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【ダークサイズ】捨て台詞選手権

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【ダークサイズ】捨て台詞選手権

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4.大総統の館 2階ガーディアン

 1階でのやりとりが時間稼ぎ、というわけではないのだが、泰輔や椎名の活躍中に2階の戦闘場所を整えるクマチャンたち2階ガーディアン。

「観覧席もあるし審査員席も作った、と。バトルエリアもこんだけ広ければいいだろ」

 久しぶりなので、今日くらいはちゃんとやってみようとフロアを整えるクマチャン。
 額の汗をぬぐいながら周りを見ると、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)冬月 学人(ふゆつき・がくと)が、隅の方で腕を組んで向かい合う。

「あれ? ロゼに学ちゃん、何してんの」

 2階ガーディアンの同僚として、クマチャンはローズと学人をあだ名で呼ぶ。
 ローズはクマチャンを振り向く。

「いや実はね、かっこいい捨て台詞を考えていたのさ」
「え? 今考えてんの?」
「仕方ないだろう。僕たちもいろいろ忙しいんだ。あと僕を学ちゃんと呼ぶのはやめてくれないか」

 と、学人がローズの言葉を継ぐ。
 クマチャンは腕を組みながら、

「もうすぐ1階のバトル終わるよ? 間に合うの? てか台詞ないのによく応募通ったね……」

 と、学人の文句を無視する。

「おい、どうでもいいけど、客やらダイソウトウやら上がって来たぜ?」

 今度はシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が編み物を片手にやってくる。
 それを聞いて急ぎだすクマチャン。

「ほらほら、来たってさ。てかシンちゃん何編んでんの?」
「シンちゃんって呼ぶな!」

 いつものようにあだ名に文句を言うシン。
 毎度のことなのでそれを知っていたクマチャンは、頭をかく。

「そうか、ごめんごめん。で、ちゃんシン、何編んでんの?」
「てめ、逆にして済まそうとしてんじゃねえ!」

 と言う間に、リアトリスの先導で続々と人々が2階に上がってくる。
 そこにトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が躍り出て、

「さ、ギャラリーの方はこちらです。審査員はこっち。ダークサイズの残りはそっちで、対ダークサイズはここね」

 と、案内を始める。

「トマス悪いね」

 クマチャンがトマスの助っ人に謝意を表すと、トマスも、

「いいんだいいんだ。今回の捨て台詞選手権。ダイソウトウの目論見は分かってるさ。『みんなのダークサイズ』として親しみやすい悪の組織を明確にするんだろう? ならば入場はスムーズに行って、観客のストレスはできるだけ無いようにしないとね」

 と、独自の解釈を講じる。

『それでは、2階ガーディアン・クマチャンの捨て台詞、開始します』

 リアトリスがマイクで宣言する。
 一般ギャラリーがフロアの両脇から挟む形となり、3階へ続く階段を背に、審査委員長ダイソウトウ、翡翠に桂、菫、クロス、顕仁、さらに終夏とシシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)ガレット・シュガーホープ(がれっと・しゅがーほーぷ)も横一列にずらりと並び、座る。
 隅には戦いが終わったラルクや泰輔や椎名、そしてダイダル卿もリラックスして陣取っている。

「おー! さすが大幹部クマチャン。2階に上がって俄然選手権っぽさが増しましたねぇ、師匠!」

 と、シシルが嬉しそうに終夏の袖を引く。
 ガレットも長テーブルにかかったクロスを見て、

「このクロス凝ってんなぁ。こんな複雑な模様を手縫いか」

 と、2階ガーディアンの本気を見て感心する。
 ガレットの独り言が遠くで聞こえたシンが、

「べ、別に褒めても何も出ねえからなっ!」

 と、ガレットにすごんでみせる。

「これならおいしいお茶の出しがいもあるというものですう!」

 と言ってシシルは立ち上がり、椿屋珈琲店を間借りして準備した、ハーブティを淹れ始める。
 ガレットは荷物から、

「よし、今度は俺のドーナツを食べてもらおう」

 と、同じく椿屋珈琲店を間借りして作った、できたてのドーナツを持ってくる。
 シシルはガレットのドーナツをフフンと見下ろす。

「あらあらガレットさん。せっかく用意してきたドーナツですが、今まで翡翠さんやクロスさんのスイーツ、さらに椎名さんのケーキを食べてきたのをお忘れですかあ? ハーブティで喉に潤いを与えないと、声援も送れませんよう?」
「シシルこそ、今までの声援を聞いてなかったのか? あれだけ声を出せば疲れるし、まして審査員は頭を使って糖分がいくらあっても足りないくらいさ。俺のドーナツはあっという間にみんなの腹に消えるだろうね」
「そこまで言うなら、どちらの差し入れが好評か、勝負ですよう!」

