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リアクション
第四章 小さき手、触れて
「ここが件の村か。噂に違わず無念が渦巻いているな」
「うん。すごく悲しい気で覆われてるね」
それが村を訪れた涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)とクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)の感想だった。
村を取り巻く結界は薄い被膜のよう。
「可哀相に苦しかっただろう辛かっただろう。この状況には私も心が痛むよ」
茫洋とした空気の中、苦しむ村人達に涼介も自らの胸を抑えた。
「しかし、今ならまだ彼らの心の安寧を祈ることはできる。彼らの心は完全に砕かれてはいないのだから」
博季や真人達に励まされた村人達、雫澄や霜月達と戦う戦士達。
訪れた者達が動かした『時』、留められた者達の『変化』を確かに感じて。
涼介は魔法使いだが、医者としての顔も持っている。
「医者として、生きている人は救うことはできる。だが、失われた命を元に戻すことはできない……もどかしいけどね」
「今、私たちにできることって、ここに住んでいた人たちの霊魂に安らぎを与えることだよね」
微かに自嘲めいた笑みを昇らせた涼介に、クレアは淡く微笑んだ。
「ただ、力づくでやるのは私たちらしくないし、何より相手にも心があるんだからその心をきちんと汲み取ってあげないといけないよね」
「そうだね。だからこそ、私は死者の魂の安寧を祈らずにいられない。それが彼らへの手向けだし、何より心が砕かれてしまってはその冥福すらも祈れないから」
だから。今ならまだ間に合う筈だから。
「村人の中にはお腹をすかせてた人もいるんじゃないかな?、と思って」
「だから、何でことあるごとにこういう衣装にするんですかっ!?」
しれっと言ってのけたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)に、和泉 真奈(いずみ・まな)は顔を真っ赤にして抗議した。
「うん。そういう事達に満足して欲しくて料理作ったんだけど、ほら、日持ちする食材しか材料に使えなかったでしょ? あたしとしてはイマイチ満足がいかなくて。なので衣装くらいは目の保養って感じにしたいかなって」
立て板に水、スラスラっと説明するミルディアに、
「成る程、それで……それにしてもミルディも、何でいつもいつもこういう衣装を用意してるのでしょうか」
つい納得しかけた真奈は、自分の格好……スカート丈が超☆ギリギリだったり妙に胸が強調されていたりするメイド服を見下ろし、ハッと気付いた。
「って、何でミルディは着てないのですか!?」
「あたしは料理担当だし☆」
「確かに私は料理が苦手なので、もっぱらウェイトレス担当になりますが……って、ミルディはもしかしてそれを見越して……!?」
にっこりというミルディアの笑顔はその時、真奈にはニヤリ☆、に見えたのだけど。
「はいはい、みんなぁ〜、集合して〜!」
神殿の片隅で震える子供達に、ミルディアが笑顔でクッキーを配り始めてしまえば、問い質す事は出来なくて。
「……手伝いますわ」
乳白金の髪をふんわりと揺らしたメイドさんは諦めたように一つ溜め息をついてから、子供達に天使のような微笑みを向けたのだった。
その小さな神殿まで来ると涼介は、リュートで【幸せの歌】を奏でた。
子供達に向けたそれは、地球の童歌だった。
お菓子をおずおずと頬張る子供達は、その音色に興味を引かれたようだった。
「こっちのお菓子も良かったら食べてね」
お茶とお菓子をすすめながら、クレアは童歌に耳を傾ける子供達に、気付かれぬよう吐息をもらした。
子供達は霊魂であり、食べる事に意味はない。
それでも、嬉しそうな顔を見てしまえば、どんどん明るくなっていく顔を目にしてしまえば、もっともっと喜ばせて上げたいと思ってしまう。
「やっぱり子供には美味しいもの、食べさせて上げたいよね」
ニコニコ言うミルディアに、クレアは頷いた。
二人の視線の先ではいつしか、子供たちが涼介と共に童歌をつたなくも懸命に口ずさみ始めていた。
「さぁこちらも負けてはいられないよ」
乙川 七ッ音(おとかわ・なつね)がパートナーの碓氷 士郎(うすい・しろう)に言われたのは「村に演奏に行こう」だった。
詳しい事情は分からない。
だけど目の前には、小さな神殿の中と外には、元気のない人達がいて。
この人達を少しでも慰めたいと、そう思ったから。
七ッ音の表情にクスリと笑んだ士郎が、アコースティックギターをゆっくりと弾いた。
そこへ入るクラリネットの甘美な旋律が、観客を魅了する。
そして美しい声が、優しい歌を口ずさむ。
「寒空から零れる 冷たい白い欠片
刹那に消えるそれが 寂しくて抱き寄せた」
引き継いだのは、士郎の中性的で暖かみのある、声。
「暖かい春を待つ君 だけどその時僕はいない
