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<part6 燃えよ拳>

 格闘ゲーム『ブラッディグラップル3』のコーナー。
 火村 加夜(ひむら・かや)は婚約者の山葉 涼司(やまは・りょうじ)と椅子を並べてゲーム機に向かっていた。
「これ、どういうゲームなんですか? 初めてなのでよく分からないのですが……」
 涼司は投入口にコインを入れ、自分の使うキャラを選択した。戸惑った様子の加夜のため、彼女のキャラも選んでやりながら話す。
「まあ、とにかく相手を倒せばいいんだ。任務でいつもやっているだろ。最初はボタンを適当に押してるだけでも遊べるから、少しずつ技の出し方に慣れていけ」
「はい。いろいろ教えてくださいね」
 加夜は慣れない手つきでスティックを握り、ボタンに手を載せた。
 −−Ready? Fight!
 画面に文字が現れ、試合がスタートする。
「えーい!」
 加夜は画面もろくに見ずに、一生懸命スティックを回し、ボタンを押しまくった。偶然にも必殺技が発動して、加夜のキャラが涼司のキャラを血祭りに上げる。
 すると、筐体の前面にある小さな穴から赤い液体が噴き出した。ドクターハデスが改造しておいた本物の血が出る筐体だったのだ。
 重傷でも負ったかのように真っ赤に染まる涼司。加夜はびっくりして手を止めた。
「きゃー!? 涼司くん!? 大丈夫ですか!?」
「……あ、ああ、俺の血じゃない」
 涼司も唖然としながら血糊を指に取って眺める。
「じっとしててくださいね」
 加夜はポケットからハンカチを取り出し、涼司の顔をぐしぐしと拭く。涼司は少しくすぐったそうに目を細めてそれに身を任せた。


 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は店の前で、恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の腕を引っ張った。
「セレアナ、この店入ってみない? 前からちょっと気になってたのよ」
「プレーランドツァンダ? 初めて見るチェーン店ね。それとも個人経営なのかしら?」
 セレアナは首を傾げて店に入る。
「いらっしゃいませ、お客様」
 バイトの相沢 美魅(あいざわ・みみ)が素敵な笑顔で出迎え、丁寧にお辞儀した。手作り感漂うパンフレットをセレンフィリティたちに差し出す。
「新しいゲームがたくさん入荷しましたので、皆さんに店内マップをお渡ししています。良かったらお使いください」
「ありがとう」
 セレアナは会釈してパンフレットを受け取った。パンフレットを読みながらセレンフィリティと並んで歩く。
「気持ちのいい接客ね。なかなか良さそうな店じゃない」
「うん……」
 店員はね、とセレンフィリティは思う。ざっと見たところ、通路沿いには変なゲームしか置いていないのだ。十八禁とかではなく、なんだかセンスが斜め後方百万キロぐらいにずれている。
「あー、失敗したかなー」
 セレンフィリティはまともなゲームを捜して視線を巡らせた。ブラッディグラップル3という格闘ゲームが目に入り、歩み寄る。グラフィックはしょぼいが、内容は普通そうだ。血しぶきがリアルなのがちょっといかしてる。
「これやってみるわ!」
「格ゲー苦手なのに、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! 何事もレッツトライってね!」
 セレンフィリティは筐体の前に座り込んだ。カクカクのドット絵キャラの中から自分に似たキャラを選び、ゲーム開始。初めから特攻する。
「うりゃうりゃうりゃうりゃー!」
「セレン、後ろががら空きよ! 間合い詰めすぎ! 対空防御して!」
 は背後からアドバイスするが、セレンフィリティは夢中で聞いていない。こういう駆け引きができないところが、格闘ゲームに不向きなのだった。
 結局、惨敗してセレンフィリティは台を叩く。
「あーもう! なんでなのよ! 実戦なら負けないのにい! ゲームのくせに! ぶっ壊してやるう!」
「お客様……」
「は、はいっ!?」
 後ろから店員の本郷 翔(ほんごう・かける)に声をかけられ、セレンフィリティはびくっとして振り返る。
「あ、これは違うのよ!? ぶっ壊してやるってのは言葉の綾で……」
 執事服を身に着けた翔が上品に微笑む。
「いえ、おとがめしているのではございません。少し熱が入りすぎてらっしゃるようですし、休憩なさいませんか。当店はお客様にアイスティーをサービスしてございますが」
 セレアナは店の気配りに感心した。
「いいわね。ちょうど喉渇いてたし。セレンももらったら」
「うん、要る要る!」
「では、少々お待ちくださいませ」
 翔は近くのミニテーブルから、サイコキネシスでティーポットと紙コップを取り寄せた。筐体の上に紙コップを置き、紅茶を注ぐ。
「お待たせいたしました。またご入り用でしたら、声をおかけください」
 翔は深々と礼をして去っていく。
 セレンフィリティは紅茶を一口飲んで目を見開いた。
「あ……美味しい」
「茶葉は普通みたいだけど、店員さんの腕がいいのね、きっと」
 セレアナも大満足で喉を潤した。