 と、二人で何やら勝負を始めて、みんなにハーブティとドーナツを配っていく。
 ダイソウは、いつの間にか隣に陣取っている終夏にささやく。

「よく分からんが、身内でケンカを始めたようだが、よいのか?」
「まぁ、いつものことだから。それより楽しみですね、ダイソウトウ。ここからが捨て台詞選手権本番、と言ったとことかな? 応援してもいいんだよね?」
「構わん。盛り上がるのが最優先だ」
「いや、台詞を決めるのが最優先事項であろう」

 二人の会話を、顕仁がつっこむ。
 フロアの中央では、台詞選考が始まるということで、クマチャンが期待した顔で陣取っている。
 リアトリスがクマチャンに、

「ではそろそろいい? 誰から行こうか」

 と話しかける。
 クマチャンはきょろきょろしながら、

「やっぱ最初はロゼがいいと思うんだけど……あれ、どこいった?」

 クマチャンと共に2階ガーディアンに就任しているローズの姿を求める。
 すると、ローズが観客席からクマチャンに手を振る。

「おおーい、クマチャン」
「ロゼ、そんな所で何してんの」
「すまないが……捨て台詞選手権、私たちは無理そうだ」
「えええ! 何でよ!」
「実はだな……」
「ダークサイズの攻略本『ダクプラス』はいかがかしら? これさえあればダークサイズのあんなことやこんなことまで……あらダーリン。油を売ってないで働きなさいな」

 と、ローズの前に九条 スカーレット(くじょう・すかーれっと)が、大量の本を抱えてやってくる。
 反対側の観客席では、学人も本を抱えて怪しげな売り子をやらされている。

「ちょ、ロゼたちまでダークサイズでひと儲けしようとしてんのー?」
「い、いや、そうじゃないんだ……」

 遠くからのクマチャンの文句をローズは否定するが、すかさずスカーレットがクマチャンに駆け寄る。

「何を仰います。もとはと言えば、ダーリン(ローズ)がダークサイズでお小遣いを使いこんでしまったからなのですよ?」
「え? 何それ」
「先日のガーディアンオーディションでのことでした。わたくしのダーリンがオーディションに受かりたいからと、アピールのために血糊を買いすぎてしまったから、わたくしたちはすっかりお金に困ることになってしまったのです」
「は、はあ……」
「お金の管理の事は常々申しておりますのに、ダーリンったらダークサイズのこととなると見境いがなくなってしまうんですもの」
「まったく……ロゼ、無駄遣いは反省しなさい」

 と、通りかかった学人がローズにチクリ。
 『ダクプラス』という謎の書物の特典でタティングレースカバーを作らされているシンも、

「ロゼは無駄遣いを反省しろ。ったく、急ごしらえだから幾何学デザインに防水防菌、シルク調の手触りしかできねーぜ」

 と、ぼそり。
 今回ばかりはローズも反論できないらしい。
 スカーレットはさらに向日葵たちのもとへ。

「ダイソウトウの独占インタビューはもちろん、ダークサイズの弱点も網羅している『ダクプラス』。あなた方にはうってつけではありませんこと?」
「え、そんな本があるのっ?」

 向日葵からすれば垂涎ものだが、

「ええ。この厚みでたったの5000Gですの。さらに、お友達に薦めてくだされば、一冊500Gのマージンが……」
「え?」

 向日葵の手がピクリと止まる。
 スカーレットの営業トークは止まらず、

「今10冊買えば、マージンは12%に上がりますわ。50冊なら18%、100冊なら55%に跳ね上がります」
「それって……」
「二週間以内ならクーリングオフできますのよ? こんなおいしい副収入はありません」
「ネズミ講じゃん!」
「まあ失敬な! これはマルチレベルマーケティングという立派なビジネスシステムで……」

 と、押しに押すものの、向日葵たちは引いていく一方。
 嫌がられるのはともかく、引かれるのには慣れてないローズや学人は、いたたまれない気持ちになってくる。
 ローズはスカーレットの肩をたたき、

