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黒の商人と代償の生贄

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黒の商人と代償の生贄

リアクション

「護衛がえらい強そうだなオイ……」
 そう呟くのは、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。
「俺はこっちを相手にする。良いトコは皆に譲るよ」
 唯斗はトレードマークである忍び装束のマスクの下でにっ、と笑う。
 そして、一同の前に立ちふさがる契約者と機晶姫目指して疾る。
 契約者の何人かは、すでにこちらの勢力と戦闘を開始している。どこも五分の戦いだ、おいそれとは手が出せない。
 まだ塞げていない奴は、と視線を動かす。と。
 死角から、ひゅぅと空を切る音がした。
 その殺気を感知して、唯斗はすかさず大地を蹴る。
 投擲されたリターニングダガーはむなしく空を斬り、ひゅるひゅると弧を描いて投げた人間のもとへと戻っていく。
 唯斗は油断なく、その軌跡を視線で追う。
 するとダガーは、虚空でその動きを止めた。
 戦闘の喧騒に混ざって目立たないが、虚空で浮くダガーは明らかに怪しい。
 正体を現せ、と唯斗はそれを追うが、すぐにダガーは景色の中に溶けて消える。
 なに、と一瞬足が止まる。
 するとダガーは、少し離れたところから再び姿を現す。今度は、ほかの契約者と戦闘している者の背後を狙っている。
 気づいた唯斗は地面を蹴る。

 刃の軌跡と、狙われた人との間に割り込むと、レガースをつけた足でダガーを叩き落とす。
 カランと硬い音を立てて地面に転がるダガーは、ぬらりと嫌な輝きを放っている。毒が塗られているようだ。
「洒落にならんものを……」
 落ちたダガーを拾い上げようとする唯斗に、鋭い殺気が襲い掛かる。
 唯斗は咄嗟に飛び退く。
 その視線の先には何もない――いや、空間が、歪んでいる。
「そこだっ!」
 殺気を感知した唯斗は、手にしたティアマトの鱗を閃かせる。持ち主の手をも切り裂きかねないほどの切れ味を持つ龍の鱗は、歪んだ空間を引き裂く。
「くっ……」
 隠れ身を剥がされ、現れたのは辿楼院刹那だ。高く結った黒髪がひと房、龍鱗に触れて床に落ちる。
「お前らのやり方は、間違っている!」
 刹那に切りかかりながら叫ぶ唯斗。しかし刹那は表情を変えるでもなく、懐に仕込んだヤタガンを取り出し、その短い刀身で龍の鱗を受け止める。
「依頼主の意向は、わらわには関係のないことじゃ」
 そう言い捨てるとそれきり刹那は無言でヤタガンを振るう。
 しかし、接近戦における体術では、唯斗に一日の長がある。
 死角から繰り出される攻撃を、唯斗は長年培った経験でもって見切り、確実に避けていく。

 徐々に、刹那の顔に焦りが浮かび始める。
 確実に死角から放っていた攻撃が乱れる。その乱れを見逃す唯斗ではない。
 守りに徹していたところから一転、一瞬の隙を突き、則天去私の鋭い一撃を叩き込む。
 見事にそれは刹那の鳩尾を捉え、刹那は耐え切れずに吹き飛ばされた。
 壁に背中をたたきつけられ、意識を失うことはなんとか避けたものの、その場にうずくまる。
 ふん、と唯斗は軽く両の手を打ち合わせて埃を払った。