なら僕は君の笑顔の方が 大事だと思うから」
アイコンタクトは一瞬。
重なる声が、絶えなるハーモニーを作り出す。
「「溶けて消えるけど 悲しくはないよ
季節を廻れば また君に会えるはず
だから涙拭いて いつかを夢みましょう
大丈夫、次は幸せになれるから」」
歌い終わると共に、パチパチと小さな音が上がった。
それから拍手は少しずつ増えて。
観客……村人達の中に、今まで薄かった『感情』が、負でないそれらが見てとれて、七ッ音は自然と微笑んだ。
「二人とも、お疲れさん」
演奏を終えた七ッ音と士郎を迎えたのは、白泉 条一(しらいずみ・じょういち)だった。
「どうでした?」
「中々いい感じになってきたんじゃないか?」
声を弾ませた七ッ音に、条一は素直な称賛の代わりにそう返した。
だがそれは本心だ。
二人が心配で護衛としてついてきた条一は、ちょっと離れたところで二人の演奏を聴いていて、だから、感じた。
涼介と童歌を歌う子供達、そして七ッ音と士郎のミニコンサートに神殿周辺の空気が随分と『澄んで』きているのを。
やはりそれを口にする代わりに、条一は士郎に問いかけ。
「で、士郎。お前もアイドルやりたいのか?」
「アンコールでもう一曲くらい歌ってきたら?」
「ん……うん、そうします」
素直に頷く七ッ音を遠ざけてから、士郎は条一に答えた。
「僕はアイドル……やりたいかどうかは置いといて。七ッ音が846プロの一員としてどういう風に歌ったらいいか考えてたんだ。でも今日の演奏でわかったよ」
その顔に浮かぶ、不敵な笑み。
「そう! 七ッ音は楽器を吹かせてあげればいい演奏になる。だから僕と自由に色々な楽器とコラボできるユニットを作るといいんだよ!」
更に「ユニット名は何がいいかな?」とノリノリな士郎に条一は顔を引きつらせ。
「まぁある意味予想通りの結果だな
と、意識からまだ何か言ってる士郎を追い出し、歌う七ッ音を見つめた。
確かにこの場所は浄化されつつある。
とはいえ、微かに聞こえる剣戟と、神殿の周囲にバリケードを作り気を配る【森の魔女】に、条一もまた周囲への警戒を怠らない。
だがそれは自分の領分で、七ッ音にはこのまま、伸び伸びと歌って欲しいとそう、思いながら。
「どうかしましたか?」
道で泣いていた子供。
高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は子供に目線を合わせると、優しく話し掛けその手を取った。
『おっ、おか……おかぁ、さ……ん……』
はぐれてしまったのだろうか、激しく泣く姿と、取った手の冷たさに、切なくて。
「大丈夫ですよ、私がついています。……お姉ちゃんと一緒に、お母さんを探しましょう? きっと見つかりますよ」
『……ホン、ト?』
「はい!」
心細そうな面持ちで見上げてくる子供の手を結和は、しっかりと握りしめた。
そうすれば、子供の瞳に新たな涙が浮かんでくる様子はなく。
結和はその冷たい頬の雫を丁寧に拭ってやると、一つ頷いた。
「そうですね、瓜生さんの所に戦えない人達が集まっているようです。先ずはそこに向かいましょう」
風に乗り微かに聞こえる七ッ音の歌声の方に歩き出そうとした足は、しかし動かない。
正確には、地に縫いとめられているのは子供の足だった。
最後の記憶、最後の場所。
焼きついた恐怖が、恐らく子供をココに縛り付けているのだろう。
母親に会いたくて会いたくて会いたくて、なのにずっとずっと会えなくて。
「……約束、したでしょう?」
だから、再び泣きだしそうに歪んだ顔に、大きく頷いてやった。
「連れて行ってあげます……必ずお母さんに会わせてあげますから」
その言葉は、誓い。
強い決意を込めた眼差しに、子供は今度こそ頷く。
眼前の「お姉ちゃん」を信じる。
このお姉ちゃんが連れて行ってくれると、信じられたから。
ずっとずっとずっと、離れる事の無かった足が、前へと踏み出せた。
そうして。
『……おかあ、さんっ!?』
『ああっ……っ!?』
ぎゅぅっ、と強く強く抱き合う母子に、結和の胸が熱くなる。
『ありがとうございます、ありがとうございます』
「いいんです。それよりお母さん、怪我をしていますね。診せて下さい」
彼女は死者で。だから、治療なんて無駄かもしれなくて……でも。
「今までずっとしてきたんです……少しなら自信もあるんですよ」
結和は柔らかく、微笑んだ。
「ま。なんや、受験勉強の気晴らしにはなるやろ、妄執なんぞにHIKIKOMORIの妄想が負けてたまるかい」
上條 優夏(かみじょう・ゆうか)は「どういう風の吹きまわしなの?」、な視線を向けてくるフィリーネ・カシオメイサ(ふぃりーね・かしおめいさ)に、軽く肩をすくめ嘯き。
「なんだかんだ言っても優夏は優しいのね」
微笑みまじりの言葉は聞こえないフリをして、子供達の元へと向かう。
「……あ〜」
ミルディアや七ッ音達のおかげで和らいだ、恐怖の色。
だけど、まだ……子供っていうのはもっともっと笑顔になれるやろ?