「お、お母さん。やっぱりダークサイズでこういうのは……」
「何を言うんです。わたくしはダーリンのためを思って。それに『ダクプラス』はみんなの幸福を科学的かつ経済的に……」

 向日葵はおろか、観客のテンションも下がりそうになってきたのを見かね、ダイソウがリアトリスからマイクを受け取る。

『ローズよ』
「あ、はい……」
『犯罪行為ではないから、私も強くは言わんが……その、だな。まあ合法なので私も咎めるわけではない。だがまあ、こういうビジネスは合う者と合わぬ者がおってだな……決して否定しているわけではない。だがー……あのー……そのー……』
(すごく言いづらそうだー!)

 ローズにとっては、ダイソウの、スカーレットの気持ちをくみ取りながら言い淀む姿が何よりの精神的ダメージである。
 ローズは涙を浮かべながら目くばせをし、それに学人がうなずく。

「あっ、何をするのです、ダーリン」

 ローズはスカーレットを強引にひっぱり、学人はシンを引っ張って、四人一塊りになる。
 そして忍者のような印を作り、

『どろんっ!!』

 煙玉をはじけさせ、ネズミ小僧よろしく姿を消した。

「……い、以上! 九条 ジェライザ・ローズさんの応募でしたー!」

 一瞬の間の後、リアトリスがアドリブでローズを紹介する。
 観客も観客で、

「……そ、そうか! あれも捨て台詞だったのか!」
「な、なーるほど! ははは! 何かおかしいと思ったら、あれも台詞だったのかぁー」
「確かに、向日葵ちゃんがピンチになって、そのあと『どろんっ!』って消えてった。流れは見事だ!」
「いやー、攻撃が斬新過ぎて、ヒヤヒヤしたぜー!」
「あー、俺一緒に台詞言い損ねたなぁ」
「おいおーい、しっかりしろよクマチャーン」

 と、全員で空気を読みつつ、顔を見合わせる。

「ではでは、続いての応募は……」
「はいですっ!!」

 と、観客席から手を上げる、俺様の秘密ノート タンポポ(おれさまのひみつのーと・たんぽぽ)
 そして今回も、タンポポの挙手に慌てるゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)
 ダークサイズ捨て台詞選手権ということで、ぜひとも見物したいと、今回もゲドーにせがんだタンポポ。
 嫌な予感がしつつも、

「今回はホントに見学だけだからね?」

 と、念を押して連れて来てあげたゲドーだが、やはりジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)もニヤニヤしながらついてきたあたり、ゲドーの予感は今回も的中するのである。

「あ、あれえっ!? タンポポちゃん? 見学するだけじゃねーの?」
「何言ってやがるです。ちゃんと応募用紙も提出しておいてやったのです」
「だ、だって見るだけだって言ったじゃん……」
「うん。だからタンポポは見てるだけです。ゲドーが台詞言いやがるのを見てやるです」
「ええええ!? そういうロジックなのー!?」

 毎度毎度タンポポの『見るだけ詐欺』に引っ掛かるゲドー。
 そしてジェンドの、

「あれー、ゲドーさん? まさかここへきて『できない』なんて言いませんよねー?」

 といういつもの台詞で、ゲドーはフロア中央に出ていく羽目になる。

「いやー、まさか君が2階に応募してくるとは」

 と、クマチャンは意外そうな顔をしつつも、ゲドーを歓迎する。
 ゲドーは、偉そうに胸を張り、咳払いをしてから、クマチャンに耳打ち。

「あ、あのな。これは何かの手違いなんだよ。俺様は参加する予定じゃ……」
『あれー!? まさかできないなんて言いませんよねー?』

 と、フロア中央についてきたジェンドとクマチャンがユニゾンで台詞。
 ゲドーは慌てて、

「いや、できるぜ? できるけど……てか何でそれを二人で言うんだよ!?」
「追い込んだ時の台詞って、同時に言うんでしょ?」

 クマチャンは冷静な顔で返事をし、ジェンドと肩を組む。
 ゲドーは、

「えー!? つーか追い込まれてんの敵じゃなくて俺様なんだけどー!?」

 と、脂汗をかきながらかろうじてつっこむ。
 そんなゲドー達のやりとり、そして普通の人間サイズのクマチャンの体格をかろうじて確認した、ド近眼の類。

(あいつは……弱そうだ! 心行くまでぼこってやれるぜ!)