 樹月 刀真(きづき・とうま)と友人の如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)はブラッディグラップル3で熱闘を交えていた。
 刀真は剣士キャラの『ツルギ』、佑也は『ジョニー・S・マスター』というキャラを使って戦っている。今しがた、ツルギがジョニーを小間切れにしてKOしたところだ。
「これで一勝一敗だな、佑也! 負けたら勝った方にジュースを奢るんだぞ! 身ぐるみ剥いでやる!」
「ジュースぐらいで身ぐるみは剥げないと思うが」
 佑也は軽く笑った。
「知らないのか、佑也。世の中にはウン十万する魔法のジュースがあるんだ!」
「あるのか!? つーかそれを俺に要求する気か!?」
「そう言ってるじゃないか。行くぞ!」
 次のラウンドがスタートした。
『地薙ぎ!』
 ツルギが大剣で地面を刻みながらジョニーに突進する。ジョニーは上に跳んで回避した。
『天薙ぎ!』
 ツルギの大剣から衝撃波が放たれる。ジョニーはまともに喰らい、地面に背中から落下した。そこへさらにツルギの地薙ぎが加えられ、ジョニーは横に吹き飛ばされる。
「おおっとダウン追い打ちだ! ダメージ追加あ!」
 アルマ・アレフ(あるま・あれふ)が実況する。
「佑也ー、なんか調子落ちたんじゃないのー? しっかりしなさいよー」
「分かってるって!」
 佑也は急いでジョニーを起き上がらせた。近づいてきたツルギに当て身を狙う。が、ツルギはすぐさまジャブを放ってくる。アルマが声を上げた。
「あー! 当て身見てから小パン余裕でした!? これは恥ずかしい!」
「くっ」
 佑也はバックして間合いを取った。
 アルマは筐体の横にかけてあったマニュアルを読む。
「佑也のキャラ、挑発でモード変わるみたいよ。攻撃と素早さが上がる代わりに防御が下がるんだって」
「よしっ、やってみる!」
 佑也は挑発ボタンを押した。
『がーはっはっはっ、甘い甘い! もっと強くこんか! もっと!』
 ジョニーが高らかに笑いながらシャツを脱ぎ捨てた。中年男のガチムチボディが惜しげもなく晒される。
「そっちの挑発かよ!」
 佑也はジョニーの圧倒的な気色悪さに目を剥く。
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が刀真の後ろでつぶやいた。
「佑也が服を脱いでいる……」
「佑也お前……露出趣味があったのか」
 刀真は怯えたような目を佑也に向けた。
「これは俺じゃない! 二人ともわざと言ってるだろ! もっかい挑発で元に戻す……ってさらに脱いだー!?」
 ジョニーはしどけない仕草でズボンを脱ぎ、足の指でつまんで放り投げた。ボディビルダーのように肩の筋肉を盛り上げてポーズを取る。
『くくく、どうよ!? もう我慢できんだろう!? えぇどうよ!?』
 鼻息を荒くしてツルギへとにじり寄っていく。
「佑也お前……」
「違う違う! 俺じゃないって言ってるだろ!」
 アルマがマニュアルを読む。
「モードチェンジは三回まで可能って書いてるわね」
「あと一回あるのか!? 既にパンツしか残ってないんだけど!?」
「いいじゃない、もうイクところまでイッちゃいなさいよ」
「嫌だ! なんか俺とキャラが同一視されてるこの状況でそれは絶対嫌だー!」
 こんなゲーム、さっさと片をつけてしまおう。攻撃力と素早さの上がった状態で、佑也は猛攻に出た。パンツ一丁のジョニーが上段と下段のラッシュをツルギに浴びせる。
 ツルギはガードを固めた。ジョニーは仕切り直しのためひとまず跳んで距離を空ける。ツルギは反撃しようと追いかけてくる。
「もらったぞ佑也! 派手に散れ!」
 刀真の頭に超必殺技のコマンドが走り、掌の筋肉へと伝わった。

 −−ところで。
 月夜はさっきからずっと退屈だった。せっかく一緒に遊びに来たのに、刀真は格闘ゲームばかりに熱中していて全然構ってくれない。男友達との親好を深めたいのは分かるけれど、やはりここは私を優先するべきではないのだろうか。月夜は不満だった。
 だから、ちょっと驚かせようと思い、でも操作の邪魔にならないよう、やんわりと刀真の背中に抱きつく。
「刀真の背中、あったかい……」

