「いいわよ」
うんと一つ頷くと、未散の元へ来るアイリス。
「よしやろう、すぐやろう!」
未散が意気揚々と包丁を握る。
「……はれ? 料理ってそういえばどうやるの?」
ぽかんとした顔で、料理経験皆無の未散は包丁を瑞樹とアイリスに向けたのだった。
きらんと光る先端に、
「ちょ、ちょっと、包丁こっちに向けないでくださいよ!!」
がたがた震えながら、二人は未散から離れた。
そして作業が始まった。
「そうそう、アイリスさん」
アイリスに包丁の使い方を教わりながら、未散は言った。
「はい?」
「知ってた? ここの鍋を食べると暫く喜怒哀楽が過剰に表情にでるらしいよ?」
「えっ……」
とても嫌そうに顔を歪めたアイリス。
もちろんこれは未散の冗談だ。
「一気にやる気がなくなってしまったわ」
食べることが好きなアイリスだが、流石にそんな副作用があるなら、食べなくてもいいかなーとか思い出したようだ。
「ほら、他の人がそんな風になったらおもしろいじゃない? 表情一つ変えないような堅物さんがそんなことになったら、笑ってしまうだろ!」
「それは確かに」
うむっと納得したアイリス。
「よし、それじゃあ、やるぞー!」
未散の号令にあわせて、アイリスも腕を突き上げた。瑞樹もなんとなくノリを察して腕を突き上げた。
しかし、ここまでで真面目に作業しているのは瑞樹だけだった。
そして、大上段に振りかぶった包丁をまな板にドゴンっとうち付け、食材をまっぷたつにしたり。――もちろん皮などむいていない。
曲芸者の真似事の様に食材を宙に上げ切ろうとしてぽとりと地面に食材が落下したり。
実はそれが高級食材のパラミタマツタケだと気づいて、三人でがたがた震えてみたりした。
「後は鍋に入れるだけですねー!」
瑞樹がにこにこと楽しそうに、切った不揃いの食材をざるに入れる。
そう、ここまではよかった。
料理がどれだけ下手な素人でも、切るくらいなら誰でもできる。
悲劇はここから始まる。
「さて、投入っ!」
三人は別々の梯子に上り、食材の入ったざるをひっくり返す。
「さって、アメノウズメにも手伝ってもらおうかな」
未散が[嵐のフラワシ]のアメノウズメを呼び出し、[焔のフラワシ]の効果を使う。
ゴウッと燃え上がる火炎が、鍋全体を包み、中の汁がぼこぼことあわ立つ。
「これはやりすぎじゃないですか?」
瑞樹が額に汗を浮かべて、未散に言った。
「うん、これはやりすぎたと私も思う」
自分でやっておきながら、未散も同意した。
そして、なぜかそこで思い至ったのが、[氷像のフラワシ]の効果で鍋全体を凍らせることだった。
未散が効果を使おうとした、そんな時、
『おいおい、嬢ちゃんたち、やめてくれよ』
どこからともなく声がした。
どこからだろうかと、三人は辺りを見回すが、
『ここだよ、ここ。もうまじ、なんなの一体。凍らせるんじゃ無くて水嵩まして、中の温度を下げる。それが普通だぜ?』
声の発生源は大鍋からだった。
『全く、キノコの効果と嬢ちゃんらの【謎料理】で生まれた生命だけどよー、食いものってのは、食えて始めて食いもんなんだ、わかるか?』
「……鍋が」
『あん?』
「鍋が喋ってる――!」
ひぃっと一気に、はしごから降りた三人は、大鍋から距離を取った。
そんな三人の行動に、大鍋ははあっと思いっきり嘆息した。
『ったくよー、んな、怖がらんくてもええだろうよ……。たかが料理が喋ったくらいで』
「いや、十分大事ですから!!」
瑞樹が涙目になりながら、突っ込んだ。
『そうか……。まあ、そういうことにしておこう。どれ、とりあえず俺の言うとおりに鍋に色々入れてみ。毒キノコも入ってるみてぇだが、まあ、割合は少ない。あたったら運が無かったってこったな!』
ガハハハハ! と笑い声を上げて、鍋は未散たち三人に料理を続けるように促した。
「なんだなんだ、何がおこってんだ?」
距離を取り鍋を遠巻きに見ている三人に気づいた、依子が声を掛けた。
『おう、あんたでもいいや、ちょっと俺の言うとおりに鍋に色々突っ込んでくれ』
「……鍋が喋っただと?」
依子まで凍りついた。
†――†
遠目からミラ・ファートゥス(みら・ふぁーとぅす)は惨状に近いものを見る。
闇鍋という不穏な言葉に危機感を持ったが、見ている限り特に問題もない。
手に持った包丁で食材の仕込をしようとしたところで、携帯電話がなった。
表示は、カイナ・スマンハク(かいな・すまんはく)。ミラのパートナーだ。
「はい?」
ミラは何事かと思い、慌てて通話を押す。
『ミラー、俺、遊んでくる!』
大人しくしていればおいしいものが食べられるといったのに、これだ。
つまみ食いの心配が無いだけマシだが、迷子になったら困る。
気分はやんちゃな娘を持った、お父さん。
そんなカイナにミラは、
「わかりました、余り遠くへ行ってはだめですよ」
と、優しく言う。
わかったーという声を聞いて、ミラは通話を終えた。
「さて、私は私の仕事をしますか。どうやら凍り付いている方も多そうですし」
包丁を握りなおし、食材を切るミラだった。
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