 類は一歩踏み出し、

「そろそろ俺の出番のようだな!」

 と、侍(志望)の彼は、腰に帯刀して胸を張る。

「ここは俺に任せてくれ、向日葵!」
「だから、何であたしなのってば」

 向日葵から遠く離れた審査員席で、菫はあきれ顔で類に返事をする。

「はい、類君はこっちね」

 リアトリスが手を引いて、類をゲドーに対峙する位置に引率する。
 クマチャンはゲドーに、

「で、ゲドーの捨て台詞って?」

 タンポポが勝手に応募用紙を出してしまったため、ゲドーの台詞が分からないクマチャン。
 頭をフル回転させて、ゲドーには一つ名案が浮かぶ。
 そして類は、刀の柄に手を当て、

「覚悟しろよ? 俺は葦原明倫館、七篠類。いざ尋常に……勝負!」

 と、ラルクVS涼介もといブリッツフォーゲルの時のように、カッコよく決めてやろうと構える。

「クックック……貴様ごとき」

 負けじとゲドーも不敵な含み笑い。思いのほか悪役っぽい、なかなかいい雰囲気を出している。
 そして身体を半身開いて奥を指さし、

「俺様が相手をするまでもない。さぁ、先へ進むがいい!」

……

『いやダメだろ!!』

 と、なぜか類とクマチャンがシンクロする。

「何その台詞!」
「だ、だからよぉー、俺様は出る予定じゃ……」
「あれー? まさか台詞それだけってことはないですよねー?」
「ちょ、ジェンドちゃん」
「さあゲドー、とっととやりやがれです」
「だからタンポポちゃん、それだと追い込まれてるの俺様だって!」

 頭が真っ白になり始めたゲドーを、さらにクマチャンが羽交い絞めにし、

「さあ類、とっとと殺りやがれです」
「クマチャン遊んでんじゃねえよ! あとやりやがれの字が違くねえ!?」

 その様子を見て、ちょっと頭に来る類。

「侍(志望)の俺になめたマネを。では心おきなくボコらしてもらうぞっ!」

 刀を抜き放ち、大上段の構えでゲドーにダッシュする類。
 ところがあくまで侍(志望)の彼。
 刀を振り下ろそうとすると、

すぽーん……

「あっ」

 刀が彼の手から抜け、真上をくるくると回って柄の部分がちょうど類の眉間に直撃。

「ぐおっ!! 目が! 目があああっ!! お、おのれ、伏兵を潜ませて不意打ちとは、ダークサイズ! 何て卑怯なんだ! その卑怯っぷり、本にしたためてベストセラーにしてやるっ!」

……

 正義の味方まで一人コントを始めると言う意味では、意外な伏兵となった類。
 どちらも攻撃のきっかけを喪失し、会場には微妙な空気が流れる。
 タンポポがトコトコと類の後ろに回って羽交い絞めし、

「さあゲドー、とっととやりやがれです」
「いや、俺様も羽交い絞めされてんだけど!」

 と、オチの見えないおふざけタイムになりかけたところで、

「おりゃあああ! あーんこぱーんち!!」

ばきいいっ!

「はーひふーへほー!」

 テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)のあんこぱんちで吹っ飛ばされ、館の壁に激突する類。

「まったく。敵を先に進ませてどうするんだ? 僕らを負かしてこそ、正義の味方も進みがいがあるってもんだろう」

 テノーリオの後ろで、トマスが肩をすくめる。

「じゃあトマス。何かいいアイデアが?」

 クマチャンがゲドーの羽交い絞めをほどきながら聞く。
 トマスは、もうひとつため息をついてクマチャンに歩み寄る。

「『みんなのダークサイズ』として、親しみのある捨て台詞がいいと思うんだ。よいこのみんなにも分かりやすくて、かつ勉強になるものが、悪の捨て台詞としてお手本だね」
「なるほど。だからあんこぱんちからの、はひふへほ、か」

 クマチャンがほほうと人差し指を立てるが、トマスはいやいや、と手を振る。

「いや、あのまんまじゃ『未発表のものに限る』という規定に反するからね。テーマは『それいけ! ダークサイズ』だけど」
「じゃあ、やってみないと分からないなぁ」
「うん、それがいい。ダイソウトウの捨て台詞にしてもいいんだけど、もしかしたら君向きかもしれない」
「よし、じゃあ類!……は吹っ飛んじゃったか……」

