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【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ

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【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ
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リアクション


Case5・秋葉 つかさ(あきば・つかさ)魔神 バルバトス(まじん・ばるばとす)の場合

 魔鎧経由で届いた1枚のカード。
『バルバトス様、巨大観覧車というものがあるようです。よかったらご一緒していただけませんか?』
 観覧車が何か、魔神 バルバトス(まじん・ばるばとす)は知らなかった。暇で退屈していたこともあるし、好奇心にかられ、呼び出しに応じたわけだが。
「何? これ」
 前方、ただ回転しているだけのばかでかい鋼鉄の機械をバルバトスは見上げた。
 ぶら下がった果物のような鉄の箱のドアが開けられ、人間が乗ったり下りたりしているのを見た限りでは、乗り物のようだ。しかしどこに移動するわけでもなく、ぐるっと円の軌道を描いて元の場所へ戻ってきている。
 こんな物に何の意味が?
「これは、上空から周囲の景色を楽しむ乗り物なのです」
 バルバトスの疑問に、秋葉 つかさ(あきば・つかさ)が答えた。
「ふう〜ん?」
 説明を聞いても、バルバトスは理解できていない様子だ。自翼を持つのだから当然だろう。こんな乗り物を使わずとも、彼女は常に上空から世界を見下ろしている。
「さあ来ましたわ。乗りましょう」
 係員の手でドアの開かれたゴンドラを指し示すように、つかさは手を伸ばした。


 上昇していくゴンドラの中で。
「今、私はバルバトス様と一緒に、同じものを見ているんですね…」
 つかさはドアのガラスに両手をついた。
「それで? 一体私に何の用〜?」
 座席に身を投げ出すように座っていたバルバトスは、ざっと髪を肩向こうへ払い込んだ。高く組まれた足。彼女の内心を示すかのように、ハイヒールの靴先が揺れている。
「この前の恨みつらみでも言いたいってワケ?」
「まさか」
 ふっと笑って、つかさはその足元にしゃがみ込む。つつーっと、すぐ鼻先にあるきれいなふくらはぎに指をすべられた。
「むしろ、あのことで私、吹っ切れましたわ。私も……人間は嫌いですからね…。皆……自分勝手で…」
「まるで自分は違うみたいな口ぶりねぇ〜」
 嘲る声が降ってきて、首を振った。
「いいえ……私は、私も嫌いです」
 そっと片方のハイヒールを脱がせ、口づける。つま先から順々に。
「さっき、私、言いましたわね。この乗り物は、上空から周囲の景色を楽しむ乗り物です、と。そのほかにもあるのです。こうして……だれにも邪魔されず、2人だけになれる場所…」
「なぁに、悦ばせてほしいの? ウサギちゃん」
「あっ…」
 膝まできた彼女の奉仕をはじき飛ばす。
 しりもちをついたつかさを見下ろす水色の瞳は、そんなものに興味はないと告げていた。
「……違いますわ、バルバトス様」
 身を起こしたつかさは、バルバトスの膝がぶつかった口元のしびれをぬぐう。そしておもむろに床に両手をついた。
「私がバルバトス様を喜ばせたいのです。
 さあどうぞ私にお座りくださいませ、バルバトス様。私がバルバトス様の椅子となりましょう。そのまま踏み潰していただいても構いませんよ。もう私はとっくの前に壊れています、完全に壊していただいても…」
 バルバトスは、これにも特に気をそそられた様子は見せなかったのだが。
 つかさの用いた最後の言葉にふと立ち上がり、その背に座った。
「ふうん。じゃあ見せてもらおうかしら〜、どれくらいその虚勢が続くのか」
 ぎり、と手の甲をヒールで踏みつけた。
 赤くなった右手をこぶしにして、つかさはぶるぶると全身を震わせる。
「ふ……ふふ…っ。ははっ。
 ねぇ、バルバトス様。見てくださいませ。人間がゴミのようでしょう。小さな箱に出入りする、せこせこした生き物。ほんのひと足踏み出すだけで、簡単に踏み潰してしまえる虫のよう。
 全て滅ぼしてしまいましょう……ほかに邪魔するものもろとも…。そのためならば私は、この身果てるまでバルバトス様の道具として捧げましょう。いかようにもお使いくださいませ」
 そうしたなら、きっと、今度こそ死ねる。
 本当に存在したのかすら分からないほど、この世界にかけらひとつ残さず、消滅してしまえるに違いない…。
「〜〜〜♪」
 バルバトスはつかさの泣き言などに貸す耳はないと言いたげに、組んだ足を抱いて鼻歌を歌っていた。
「ねぇウサギちゃん。目算してみたけど、これ、1周15分くらいね。それって全然足りないと思わない〜?」
 そんなに短いと、あなたも物足りないでしょ。
 バルバトスの指先から、小さな魔弾が飛んだ。
 ガラスを突き破ったそれはまっすぐ観覧車の主軸にぶつかり――小さな爆発を起こす。