「形は根本的にちゃうけど俺も辛い思いはしとる。辛いのは嫌なのは解るし、思い切り遊び相手になったるで……子供のままで死んだ挙句、歪んでほしくないしな」
だから、「思い切り遊ぶで!」と優夏は子供達を引っ張り出した。
「って、……えー、俺が魔王役かい。まぁしゃーない…。魔王モヒカーン参上や!」
シャキィィィィィン!
悪役っぽく、だけど、怖くなり過ぎないように「モヒカーン!」とやると、
『きゃあ』『きゃははっ』
と数人の子供たちが笑い声を上げて逃げる。
そこに。
「愛と日向と希望の名の元に☆ 地域密着型魔法少女ミラクル☆フィリー! 参上♪」
キラリン☆
バッチリ決めポーズで登場するフィリーネ……否、ミラクル☆フィリー!
「みんなで魔王をやっつけるよ♪」
『『『お〜!』』』
「おっ、やってるなぁ」
「うん、楽しそう……でも」
その様子にニーア・ストライク(にーあ・すとらいく)は楽しげに笑い、クリスタル・カーソン(くりすたる・かーそん)は未だ躊躇する子供達を見やり。
「俺はモンカーン様の手下A!……ほら、クリスも」
「えっ、私も?! 仕方ないなぁ……コホン。私は手下B、ほ〜らくすぐっちゃうわよ」
『ひゃぁっ』
震え蹲る子供達を、そっと追い立てた。
一度引き込まれてしまえば、そこは子供。
笑い声と嬌声は少しずつ大きく広がっていく。
「みんな、行くよ〜☆」
『『まおー、かくご』』
「いやいやいや、全員攻撃は卑怯やろ」
『おねえちゃんはカワイイから、手加減してあげるね』
「へっ? あっありがとね」
いつしか笑顔を……失くしていた笑顔を取り戻していく子供達とクリスタルに、ニーアは目を細め。
「こらぁ手下A、はよぉ助けんかい!」
「はいはい、ただ今」
その中へと歩を進めた。
「ここの子供たちは、これから沢山遊んで、勉強もして、夢を見て…。未来があったはずなんだよな」
少しずつ笑顔を見せ始めた子供達に、結城 奈津(ゆうき・なつ)は思わず拳を握りしめていた。
「なのに殺されて、何も出来ないままずっとこの村に縛り付けられていたんだろ? そんなの、辛すぎる」
奈津はずっと病弱で、長い間入院と退院を繰り返してた。
楽しそうに遊ぶ皆を眺めるだけの、入院生活。
こんな事があったと笑顔で学校行事の話をするクラスメート達を……ずっと、見てるだけだった。
けれど、奈津は契約者になり元気になって……今、夢を追いかけている。
今の奈津にあの頃には思い描く事さえ出来なかった、未来があるのだ。
「だからあたしは、この村の子供たちの為に何かしなくちゃ!」
つかの間でもいい。子供たちに笑顔を、夢をあげたい!
「だって、あたしは『皆に夢を与えるヒーロー プロレスラー』だからっ!」
奈津はヒーローごっこに乱入すると、一緒になって遊んだ。
ビックリしたような子供達の顔が、やがて笑顔に変わる瞬間が、堪らなく嬉しかった。
「子供たちが飽きたら、ミルディアにクッキーを分けて貰って、『外』の話をしてやろう」
ホンの短い、限りのある時間……それでも。
「時間一杯まで一緒にはしゃごうぜ!」
「……ケガだけはさせぬようにな」
こんな狭い場所で、思いつつもコウは釘を刺すに止めた。
子供達だけでない、先ほどまで暗かった大人達の顔もまた、僅かに明るさを取り戻していたのだから。
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