 クマチャンは壁際で伸びている類を見、続いてテノーリオに、

「何でふっ飛ばしちゃったのさ?」
「あのままほっといても、オチはねえだろ?」
「まあ、そういう意味では助かったけど」

 トマスは対ダークサイズに、次の対戦者を求める。

「さあ! 僕たちに捨て台詞を言わせてくれるのは誰かな?」
「いいだろう。クマチャンのことだから、何か一癖あるに違いない。俺が行くぜ」

 と、ダークサイズに慣れない人では対処が難しかろうと、永谷が進み出る。
 その間に、トマスとテノーリオに加えて、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)がやってきて、何やら台詞の打ち合わせ。
 その後トマスが永谷に走り寄り、

「僕らは追い込んだ時の台詞は特にない。過程はすっとばして、とどめの盛大な一発をくれないか」
「そ、そうか……いいのか?」

 悪役からそんな要求を受けて、さすがの永谷も少し戸惑うが、トマスは平気な顔をしてうなずく。

「うん。ついでに『あんこぱんち』と大きく叫びながら頼む」
「え……俺が、か?」
「絶対に必要なんだ。それがないと訳が分からないものになってしまうからね」
「それは……勘弁してくれないか」

 キャラに合わない『あんこぱんち』は永谷も拒否したいところだが、リアトリスが、

「ルールは守ってね」

 と、規約書類の『照れずにやりきること』の項目を指し、

「続いてはトマス・ファーニナルさんです。どうぞ♪」

 と取り仕切る。
 まずはトマスがクマチャンと肩を並べ、

「さあ、ひと思いにやってくれ!」

 と、両手を広げて隙だらけの体勢を作る。
 照れてはいけない永谷だが、衆目の集まる中でいざやるとなると、

「あ、あんこぱんち……」

 と、顔が真っ赤になる上に、トマスとクマチャンを吹き飛ばせるようなパワーは出ず、

ぽすん……

 となる。

「だめだだめだ! そんなことじゃ僕らは倒せないぞ!」
「どうした! そんなことでダークサイズを倒せると思ってるのか!」
「それでもチーム・サンフラワーの古株か! 将来立派な指揮官になるんじゃないのか!」
「君の正義の心は、こんなことで折れてしまう程度のものなのか!」
「あと正確に言うと、『あんこぱんち』じゃなくて『あーんこぱーんち!』だ!」

 と、トマスとクマチャンから永谷への指導の嵐。
 味方ならいざ知らず、宿敵に叱咤されてしまい、永谷もいよいよ後に引けない。

「こうなったら……」

 羞恥心をふっきるために大きく息を吸い、技名を叫ぶ永谷。
 ちょうどそこに、気を利かせたリアトリスが永谷の口元にマイクを添え、

「あ、あーんこぱーんち!!!」

 と、フロア中に大音量が響く。
 永谷はさらに顔を赤くし、

「く、くそーっ///」

 と、トマス達に突進。

どごおおっ!!!