 ギイイィと音をたて、観覧車が止まった。




「うわっ」
 何の前触れもなくゴンドラを襲った衝撃に、鼎は反射的に壁に手をついた。足を踏ん張って、座席から飛び出しかけたのをこらえる。
「い、一体何が起きたんです?」
「さあ…。ただ、どうやら止まったようですね。何か故障とかトラブルでしょうか」
 向かいの席で同じく踏ん張っていたディングが答える。
 だが2人とも、ガラスから下を覗いて原因を探ろうとはしなかった。なぜなら2人そろって、高所恐怖症だったから。
「よ、よりにもよって、こ、こんな天辺で?」
 ガクブル。
「な……なんでそんな…」
「知りませんよ。大体、なんでこんなのに乗ろうなんて思ったりしたんですか。こうなるかもしれないって考えなかったんですか、あなたは!」
「自分が乗ってるときにトラブルが発生するなんて、だれが考えるんですか…」
 と、とにかく……ブラインドを下ろそう。少しでもこの高さを意識しなくてすむように。
 そう思って伸ばした手を、ディングが即座にはたき落とした。
「この状況でブラインド下ろすなんてアホですか! 周りに何と思われるか! あなた魔神に魂取られて不死なんでしょ! 少しは我慢しなさい!」
「魂取られてたって、怖いものは怖いんですよ! 不死といったって痛みを感じないわけじゃないんです! 落ちたら死ぬほど痛いんですからね! それに、あなただって! 高いの怖いって震えてる悪魔なんかいますか!? 私なら鼻で笑いますね!」
 ガクガク震えながらも腕を組んで小ばかにする鼎。
「なんですって!」
 互いを罵り合うことで気をまぎらわせる2人は、やっぱりどっちもどっちなそっくりさんだった。



「――なんだか上がうるさいですね」
 膝の上に乗った遥遠の頭をなでながら、遙遠はつぶやいた。
「……今……揺れました…?」
 うとうとと眠そうな声で、横になった遥遠が訊く。
 秋の日差しに照らされた中、風もないゴンドラの中はぽかぽかと暖かく、眠気を誘う。
 ガラスから外の様子を伺うにはいったん遥遠を膝から下ろさなければいけなかったが、そこまでする必要性を感じなかった。
 なにやら黒煙が上がっているみたいだけれど、量は少ないし、揺れは一度だけで続きそうにないし。
(ま、いざとなったら2人とも飛べばいいだけです)
「寝てしまっていいですよ。時間がかかりそうですからね」
 床に落ちていた上着をもう一度かけ直し、促すように額に口づける。
「え……え…」
 そのまま、すうっと眠りに引き込まれる遥遠。
 見下ろす遙遠の面に、本人も気付いていない、優しげな笑みが浮かぶ。
 遙遠は身も心も満たされた思いで、彼女のさらさらの髪を指にからませた。



