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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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 地下墓地三階。
 微かに震える皆川 陽(みなかわ・よう)の後ろから、「呪縛の弓」を構えたテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は力強く言った。
「大丈夫だ、陽。僕に任せろ」
 陽はこくりと頷き、ずれてもいない眼鏡の位置を直し、眉間を掻き、弦がおかしくなっていないか指先で確認し、目元を掻き、唇を湿らせた。
 忙しない動きに緊張しているのだとテディは理解し、また「大丈夫だ」とだけ言って注意するのはやめた。
 気の弱い陽が一念発起し、こうやって最後の扉を守るため最前線に出ている。これはもう、全力でサポートしなければ!! とテディは決意している。
 饗団側の刺客として現れたのは、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)である。
「大人しく鍵を渡してはくれぬようだな」
「手記」がその様子を見て言った。
「抵抗……しますよねぇ……」
 ラムズはため息をつく。闇黒饗団に入るためには、『鍵』がどうしても必要だ。しかし、魔法協会にとっても大事な物らしい。
「んー……」
 腕を組み、頭を垂れながら十秒ほど熟考した結果、
「……まぁ、仕方ありませんね。邪魔ですから、どけてしまいましょう」
 ラムズは「眠りの竪琴」をかき鳴らした。ポロロン……と、耳に心地よい音が響く。
「手記」の【害虫の群れ】が、陽を囲む。陽は悲鳴を上げたが、目をぎゅっと強く閉じ、蟲の音を遮断するため、両耳を手の平で押さえた。
「なかなか根性があるの」
「手記」は、若干の躊躇いはあったが【ファイアストーム】を使った。炎の嵐が蟲ごと陽を包む。
「陽!!」
 テディの【エイミング】がようやく動いた。「呪縛の弓」から放たれた矢が、「手記」に突き刺さる。
「!!」
 気が付いたとき、「手記」の目の前にはテディがいた。「呪縛の弓」の力により、動きが止まっていたのだ。その上、一切魔法が使えなくなっていた。
「食らえ!」
 冷気を纏った「罪愛でるアルギオラ」が、「手記」の喉を突く――かに思われた。
 切っ先を「手記」の喉元に突き付けたまま、テディは眠っていた。弁慶の立往生のようだが、寝顔はなかなか可愛らしい。おそらく、「手記」を倒して万々歳の夢でも見ているのだろう。
「効くのにちょっと時間がかかりましたねぇ」
「頭に血が上っていたようじゃからの」
 陽を包んでいた火が静まり始めた。
「……驚いたな」
「手記」は目を丸くした。陽は無傷だった。痛みと熱さに顔をしかめているが、炎に触れたところから【完全回復】を使い続けていたらしい。
「あ、あれ……? テディ?」
 その上、耳を塞いでいたので「眠りの竪琴」の効果はなかったようだ。立ったまま眠るテディに駆け寄る。
 うーん、とラムズは唸った。
「テディ、テディ!」
 ゆっくりとした足取りで陽の傍らに立ち、ラムズは囁いた。
「お友達を連れていきたいでしょう? このままここにいたら、死にますよ。さあ、行った方がいい」
 示された上への階段を、陽は泣き出しそうな顔で見つめ、――こくりと頷いた。


 地下墓地四階。
 イブリスを迎える準備を整えるべく、いの一番に飛び込んできた魔術師を出迎えたのは、イリス・クェイン(いりす・くぇいん)の【その身を蝕む妄執】だった。
 本人にしか分からない幻に襲われた魔術師は脂汗をだらだら流し、顔面蒼白になり、立っていることも出来なくなった。
 魔術師の首根っこを押さえて地面に伏せさせると、クラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)はクレセントアックスを顔の前に突き立てた。
「死にたくなければイブリスのことを教えなさい。なぜ、あの男は豹変したの?」
 魔術師は口をパクパクさせ、答えた。
「し、知らない……。イブリス様はずっとああだ……」
「昔はもっと、真面目な男だったんでしょう?」
「知らない……」
「誰かに操られてるとか?」
 クラウンの質問にも知らない知らないと繰り返す魔術師の顔を見て、フェルト・ウェイドナー(ふぇると・うぇいどなー)は本当だろうと判断した。
「この人、何だか若そうですし、昔のことは知らないんじゃないですか?」
「そう……。じゃあ、もう一つ。大魔法の封印を解いて何をしようとしているのか、話しなさい」
「イ、 イブリス様は……この世界を作り直そうとされているのだ……」
「作り直すですって?」
 イリスは顔をしかめた。まったくもって、闇黒饗団というところは気に食わない。気に食わないが、「古の大魔法」にはそれだけの力があるということか……。
 どうやら魔術師は、それ以上のことは知らないようだった。この男は、魔法協会が支配する状況が気に入らず、イブリスならばもっと素晴らしい世界を作ってくれると信じているらしい。
「最後にもう一つ」
 イリスはにっこりと微笑んだ。
「眠ってて」
 フェルトが【ヒプノシス】を使った。クラウンがローブを脱がせ、イリスがそれを羽織った。
「臭いわ……」
 イリスは鼻を摘んだ。出来ることなら洗濯をしたいが、その暇はなかった。
 フェルトとクラウンが、眠らせた魔術師と共に隠れた直後、イブリスたちが現れた――。