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リアクション
2.大総統の館前 戦闘員
「はーあ。あたしがいなかったらどうするつもりだったのかねー。くだらないイベントやるのは勝手だけど、何やるでも経費っていうのはかかるんだよね。やっぱ、あたしがしっかりしないとねー。うんうん」
大総統の館一階の広間で、菫は聞こえよがしに独り言を言いながら、ダイソウをちらちら見ている。
しかし肝心のダイソウはというと、クロス・クロノス(くろす・くろのす)や山南 桂(やまなみ・けい)に、これまたお小言を食らいながら服装を整えられている。
「まったくダイソウトウ、その格好で人前に、それも敵の前に姿を現すつもりだったのですか?」
クロスは、いつぞやからずっと着たままになっているダイソウの全身ピンクの軍服を見据えながら呆れている。
「うむ。私もすっかりピンクであることを忘れていた」
「忘れていたってことはないでしょう。毎日着ていたのですから」
と、ダイソウがクロスに返事すると、桂が追い打ちをかける。
ダイソウは今度は桂を向いてこくりと頷き、
「慣れというのは恐ろしいものだな」
「俺はこんな服装に慣れてしまうあなたの感性が恐ろしいです」
と、桂もため息をつく。
クロスは腰に手を当てて言う。
「正直、ピンクの軍服なんてシュール以外の何物でもないですよ。威厳を全く感じません」
「そうか。威厳が削がれるのは困った」
「いい加減、前の軍服に着替えませんか?」
「しかしアレは、エリュシオンへの旅の途中で爆発散逸してしまったからな」
「さあダイソウトウ、そのピンクは脱いでください。こちらをどうぞ」
と、桂が持参の衣裳箱から新しい軍服を取り出す。
ダイソウはそれを見て目を光らせ、
「おお、それは見まごうことなき我が一張羅のデザイン」
と、ピンクの軍服をいそいそと脱ぎ、桂から新品を受け取る。
クロスは古びたピンク軍服を受け取りながら、
「これはずいぶんくたびれてますね……処分しますけどいいですね?」
「いや、何かのために取っておこう」
「何かって……また着るつもりなのですか……」
クロスと桂は呆れるが、
「それに、これは我が幹部からの献上品でもあるからな」
「献上品、ねえ……」
本人の希望なら仕方ない、後で繕っておこうと、クロスと桂はピンク軍服を衣裳箱にしまう。
「閣下! そろそろ参りましょうか!」
そこにダークサイズNo.2総帥である{超人ハッチャン}、No.3大幹部{クマチャン}、さらにキャノン ネネ(きゃのん・ねね)とキャノン モモ(きゃのん・もも)のキャノン姉妹、そして新幹部の{アルテミス}と{ダイダル卿}も現れる。
「いやあ、いざ始まるとなると興奮しますねぇ!」
久しぶりのダークサイズの戦いがこんなイベントであることを、最初は反対していたクマチャンだが、いざ始まるとなると、それはそれで楽しみな様子。
「さもありなん。ここから我々の新たなる伝説が始まるのだ」
ダイソウも軍用手袋をはめながら、表情に出さないながらも得意気である。
さらに楽しそうに微笑みながら扇子を口元に当てるネネに、まじめな表情で彼女の傍に立つモモ。
「ダイソウちゃん、本日はわたくしたちも戦うことになるのかしら?」
「うむ。今回は存分に持てる力を発揮してもらうぞ。たまにはお前たちにも運動してもらわねばな」
「お姉さま、無理はなさらないでくださいね」
「もちろんですわ、モモさん。あなたも張り切ってるのではありませんこと?」
「そ、そう見えますか?」
「心なしかお顔が上気してますわね」
「そんなことは……」
と、ほほを両手で押さえるモモを、ネネは微笑ましく眺めながら、
「ふふふ。楽しみですわ」
そんな様子をダイダル卿は嬉しそうに眺めている。
「わっはっはっは! ダークサイズ対正義の味方か。こりゃいよいよ楽しみじゃわい。のう、アルテミス」
と、2メートルを超える巨漢の老人はあごひげをしごき、細身で威厳に満ちた選定神を見下ろす。
「やれやれ、エリュシオンの選定神である我が、このような戯れをすることになるとはな……」
アルテミスは呟き、小さくため息を漏らす。
ダイダル卿はそれを見てニヤリとし、
「なんじゃ、気に入らんのか、このイベントが?」
「ダイダリオン!」
アルテミスは切れ長の緑の瞳で、あけっぴろげな大声のダイダル卿を睨み上げ、かつての古代神の名で咎める。
「……そんなことは申して居らぬ。ダイソウトウさまに聞こえたらどうするのだ」
「おっと、すまぬ」
ダイダル卿は無骨な手で口を押さえ、ダイソウをチラリと見る。
ダイソウはそんな二人の会話が聞こえていたのか、おろしたてのマントをばさりと翻し、ダイダル卿とアルテミスを振り返る。
「心配いらぬ。お前たちはこれから、ダークサイズの真の姿を目撃することになるのだからな。ゆくぞ!」
と、颯爽と館の外へ向かって歩み出す。
その足は堂々として、軍靴は深く鋭い音を広間中に響かせる。
ダイソウが時々見せるその勇壮な悪の指導者たる姿に、アルテミスはいつの間にか頬が赤らむ。