「月夜!?」
 彼女のやわらかな感触、甘い匂い。それらが刀真の神経にノイズを紛れ込ませた。ほんの刹那の間隙だけ反応が遅れる。
 その隙を突いて佑也が素早く超必殺技のコマンドを入力。ジョニーの体の周りで閃光が走る。
『イクぞ! ジョニーズ・スペシャル・フィーニーッッシュ!』
 ジョニーがツルギにサブミッションをかける。ツルギの顔にベーゼの雨を降らせながら、巨体の包容力を生かして締め上げる。ドットキャラとはいえあまりにもおぞましい、漢の世界が形成された。
「佑也お前ええええ!」
「俺じゃなああい!」
 −−K・O!
 画面に赤文字で表示され、勝敗がついた。
 もしかして私が抱きついたせいで負けたのだろうか、と月夜は思い、しょんぼりして刀真の顔をうかがう。刀真は月夜の頭を撫でる。
「大丈夫、月夜のせいじゃないよ」
「じゃあオレンジジュースが飲みたい」
「じゃあってなんだ……」
 呆れつつも、月夜にジュースを買ってあげる刀真だった。


 客の入ってくる流れも落ち着いたので、美魅は入り口での歓迎を切り上げ、掃除に取りかかっていた。気になっていた古い筐体の汚れを、ベンジンやアセトンを使って丁寧に落としていく。
 店長のアユナが通りがかり、綺麗になった筐体を見て驚いた。
「これ、全部あなたがやったの? 黄ばみまで完全に取れてるわ!」
「清潔感があった方が、お客様にも気持ち良く遊んでいただけると思いまして」
 美魅は掃除の手を止めてアユナに笑みを向ける。
「たいしたものね。私は休憩するんだけど、あなたもお茶を飲まない?」
「ありがとうございます。ご一緒します」
「こっちよ。ついてきて」
 アユナは美魅を連れて、店の奥の休憩室に入った。翔がティーポットを手にアユナを見やる。
「あ、店長さん。ちょうどお茶が入りましたよ」
「グッドタイミングね」
 三人はパイプ椅子に腰かけ、ティーカップの紅茶をすすった。美魅は感嘆の声を漏らす。
「美味しいです……。どこで買ったんですか、このお茶」
 翔は微笑する。
「普通のお茶でございますよ。ちょっとしたコツで味は格段に変わるんです。良かったらお教えしましょうか?」
「お願いします」
 この技術を身に着ければ、もっとお客を喜ばせるのに役立つかもしれない、と美魅は思った。


「うお……騒音ぱねえな」
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は自動ドアをくぐると、顔をしかめながら耳を押さえた。
 コインの落ちる音、シューティングゲームの射撃音、リズムゲームのメロディ。それらが渾然一体となって、戦場のような喧噪を作っている。
 ラルクはブラッディグラップル3のコーナーを見かけて近づいた。格闘ゲームなら、今後の戦闘の参考になるかもしれない。椅子にどっかりと座って筐体にコインを押し込む。

 その対面の席では、セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)が手元にコインを積んでCPU戦をしていた。乱入をあったことを告げるメッセージが表示される。向い側を覗くとラルクの姿が見えた。セシルはほくそ笑んだ。
「歓迎しますわ。なかなか強い人が挑戦してこなくて退屈していたところですもの」
 セシルは『キャプテン・ゴッドバルト』というキャラを選択した。公式体重二百キロ、筋肉が鎧のように全身を包んでいる重量級の投げキャラだ。
 ラルクは『ジェフ・ブライス』という金髪碧眼の格闘家を選択する。
 −−Ready? Fight!
 赤文字が表示され、試合が始まった。
 ラルクの『ジェフ』がすぐに接近してジャブを仕掛けてくる。セシルの『ゴッドバルト』は顔を両腕で覆ってガードを固めた。ジェフの乱打が途切れる。セシルはすかさず投げコマンドを入力した。
 ゴッドバルトがジェフの後ろに回り込む。ジェフの腰を掴んで体をひっくり返し、頭を自分の背後の床に叩きつける。続いてジェフの体を膝でへし折る。最後に跳躍し、空中で三回転しながらジェフの脳天を床に叩きつけた。『K・O!』の文字と共にジェフの叫びが響く。
「なかなかやるじゃねえか! 燃えてきたぜ!」
 ラルクは歯を剥き出した。
 第二ラウンドがスタートする。ラルクは神速を使いリアルの速度を上げた。その力でもってレバーを高速操作する。人間業とは思えぬコンボの嵐がゴッドバルトに降り注ぐ。
「ちょっ、いきなりなんですの!? こんな速さあり得ませんわ!」
 セシルが慌てふためいているうちに、ゴッドバルドは屠られてしまう。
 第三ラウンドもコンボの洪水で沈黙させられた。ラルクの画面に『HISCORE!』と表示される。
 セシルはゲーム機の向こうに声をかけた。
「なにか、スキルを使いましたわね?」
「チートだなんて言わせねえぜ? これがパラミタ流だ」
 ラルクは鼻で笑う。
「まさか、言いませんわよ。その代わり、再戦お願いできますかしら?」
「もちろんだ」
 今度こそ絶対にぶっ倒してやりますわ……、とセシルは心の中で青い炎を燃やした。