「アンリを返せ!」
 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)は、鋭い声を上げながら黒の商人を追おうと走った。
 しかしその前に、キュー・ディスティンとヴィゼント・ショートホーンが立ちふさがる。その二人の後ろには、黒いコートを被った影。顔はよく見えない。
「ここは、通しません」
 褐色の肌に黒髪アフロ、それに黒服、というどう見ても「その筋」のヴィゼントがぬぅ、と立ちふさがる。
 同じように横に立つキューも、ドラゴニュートという種族の外見も手伝って、かなりの威圧感だ。
 淳二のパートナーであるミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)は、思わず淳二の後ろにちょっと隠れる。
「アンリを生贄になんてさせません!」
 淳二はすっと鋭い視線を二人に送る。
 短い対峙を破ったのは淳二のアルティマ・トゥーレの一撃だった。手にした錫杖から放たれた冷気が、ヴィゼントとキューを襲う。
 しかしすかさず、キューもまた手にしたワンドからアルティマ・トゥーレを放つ。二つの冷気は渦を巻き、相殺しあう。
 そこへヴィゼントがその腕っぷしを頼りに突っ込んでくる。
 淳二は間髪入れずに封印解凍を行い、自らの身体能力を高め、それに応戦する。
 だがもとより淳二は中、遠距離を得意としている。接近戦では体格のいいヴィゼントが有利だ。
 ヴィゼントの右ストレートを左手で受け止めるが、反動がきつい。なんとか距離を取りたい。
 と、そこへミーナが氷術を唱え、ヴィゼントを狙う。
 直撃を受けてはひとたまりもない。ヴィゼントは舌打ちひとつ、右手を引いて距離を取る。
 ミーナの術は直撃こそしなかったものの、二人を淳二から引き離すには十分だった。十分距離が開いたところで、淳二はまとめてファイアストームをお見舞いする。
 ヴィゼントもキューも間一髪で直撃を避けるが、熱風に煽られ、顔を覆う。
 しかし、激昂して一気にたたみかけてくるという様子もない。ただ静かに、攻撃を甘んじて受けているという様子だ。
 淳二はその姿に、少し違和感を覚えた。
「お、おい、テメェも何かやりやがれ」
 ヴィゼントは連れていた影を前線に引っ張りだすと、その背中をばしん、と叩く……と、言うには少し勢いがないようだ。乱暴な口調も、なんだか固い。
「……?」
 淳二が首をかしげていると、前に出てきた影はすぅと大きく息を吸う。
 そして、おおん、と吼えた。
 その衝撃は、かなりのもので、淳二たちの足が止まる。
「くっ……!」
 油断していただけにかなり効く。
 淳二はへたり込みそうになる体を叱咤して、再びファイアストームを放とうと、呪文を唱え始める。


 ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)の放ったカタクリズムが、何体かの機昌姫の動きを止めた。
 その横で、イーリャ・アカーシが迷彩塗装を駆使して何とか回り込みを掛けようとしているが、機晶姫の数が多く、思うようにいかない様子だ。が、ジヴァはそんなこと気にも留めない。
「肩慣らしの相手にはちょうどよさそうね」
 高慢に笑うと、シヴァは手にした新式のレーザーブレードを起動させる。イコンの装甲にもダメージを与えることが可能な出力のそれをひゅんと振るうと、地面を蹴って走り出す。
 カタクリズムだけで片が付かなかったのは些か癪だが、こう数が多くては仕方がない。
 ついでに支援兵装ユニット「スレイヴ」を起動する。イコプラのような、自律戦闘を行うユニットだ。二つ装備しているそれを両方とも展開する。
 行け、と命令すると、二基のスレイヴは各々目標を設定して向かっていく。
 ジヴァはスレイヴを追うように駆けると、スレイヴに気を取られている機昌姫たちを次々斬り伏せていく。
 その近くでは、メイヴ・セルリアンとジェニファー・サックスの二人も機昌姫相手に立ち回りを見せている。
 メイヴはありったけの力を込めて轟雷閃を放つ。それだけで気力のほとんどは使い切ってしまうが、数体の機昌姫がその一撃でしびれている。
 そこへ、ジェニファーがバニッシュで追撃を掛ける。
 メイヴの一撃を受けて動けなくなっていた機昌姫たちは、まともにその一撃を受けて行動停止に陥る。
「よし、この調子でいきますわ!」
 メイヴは気合を入れて再びカルスノウトを構える。しかし、すでに肩で息をしている状態だ。
 大技をあと一度、使えるかどうか。
「メイヴ、無茶しないでね! みんなもいるんだから!」
 気合の入っているメイヴが、しかしどこか危なっかしく感じられ、ジェニファーはしっかり釘を刺す。
「分かっていますわ」
 口ではそう言うが、メイヴはカルスノウトを振るうと、続けざまにそれを振るう。
 二体の機晶姫が攻撃を受け、照準をメイヴへと移した。
 しかし、もうメイヴには技を繰り出す気力が残っていない。
「メイヴ!」
 ジェニファーが叫ぶ。同時に残った力でもう一度バニッシュを放つ。
 機昌姫たちは機能停止こそしないものの、深刻なダメージを受けて足を止めた。
 その隙に、ジェニファーはメイヴの手を取って後方へと撤退していく。
「ちょ、ちょっと……」
「もう限界でしょ。無茶しないでよ……」
 お願いだから、と言ってジェニファーは繋いでいる手に力を込めた。
 気力が限界であったことは否定できない。メイヴは悔しさに唇を噛みながら、しかし繋いでいる手から、自分を心配してくれる暖かい心を感じ、こくり、と小さく頷いた。