「おお! いいですねえ閣下! その感じカッコイイですよ」
超人ハッチャンとクマチャンも、ダイソウの様子に安心したようについていく。
ダイソウは館の大きな扉の前で立ち止まり、振り返らずにクマチャンたちに言葉をかける。
「お前たち。この扉の向こうには多くのダークサイズ幹部と、ギャラリーと、そして我らが敵がひしめいておる。決して彼らに後れをとることは許さぬ。我々がこれからのパラミタ大陸をリードしてゆくのだ。覚悟はよいな?」
背中越しに飛んでくるその威厳のある声に、ダイダル卿やアルテミスはおろか、長年連れ添った超人ハッチャンたちも思わず息をのむ。
ダイソウは扉に手をかけ、力を込める。
「よいな、お前たち!」
「はい!」
「おう!」
「結構ですわ!」
「ゆくぞ!」
ダイソウはさらに力を入れて扉を押す。
隙間からは陽の光と共に、大勢の人々の喧騒が漏れてくる。
ダイソウははたと手を止め、扉を閉める。
彼は扉から手を離し、掌に『人、人、人』を書いて飲みこんだ。
「……ゆくぞ!」
「詰めが甘いなぁ、いつもいつも!」
今度こそダイソウは扉を開き、外へと出ていった。
☆★☆★☆
今回リアトリスは大忙し。
向日葵たちを館の前へ連れて来たと思ったら、今度は人混みをかき分けて進み、館の門の前に設置してある演壇に上がり、マイクを握る。
『えーっと、みなさん大変お待たせしました。ダークサイズの捨て台詞選手権、開会式を執り行いたいと思います!』
今回の進行役を買って出たリアトリス。
そのやわらかい物腰で、選手権の第一声を発する。
自然と拍手が起こり、五月葉 終夏(さつきば・おりが)とフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)のコラボで開会のファンファーレ。
『では開会のあいさつを。主催者であるダークサイズの大総統、ダイソウトウさん、お願いします』
リアトリスが促すと、マイクを握ったダイソウが演壇へと上がる。
演説好きなダイソウの堂々とした足取りは、悪の秘密結社のリーダーの肩書きも手伝って、初めて彼を目の当たりにする人からは、
「おお、あれが……」
との声も漏れる。
ダイソウは聴衆のじっくり見渡し、マイクを口元へ当て、名乗り上げる。
「私は謎の闇の悪の……」
『あ、ダイソウトウさん』
「どうした」
『スイッチ入ってない』
「なんだと」
リアトリスが慌ててダイソウに駆け寄り、マイクのスイッチを入れてあげる。
『これでいいのか』
『うん、大丈夫』
『よし』
すでに二人の会話がダダ漏れの中、ダイソウは仕切りなおして、
『私は、謎のやキーン悪のキーン社』
と、今度は何故かハウリングを起こす。
またリアトリスが駆け寄る。
「どうなっておるのだ」
「おかしいな。テストはしたんだけど……」
二人がマイクをポンポン叩いたり、裏で菫と相談したりする中、
「……」
集まった一同は待ちぼうけ。
『あ、あ、テス、テス。大丈夫だね。今度こそどうぞ、ダイソウトウさん』
「うむ」
と、再度演壇中央に立つダイソウ。
敵も味方もギャラリーも、期待と不安の入り混じった様子でダイソウの言葉を待つ。
『私はキーン』
(ええええー……)
と、呆然とした空気が流れる。
リアトリスがわたわたしてまたテストする中、
「なーんかこのくだり、見たことある気が……デジャヴか?」
ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)がぽろりとこぼす。
今度こそ調整が終わったようで、三度ダイソウ。
彼はマイクを口にあて、しばし目を閉じ、息を整える。
不思議と会場はシンと静まり返り、言葉を待つ……
ダイソウは目を開き、面々をゆっくりと見渡す。その眼力にみんな奇妙な緊張感を覚える。
ダイソウが口を開く。みんなハウリングしないよう、祈るような気持で男を見る……
……
『わキーン』
(ああああー!)
思い叶わず、何故か会場の人々が泣きそうな顔をしている。
そしてダイソウは、何事もなかったかのように演壇を降りていく。
『あ、えーっと……だ、ダイソウトウさんでしたー……』
(しゃべれなかったー!)
気を取り直して選手権の注意事項が
「記入してもらった書類にも書いてありましたが」
と、リアトリスからアナウンスされる。
台詞を言う時は、静かにし、敵も妨害をしないこと
どんな内容でも、ブーイングや苦情は禁止、照れずにやりきること
応募作品は合否に関わらず返却しない旨
著作権等はダークサイズに帰属する旨
作品は未発表なものに限る旨
自分でも使用したい際は使用料を申し受け、ダークサイズの活動資金に充当する旨
etc……
「ちっ、きっちりしてやがるぜ……」
という声も漏れるが、書類にサインしてしまった以上、菫の思惑通りに従わなければならないようだ。
「ではでは! 選手権を開催いたしましょう」
リアトリスの合図で演壇が撤去され、ようやく選手権が始まる……
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