「大丈夫ですか? 冬月さん」
「ああ、なんとか」
 前に投げ出されかけた冬月を支えて、朔夜は訊く。
「故障でしょうか。すぐ動くようになるといいんですが」
 言葉通り大事ないのを確認して、ドアのガラスから下を見た。主軸から黒煙が細く上がっている。ただ、火は出ておらず煙の方も今にも消えそうだし、早くも非常用階段を用いて修理技師らしき人たちが上がってきているのが見えたので、それほど深刻そうには見えなかった。
「朔夜。さっきの話だが」
「ああ……はい。何でしょう」
 元の席に戻り、冬月と向かい合う。
「その知り合いに言っておけ。他人の幸せの定義を自分の物差しで計るな、と」
「……それはつまり、Aが何をしてもBの知ったことではない、ということでもありますよね?」
 AにはBが何を幸せに思うかなんて、分からないのだから。
「朔夜…?」
 冬月は怪訝そうに眉をひそめる。
「冬月さん。ここに来る前、打ち合わせに行ってきたと言ったでしょう?」
「ああ」
「サンドアート展でテラリウムがとても好評だったのを見ていた人がいて。店に卸してほしいという商談だったんです。冬月さんとバァルさんのおかげですね。彼が吊るして歩いてくれたので、領主と同じ物が欲しいと、あのあと小型のテラリウムが飛ぶように売れましたから。それで、砂を仕入れるためにも東カナンへ行かなくてはと思っていたんです。バァルさんにもお礼を言わなくてはならないでしょう。
 今、向こうはそれどころではないでしょうから、時期を待たなければならないでしょうが……一緒に、会いに行きましょうね」
 朔夜は何かひとくせありそうな顔で、にっこりと笑んだ。



「危ない!」
 突然起きた縦揺れに足元をすくわれ、床に叩きつけられそうになった悠美香を見て、要はとっさに飛び出した。
 床と彼女の間に無理やり割り入って、受け止める。仰向けになった要の後頭部で、ガツンと音がした。
「い、いたたた…。悠美香ちゃん、無事?」
「要こそ! 大丈夫!? 今、すごい音がしたわよ?」
「なんとか」
 目から火花が飛んだけど。
 あわてて要の上から身を起こす悠美香。彼女の両手が胸に乗っていることに気付いたのは、そのときだった。体のいろんな箇所が密着してしまっていることも。
 けれど不思議と、おそれていたようなことは起きなかった。
 きっと、耐えられないと思っていたのに。
「悠美香ちゃん、けがはない?」
 本当にそうか、確認するように上から覗きこんでいる彼女のほおに手を添える。だがやはり、あのうとましいくらいおぞましい感覚はなかった。ただ純粋に、彼女が痛い思いをせずにすんだ喜びがあるだけだ。
「ええ」
「よかった」
 本当に、よかった。
 相手が悠美香だからか、ほかの女性ではこうはならないのか。そんなことはどうでもいい。究極、悠美香以外の女性など、どうでもいいのだ。悠美香さえ、そうであるなら。
 ほっとするあまり、腹の底から笑いがこみ上げてきた。くつくつ笑いはやがて全身を震わせる笑いになる。
「――ははっ!」
「要?」
 不思議がる悠美香を抱き寄せ、胸に包み込むように抱き締めて、要は笑い続けた。



 やがて修理を終え、再び動き始めた観覧車。
 ドアを開ける係員は恐縮しきりで、ずらりと並んだ関係者たちと一緒にぺこぺこと頭を下げている。
「あ〜楽しかった♪」
 うきうきと軽やかなステップでゴンドラを下りたバルバトスはつかさを振り返った。
「バルバトス様……どうか、私もお連れください…」
 浅い呼吸を繰り返しつつ、つかさもよろよろと地上に下りる。
「ねぇウサギちゃん。さっき言ったことが口先ばかりでなく、本当にあなたの意志というのなら、その覚悟を見せなさい」
「バルバトス……様…?」
「私の居場所がどこかは知っているでしょう〜?」
 肩のところで手をひらりと振って。翼を広げ、舞い上がる。
「バルバトス様! 必ずおそばに参ります! そうしたら、信じていただけますか?」
「私はだれも信じたりしないわ。でも……そうね、ちょっぴり認めてあげてもいいかもしれないわね〜」
「バルバトス様……必ず…」
 南の空へ向かい飛び去って行くバルバトスの姿が夕闇に消え、見えなくなるまで……肉眼では見えなくなっても、バルバトスの存在を感じとれる限り、つかさは見送り続けたのだった。