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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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   3

 大岡 永谷(おおおか・とと)は戦闘には参加せず、内通者を特定すべく、情報の流れを調べていた。
 まずは噂話をとにかく掻き集めたのだが、これがとにかく膨大な量だった。
 饗団側を混乱させるために流した偽情報までも拾う羽目になり、それを取り除くのにも時間がかかった。
 偽情報ではない噂話だけが残り、一つ一つ誰から聞いたか辿った。戦闘の間はほとんど相手にされず、その後も片付けで煙たがられたが、ようやく大体の目星がついた。
 噂の多くは、キルツの流したものだった。


「書庫には戻らないのかい?」
 協会本部を出たクリスチャン・ローゼンクロイツ(くりすちゃん・ろーぜんくろいつ)は、レイカ・スオウ(れいか・すおう)に尋ねた。
「うん……書庫に入るには、協会の人がいないといけないし、メイザースさんは捕まっちゃったし」
「ああ、困ったもんだね。個人的には、この世界で蓄えられた知識にゃ興味があったんだが……」
 まあそれはいずれ、時間がある時にでも、とクリスチャンは付け加えた。
「……レイカ、無茶なことを考えてるんじゃないだろうな?」
 そう尋ねたのは、カガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)だ。
「……え?」
 レイカの顔と体が強張った。カガミが嘆息する。
「オレの病のために必死になってくれるのは嬉しい。だけど、無茶はしないでくれ」
「……してないよ」
「そうか?」
「……うん」
「なら、いいが……」
 傍で見ているクリスチャンには、二人の気持ちが分かるだけに歯がゆい。
 しかし、カガミが言うようにレイカが何か考えているなら、出来る限り協力しようとクリスチャンは思った。


 一方、その協会の書庫へと赴いたのは、五月葉 終夏(さつきば・おりが)ブランローゼ・チオナンサス(ぶらんろーぜ・ちおなんさす)セオドア・ファルメル(せおどあ・ふぁるめる)だ。
「満月の日は魔力が高くなるって聞いたことがあるけど、赤いとどうなるんだろう?」
 窓から遠くの月を眺め、終夏は呟いた。
「地球なら、科学的に説明できるんじゃない?」
「あー……何で赤いかって説明はどこかで見た気がするけど、覚えてないや」
 ロマンもへったくれもない内容だった気がする。
「気が荒ぶったり、魔力が高まったりするんじゃないでしょうか?」
 ブランローゼが小首を傾げて言った。
「もし魔力が高まるとして、『鍵』を『遺跡』に持ってこいと言うならば、その場で『古の大魔法』とやらの封印を解こうとしているのかなぁ。取引の正否に関係なくスプリブルーネにもし闇黒饗団が戦いを仕掛けてくるならば、やっぱり遺跡方面からだろうし……結界や人払いの魔法はもって明日の朝までだし……うーん」
「だからその時のために、結界の張り方を調べるんでしょ?」
「ああ、そうだった」
 終夏は本棚の背表紙から、「結界」の文字を探したが、イマイチそれらしいものが見つからない。そこでブランローゼが机に観賞用として置いてあった花に、話しかけた。
「……教科書ですって」
「え?」
レディ・エレインイブリス、それに前会長バリン殿がよく見ていた本は何かと尋ねたら、教科書があるそうですわ」
 顔を見合わせ、終夏とセオドアはそれらしきものを探した。
 抜き出したのは、初心者ナントカや○○入門書といった類だが、どれも相当使い込んでいるようで、一冊などは捲ったとたんに端っこが千切れた。
 慌てつつも、とにかく「結界」の項目を探し、終夏は付箋を付けて行った。
 セオドアがその付箋を頼りにそれらしき箇所を書き出していく。
「う〜ん……今張られている『結界』の弱点は内側に入ると効果がないということだよね。範囲は狭くても内側からも効果がある物も見つけられたら良いんだけど。何か合わせて応用が利きそうな魔法や結界は……」
 セオドアがぶつぶつ言っていると、あら、とブランローゼが呟いた。
「この教科書、スタニスタスさんの持ち物なんですわね」
 裏表紙に、掠れてはいるが確かにこの世界の文字でスタニスタスの名が見て取れる。
 どれどれと終夏がページを捲っていくと、線を引いた部分がいくつもあった。あの老人にも若き日があったのかと微笑ましくなる。
 やがて一ヶ所で手と目が留まった。
「人払いの術式」とある。更に「防衛結界」――どうやら上級魔術の教科書らしいが、一読して分かったことは手間と膨大な魔力がかかる、という点だった。
 おそらく、饗団の襲撃に際し、協会の上級魔術師の多くがこの術式と結界に手を割かれたのだろう。エレインが契約者に助けを求めたわけである。
「これ、上級魔術の教科書なんですわよね?」
「多分ね」
「じゃあ、スタニスタスさんだけでなく、レディ・エレインやメイザースさんも、使えるということでしょうか?」
 セオドアは更に目を通し、うん、と頷いた。
「人払いの術式は、道具はそのまま使えるらしいね。新しく魔力さえ注ぎ込めば。結界の方は、正確に範囲を認識していないといけないらしい。間違えるとそこから内部へ亀裂が入り、崩壊する危険性があると書いてあるね。この世界の上級魔術師は、よっぽど頭がいいらしい」
 魔力が生まれつき強いのと、それを上手に使うのは別問題なのだ。
「私たちには無理そうだけど、それじゃ、スタニスタスさんに頼めばいいってこと?」
「多分ね」
 それにしても、とセオドアは思う。
 町を守る「結界」は内側からは効果がない。
 人払いの術式は外に出たくないという気持ちにする。
 一見便利に見えて、この二つ、実は町が敵に制圧されたときは凄く危険だよね。こういう完璧じゃない所が魔法の面白い所なんだけどさ。