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リアクション
さて、コンテストも終盤戦にさしかかってきた。
「では続いてエントリーナンバー六番、鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)さん、どうぞ!」
舞台上で北都が呼ぶ。しかし貴仁は舞台の袖から出ることを躊躇っていた。
貴仁が着ているのは、裾のたっぷり広がった黒いミニ丈ワンピースにオーバーニー、それから同じ色のマント。ワンピースの下にはドロワーズがチラリ。手には星をモチーフにした可愛いステッキ。そして短い髪は顔の左右で二つに結って、白いリボンが付いている、魔女ッ子衣装だ。
今流行の男の娘、ではないのだが、パートナーによってほぼ強制的にというか騙されてというか、この格好で舞台上に送り込まれてしまった。
「うう……やっぱりやめたい……でもバックレたら他の人に迷惑が……」
女装の趣味があるわけではないので、こんな格好で人前に出るなど恥ずかしくてかなわない。
しかし、他人に迷惑を掛ける、というのは貴仁としては避けたいことだ。
「ええい……ままよ……」
思い切って一歩を踏み出す。
舞台の上では、北都が笑顔で出迎えてくれた。
「おお、これは可愛い魔女っ子ですねぇ。何かモチーフはあるんですか?」
「えっと……特には、ないです……多分……」
「えぇと、じゃあアピールタイム、おねがいします」
言われて一人舞台中央に残される。
しかし、パートナーに「お祭りに行こうよ」「こっちこっち」「参加登録しておいたよ」「はいコレ着て」「行ってらっしゃーい」とだまし討ちされた身としては、特にやることもない。
「……あ、ええと……こんな感じですか……」
先ほどの二人を参考に、ゆるゆるとポーズを決めてみる。
すると。
「おおお可愛い! かわいいよ貴仁! うんうん、作戦成功」
ことの首謀者である鬼龍 白羽(きりゅう・しらは)が、客席からパシャパシャとシャッターを切りまくる。
コスプレコンテストと聞いて、これはパートナーを女装……いや、コスプレさせて楽しむほかない、と衣装も買ってきて、計略を張り巡らせて準備したのだ。その成果は充分出たようだ。
「……うう……恥ずかしい……」
あちらこちらからシャッターが降りる音が聞こえてきて、貴仁は顔を赤くする。
ちらりと客席を見ると、幾つものレンズがこちらを向いている。ひぃ、と慌てて視線を逸らそうとした瞬間、それに気が付いた。
禁止されているはずの望遠レンズだ。見れば解る、妙に大きい。そして、他のカメラと比べて、妙に低い位置から撮ろうとしている。角度から察するに、所謂パンチラ狙いという奴だ。
「こらっ、そこ!」
貴仁はすかさず、ゴッドスピードを発動させると、舞台を蹴った。
くるりと空中で一回転を決めると、望遠レンズを使っていた男の目の前に降り立つ。そして、徐にその手を掴んだ。
「それで何を撮ろうとしてたんですか?」
「い、いやっ、顔をハッキリ撮りたくて……」
「じゃあデータを拝見します」
有無を言わさぬ口調で宣言すると、貴仁は男の手からカメラを取り上げる。あああっ、と悲鳴が聞こえるが無視して、ボタンを操作する。デジタルカメラの中に保存されていた画像を表示させると、そこには。
今までの出場者達の、無論顔や全身も写っているにはいるが、データの殆どはスカートの中を覗いた、或いは覗こうとした写真ばかり。あまつさえ、参加者ではない周囲の女性客と思われる人の、衣服の内部の写真まで。
「コレはなんですか」
静かに、しかしハッキリと、怒りと軽蔑を込めて告げると、男はちくしょう、と悪態を吐いた。
そこへ駆けつけてきたスタッフたちが、男の左右をがっちり抱え込む。
「ご協力、感謝します」
「ほら行くぞ変態男!」
変態の称号を拝した盗撮男は、スタッフにずりずりと引っ張られて何処かへ消えていく。合掌。
「すみません、パフォーマンス中に……」
いそいそと貴仁がステージ上へと戻ると、人々が暖かい拍手で迎えてくれた。貴仁はほっと安堵の笑みを浮かべる。