 見事にトマスとクマチャンはそれを食らい、

『あーかさーたなー!!』

 と捨て台詞を残しながら吹っ飛んでいく。
 本来なら空の彼方に星となって消えていくわけだが、今回は壁に直撃。
 ずるずると床になだれ落ちる。

「き、きいたぁ……」
「ど、どうだいクマチャン……分かりやすくて五十音の勉強にもなる……夕方4時ごろアニメ化されて叫びたい台詞だろう……」

 二人は突っ伏しながら会話をする。
 永谷は攻撃とは別の意味で息を切らせ、向日葵たちの元へ戻ろうとする。
 ところが、

「おっと、お待ちください。まだ終わりではありませんよ」

 と、子敬が永谷を止める。

「次は私にあんこぱんちをお願いします」
「え、えええ! まだあるのか!?」
「もちろんです。坊ちゃん!」

 と子敬は、早速翡翠の治療を受けるトマスの方を振り向き、

「やはり『あかさたな』はお芝居くさくて無理があるように聞こえます。最後の母音は『お』で自然な感じを出し、かつ、やられたっぽい調子がでるのはこれでしょう」

 と、永谷の前に身体を晒す。
 これを見ていたタンポポとジェンドがゲドーの肩を叩く。

「さあゲドー、とっととやられやがるです」
「ええええ! ちょ、タンポポちゃんー!?」
「あれー、ゲドーさん。まさかできないなんて」
「言うよ! できねえよ!」

 抵抗むなしくゲドーは子敬の隣に突き飛ばされ、ちょうどそこにやけになった永谷の

「あーんこぱーんち!!」

 が飛んでくる。

『おーこそーとのー!』

 と、二人はトマス達がぶつかったのと同じところに激突。
 地面に落ちる。

「じゃ、次は俺の案」

 とテノーリオ。

「まだあるのかー!?」

 永谷は半分悲鳴を上げるが、それを見ていた美羽が、

「私に任せて(ついでにその台詞言ってみたい)! コハク、私のカッコいいとこ押さえてね!」

 と、カメラを抱えるコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に言い残す。

「はいはい、分かったよ」

 コハクは張り切る美羽の後姿を、嬉しそうにカメラに収める。
 テノーリオの隣に、応急処置を受けたクマチャンが合流。

「お、おいクマチャン、そんな体で大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ問題ない。たまには大幹部らしいとこを見せてやるぜ」

 と、クマチャンも変なテンションになってきている。
 テノーリオも、よし、とばかりにニッと笑い、

「まったくトマスも魯先生も頑固だなぁ。ここは俺が一肌脱いでやる。折衷案でこういうのはどうだ?」
「あーんこぱーんち!!」
『うーくすーつぬー!』

 今度は美羽のあんこぱんちで吹き飛ぶテノーリオとクマチャン。
 さらに飛び出すミカエラ。

「まったく三人とも! 『いきしちに』とか『えけせてね』の身になって! 他の音が可哀そうじゃない。五十音にこだわってないで、はかなく散るのも悪の美徳でしょ?」

 進み出るミカエラを見て、今度はゲブーの目が光る。

「おっぱいちゃんなら俺様の出番だぜーっ。『おーっぱーんち』!」

 ミカエラ目がけて飛び出すゲブーだが、

ばごおっ!

 と、ミカエラからの返り討ち。

「なんで俺様だけーーっ!」
「あんこぱんちが出来ないなら用はないわ」
「ひ、ひでえ……」

 と、ゲブーは後ろへ飛んでいく。
 その隙にミカエラの隣に戻ってくる、ボロボロのクマチャン。
 続いて涼介もといブリッツフォーゲルの一撃。

「あーんこぱーんち!!」
『ちーりぬーるをー!!』
「俺も閃いた!」
「よし! それいけ、クマチャン!」
「美羽のあーんこぱーんち!!」
『あーきすーてのー!』
「五十音斜め読みか。上級者向けだな!」
「便乗して、ゆけ! 改造人間サクヤ!」
「咲耶のあーんこぱーんち!!」
『ふーせひーろしー!』
「クマチャン! 五文字なら何でもよくなっちゃってるぜ!」
「向日葵のあーんこぱーんち!!」
『みーきさーやかー!』
「遅ればせながらもコラボ企画意識しちゃってるぜ、クマチャンーッ!」

 こうなるとただの言葉遊び合戦で、何を候補にしていいやらわからないのと、クマチャンがボロボロになる一方なので、さすがにリアトリスからレフェリーストップがかかる。
 ダイソウ達が倒れたクマチャンに駆け寄る。

「大幹部よ、がんばったな……大丈夫か……?」
「閣下……できれば、女の子がらみの捨て台詞をやりたかった、ぜ……がくり」

 クマチャンは、今さら個人的な願望をつぶやいて気絶。
 真っ白に燃え尽きた彼の亡骸を囲み、ダークサイズ幹部たちはつい、

『く、クマチャあああああン!』

 と涙を浮かべて叫ぶ。
 終夏が突然バイオリンを取り出し、物悲しい感動的な音楽を奏で始める。
 それにつられ、

るーるるるるー……

 また戦闘員たちがクマチャンを抱え、治療のため翡翠のもとへつれていく。
 とはいえ、トマスのアイデアは汎用性がありそうで、審査員の中でもなかなかの高評価の様子である。

 一方、ノーンの治療でようやく目を覚ました類。
 見渡すとヒビの入った壁と担架の中で満足そうな笑みを浮かべて気絶しているクマチャンを見、

「の、乗り損ねたあああ!」

 と、地団駄を踏んでいた。