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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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   1

 白い石造りの家、赤い屋根、街のあちこちを走る水路――。
 中世ヨーロッパそのままを髣髴させる街、スプリブルーネ
 普段なら市場で露天商が声を張り上げ、客が値引き交渉をし、子供たちが走り回り、主婦たちが世間話で笑うといった賑やかな場所であるが、今はひっそりとして人の気配はない。
「まるでゴーストタウンだな……」
 一人ゴンドラに乗る瓜生 コウ(うりゅう・こう)は呟いた。
 この街、いやこの第二世界を支配しているのは魔法だ。人払いの術式で、街の人々は「外へ出る気にならない」状況なのだという。影響を受けないのは、コウのような「異世界の者たち」と、一定以上の魔力を持った者だけだ。
 彼らは今、刻一刻と近づく戦いに向け、着々と準備を進めているはずだった。
 だが、コウにはどうでもいいことだった。それよりも、このゴンドラというやつはどうにも難しい。彼女の操るゴンドラの先端は、行き先が定まらず、フラフラとしていた。


 冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)も、ゴンドラに乗っていた。
 二人は魔法協会の要請を受け、闇黒饗団(あんこくきょうだん)を迎え撃つべく、街中へ出てきた。コウのように堂々と、どうでもいいように見えるが、その実【超感覚】と【ディテクトエビル】を使って周囲に気を配っている。
 日奈々は水の中へ手を差し入れた。微かな抵抗感が気持ちいい。
「建物のことを……気にしなくていいって、話ですし……召喚獣たち……フェニックスと、サンダーバードに……思いっきりやってもらいますぅ〜」
 千百合はゴンドラを操りながら、建物を見上げた。特殊な結界のおかげで、いくら暴れても問題ないという話だったが、どこまで信じていいか分からない。
 何より、人間は別だ。
 ――日奈々だけは。
 と、千百合は思う。日奈々だけは、何があっても守る、と。
 日奈々が水から手を引いた。滴と左手の指輪が、太陽を反射してきらりと光った。


 ティル・ナ・ノーグの衣を着た女性が、マラソンランナー並みの勢いで路地裏を走っていた。衣の裾を両手でたくし上げ、周囲のことなど意に介さず転がっているバケツや小石を蹴飛ばす様は、
「鬼気としているね……いや、嬉々、かな?」
 後を追うセオドア・ファルメル(せおどあ・ふぁるめる)は、横を走る五月葉 終夏(さつきば・おりが)に同意を求めた。
「どっちがどっち、それ?」
 終夏は嘆息し、念のためにとブランローゼ・チオナンサス(ぶらんろーぜ・ちおなんさす)に【荒ぶる力】をかけた。これでいきなり攻撃されても、少しはマシだろう。もっとも、この世界で物理攻撃は有効とは言い難いけど。
「ロー君はどこへ行こうとしているわけ?」
「『偉い人に説教しに行く!』って言ってたけど?」
「確かさっき、闇黒饗団について話してたよね?」
「そうそう、イブリスって人が以前とは人が違ってるって話」
「元はそんな悪人じゃなかったはず……ああ、じゃ、イブリス君のところ?」
 ああ、と終夏も合点がいった。
 お嬢様然とした容姿でありながら、ブランローゼは勇敢で情に厚い、真っ直ぐな性格だ。パートナーたちの話を聞いて、
『初めて会った人を頭から悪い人と言ってはいけないことですわ! でも他人を困らせるようなことをしてはいけませんの! わたくし、あの人達にお説教してきますわっ!』
と考えたのは想像に難くない。
 おまけに即実行に移すだけの行動力があるのも、この際は困りものだ。
 取り敢えず、セオドアは【ディテクトエビル】で周囲に気を配ることにしたが、当のブランローゼが猪突猛進ではあまり意味がない。
「あっ」
 終夏が声を上げた。
「ロー君、軽くジャンプ!」
 セオドアの注意に、ブランローゼが咄嗟に地面を蹴った。ふわり、と体が宙に浮き、そのまま地面で寝ている野良犬の上を駆け抜けると、すとんと着地し、また走り出した。
「……ふう」
【ふわふわ気分】が間に合ったようだ。それにしても、ブランローゼはどこへ向かっているんだろうと首を捻らざるを得ない終夏とセオドアだった。