「私からもお礼を言わせてください。ありがとう、そしてごめんなさい」
監視が徹底していなかったわね、とノリコが肩を竦め、それから深く頭を下げた。
「じゃあ気を取り直して、もう一度アピール、お願いします!」
「そういえば、あと参加者は何人くらいだろうか?」
貴仁が再びパフォーマンスに困っている間、審査員席では変熊仮面が不穏な動きを見せていた。
「えーっと……あと一組ですね」
話しかけられたレク研部員は、手元の資料をぱらっと見て応える。
すると変熊は、そうか……と妙にソワソワした様子。
「で、あの有名キャラのコスプレはまだかな?」
「……誰です?」
「そりゃ、決まってるだろ!空京で絶賛販売中のコミック『帰ってきた変熊☆仮面』のコスプレですよ!」
首を傾げるレク研の部員に、変熊は無駄に胸を張って主張する。
レク研の部員は、ああ、と彼の言うところの「帰ってきた変熊☆仮面」とやらのことを思い出す。見たことがあった。高校編を経て、現在社会人編が連載中の、なんだかよく解らない漫画だった気がする。が、その突拍子もない設定やストーリーには、根強いコアなファンが付いているらしい。特徴、主人公がなんか全裸に仮面とマント。
「……流石にアレは居ないんじゃないっすか。エントリーしてるの、今の人と団長やった人以外は全員女の子だし」
手元の審査用紙に貴仁の点数を書き込みながらレク研の部員が何気なく呟いた、次の瞬間。
「出でよ、イオマンテ!!」
変熊が、叫んだ。
すると、どぉん、どぉんと重たい地響きが会場を包む。
なんだなんだ、と会場は騒然となる。
木々を揺らして、獣の咆吼がひとつ。
どおん、と、何処から沸いたのか、変熊のパートナーである巨熊 イオマンテ(きょぐま・いおまんて)が姿を現した。その体長は実に18メートルにもなる。しかも、律儀に赤い仮面と薔薇学マント、赤のスカーフのオプション付き。
大きく地面を揺らしながら、イオマンテは舞台の後までやってきた。本当は舞台に立ちたいのだろうが、生憎そんなことをしたら仮設の舞台などひとたまりもなく踏みつぶされてしまう。でかいのだ、イオマンテ。
「わーっはっはっ! 大きいことはいいことじゃぁ!」
イオマンテはその場で仁王立ちすると、腰に手を当ててぶらぶらさせる。何を、とは言わないけど。
いやぁぁああぁ、と女性の悲鳴が響く。
男性だって悲鳴こそ上げないけれど、何が起こっているのか解らないという目でただぼんやりとイオマンテの凶行を見上げている。
「はい、イオマンテ優勝! 俺様のコスプレしたイオマンテゆーしょー!」
審査員席では変熊がはしゃいでいる。とんだえこひいきだ。
しかし!
「ちょぉおっと待つのじゃ! わらわを忘れて貰っては困るのじゃ!」
可愛らしさ溢れる女の子の声が響き渡る。
と、同時に舞台に颯爽と登場したのは、貴仁のパートナーである医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)だ。
見た目は七歳ほどの、愛らしい少女なのだが、何故か裸。そして、赤い仮面に薔薇学マント、赤いスカーフ……こ、これは!!
「貴様、俺様を見ているなっ! ならばじっくりと見てもらおうかっ!」
房内は、どん引く客席をよそに、舞台中央で仁王立ちすると、変熊の決め台詞と共にポーズを決める。そう、房内が密かにリスペクトする、変熊☆仮面のコスプレだ!!
ロリッ子の、生まれたままのその姿……夢にまで見た者も客席には居るだろうに、しかし、全員がこう思った。これは、なんか違う、と。
舞台の後では相変わらずイオマンテがぶらぶらさせているし、舞台上では房内が敬愛する変熊の目の前で次々きわどい、っていうかもう色々アウトなポーズを決めている。
「おおおお……まさか、まさか俺様のコスプレが……!」
変熊は感涙にむせび泣く。
なんかもう、地獄絵図とはこのことだ! 北都もノリコも、そして客席の誰もが、ただただその図を見詰めることしか出来ずにいる。
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